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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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摩天楼の迷宮攻略組の総力戦

 アラームに起こされるわけでもなく、自然に目が覚めるまで熟睡したのはいつぶりだったろうか。



 一瞬ここがどこかすら忘れたほどで、薄暗いテントにて覚醒した俺は寝ぼけ眼をこすって体を起こした。全身が絶妙に気だるい。伸びをすると清々しい気分になった。



 そうだ、ジンとカレルは。眠る前の記憶を思い出してテントの中を見渡すも、二人の姿はなかった。抜け殻みたいな毛布が二つあるのみだ。



「おいいつまで寝てんだクソリーダー! 好きなだけ寝ろっつったがいくらなんでも変わり身早すぎ……って、なんだ起きてたのか」



 荒々しくというより馴れ馴れしい感じでテントの入り口をめくり上げてきたジンが、俺を見て目を丸くした。



 おはようと言うと、「ぜんぜんお早くねえんだよボケナスが」と愉快な暴言が飛んできた。臆病なクセに口が悪いとは手の付けられない性格である。



 ステータス状況を確認すると、SPは無事全回復。完全に使い切っていたというのに、酒による爆睡の効果は恐ろしい。ジン様様だ。



 テントから出ると、もうすっかり日も暮れかけて、ただでさえ薄暗かったフィールドは不気味な夜の世界へと移行しつつあった。



 チラチラ光るオレンジ色の灯りは焚き火の炎によるものか。そこに視線を移すと何やら美味そうな香りが漂ってきた。



 吊された鍋に焚き火がかけられており、その周りにはもう全員が集合している。



「あ、セツナおはよー。君がいないせいで火起こすの苦労したんだよー」



「……ウチの《エンジ》は、セツナさんほど火加減が上手くないので」



 アンナとソラだ。ソラが示すのは火妖精サラマンダーのエンジ。例の如く四十センチほどの体長で、赤いパーカーと半ズボン、サンダルという服装。やんちゃな黒髪の下から可愛らしい目が覗く。



 これだけなら普通の幼稚園児に見えなくもないが、彼の肌は灰色で、トカゲの皮膚のような光沢と模様をしている。笑うとチラリと見える舌も人間より随分細く、先っぽで枝分かれしているのだ。



「オレ、これオレがつくった! あのなセツナ、これオレがな!」



 エンジに寝間着の黒いジャージを引っ張られた。えらく興奮している。



「この匂い……カレーか?」



「そう! オレ、オレがつくった! セツナ、オレが!」



「分かった、分かったから」



 苦笑してエンジの髪を撫でる。こいつの全身は途轍もなく高温で普通の人間には触れることもできないのだが、蒼炎の知られざる副作用サイドエフェクト、《熱耐性特大上昇》を持つ俺だけがその限りではない。



 火属性や熱魔法は俺にはほとんど効かないのだ。一度ヒロキのドラゴンを触りすぎて火炎ブレスをお見舞いされたことがあったが、全身に見えないコーティングがあるみたいに熱を感じなかった。ただ風圧だけはものすごかったな。



 蒸気を常に体から放出しているほどこいつの体は高熱なのに、俺は素手で触れ、掴み、なんなら肩車だってできる。



 そのせいか、こいつだけはソラよりも俺に懐いているのだ。俺もこのわんぱく坊主がかわいくて仕方が無い。



「エンジは、火を起こしただけでしょ」



 ソラの一言にエンジはむっと顔をしかめた。



「オレ、いっぱい混ぜたもん! それにチーズ乗っけて焦がしたぞ! あと、あと、味見した!」



「うんうん、エンジちゃんえらいえらーい」



 アンナが鍋掴みをはめた手でエンジの頭を撫でる。簡単に機嫌を直したエンジはアンナに抱きつこうとしたが、それにはさすがのアンナもさり気なく避けた。



 ──こいつ、本当にデータなんだよな……?



 無邪気な笑顔も、純粋な感情表現も、幼くて愛嬌のある思考回路も。エンジだけに限ったことではないが、本当にソラの妖精達は一つの生物であるとしか思えない。



 ちょいちょい、と肩を叩かれて我に返る。傍らにアンナが得意顔で立っていた。



「本日は特別にもう一品ご用意しました。じゃじゃーん」



 軽々と持ち上げた特大のフライパンを突きつけられる。その中で香ばしい匂いを放っている黄金色の存在──それは宝石のように光り輝くチャーハンだった。



「まあ、君の言ってた世界一美味いカレーチャーハンにはならないだろうけど。これ食べて、ちゃっちゃとこんな悪趣味なフィールド突破しましょう。次こそはきっと綺麗な海のフィールドだとアンナちゃんのセンサーが言っております」



