無事帰ってきてくれるなら
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セツナ達の帰りを待つ間、何をすべきか。ハルカはトーリの去った次の朝からそれを考えるべく行動を開始していた。くよくよ閉じこもっているのはどうにも性に合わないハルカである。
差し当たって頼りになりそうな研究員を探そうと思ったのだが、ワタル亡き今知り合いと言えそうなのはヒロキぐらいで、生憎そのヒロキはレガリアに不在であった。
空中に浮かぶこのふざけた建造物はとてつもなく巨大で、部屋の数となると数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほど多量にある。研究員がどの部屋に普段いるのかなんてのも新参者のハルカに分かるはずがなく、早くも八方ふさがりだった。
散々歩き回った末これでは埒が明かないと悟ったハルカは、とりあえず遅めの朝食をとるため食堂にやって来ていた。ここまでスムーズに来れたのはトーリが目覚めるまでの間にヒロキが軽く案内をしてくれていたお陰だ。
生ハムの乗ったブルスケッタとかぼちゃのポタージュという、我ながら粋がったメニューを食べ進めていたハルカは、ふと何やら複数の視線を感じて顔を上げた。
向こうのテーブルに、何をするでもなく手持ち無沙汰そうにたむろしている数人の男性プレイヤーの姿があった。
ハルカはこの空中要塞に来ているプレイヤーは、例外なく世界を救うために集まった勇敢な戦士なのだと認識していたが、どうやらそんな大層なものでもないらしい。
アルカディアという最強のチームとその他志願兵に守ってもらおうとここへ来たものの、暇をもてあましているというところだろうか。年の頃は全員二十歳前後ぐらいだ。
何やらハルカの方をちらちらと伺いながら楽しそうに会話していたが、ハルカと目が合うと意を決したように一人が席を立ってこちらにやってきた。
「ねえ君、見ない顔だねー。最近来たの?」
見た目の軽薄そうな印象は声を聞いても変わらなかった。
「どうも。昨日からです」
「へえー、君みたいな女の子まで志願するんだ。いやな世の中だよね」
言葉とは裏腹に、この男はほとんどそのいやな世の中に慣れきっているように思えた。少なくとも、現状を憂い、ましてや変えてやろうという熱意は欠片も感じない。
男の仲間も釣られたようについてきて、なぜかハルカの向かいのイスを引いて勝手に座り始めた。ハルカは苦笑を引きつらせて残りのブルスケッタをまとめて口の中に突っ込む。
「この後なんか予定あるの? 俺達、ちょっと狩りに行こうって話してたんだけど。一緒にどう? レベルは上げられる時に上げといた方がいいよ」
ほう、上から目線ですか。ハルカは口の中に詰めたバケットと生ハムとを全てポタージュで流し込むと、社交的な笑顔を作った。
「へえ、いいですね。ちなみに狩り場はどちらですか?」
「《マンダ高原》の入り口付近。大丈夫だよ、危ないモンスターは少ないし、何かあったら俺が助けてあげるからさ」
ハルカは鼻で笑いそうになるのを必死で堪えた。マンダ高原! しかも入り口付近ときた。あそこは一度竜が目撃されて話題になりはしたが、通常、Mobの平均レベルなんて20がいいところだ。
この人達は危ないモンスターと戦わないでどうやってレベルを上げる気なのだろう。楽しいゲームがしたいならハルカには役不足だ。
「ごめんなさい。他を当たってくださいますか?」
丁重にお断りしてハルカの暇つぶしは終了となる、はずだったが。意外にも男達はしつこかった。
「いやいや、本当に危なくないって! なんなら最初は見てるだけでもいいよ! やっぱ女の子がいると俺らもやる気が違うっていうかさ、ね、お願い!」
「そうそう、行こうよ-、終わったら酒場で好きなだけ奢るし」
冗談じゃない。接待パーティープレイで時間を浪費した挙げ句、酒まで飲まされるなんて。
「結構ですから。私用事あるので失礼します」
「ちょ、待ってよー」
空になった皿を乗せたトレーを持ってその場を立ち去ろうとしたハルカの腕を、ムキになったらしい一人の男が掴んで止めた。
「きゃっ」
トレーから皿がこぼれて床に落ち、カランカランと派手な音を鳴らした。食事をしていた人々が何事かと騒がしくなる。
ハルカはその気になれば腕を掴んだ男の方を吹き飛ばして構わず進むこともできたが、それでは相手に大けがをさせてしまう。
レベル差のある相手には、少しでも加減を謝ると冗談抜きで殺してしまいかねないのだ。
どうしたものかと辟易しながら頭を働かせていたハルカを救ったのは、まだ幼さの残る少年の声だった。
「あ、あの時のお姉ちゃん」
浅黒い肌に黒髪の短髪。見覚えのある少年がハルカに声をかけてきたのだ。あの日、ベテルギウスによって支配されていた湖畔の集落、キノ村で出会った少年。
