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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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千手のジン

 不敵に笑ったジンの顔は真っ青だった。



 その隣には彼以上に顔を真っ青にしたソーヤが、ジンの腕を掴んでぶんぶん振り回している。



「ちょ、ちょっと! なに勝手に僕の武器投げてくれちゃってるんですか!」



 言われてみれば未だ死神のこめかみ部分に突き刺さっている短刀はソーヤがいつも懐に納めていた得物だ。ジンは自棄に近い表情でソーヤを払いのける。



「テメェが一番近くにいたからだ! 巻き添え食らいたくなかったらどっかに隠れてろ!」



 突き飛ばされたソーヤは一瞬ためらう顔をしたが、武器がヌシに刺さったままでは何もできないと思い直したのか悔しそうに後退した。



 死神は完全にジンを正面に捉えるように空中で体を動かした。ジンはさり気なく斜め後ろに後退する。俺達全員から離れるような動きだ。



 まさか、本気で一対一の勝負をするつもりなのか──ようやく紛らわせる程度に激痛のほとぼりが冷めた俺は慌てて死神に殴りかかろうとしたが、それより早く死神はジンめがけて躍りかかった。



「ジン!」



 猛烈な速度でジンに迫る死神の背中がみるみる小さくなっていく。朱と蒼の炎に包まれた世界で、俺は奥歯を砕けるほど噛み締める。



 追いかけようとした俺をジンの叫びが制止した。



「全員、絶対手ェ出すんじゃねえぞ!」



 ジンは突進と共に放たれた鎌の一撃を見事かいくぐって回避すると、荒々しく槍で一発突いて即刻真横に飛び離脱した。ジンの残像を鎌の追撃が刺し殺す。



 ジンは低い姿勢のままぬかるみを駆け抜け、さっき死神によって弾き飛ばされ転がっていた俺の刀に辿り着いた。否や──



「ちっと借りるぜ!」



 柄頭をつま先で蹴り上げた。炎の光を浴びた桜色の刀身が艶やかに煌めきながら宙を旋回する。ジンはそれを空いた左手で掠め取った。



 一同はワケも分からず息を呑んだ。ジンの行動は理解の範疇を超えていたが、無策なはずがないことは彼の顔を見れば分かったからだ。



 ジンの武装は槍と刀、どちらも両手で扱う武器での二刀流だ。バランスが悪いにもほどがある。



 そもそも扱いにくいなど以前の問題として、システム上ジンが装備しているのは槍だけなのだ。



 刀はいわば無装備状態。攻撃力は全く乗らないしスキルも使えない。普通に考えればあの槍を両手で持った方が百倍マシである。



 一部ジョブに例外があるらしいが、一般的にシステムの構造上このゲームで二刀流は流行らない。全くメリットがないからだ。



 有効な二刀流があるとすれば、キースの愛用していたような、双剣という二振りで対になっているタイプの武器のみだ。ジン──一体、何を企んでいる……?



 俺やカレルが混乱した頭で行方を見守っている中、ジンの連れのゴロツキ五名がわあっと歓声を上げた。



「お頭、あれをやる気だ!」



「お頭の本気が見れるぞ!」



「やっちゃってください! "千手せんじゅ"の力、見せつけてやりましょうよ!」



 自分達のリーダーが化け物とサシで勝負するというのに、奴らの盛り上がり方はあまりに不自然だった。やはり、何かあるのだ。仲間をあれほど安心させられるほどの何かが。



 それはすぐに分かった。



『ギぃガアァァァッ!!』



 嗄れた声で絶叫した死神の振り下ろした鎌をまたしても流れるように回避したジンの表情には、もう恐れの色は消えていた。集中状態と分かる、その山猫の如き瞳が強い光の尾を引く。



 ジンが動かした手はなんと刀を握る左手の方だった。勢い良く振り抜かれた俺の愛刀は、死神の胴体を薙ぎ──快裂な切断音を弾き出した。膨大な深紅の欠片が斬り傷から噴き出す。



 間髪入れずに槍を突き込む。またしてもズバァン、という痛快な刺突音。刀、槍、刀、槍──徐々に速度を上げる両手の動きに連動して、ジンそのものの実力が研ぎ澄まされていくかのよう。



 なぜだ。なぜ無装備状態のはずの刀まであれだけの威力がある。俺の常識と信じていたものに激震が走るようだった。



「あっ……!」



 唐突に俺はそのカラクリを見破った。見破ったところで俺には絶対に真似のできない、その高度な技術に軽い目眩を覚える。



 怒り狂った死神が咆哮と共に鎌を振り回した。その全てを潜り抜けたジンが左手の刀を死神に突き刺す。グボォ、と目をひん剥いて呻く死神。



 やはり、やはりそうだ。



 ジンは片方の武器がヌシに命中する直前から当たり判定の終了する瞬間まで──その超絶シビアな一瞬の間だけ、もう片方の武器から"手を離している"……!



