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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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復讐の形

 次にケントを見たときの衝撃は今でも忘れられない。



 あれほど正義感に満ち溢れ、勧善懲悪の主人公といった雰囲気を惜しげも無く振りまいていた彼と、信じがたい再会を果たしたのは三日後、城にてだった。ケントは豹変していた。



 自尊心の塊で快楽主義者。暴力に酔っぱらっていて女子どもも見境無く殺す。フラリと出て行っては適当な集落を潰して回るのが趣味だという劣悪な人間へと変わり果ててしまっていた。



 故郷のメルティオールがケントによって襲撃されたと聞いたときはやるせない気分になったものだ。家を失った人々は今でも宿屋暮らしだろう。



 何より目を疑ったのがソーマに対する絶対的な服従の姿勢。そして親友だと言っていたはずのセツナという人物に対する深い憎しみ。彼をこのように変えてしまったのもバットマンであるとすぐに判明する。



 俺たちがハルカの洗脳を、バットマンに喧嘩を売るようなことになっても断固として止めようと画策したのは、洗脳の恐ろしさを既に一度身近に感じていたからに他ならない。



「……あ、そうだコーメイ。お前あの後、どうやってバットマン言いくるめたんだよ。ハルカを逃がしたこと、あいつ相当怒ったんじゃねえの?」



 回想に耽っていたところを、ふと帰ったら是非聞きたかった話を思い出して現実に帰還した俺は、傍らのコーメイに問いかけた。



「問題ないね。トモヤの【予知眼】がアルカディアがこちらに向かっている映像を視た設定で、トモヤも巧く口裏合わせてくれた。予知なんだから外れることもあるってとにかく言い張ったね」



「基本、俺はおうとああしか言ってないけどな」



 補足するトモヤに、普段から口数の少ないお前ならそれぐらいの方が丁度いいだろうと心の中で親指を立てる。



「ん? でも、さあ洗脳の続きだって帰ってみたら俺もハルカも部屋にいないんだぜ。そっからはどう誤魔化したんだよ」



「トーリが油断してたせいでハルカちゃんに逃げられて、きっと今頃半泣きで追いかけてるところだろうってことにしといた。バットマンは納得してなかったみたいだけど」



 あんまりな設定だ。確かにバットマンに対する反逆行為ではなくなるが、それでは俺一人が鈍くさかっただけみたいになるではないか。しかもしれっと主犯のコーメイはバットマンの怒りの矛先から逃れている寸法である。



 策士コーメイの平常運行ぶりに音もなく嘆息したのだった。



 その後、ケントが一向に訓練場を譲ってくれる気配がなかったため、今日のところはレベル上げを諦めた俺たちは談話室に移動した。



 続々と集まってくるザガンのメンバー。話題の中心はやはり俺となった。皆俺とハルカの旅の内容に興味津々だったのだ。ハルカとの逃走劇は非常に濃密な時間だったため、話のネタには全く困らなかった。



 俺は命の危険さえかえりみず勇敢にハルカの逃亡を手助けした、その度胸を評価して欲しかったのだが、仲間達はずるいずるいの大合唱。あまりに釈然としない。



「ハルカちゃんと二人旅とか役得すぎんだろー。しかも同じ部屋に泊まったとかよー、こりゃ処刑だな」



「ああ極刑に値する。さあカルマ、やっておしまい」



「トーリ、死ぬ前に教えてくれ。ハルカちゃんのあの絶妙なサイズ、揉み心地はどうだった!?」



 どいつもこいつもバカばっかりだ。ハルカのこととなるとこいつらは年甲斐もなくこんな調子になる。辟易する反面、昔に戻ったみたいな空気の温度がとても心地良い。



「最高だった。着痩せするタイプだったみたいでな。あれはC……いやC寄りのDはあるぞ」



 冗談のつもりで言ったのだが過半数は本気でショックを受けていた。俺のハルカちゃんが、と口々に嘆く野郎共を片っ端から引っぱたいて回る。



 思い直せば、二人きりで三泊もしておいてよくもまあ一度だって変な気を起こさなかったものである。まだ十代だというのにもう老いが足首まで迫っているのだろうか。



 恐ろしい考えに至って、勘弁して欲しいと冷や汗を拭う。どうやら相当余裕が無かったらしい。



 今になって惜しいことをした気分になったが、迫ったところでハルカとそんな雰囲気になるビジョンがどう頑張っても思い浮かばず、勝手に落ち込んだ。



 人間における三大欲求の三つ目。この世界でも人を好きになれるのはそれがしっかりと概念化されているからというのも大きな理由なのだと思う。



 もちろん、誰かに好意を抱くのは現実世界で横たわる自分自身の心だ。だが、その気持ちが及ぼす体への影響は、仮想的な電気信号によって驚くほど忠実に再現されているから、としか考えようがない。