名を確か──ジグと言ったはずである。
「やっぱそうだ。セツナ兄ちゃんと一緒にいたお姉ちゃんだよね」
「ちょっとちょっとボク。今さー、お兄ちゃん達お話してたから。あっち行ってなさい」
幼子をからかうような口調でジグをあしらう男に向かっ腹の立ったハルカは、そろそろ腕力にものを言わせてやろうかと鼻息を荒くした。しかしその必要は無くなった。
「はいはいそこまで。その姉ちゃんはあんたらには釣り合わねえよ。見たら分かるだろタコ助ども」
これまた、男にしてはまだ高さの残る声。第二の助け船を出してくれたのはまたしても少年だった。ジグよりは年上だが、セツナよりも年下だろう。
長い茶髪を後ろで三つ編みにした、赤い拳法服を着用した可愛い男の子。
「げっ、こいつ……!」
「なんだよ人を化け物みたいに。その姉ちゃんはどうやら俺の友達の友達、つまりは俺の友達らしいんだわ。その手今すぐ離さないと金輪際何も握れない手になるよ?」
光の速さで手を離した男はばつの悪そうな顔でハルカに一言詫びると、仲間を引き連れて慌ただしく去っていった。
「大丈夫だった? あんたハルカさんだよね。俺リンドウ、セツナのお友達」
無邪気に笑う中華人の差し出した手を、ハルカは遠慮がちに握る。あの根暗なセツナにこんな活発そうな友達ができるなんて、なんだか意外に思うのだった。
話を聞くと、二人は朝の鍛錬を終えて今から食事をとるところらしい。セツナだけでなくアンナのこともよく知っているという話に強く引き付けられたハルカは、二人に同席させてもらうことにした。
「き……君、よく食べるのね」
席について早々ハルカを絶句させたのがリンドウの食事量である。曰く破壊盛り、というらしい山のように積み上がったチャーハンを、リンドウはスプーンをガツガツ動かしてみるみる食べ進めていく。
こんな細い体のどこにこの大量の焼き飯は消えていくのだろう。目玉焼きの乗ったハンバーグセットを食べていたジグは、いつものことだと言わんばかりの涼しい顔だ。
「リンドウ兄ちゃんはレガリアの大食いチャンピオンだからね」
「へ、へえー……」
「ふうー、ごちそうさん」
瞬く間に完食してしまったリンドウは、丁重に手を合わせた後ナプキンで口を拭いている。それからちらっとこちらを見て、しみじみ言った。
「まったく……アンナといいあんたといい、どうやったらこんな娘とホイホイ出会えるのかねあいつは。そりゃー嫌われるわ、うん」
よく分からないがセツナは皆から嫌われていたらしい。確かに万人に受けるような社交的な人物ではなかったが。
「あなたも彼のこと嫌いなの?」
「え? まさか。サイコーだろ、あいつ」
少年の曇りない無邪気な笑顔にハルカの気持ちは安らいだ。ケントの一件以来、セツナは男の親しい友人を作ることに抵抗を覚えていたことを知っている。だから常に人との間に壁を作っていた。
その壁をぶち壊して近付いてくれるような破天荒でないとセツナの友人は務まらない。いい人に出会えて本当に良かった。
「俺は強い奴が好きだ。あいつ、見た目は強そうに見えないけど。とんでもなく強い奴だよな」
リンドウが自身の胸に親指を突き立てた。トントン、と二度叩く。
「肉体的な強さより、あいつは"ここ"が強かった。あんたを助けるためにさ、ホントに頑張ってた。今もきっと頑張ってる」
リンドウとジグがどこか遠くを見る目になった。ハルカも思わず思いを馳せる。今なお戦い続けているであろう彼らのこと。
「なあ。セツナに聞いたときから思ってたけど、ハルカ、ってイイ名前だよな」
「ふぇっ!?」
唐突に言われて気持ち悪い声が出た。死にたい。顔を発火させて悶絶するハルカに構わずリンドウは続ける。
「俺、本名は実は「リンダオ」ってんだ。初期設定のとき「a」の一文字入れ忘れちゃってさー。ハルカはそれ、本当の名前なのか?」
「え? うん……多分」
「多分ってなんだよ-!」
無邪気に笑うリンドウ。面食らったハルカは頬を膨らませる。
「だって仕方ない。改めてそんな変なこと聞くんだから。急に自信なくなっちゃう。ただでさえあっちの世界の記憶ぼやけてるのに」
「いや、ワリワリ。そう言われりゃその通りだ。アンナもあれは芸名で、本当の名前は違うって話だったからそういう人多いのかなって。俺もリンダオだった頃の記憶はあんまり思い出したいモンじゃねえし、気軽にリンドウって呼んでくれよ」
明るく嫌味の無いリンドウの性格は好みだった。良く喋る彼に圧倒されながらも、無意識に破顔して頷く。
「そうそう、聞いたか? セツナのパーティー傑作なんだぜ。アンナはまだいいとして、あと二人は明らかに俺よりも年下だからな! 水色のショートヘアで無口な女の子と、気弱そうな西欧系の男の子だったな」
「うっそ、なにそれ。大丈夫なのかな……」