「うらぁっ!!」



 今度は体を捻って勢いを付けた槍で死神の胴体を貫いた。その間、刀を握る手をパーの形に開いて柄から僅かに手を離している。



 慣性を利用して寸分違わず刀と同じ方向、速度に手を動かし、手を離れているはずの柄にぴったりと追随しているのだ。だから注意深く見ないととても手を離しているだなんて気がつかない。



 つまりジンは、武器の装備状態を一回一回槍と刀で切り替えているのだ。身軽でテクニカルな印象はあったが、なんと器用な男だろう。



 ジンは槍を引き抜いて背後に持って行き、後ろ手で上空に投げた。くるくると舞う紅の長槍。その直後に広げていた左手を再び握って刀を掴み取り、猛然とラッシュを開始する。



「おぉぉォォッ!!」



 的確に強攻撃を浴びせ続けることで絶妙なタイミングでひるみを連発させ、反撃の隙間さえ与えないジン。両手で握った刀で下段を二往復したところでヌシはとうとうダウン状態に陥り、膝から地面に崩れ落ちた。



 隙を逃さず刀を死神の胸元に突き込むと、ジンは骨の体に突き刺さった刀から一端手を離し背後に手を伸ばした。──まるで、渡り鳥が巣に真っ直ぐ戻ってくるかのように。



 空へ投げていた槍がジンの手にすっぽり収まった。ダウン状態で呻いている死神の目の前で、初めて大振りのモーションをとる。



 腰を深く落として槍を背後まで大きく振りかぶった構え。矛先に眩いクリムゾンの光が灯る。光量はどんどん甲高くなるチャージ音に比例して増していき、そのタメ時間が五秒ほどに達したとき──ジンは低く呟いた。



「……【ブラッディ・ストーム】」



 それはまさしく、鮮血の嵐。



 目にも留まらぬ五十連撃の突きが、深紅の光芒を横殴りの驟雨の如く降らせながらヌシの体に叩き込まれていった。



 獣の瞳を大きく開いたジンの裂帛の雄叫びが、死神の壊れた悲鳴をかき消さんばかりに轟く。



 五割を下回りバーが黄に変色した時点から、更に堅さを増していたヌシの防御力。それをものともしないジンの猛攻により、死神のHPは確実なペースで減少していた。



 酒を酌み交わしながらテントで聞いたジンのレベルは55。この中ではソーヤに次いでワースト二位の数値だ。この死神は間違いなく90以上のレベルがある。本来、格上どころの騒ぎではない。



 だというのにどうだろうこの展開は。ただでさえバーの変色により一段階強化されているはずの死神を、40もレベルが下のジンが単騎で圧倒している。



 もし、もしこれで俺と同じぐらいのレベルがあったなら──などと、詮無いことを考えてしまう。戦闘センスだけならば、間違いなくこの中でジンがナンバーワンだ。



「さっさと、死にやがれ!」



 数十発目の刺突が死神を捉えたところで、とうとうバーの色が赤へと移行し──その瞬間、ジンの輝きは終わった。



『ギ、ギヒ、ギヒヒヒヒヒヒヒヒ!』



 嗤う死神。ジンも含め、全員が声もなかった。



「は、離せ……」



 顔を蒼白にしたジンの突き込んだ長槍の矛先が、ローブの袖から覗いた細長い骨の手によってがっちりと握って止められている。切り札級の上位スキルを、奴は素手で握ってキャンセルしたのだ。



 ライトエフェクトが、寿命を迎えた蛍の火の如く、静かにあっさりと消え失せた。死神が槍を掴んだ手を掲げるとジンの体はふわりと持ち上がり、足が地面から離れる。



 ジンの足がばたばた揺れる。悲鳴も怒声も出ないようだった。



 俺達は、ただ目の前で、死神が何度も、何度も槍と繋がったジンを地面に叩き付ける様子を眺めていた。絶望がもたらした硬直時間を切り裂いたのは、初めて聞いたソラの悲鳴で。



