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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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白銀の猫妖精



 摩天楼の迷宮十三階層、濃霧立ちこめる沼地のフィールドにて、あどけなさを残す少女は首をかしげて穏やかに呟いた。



「ああ、はい。もう大丈夫です。──終わりましたから」



 かつては亡霊騎士という名の不死モンスターだった氷の柱に腰掛けて、足をぶらぶらさせながら、ソラは目を閉じ、片耳を手で塞いでいた。



 肩に乗った音妖精のミューから通話中を示す電波のようなエフェクトが発されている。合流できていないセツナとアンナ、そしてカレル班に纏めて声を届けようとしたが、内三人には繋がらなかった。ソラはその時少しだけ、唇を噛んだ。



「な、なにモンだよこの嬢ちゃん……」



 遠巻きから、ジンが怪物を見るような目でそんなことを言った。心外だったが確かに少しやり過ぎた自覚はある。



 ソラの周囲には、乱立する数十個の氷柱。その範囲だけ氷点下の冷気が漂い、泥濘んだ地面も完全に凍り付いている。



 毒々しい紫色で満ちるフィールドの中に一点、ソラとその周りだけが白銀に染まっていた。



 ソラ自身の姿も常と異なる。サラサラの絹糸を思わせる水色のショートヘアを押しのけるようにして、ぴこん、と二つ、白い猫の耳が立っているのだ。



 ソラがこの凍結現象を引き起こす際に変身した姿だ。服装も、胸元に小さな銀の鈴が付いていたり、普段の装備の中にどこか猫っぽさが付加されている。



「《シロマ》、もういいよ。お疲れさま」



 ソラが一言労うと、彼女の身体が白い光に包まれた。光が収まったときソラの猫耳は元に戻っていて、代わりに、ミューが乗っている肩とは反対側の肩にそいつは姿を現していた。



