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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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風神

「親を中坊ん時に亡くした俺は独り身でよ。抽選に当たって理想郷とやらに来たものの、まあはみ出しちまって。こんなナリしてるし、どうにもご近所さんと仲良しこよしってのが苦手でな」



 そんなジンは、始まりの街タイロンで一人の男と出会ったそうだ。



「名前をフウといってな。呑気な日常に馴染めない荒くれ達を束ねて毎晩酒場で馬鹿やってる、豪快で愉快なやつだった。俺との出会いもその酒場だった」



 ノスタルジックな微笑を浮かべるジン。



「街の連中に白眼視されても、保安官に通報されたって俺たちは俺たちであり続けることができた。フウがいたからだ。俺達のギルド──《風神》は街の奴らに言わせりゃあ暴走族かぶれの徒党だったかもしれねえが、俺の唯一の居場所だったんだ」



 ジンの話を聞くうち、俺はあの日の連中を思い出した。アンナと初めて出会った日、メルティオールの酒場で騒いでいた男達だ。



 この理想郷の地を踏んだとたん、人々の働く義務は消えた。代わりにたった一つ、台頭した義務がある。



 それは、"楽しむ義務"だ。



 誂えられた平和の上で、辛気くさい顔なんてしてはならない。面白くない人間なんているはずがない。そんな固定観念が溢れかえる世界で、では退屈さを誤魔化しきれない連中はどうすればいいのか。



 システムによって二十四時間監視され、大小を問わない問題行動が百パーセント抑圧される理想郷。生き苦しかったのは何もベテルギウスのように極端な連中ばかりではないだろう。



 酒場で騒いでいた彼らしかり、このジンしかり。真人間と罪人の中間に位置するような、まだ可愛げのあるチンピラ達も例に漏れず、肩身の狭い思いが嵩張っていったはずだ。



 ……そういえば、メルティオールの連中は俺が派手に叩きのめしてしまったんだったか。今思えば、少しやり過ぎた気がしないでもない。



「その、フウって人は、システムそのものに反抗するみたいに、全力で、楽しむ義務を全うしてたんだな」



 ジンは深く頷いた。



「あいつのおかげで、俺達もこの世界の住人の一員になれたんだ。……そんなフウが死んだ、だなんてよ、いきなり聞かされたって信じられるわけなかった」



 ジンはあくまでも穏やかにそう言った。彼は既に、フウという親友の死を乗り越えているのだと悟ることができた。



 ただ一つ、頭を熱くすることがあるとすれば、それは再確認したやるせなさ故だ。



 今の世界は、人が死にすぎる──



「俺たち風神は、システムが書き換えられた後の方がむしろ積極的にフィールドに出てレベル上げをするようになった。どうしようもない無鉄砲ばかりでな。痛みや死の恐怖の先にある、ギリギリの戦闘の中の刹那的な興奮に生きがいを見つけたんだ。……そんな中、一人だけ風神を抜けたがった奴がいた。誰か分かるか?」



 聞いておいて、ジンは俺が答えるより早く答えを言ってしまった。これほど饒舌な男だとは皆目知らなかった。



「俺だ。俺は副リーダーでありながら、風神の中で誰よりも臆病でヘタレだった。そこのクソガキがおめぇに似たようなことを言うたびに他人事じゃなかったぜ」



 カレルを目で指すジン。確かにカレルにはヘタレだのチキンだのと揶揄された記憶がある。ジンがカレルにやたら噛み付くのもそういう理由があったらしい。



「もとからコソ泥みたいな人間よぉ俺は。地球にいた頃は、リンチはあっても正面からタイマンなんざしたことねえ。それまで騙し騙し副リーダーやってきたが限界が来てな、俺ぁ風神から降りた」



 見た目とは裏腹に、ジンには良い意味でプライドというものが無いようだった。何一つ飾らない言葉はすんなりと俺の心に入ってくる。ジンという人間性に、好感さえ持てる。



「毎日一日中ねぐらに引きこもってた。やることといったら食うことと飲むことと寝ることぐらいだ。女でもいりゃあ違ったのかもな……なんて、あの頃の俺を好きになる女なんざいるわけねえさな。……風神を抜けてから、俺は生きながら死んでたみたいだった」



「そんなの、特別惨めでもなんでもない。俺みたいなのが奇特で異端なだけだよ」



「……はん、慰めてくれてんのか。うし、この層攻略したらよ、また酒振る舞ってやらぁ。その時に聞かせてくれや、今度はお前の話」



 話が逸れたな、とジンは笑いながら瓶の残りを一気飲みした。プハァ、と豪快に息を吐いて続ける。



「風神を抜けた十日後だったか。その晩、突然、立て続けに数十通の死亡通知が俺に届いた。その中にフウの名前もあって……風神は五名を除いて壊滅したんだ」



 軽い口調にも関わらず息をのんでしまう。想像したのだ。かつての仲間と、ほんの少し疎遠になった矢先、永遠の別れを強いられることになった瞬間のことを。



 アンナ、ソラ、ソーヤ、カレルにジン達。リンドウにジグ。父であるシンジと、ワタル達アルカディアの研究員。そして──ハルカとケント。俺には喪いたくない大切な人間が、こんなに多くできた。



 簡潔な文字列で彼らの死を無感動に告げられた時の虚しさは想像するだけで胃が締め上げられるようだった。最期を看取ることができるというのは、もしかしたらまだ幸運なのかもしれない。