寝耳に水な話だ。アンナを含めた何人かで攻略に臨んでいるとは聞いていたが、そんな頼り無いメンツでは心配するなという方が無理である。
「おっと、ごめん。脅したかったワケじゃないんだ。そんな暗い顔すんなよ」
リンドウはあくまで陽気である。
「年齢で強さを決められちゃあ俺だって納得いかないよ。セツナがそうであるように、強さってのは見た目で判断できないもんだ。こんなファンキーな世界じゃ尚更ね」
「……そうだね。私だって、さっきはあの殿方達にナメてかかられたわけだし?」
慰めてくれたようだったのでハルカも努めておどけて見せた。それを見透かしたようにリンドウは続ける。
「あんたも強いな。うん、やっぱセツナはすげーよ。あんたみたいな女が惚れ込むほどの男なわけだ」
ここまでストレートに恋人を褒められると、その内容も相まってとても即座に切り返せない。赤面して俯いてしまったハルカに、ジグが実に子どもらしい質問を投げてきた。
「ねぇ、ハルカ姉ちゃんは不安じゃないの? 向こうで、三年間もセツナ兄ちゃんはハルカ姉ちゃんのいない時間を過ごすんだよ? しかも……」
「ばっ、ガキは黙ってろ!」
慌ててリンドウが口を押さえるが、ハルカにはジグの言わんとすることが分かっていた。そして、不安じゃないと言えば嘘になるだろう。
ジグが言おうとしていたのは、きっとアンナの気持ちについてだ。ハルカは自然に微笑んでいた。
「可笑しいよね。アンナ、あれで隠してるつもりなんだよ? バレバレだっての」
ハルカが知っていたことが意外だったのだろう、二人は神妙な顔でハルカの答えを待つ構えになった。
「……不安だよ。だけど、私は待つことしかできないから。それにね、私はあの二人が本当に大好きなんだ。だから信じられるし、もし二人の間に何かあっても私は受け入れられるよ」
三年間とはそれほどに残酷な時間だ。決して忍耐強い方ではなかったセツナが、自分のために進んで途方もない回り道を選んでくれたのだ。一体彼にこれ以上何を求められるだろうか。
それに、アンナと三人でつるむようになってから、ハルカはたまに思うことがあった。もしも自分とアンナ、出会う順番が逆だったなら──セツナはどちらを選んでいただろう。
セツナはANNAのファンだった。親しく接するようになってからも、アンナの知られざる素顔の好ましさに惹かれていたのを気づかないハルカではない。
それについて怒りや嫉妬の類いを覚えられないほどにアンナは人として魅力に溢れていた。
「セツナは自分の好きな女を泣かせるようなことする奴じゃないと思ってる。短い付き合いだけどそれぐらいは俺にも分かるんだ。けど……だからこそ、なんだよ」
リンドウは言いにくそうに頬をかく。
「あんたには悪いけど、俺にとっちゃあんたよりアンナといた時間の方がずっと長くて、アンナがどれだけ献身的にセツナを支えてきたかも、レガリアの中で俺が一番よく知ってる。だから、俺はさ……アンナに報われてほしいんだ」
本当に素直で誠実な少年だ、とハルカは思った。ハルカに遠慮することなく、ありのままの思いをぶつけてくれる。
「まあ、他人の色恋沙汰に首突っ込むのは性分じゃねえんだけどさ。その……アンナ、本当に頑張ってたし」
「ふうん……」
ここにも、アンナの魅力に惹きつけられた男が一人。彼女ほどの女性が恋敵なんていっそ光栄なほどだ。
「……なんだよ」
「ううん。やっぱりアンナって素敵な人なんだな」
目を丸くしたリンドウはやがてこくりと頷いた。アンナをよく知る人物と話せたことで、ハルカは不思議な清々しさを感じていた。
「私、二人が無事帰ってきてくれるならそれ以上何も望まない。今、心からそう言えることに気づいた。アンナの身に何か起きるぐらいなら、二人がアツアツの、ラブラブで、帰ってきても……」
本心とはいえ、その景色を想像するととても平常心ではいられない。何を見たかリンドウの顔が青白くなる。
「顔が怖いぞ……」
「う、うるさい。とにかく、そうなったら奪い返すまでなんだから。私もアンナも、そんなにキレイな性格してないのよ!」
強引に締めくくったハルカに、リンドウは呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。と思いきややがて唐突に吹き出す。
「……ははっ、確かに。アンナもああ見えて大概いい根性してるよな。ここでも割とセツナにベタベタ……」
「ちょっとその話詳しく聞きたいんだけど」
「え、待て、さっきと言ってることが……」
「いいから教えろ──!」
実力行使。リンドウを取り押さえて洗いざらい吐かせようとイスから飛び上がったハルカに、リンドウが悲鳴を上げてこちらも飛び退る。机の周りをぐるぐる回って追いかけっこを始めた二人を眺めながら、ジグは食事を再開した。
「平和だ」
口をもぐもぐ動かしながらそう一言呟いたのだった。