 白い髪から白い猫耳の生えた、肌までも白い少年だった。サイズはミューと同じぐらい。長めの前髪からマリンブルーの冷たい瞳が覗く。



 華奢な肩に幼稚園児サイズが二人乗っている様はかなり不格好で重そうだが、妖精は実際のところ宙に浮いているので重さは感じない。



 猫妖精、《ケット・シー》のシロマ。ソラのさっきの姿は、このシロマとソラが融合した時のものだ。【ユニゾン】という、ケット・シーの使用できる唯一の魔法である。



 彼らはそれぞれ一つの属性を持っている。氷という希少な属性を持つこのシロマは、ソラの持つ使い魔の中でも最強の位置に分類される激レアの妖精だ。



 ソラは周囲を見渡した。敢えてこの拓けた場所に突っ立って亡霊騎士をおびき出し、片っ端から凍らせていったことが実を結んだようで、もう付近に亡霊騎士の姿はない。



 アンデットモンスターは倒すことができないと言われているが、黙らせる方法などこのようにいくらでもある。ソラは少しだけ疲労感の残る体を揺らした。



『終わったって……どういうことだ、撒いたのか?』



 閉じた方の耳からセツナの声が聞こえる。カレルとアンナの声は音が複雑になるのでカットした。無事が確認できた以上、話をするのは一番冷静な人物一人でいい。



「いえ、凍らせました。そちらも戦闘中かもしれなかったのでミューの魔法で連絡を取っているんですが、どうやら今は落ち着いてるみたいですね」



 ミューの音波索敵でヌシの場所を炙り出した時、セツナ達がかなり付近にいたので心配になり連絡した次第だ。カレル班の三名は、どうやらそのヌシにやられてしまったらしい。



『凍らせた? ああ、妖精の力か。なるほどそうすれば無力化を……って、俺じゃ真似できないな』



 どうやらセツナにも亡霊騎士の予備知識があったらしい。ここにいるソーヤとジン班は誰も知らなかったのでソラは意外だった。



『とにかく合流しよう。今回の階層は色々やばい』



「同感ですね。詳しい話はまた聞きます。ここ、安全なのでお手数ですがこちらまで来てもらえますか?」



『了解だ。俺達が着くまで気を抜くなよ』



 ソラは頷いて通話を切った。魔法である以上これもSPを消費する。ミューとシロマを一度送還し、ソラは氷柱から飛び降りると一息ついた。



「ソーヤさん」



「えっ、なに……?」



 大量の亡霊に囲まれた時点から終始涙目でソラの背後に隠れっぱなし、今回の戦闘でもまるで役に立たなかったソーヤにソラは声をかける。



「た、戦いの足を引っ張っちゃったことなら、その、謝るよ……」



「そうじゃないです。もともと戦闘面ではあなたに期待してませんから。精々死なないように、今日のように私の背中に張り付いててください」



「いちいち嫌味な人だな……で、なに?」



 ソラは自分が踏みしめている凍った地面を指さした。



「ソーヤさんって、罠とか創れます?」



───────

─────



「よう、お待た……せ……?」



 十五分後、ソラ達の待つ集合場所までやってきたセツナ達三人は一様に目を丸くしていた。ソラは得意顔で(客観的にはほぼ無表情だ)腰に手を当てふんぞり返る。



「どうですか? 立派なベースキャンプでしょう」



 言葉通り、そこには既に黄色いテントが二つ建ち、焚き火の準備も後は火を付けるだけというところまで完成されていた。



 しかも周囲にはソーヤに創らせた大量のトラップアイテムをばらまいている。なんなら今セツナががっつり踏んでいる石ころ大の粘土も実は地雷なのだが、ソーヤとフレンド登録しているセツナでは踏んでも起爆しない仕組みだ。



 待っている間、暇だったので簡易的な砦を作っておいたのである。ソラは指示を出しただけで、馬車馬のように働かされたのは主にソーヤとジン達だが。



「いや、それにも驚いたけど……」



 アンナが引きつった顔で指さす先をソラの視線が追っていく。そこには大量の亡霊騎士が磔にされた氷の柱の群れが。



「あれ、ソラちゃんがやったの……? 凍らせたってセツナから聞いたときは半信半疑だったけど……うっわぁ……」



「なんでちょっと引き気味なんですか。失礼しちゃいますね、人を化け物みたいに」



「あれ、動き出したりしないよな……?」



 セツナのおっかなびっくりな問いかけには自信を持って首を縦に振る。



「ご安心を。亡霊騎士は氷結耐性が最低値に設定されてるんです。一度凍らせたら一生そのまま。まあ、知る人ぞ知る裏技みたいなものですけど」



「いちいち武器破壊狙ってた俺がバカみたいな裏技だな」



 ソラはここで、二人の少し後ろで立っているカレルに気づいた。悲惨なほどに暗い顔をしている。不器用なソラに、どんな言葉をかけるのが最適なのかなど見当も付かない。



「カレルさん。無事で良かったです」



 せめて死んだ三人の犠牲に少しでも価値を付けようと、悩んだ末にそれだけ声をかけた。カレルはぐっと喉を詰まらせた後、消え入るような声で「ありがとう」と言った。



 この濃霧の中では忘れそうになるが、まだ時刻は午前だ。本来なら、夜までは根気よく攻略を続けるのが理想なのだが、ソラ自身実はそれなりに消耗している。セツナやカレルに至ってはそれ以上だろう。



 だから、ひとまず安心して体を休められるように砦を作った。



 一面に敷き詰めた地雷と、木々の間に張り巡らせた無数の糸。糸が引っ張られれば一斉にクナイ状の刃物が襲いかかる寸法の恐ろしい罠だ。こんな複雑な仕掛けを創るとは、ソーヤもたまには使えるというものだ。



 罠のことは手早く説明し、ここにいればひとまず安全だということを伝えておいた。三人とも、張り詰めていた糸が切れたようにその場にどっかり座り込む。



「交代で仮眠をとりましょう。特にセツナさんとカレルさん」



「いや、こんなに準備までしてくれて、気持ちはありがたいけど。俺はカレルの後でいいよ。ソラ、君も寝てくるといい」



「そうですか、ではお先に」



「ちょっと予想外だ」



 苦笑するセツナにソラは素直に首をかしげる。先に寝ていいと言ったのはセツナではないか。



 その時、背後でじっと腕を組んでいたジンが、一言乱暴に言い放った。



「テメェも寝ろバカリーダー。この期に及んでかっこつけてんじゃねえよ。お嬢ちゃんも寝てくれ、さっきはほとんど任せっきりだったしな。見張りは俺達でやっからよ」



 耳を疑ったのはきっとソラだけじゃないだろう。自己中の塊だったこの男が、自分の休息より優先して他人に譲るとは。



「んだよ、そんなに俺の親切が珍しいか? 気が変わらねえ内にさっさとテントに入れ」



 ジンの心中は想像に難かったが、ソラとしては願ってもない申出だった。半分は自分のために作っ(てもらっ)たような砦だし、眠りたい気持ちはある。



 その気持ちをセツナが代弁してくれた。感じている恩が滲み出るような笑顔。



「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな。カレル、ソラ、先に寝させてもらおう。アンナはどうする?」



