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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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ジン



 ソーヤ制作の吊しランプの灯がほの暗く照らすテントの中で、泣き疲れた幼子のような細い寝息が規則的に聞こえてくる。



「ようやく寝やがった。たく、世話の焼けるクソガキだぜ」



 俺と向かい合って胡座をかき、酒瓶を勢いよく呷るジン。グビ、グビと豪快に喉を鳴らして瞬く間にまた一本瓶を空けると景気よく蛮声を上げた。



 顔を真っ赤にして眠っているカレルに毛布を掛けてやってから、俺もジンに振る舞われた酒瓶を一息に飲み干す。



「テメェなかなか強えじゃんか。未成年のくせによ」



「人聞きの悪いことを言うな、飲んだのはこの世界が初めてだよ。けど確かに嫌いじゃない。地球に未練があったとすれば、本物の酒を飲めず終いだったことか」



「ビビるほど変わんねえよ、向こうのもこれもな。アルカディアもいい仕事するじゃねえか」



 ジンが次の瓶を掲げて唸る。この酒は、一昨日第七層で一泊した際、夜の自由行動の時間にジン班の一人が大量に見つけてきたものらしい。



 それは曰く、酒の滝。風味や色などから大雑把に区別するなら、ビール、ワイン、日本酒の三種類の滝が横並びに轟々と流れ落ちる巨大な滝壺があったという。



 確かに七層はどこか酔うような良い香りが満ちた花畑広がるフィールド構造で、ヌシも、腰に巨大なひょうたんを提げた二足歩行の巨大イノシシだった。



 名前は《ドランクオーク》といって、突き出た丸い鼻の上が常に赤く目もとろんとしており、酔拳の使い手を思わせるフラフラした足取りが特徴のモンスターだったはずだ。なるほど第七層は酒の聖地だったのである。



 ミューの索敵で真っ直ぐヌシに到達できてしまう俺達は、広大なフィールドのかなり大部分を未踏破のまま終えてしまうのだ。



 そのため一泊する際の自由行動は、ヌシのいない平和なフィールドの散策に当てる者が多い。



 ジンは例のゴロツキ達とフラフラどこかに消えたしまうのがいつもだったが、そんな面白い場所を見つけたなら教えてくれても良かったのにと思う。



 まあ、こうしてしっかり大量の酒瓶に詰めて保存しているあたり、恐らくソーヤには事情をある程度話して瓶を創ってもらったのだろうことは分かるが。



 せっかくそんな虎の子をご馳走してもらったのだから、不満を言うのはこの際無しでいいだろう。



 酒アイテムは、睡眠を促し疲労を回復させる効能が設定されている。



 酔い、という一種の状態異常にかかってしまうのが難点と言えば難点だが、短時間で質の良い睡眠と回復を図りたい今ジンの酒はありがたい差し入れだった。



 俺も、特にカレルは、仲間との相次ぐ死別に精神を酷く摩耗させていたし、無為に自責の涙で枕を濡らし眠れない時間を過ごすよりも、無理矢理酔って眠った方が確かに生産的なのかもしれない。



 なんとも背徳的な荒療治だが、俺は向かいで次の酒瓶を開封している無骨者の認識を強く改めつつあった。



「テメェもほろ酔いになったらすぐ寝ろよ。俺もついでだから寝させてもらうかな」



「ツレの奴らに見張りを押しつけたままでいいのか? こう言っちゃ悪いが、あいつらが戦ってる姿をろくに見たことがない。ちゃんと使えるんだろうな? ソーヤが心配だ」



 軽い口調で言ったが半分以上は本心だった。ジン本人は例のラストアタック強奪の件で何度かその腕前の片鱗を見せてもらっているが、その取り巻き連中となるとほぼ完全に傍観者だ。



 乱暴そうな見た目とは裏腹に得物もボウガンや弓など中距離武器主体で、本来近距離と中距離の間ぐらいの間合いで立ち回る槍使いのジンが唯一の前衛、という恐ろしく弱腰のパーティー編成である。



「まず、押しつけて来たことには何ら問題ねえな。あいつらは俺のこの行動をバカみたいに深読みして、流石お頭だ、だのなんだのと盛り上がって見張りをこなしてるだろうよ」



 俺はちと疲れたから飲んで寝たかっただけなのによ、とジンはくつくつ笑ってワイン瓶のコルクを抜いた。ぽん、と小気味良い音が響く。



 ついでだとしても、消沈し疲弊した俺とカレルを寝かせる目的は確実にあったはずだが、ジンのその不器用な優しさは敢えて言及を避けた。



「奴ら、戦闘の腕は正直酷いもんだ。けどレベルは全員俺より高え、だから中距離武器を使わせてるんだ。遠くから狙って当てるぐらいなら下手くそでもできるだろ。当たりさえすりゃあ威力はあるわけだしな」