 敬礼しておどけたアンナの光る笑顔。俺は喉が詰まって言いたい言葉を見失った。



 アンナだって辛いはずなのに、こいつはこうやっていつも俺を励まし支えてくれるのだ。



「……ああ、そうだな。ありがとう。アンナはほんとに海が好きだな」



「あの色が好きなんだよね。丁度君の炎みたいな色。また、ハルカと三人で行こうね」



「いや、今度はここにいる皆やリンドウ達も含めて、全員で行こう」



 今日初めて心から笑えた。アンナも目を大きく大きく広げて俺に同意した。



「それいい! この間はハルカと二人がかりでもビーチバレー惨敗したからね、リベンジしてやる!」



「一応レギュラーのリベロだったんだぞ俺。何人来ようと一緒だって」



「うーわ言ったな。これで負けたらあれですね、超ダセー奴ですね。やーいダセツナ」



「な!? ふざけんな、せめて本当に負けてから呼べよ!」



 掴みかかろうとするとフライパンであっさり牽制され苦虫を噛むほかないのだった。アンナは愉快そうに、でもどこか無理をしているように、ケラケラ笑っていた。




 それから俺達は焚き火を囲んで輪になり、全員でカレーチャーハンを食べながら今後の段取りを話し合った。



 ヌシの情報は俺とカレルが持ち合わせているもので全てと言って良く、それを全員に共有するのがせいぜいだった。ただ、カレルの顔色と気力はスズ達の死の直後に比べればかなり回復しているように思えた。



 人数が減ったことと、ヌシが比較的小柄であること。そしてかなり高度な学習知能を有している可能性が高いことを考慮し、今回、あの死神を討伐する上でパーティーを一つにまとめることにした。



 といってもシステムが許す人数の上限は六名なので、実際には二パーティ合同チームという感じになる。ソロとなってしまったカレルは、今日よりセツナ班の一員となった。



 前衛は俺、カレル、ジンの三名。後衛がジン班のチンピラ五名。



 そして中衛、と言おうか、全体のサポートをしつつ適宜攻撃にも参加する役回りをアンナ、ソラ、ソーヤの三名に担当してもらう。これが今回の布陣だ。



 敵は圧倒的格上。ノーコンテニュー、しかも一人の"落ち"、即ち死亡も無しに討伐するのはかなり無理のある相手だ。だが何が何でも、この全員で悪魔の十三層をクリアしなければならない。



 まだこの上には八十七つのフィールドが積み重なっているのだということを、恐らく全員が努めて考えないようにしていた。



 いくら綿密に打ち合わせてもし過ぎはないと断言できる作戦会議が念入りに念入りに行われ、算段が纏まると各自行動を開始した。



 散らばって各所に予定通り仕掛けを設置し、再集合しての最終確認も終え、後は奴が来るのを待つだけとなったとき、時刻は間もなく日付が変わるという頃になっていた。



 俺達が寝ている間に見張りをしてくれたソーヤ達も、俺達が仕掛けを設置している間に十分な睡眠を済ませてもらったので、全員にとって眠れない夜の到来となったのだった。



 誰一人、口を開く者はいない。全員が緊張し、極限まで集中していた。



 焚き火は既に消してしまった。濃霧により月明かりの届かないこのフィールドでは、夜中はほぼ完全な闇に包まれる。



 焚き火を消したのはつまり目を慣らしておくためだ。闇に目が慣れていないと、戦闘中に火が消えれば俺達は盲目になってしまう。



 目を閉じてじっとすること数分で目は完璧に闇に慣れた。右隣のアンナも、左隣のカレルも、背後を振り返ればぶるぶる震えながら堅く寄り添っているジン達の姿もよく見える。



 絵面としてはひどいが、怯える気持ちは確かによく分かる。目が慣れたとはいえこの覚束ない視界の中、いつどこからあの死神が現れるかも分からない。



 これまで夜の狩りを徹底して避けてきた俺たちにとって緊張するのは当然の局面だった。



 だが死神と亡霊騎士の彷徨くフィールドで全員が寝ることなど自殺行為だし、かといって交代で見張りを用意するのもこの闇だと危険すぎる。そもそも、この精神状態では安眠など不可能だ。



 それに、もう全員限界が近かった。特にジンの仲間五人に顕著に見られるが、初めて訪れた仲間の死と、このおぞましいフィールドの雰囲気と、そこを彷徨く化け物の存在にかなり参ってしまっている。