「私は平気! むしろフォルテを寝かせてあげたいぐらい。ジンさん達と一緒に見張りするわ」



 傍らの、もう肩に乗ることは不可能なほど大きくなったフォルテの頭を撫でながらアンナは微笑んだ。と、ここでソーヤが遠慮がちに挙手する。



「あの、僕が先に見張りしますからアンナさんも休んでください。ソラちゃん一人じゃテントも広すぎて寂しいだろうし……」



 ソラは戦慄した。ジンだけでもらしくないというのにこいつまで。ソーヤが、アンナはともかくソラの心配までするとは、今後の天気が危ぶまれる事態だ気味が悪い。



「……何か言いたげな目だねソラちゃん。なんてことない、スペースが余ってるからアンナさんにも寝てもらおうってだけの話だよ。……それに僕だって、戦闘面のみでは君のこと頼りにしてるんだ」



 のみ、を強調したソーヤ。この険悪な感じの方がよほどしっくりきてソラは満足した。



 それにしても、感情が読み取れないと自他共に認めるソラの表情の、目を見ただけで不満を察知するとは。何も語らずに考えていることを看破されたのは初めてだった。特に相手がソーヤなので面白くない気分になる。



「決まったみたいだな。ありがとうソーヤ。使い魔の消耗は所有者の休息で回復させることができるし、アンナも寝てた方がいい。俺は十五分だけ寝たら誰かと交代するよ」



 セツナの言葉だ。流石にそれは短すぎて休憩の意味がないと思い、口を挟もうとしたソラより早く、ジンが苛立ち混じりに頭をかいた。



「まだテメェは……いいから自然に目が覚めるまで、好きなだけ寝やがれクソが」



「いや、そんなわけには。ジン達もHP減ってるじゃないか、戦いで疲れてるのは皆一緒……」



「俺達と十把一絡げにすんな! 明らかにボロボロだろうがテメェら……ーーッ、ああ分かった! 二人ともテントに入れ、否が応でも眠らせてやる! 野郎共、少しの間そこのモジモジ君と見張り頼んだぞ!」



 ジンは融通の利かないセツナと消沈しているカレルの元へずんずん大股で迫っていくと、何か言わせる暇も無く両腕で二人をヘッドロック。部下達に見張りを託し、抵抗する彼らを無理矢理テントに引きずり込んで消えてしまった。



「うわぁ……お頭、飲ます気だ……」



 結局見張りを押しつけられた五名のゴロツキの一人が、何やら聞き捨てならないことを口にした。



「あの人飲んだら更にタチ悪くなるからなぁ……大丈夫かよあの二人」



「……まあ、でも、仲間が死んじまってどうしようもねぇ時はよ、もしかしたら思い切り飲んでさっさと寝ちまった方がいいのかもな」



「まさかお頭、あいつらのためにそこまで深く考えて……ああ、そうに違いない!」



「流石俺達のお頭だ! 一生ついて行きます! オラァ野郎共、お頭に仰せつかった見張りの大役、全うすんぞぉぉぉぉぉっ!!」



 気合いの入った喧しい蛮声と共に五名のゴロツキの拳が天高く突き上げられた。勝手に盛り上がっているところ申し訳ないが、うるさい。



「ほらお前もぉ! 共に見張り頑張ろうぜ、エイ、エイ、オーッ!」



「えぇっ!? え、あの…………おーっ!」



 ソーヤが巻き込まれてしまった。助ける義理はないので放っておいて、ソラはさっさとアンナに視線を移した。呆気にとられて目を丸くしている。



「あの元気なら任せて問題無さそうですね。ソーヤ君がいるので暴走することもなさそうです。私達も、少し寝ましょうか」



「あ、うんそうだね。じゃあ私、よろしくお願いしますって言ってくる!」



「あ、今はやめた方が……」



 忠告虚しくゴロツキ達に礼を言いに行ってしまったアンナは、案の定謎のえいえいおーに参加させられていた。賑やかならば何でもいいらしい。



 思わずため息を漏らしながら、男という生き物にはまだまだ謎が多いと感じるソラだった。

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