 ジンの話には確実に補足が必要だ。中距離武器は確かに近距離武器を扱うより攻撃を受けるリスクが少なく、技術的に未熟でも命中させることぐらいは容易い。



 ある程度命中精度を上げるアシスト──例えば若干の追尾ホーミングや射線の可視化などが武器本体の仕様として用意されているからだ。



 だがそれは、あくまで"優秀な前衛が十分な人数いる場合"に限定される話だ。



 剣士が前衛を務め、常にモンスターの注意をガンナーから逸らし続けるよう働きかけなければ、瞬く間にモンスターに接近され中距離武器の間合いでなくなってしまう。



 このゲームには《挑発指数》という概念が存在する。ことボス級のモンスターと交戦する上で絶対に忘れてはならないシステムだ。



 挑発指数とは有り体に言えば、あるモンスターが、あるプレイヤーに対してどれくらい"ムカついて"いるかを示す数値のことである。



 それはプレイヤーのあらゆる行動によって上下し、モンスターは、最も挑発指数の高いプレイヤー、つまり最もムカつく奴を狙って攻撃行動に移る。



 例えば、俺とジンが二人でこの間の巨大ニワトリと戦ったとしよう。スタート時の挑発指数は一定して100だ。俺がニワトリに接近すれば、俺の挑発指数が上がり、ニワトリは俺に狙いを絞る。



 一度俺に対して攻撃行動が起これば、俺の指数は大きく下がり、自動的に次はジンが狙われることになる。



 だがそこを俺がしつこく刀で斬り付けるなどするとすかさず指数が跳ね上がり、ジンの指数を上回れば、ニワトリはジンへの攻撃を中断してまた俺を狙う、という寸法だ。



 このようにして俺はヌシの標的を俺に限定し、攻撃パターンを出し尽くさせる作戦を進めようとしたのだが、毎回カレル達が我慢の限界に達して突っ込んできてしまうのだった。今となっては、その記憶すらも懐かしいが。



 さて、ここで本題に入る。ダメージを与えることで挑発指数は上がるが、その上がり方は近接武器よりも、中距離武器、遠距離武器の方が遙かに大きいのである。



 つまり、少しでも前衛のダメージディールが追いつかなくなった途端、遠くからチクチク狙っていた後衛の挑発指数があっという間に前衛を上回り、間合いを詰められてしまうということ。



 だからジン班は本来かなりバランスの悪い構成であるはずなのだ。前衛はジン一人だけ、後の五人は後衛。ジンが槍を使っているのは、前衛もできる武器の中でなるべく挑発指数を上げやすいものをと工夫した結果だろう。



 それを考慮しても、これではジンの負担があまりに大きすぎる。それでもパーティーとしてこれまで成立しているのだとすれば、やはりジンがそれほどに強いから、としか説明のしようがない。



 そこまで分かると、新たに一つ、腑に落ちない点が浮上する。



「ジン、あんたさっき、あの五人は全員あんたよりレベルが上だって言ったよな?」



「ああ。それがどうした? 腕はへっぽこなのにどうして俺よりレベルが高えのかって聞きたいのか?」



「いや、まあそれもあるけど」



 怪訝そうに二の句を待つジンに俺は率直に聞いてみた。



「なんでそんな奴らとパーティー組んでるんだ? あんた単独で戦えば経験値は今の六倍もらえるんだぞ」



 事実、これまでの攻略でもジン班の稼いだ経験値のほぼ全てはジンの掠め取ったラストアタックボーナスが占めている。



 レベルが全員ジンより低いのならまだ分かる。大切な仲間を守るため、そして育てるためのパーティー契約ならそれほど珍しくない。



 だがすでに自分よりレベルが高い仲間なら、ソロでの狩りに徹することになんら後ろめたさもないし、特に利己的で狡猾な印象のあるこの男なら絶対それを選ぶのが自然だと思ったのだ。



 ジンは腕を組み顔をしかめ、しばし黙考した。たった今自分の行動が自分らしくないものだと気づいたような表情だ。



「ん……ん、なんでだろうなぁ? まあ、なんつーか」



 歯切れの悪い、しかし確信のある声音でジンはボソボソ呟いた。



「あいつらはもう他人じゃなくて、自分の一部っつーか。あれだ、自分の右腕とか左脚を斬られたくないように、あいつらが痛かったら俺も痛えっつーか……」



 ポリポリ頭をかく。やがて小っ恥ずかしそうに手を振り回して話を打ち切った。



「自分の一部……か」



 感慨深く繰り返す俺に、「真似すんなー!」とジンが悲惨な悲鳴を上げる。



「……あいつらは、親友からの預かり物なんだよ」



 照れからか話を補足し始めたジン。酔った勢いもあったのだろうか、彼は静かに語り始めた。

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