「や……やめ……」



 唇がようやく僅かに自由を許された。



「やめろぉぉォォォォッ!!!!」



 蒼い火柱を噴き上げ、俺は無我夢中で死神に突進した。肉薄する死神の血走った目が、歓喜に緩んで俺を捉える。



 そのしたり顔に、ゾクリと総毛立つ。



「──ッ!!?」



 俺は回避のしようがない空中で咄嗟に両手をクロスした。突然ジンの引っ付いた槍が、急速に目の前に迫ったのだ。



 直後、ぐったりしているジンの直撃をその身に受け俺は投手の投げたボールのように打ち返される。



 俺とジンは一つの肉団子となって呻きながらぬかるみの上を転がった。燃え移らぬように炎を消してからジンを抱き起こすと、彼は白目を剥いて半分気を失っていた。



 ジンの右手に意地でも離さなかった槍が、そして左手に死神に突き刺していたはずの俺の刀が握られていることに気づいて感極まる。ジンはあんな状況で、俺の武器を回収してくれたのだ。



 全身に一切の力が入っていない満身創痍のジンを背後に寝かせ、俺は彼の手からそっと刀を抜き取った。死神がゆっくりと、焦らすように俺達に接近してくる。



「俺を狙えよ……」



 挑発のつもりで放った言葉は懇願になった。死神の目は、俺をすり抜けて背後のジンを見据えている。



 そのとき。



「止まれぇぇぇェッ!!」



 胴間声の後を幾重にも重なる発射音。ジンの部下達が立て続けに各々の武器から矢を放ったのだ。



 飛来したそれらは見事全弾命中。死神のライフは残り一割も無いというのに、その一割が全く減らない。だが、これで挑発指数は──



『……ギヒッ』



 吐きかけていた安堵の息が喉元で詰まる。死神は横合いから自分を襲った数多の矢には全く目もくれず、ただ俺の背後のジンを狙って更にこちらへにじり寄った。



「なんでだ!!? 止まれ、止まれよガリガリ野郎!」



「こっち向け! 向いてくれよォォォォッ!!」



 いつもの臆病な彼らからは想像もつかない勇ましい絶叫と共に、再び一斉に矢が放たれる。何発も、何発も死神の体に突き立つけれど、死神はあざ笑うだけ。



 また僅かに減ったHPはあと九パーセントほどで……そのほんの数ドットが、果てしなく遠い。



「だめだ……ジンが、連撃を与えすぎたんだ……」



 二刀流での大連撃。あれにより、ジン一人の挑発指数だけが大きく跳ね上がってしまった。今更誰がどんな攻撃を与えようと、死神はジンを狙うことをやめないだろう。



 ジン──この状況はまさかお前の作戦通りか?



 ジンが俺達に手を出すなと言った理由は、もしかしたら。ヌシのバーが赤くなって以降の後衛の安全を保証するためだったのではないか。



 丁度今のように。



 俺は背後のジンを心の中で激しく詰った。



 ──あれだけ、俺にかっこつけんなとか言っといて……ふざけんなよ……!



 死神がとうとう目の前に到着した。振り上げられる鎌。俺を狙うにしては距離が近すぎる。



 俺は刀を頭上で寝かせ構える。意思力で押し殺せない恐怖は初めてだった。



 後衛の五人は半狂乱で矢を放ちまくり、ソラも見たことの無いほど悲壮な顔つきでエンジとマナに上級魔法を指示する。



 カレルは、開ききった瞳孔をこちらに向けて立ち尽くしたままだ。死んだ仲間達の今際の姿を思い出しているのかもしれない。



 滲んだ涙もそのままに、俺は振り絞る。



「絶対、絶対死なせねえぞ! ジン!」



 瘴気の塊を纏ったどす黒い刃が、一瞬硬直し──落雷を思わせる速度で墜ちた。




 パキン、と。救い難く空虚な音を聞いた途端時が止まった。




 金属質で冷たい桜の花弁が目の前を舞う。両腕に走った電流じみた重量は一瞬で消えた。後には虚しいほどの軽さだけが残る。



 龍刀葉桜が、死んだ瞬間だった。



 肉厚の鎌を深々と肩に突き刺し、俺はジンを背もたれにするように尻餅をついた。決して離すまいと握り締めた柄の感覚が、泡を掴むようにふわっと消える。



 晩春の色彩を帯びた粒子が、俺の周囲でゆらゆら揺れて、溶けた。



 糸が切れた。龍刀の柄を媒体にこれまで握りしめていた生への執着や恐怖に打ち勝とうする意思が、手を離した風船みたいに俺から離れていく。



 俺は無感動に死神を見上げた。



 殺せよ。

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