「ジンの仲間達は……何にやられたんだ?」



 直後、俺はその身に殺気の塊を受けた。



「ベテルギウスだ」



 ワントーン低くなったジンの声には途轍もない凄みがあった。それまで一定して穏やかだった感情の波が、仇敵の名を口にした途端に大きく不安定になる。



 平らな道を歩いていたら、突然マンホールに落ちてしまった──前触れのないジンの憎悪に当てられた俺の戦慄は例えるならそんな感じだ。



「ベテルギウスにとってみりゃ、俺たちは目障りでしかなかったんだろうよ。奴らの圧倒的な武力にも脅迫的な圧力にも屈さない、自由な生き方をして充実していた風神は、奴らに目をつけられちまった」



 淡々と、しかし苦しげに振り絞る。まるで己の罪を数えるかのように、その声と表情にはありありと悔恨と懺悔の色が滲み出ていた。



「俺は、俺はよ……ここで初めて白状するが、風神の活動が遅かれ早かれベテルギウスの神経を逆撫でするだろうことを予想してた。いや、確信してたんだ。それが怖くってよ……けど、そんな情けねえこと、フウに言えるわけなかった。あんな、眩しい野郎に……。結局俺は、なんだかんだとかっこよさげな理由をとってつけて、一人で風神を抜けた」



 あわや舌を噛み切るのではないかと心配になるほど壮絶に顔を歪めているジン。



「風神は、特にリーダーのフウは指折りの強者だった。けど、仲間に入れてほしいと偽って接近してきたベテルギウスに懐を許し、不意打ちであっさり壊滅しちまった。脳筋ベテルギウスのくせに姑息な搦め手を使うそいつの名は、ノートンというらしい」



 俺の仇の名だ。ジンはこれまでで最も強い声で、そう言った。



「あの五人はその時の生き残りなんだ。フウが命懸けで守り抜いた、俺に遺された最後の絆だ。毒を盛られ、全身を斬り付けられてもなお、最後の最期までフウはあいつらを逃がすために全力を尽くしたと聞いてる」



「……そうか。会ってみたかったな、その人に」



 本心を告げると、ジンは見たことのないほど穏やかな笑みを浮かべた。



「良い奴だぜ。おめぇもきっと気に入る。ちと短気だがな」



 懐かしむ表情を改めて、ジンはあの五人について語る。



「風神の中で最も弱く、最も臆病だったあいつら五人だけが生き残った。そして、あいつらより更に臆病な俺も。俺はそのとき痛感したんだ。この世はかっこいい奴から死んでいくんだって」



 ジンが空になった瓶をまるで剣のように俺の喉元に突きつけた。山犬じみた眼光に射貫かれ、思わず萎縮する。



「だからもうかっこつけんなクソリーダー。そこのクソガキにも伝えとけ。テメェら見てるとハラハラすんだよ。フウが何人もいてたまるかっつーの」



「はぁ、それで先に寝ろって言ってくれたのか。……ありがとなジン」



「あぁ!? 俺は酒が飲みたかっただけだっつってんだろ!!」



「はいはい、分かった分かった。まあ飲めよ」



 釈然としない顔をしながらもジンは素直に次の瓶を受け取った。関係ないが一人で何本飲む気なのだろう。とんでもないザルである。



「……あいつらのレベルが俺より高いのはそういうこった。俺が十日間も引きこもってる内に抜かされちまってよ。生き延びたあいつらが汚え泣き顔晒して翌日俺のねぐらを訪ねてきたときから、一度もパーティー契約を切ってねえ。だから一生レベルを抜き返すことはできねえな」



「じゃあ、風神は」



「馬鹿言うんじゃねえ。風神のリーダーはフウ以外有り得ねえんだよ。俺は、預かってるだけだ」



 ジンはそっと左手の甲をさすった。ギルドのエンブレムだろうか、風と槍の交差するようなデザインの入れ墨がエメラルド色で施されている。



「復讐なんてガラじゃねえのに。あいつらったら情けねえからな、俺がいなけりゃ何もできねえんだ。仕方なくパーティー組んでやってるんだよ」



 やれやれとわざとらしく肩をすくめるジン。あの五名のジンへの忠誠心は確かに尋常でなかった。大方、泣き付かれて担ぎ上げられて気分を良くしたのだろう。



 それに──お前が、その臆病な本質を捨て置いてでもノートンって奴を許せないんだってことぐらい、あの殺気を受ければ分かるよ。



「ちっ、余計なこと話しちまったぜ。酔いも回ってきたな。うら、寝るぞ! おやすみ!」



 強引に話を打ち切って毛布に飛び込んだジンは、もうぐるぐる巻きになって呼びかけても返事を寄越さなかった。



 なので最後に、俺はこれだけ独り言を言うことにした。



「俺たちが、エリオットに麻痺毒を盛られてやばかったとき。ジグやヒロキさんにそのことを教えてくれたのはあんただったんだってな。本当にありがとう」



「……礼なんているか。助けたのはあのちびっ子と半竜の兄ちゃんだろ。俺のジョブは盗賊系だからな、聞き耳スキルで防音壁の向こう側の騒ぎが聞こえちまっただけだ」



「半竜を知ってるってことは、その様子もどこかで見てたんだよな」



「っ……死人でも出たら、ビビって助けに入らなかった俺の食う飯がマズくなるからな!!」



 臆病で狡猾で打算的で、最優先は自分の命。それでもそれ以外のところで必死に俺たちを助けようとしてくれたジン。



「ああ、だから、ありがとな」



 拉致があかないと思ったのか、ジンはわざとらしくいびきをかき始めた。



 俺も酒のせいかなんだか頭がとろける。もぞもぞカレルの隣の毛布まで這っていき、その中に全身を滑り込ませて目を閉じると、あっという間に眠気が忍び寄ってきた。

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