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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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死んだ刀

 いつの間にか、随分疲れてしまっていたみたいだ。



 終わりの見えない攻略。思うようにいかない毎日。この迷宮で一日を消費するたび、体が少しずつ外の世界の記憶を忘れていくようで。



 ハルカとの思い出も、柔らかさも、温もりも。じわり、じわりと、色褪せていくようで。



 ハルカの目の色ってどんなだったっけ。抱き寄せたときにふわっと香る匂いが思い出せない。最後にキスを交わした夜の記憶さえ、もうどこか曖昧だ。



 ハルカ。ハルカ。ハルカ──心の中で何度も呟く内の数回が、全く知らない赤の他人を呼んでいる風な音になることがある。



 怖かった。俺の中からハルカが失われるのが、ただたまらなく怖かった。



 心のどこかで思っていたのかもしれない。こんな辛い毎日なら、いっそのこと、誰か早く終わらせてくれやしないかと。



 胃が荒れ狂ってムカムカする。吐きそうだ。目を閉じて確認すると毒状態になっていた。鎌に纏わり付いていた瘴気は毒属性のエフェクトだったようだ。



 全ての色が消え、光が失せ、何も聞こえなくなる。モノクロの世界で死神の口が死を告げた。



 微かに見える三日月を背に、全身を反り返らせるほどに鎌を振りかぶるその姿は、さながら斬首執行人のよう。





「──私の唄が 聞こえますか──」



 無音の世界を、彼女の唄がゆっくりとこじ開けた。



 アカペラで紡がれる、一切の飾り気を捨てた魂の美声。手放しかけていた意識を、白く細い小さな手が俺の代わりに掴んで引き戻した。




「──大声で叫べば どうか君に届きませんか──」




 ピタリ、鎌は止まった。振り上げられたまま、ついに俺に振り下ろされること無く。



 歌声の出所は、陣形を無視して一人孤立した場所に立って唄う少女だった。



 まるで彼女にここら一帯の時間を盗まれたように。死神も含め、アンナ以外は誰一人硬直して動けなかった。



 目を閉じ、武器さえ構えず、ひたすら唄い続けるアンナ。死神の目が、体が、心が、彼女に引き寄せられていくのが分かる。まるであの唄の魅力を解したかのように。



「──【ロストソング】」



 天を仰いだアンナの肌を、燃え盛る炎の壁が幻想的に照らす。その頬に一筋、走る雫。



 俺が全てを理解する前に、死神はアンナに向かってゆっくりと宙を滑り出した。



 アンナの隠し球【ロストソング】は、"挑発"スキル。彼女の歌声を聞いたモンスターは全て、問答無用で彼女を狙う。狙わざるを得ない。そういう能力。



 タンクはいつも俺一人が引き受けていたので、彼女がそれを使うのを見たのは初めてだった。目の当たりにして分かる。これは挑発では無く、魅了だと。



 高く澄んだ、どんな障害物も突き抜けてどこまでも飛んでいきそうな歌声は、きっとフィールド中に響き渡った。よく耳を澄ませば重々しい足音の重なる音が、不気味な空気の唸りとなって八方から轟いてくる。



 遠く離れた亡霊騎士までも呼び寄せる、魔性の唄。音になっていれば何を唄ってもいい、と彼女は以前説明してくれた。



「この、唄は……」



 焦燥は一線を越えるとかえって体を動かせないのだと知った。ただ、指さえ咥えずにぼうっとアンナを見つめることしか俺の体は許されなかった。内心とは裏腹に、力が入らない。



「アンナ……」



「──聴いて 傍にいて ずっとそう──笑っていて──」



 透明な涙を流しながら、アンナはこちらを向いて。俺に微笑みかけながら、そう唄った。



 突如、アンナへと向かう死神が凍りついて巨大な氷山に変わった。息をゼエゼエ切らせたソラが、いつもの鉄面皮を面影無く剥がして氷山の頂点に張り付いている。



「止まって……! 止まってください!!」



 白い猫の耳を生やしたソラは氷山のてっぺんに両手を翳したまま、目に涙を浮かべて懇願した。



 そんな彼女の願いを、ぴしりと氷塊に走った亀裂が無慈悲に斬り捨てる。



「お願いします……!! 止まって……止まってください……!!!!」



 粉々に砕け散った氷山。中から何事も無かったかのように出てきた死神は、泣き喚きながら落下したソラにさえ見向きもせずアンナの元へと向かう。



 その時轟いたのは随分逞しくなった竜の咆哮だった。悲鳴に近い奇声を上げて、金色の鱗を輝かせフォルテが死神に真っ向から突進する。



 あまりに無謀な特攻を仕掛けた神竜は、死神にぶつかるより早く、ぞんざいに振り抜かれた鎌によって貫かれた。その身を痛みで硬直させながらも、歯を食い縛って翼をがむしゃらに動かし、必死の叫びを絞り出して死神を威嚇する。主人を守ろうとする忠犬のような、勇ましい最期だった。



 意にも介さぬ風に鎌が引き抜かれ、フォルテは地に落ちた。そのライフを尽きさせながらも、最後の力を振り絞って躯を捻り、唄うアンナの方を向いて、一つ、掠れた鳴き声を遺した。爆散した金色の粒子が、俺を我に返させた。



 動いた。体が勝手に動いた。両者の間へ割り込むつもりで跳躍した体は、滑稽なほど短い距離を飛んで減速する。



 縋るように、手を伸ばした。



「──ふざけんな…………アンナァァァァァァァァッ!!!!」



 つっかえを吹き飛ばして喉から迸った叫びはきっとアンナには届かなかったのだろう。



 唄が失われるその瞬間まで、彼女は震え一つ無い声で堂々と、唄い続けていたから。

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