 一刻も早くここから出たい──その恐怖に近い強い感情を、全面対決を今夜に決定することで前向きなものにシフトできた。以上の理由から、明日の朝までは待てない。



 全員のモチベーションは好調。視界不良のディスアドバンテージを考慮しても、今夜以上にパフォーマンスは上がらないはずだ。



 今夜、あの死神を──殺す。



 はやる動悸を抑え、浅くなる呼吸を深呼吸して落ち着かせる。葉桜の柄に手をかけるとやはり全身の力がよく抜けた。一つ息をついて再び前に視線を戻す。



 そこに死神の顔があった。



 跳ね上がる心臓。至近距離に浮遊していたのはまさしく、その、死神だった。血まみれの眼球をひん剥いたがしゃ髑髏がケタケタ嗤って鎌を振り上げる。



 ここの周囲にはソーヤの罠があったはず──などと、今更何を考えても遅かった。



 あの時の借りを返すとばかりに、黒い光芒を引いて大鎌の切っ先が既に脳天目掛けて落ちてくる最中だった。



 慌てて抜刀しようとするが遅すぎる。俺は倍近い体長の死神の眼を、呆然と見上げることしかできなかった。



「何よそ見してんだ、バカ」



 鋭い声。突っ立っていた俺の目の前で必殺の一撃が弾け飛んだ。巻き起こる火花。



 軌道を逸らされた鎌は俺の肩口を僅かに掠め、泥濘んだ地面にドスッと突き立つ。直後爆竹じみた破裂音、飛び散る汚泥。



 横合いから青竜刀の一振りで鎌の軌道を変えてくれたのは、以前の面影を完全に失ったカレルだった。糸目を鋭く開いたカレルの冷たく燃える瞳には、もう死神しか映っていない。



「よぉ……もう、怖じ気づいて来ないのかと思ったぜ……」



 カレルは言葉を紡ぎながらも手を休めることはなかった。軽く跳躍したかと思うと、固く握った青竜刀を一閃力強く振り抜く。



 手応え確かに通過した剣に死神が呻き後退するも、カレルはすかさず武器を両手で握り直して追撃。



 再び死神の胴体を抉った剣の通過点から、袋を裂いたように深紅の欠片が溢れ出た。がらがらに嗄れた悲鳴が骨の喉から迸る。



「うるせぇよ。【明鏡止水】」



 吐き捨てたカレルの青竜刀が光り輝く。先ほど掠った肩口を押さえながら、俺は思わず目を見開いた。



 青いライトエフェクトによって急激に伸びたリーチが死神との間合いを食い破り、その肩口から斜めに深く深く真一文字の刀傷を走らせる。



 さっき《伝授》したばかりの俺の剣技をさっそくこの土壇場で。しかも空中での三連撃というコンボに組み込むとは。計り知れないセンスである。



 ぐわんと上体を仰け反らせた死神の上げた、大気そのものを揺るがすような咆哮が鼓膜をビリビリ震わせる。



 だが──俺があの時入れた一撃分と合わせても、まだ奴のHPは全体の一割も減っていない。前のように感情が高ぶって暴走しているわけではなさそうだが、いくら何でも攻めすぎだ。



「カレル!」



 背筋に寒いものが走る。カレルは一度着地してすぐさま跳躍し、一気に距離を詰めるところだった。



 その直後。大げさな仰け反りが演技だったかのように死神は体勢を立て直し、その鎌を真横に振りかぶった。その刃が毒々しい紫色の光を放ち始める。



 あれは、そのたった一撃でダンを殺した横薙ぎの強攻撃。アンナを自分の背後に隠すようにして俺の隣に飛び出してきたジンが「逃げろ!」と怒鳴った。



「……分かってるって」



 その瞬間、無謀にさえ見えた突進途中だったカレルが前触れ無く上半身を後ろに逸らした。地面と水平になるように体を寝かせたカレルの鼻先を紫色の閃光が走り抜ける。



 そのまま軽やかに宙返りして着地したカレルは、休まる間もなく降ってくる追撃を冷静に躱し、地面に刺さった鎌を強引に引き抜いての更なる追撃を堅実に剣で弾いて防ぐと俺とジンの横に並んだ。



「そんなに心配しなくたって、もう一生、命無駄にするような特攻はしねえよ。死んだあいつらに誓ったからな。あいつらに……スズに救われた命だ」



 カレルの目は冷たく、苛立たしげな死神を静かに見据えたままだったが、まだかつての温かいカレルを失ったわけではないことが、その声の温度だけで伝わってくる。



 俺は随分と雰囲気の変わったカレルに動揺した。こんなに大人っぽい奴だったろうか。



「正直弾き防御パリィは多用できねぇ感じだな。重すぎだろあいつの攻撃。武器がイカレちまう」



 カレルが腹を撫でる青竜刀の刃は、もう微かに刃こぼれが窺える。隙を見て研がなければ折れてしまうだろう。



「パリィなら俺が引き受ける。刀の耐久力はバカ高いからな。二人で攻撃よろしく頼む」



 今度こそ刀を抜いてしっかり両手で構えると、俺は背後に向かって叫んだ。カレルの稼いでくれた時間でとっくに陣形は完成しているはずだ。



「全員作戦通りにやれば絶対に勝てる! 最後まで気を抜くな!」



 緊張した返事を返す仲間達。呼気を鋭く吐いて俺も全身の震えを追い出した。



「行くぞ!」



 叫んで、カレルを狙って突っ込んできた死神の鎌を刀で力任せに迎撃。両者のノックバックの隙にジンとカレルが前に出て、死神の体に渾身の一撃を浴びせた。



 二人の雄叫びが死神の悲鳴を掻き消す。数え切れない火花と剣技の効果光、そしてヌシの血液たる紅のダメージエフェクトが混じり合い、光の乱舞となって戦場を鮮やかに彩る。



 こうして死闘の火蓋は切って落とされた。

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