 想って胸が痛むのも、焦がれて息が詰まるのも。この世界が人の心を理解し、恋の痛みや苦しみを擬似的に感じさせてくれているが故なのだ。



 その延長として、現実世界の俺がそっち方面で興奮すれば、こっちの俺の体には然るべき変化が生じるようになっている。それさえも俺の慣れ親しんだ向こうでの現象と遜色ない再現度だ。



 少し恥ずかしい話になるが、達した快感も本物とまるで劣らない。この辺のメカニズムはもうアルカディアの専門家にでも聞くほかないだろう。



 話が脱線するようだが、ベテルギウスのクソ野郎共が毎晩のように若い女を攫いに街に繰り出すのはその精密な完成度故だ。



 当然運営はセクハラ防止のコードを用意し、下心を持って異性に接触すれば即座に相手側のプレイヤーに警告文と同意するか否かの選択肢が表示される仕様を徹底していた。



 NOを選択すれば即座に保安官NPCが飛んでくる寸法。同意無しでは異性の髪に触れることもできなかったわけである。



 だがそれもあの日まで。運営襲撃の日、ベテルギウス側の熱烈な要望でバットマンはハラスメント防止コードをシステム上から消滅させた。



 聞いただけで身の毛の弥立つような話だが、冬真への復讐以外全く頭に無くそれを止められなかった俺達も同罪だ。



 何より壊滅的に、当時の俺達には危機感が欠落していた。人が死ぬようになったことも含めて、現実世界の仕様に戻るだけのことではないか、と心のどこかで考えてさえいたかもしれない。



 せめてもの罪滅ぼしとして、ベテルギウスが攫ってきた女性達を隙を見つけては外に逃がすということを続けてきたが、性懲りもなく次を見つけてくる外道共相手ではいたちごっこ感が拭えない。



 一度奴らに蹂躙されてしまった女性達の精神は相応に崩壊しているのが大抵で、逃がしたところで日常にすぐに復帰できるかどうかも怪しかった。



 それでも俺達にやれるのはせいぜいコソコソ逃がすだけ、その程度だ。──そう思っていた。ハルカに救われるまでは。



「皆集まったな。いないのは……レンだけか」



「あいつは来ないだろ。んじゃトーリ、真面目な話って奴を聞かせてもらおうかい」



 午後九時。定刻ピッタリだ。皆を集めてくれたカルマの言葉に俺は頷き、立ち上がった。先ほどまでのふざけた空気が嘘のように、皆真剣な視線を俺に向ける。



 口を開きかけて、僅かに言葉を躊躇った俺を、ハルカからもらった言葉達が励ました。俺は意を決して告げる。



「俺、冬真捜しを抜けようと思う」



 反応は様々だった。意外だったのは、俺の告白を半ば予期していたらしき者、もしくは同じことを丁度考えていたらしき者が思いの外多数を占めていたこと。



 そんな中で、コーメイは内心の悟りづらい微笑を浮かべていた。トモヤは無言で俺を見つめる。



 カルマはボスの風格を漂わせてどっかり椅子に座り込み、腕を組んで俺を黙って見上げている。その表情は険しい。



「あいつを許したわけじゃない。許せる日が来るかも分からない。けど、それよりもやりたいことができたんだ。ハルカがくれたんだ」



 多少ざわつきながらも次の言葉を黙って待ってくれる彼らは、やはり良い仲間達だ。ここまで苦楽を共にして余計に絆が深まった実感も恐らく全員が共通で持っている。



「ベテルギウスをぶっ潰す。そしてこの世界を、元に戻したいと思ってる」



 一気に騒がしくなったメンバーをぴしゃりと黙らせたのは、カルマが重々しく開いた口から一文字目を発したからだ。



「トーリ……今更やっぱりやめますってのかよ」



 いくら親しい友人とは言え、カルマに凄まれると抗いようもなく萎縮する。それでも背中をハルカの小さな手が支えてくれている気になれば、即座に決然と切り返すことができた。



「遅すぎるぐらいだ。俺達がしでかしたことは罪深い。本当にいるかも分からない仇を見つけ出して殺す、それだけのためにこれ以上ベテルギウスの暴走を俺は見過ごせない」



「じゃあ冬真は!! 今やめちまったら、冬真はどう思うんだ!? かくれんぼを逃げ切った気分でほくそ笑むんじゃねぇのか!? そんなの想像しただけで俺は……俺はおかしくなっちまいそうだ……!!!」



 カルマの咆哮に含まれた切迫する葛藤を俺はありありと感じた。最もこの復讐に没入していた彼でさえ、現状の罪深さを思わないでいないはずがなかった。



 それでもここで止まることはできない、絶対にしたくない、それがカルマの気持ちなのだ。



「……できれば、お前らを説得したいと思って今日集まってもらった。カルマ、お前の気持ちもよく分かる。今にもお前に流されそうな自分がいる。けど、俺思うんだよ」



 今にも暴れ出しそうなカルマは、泣きそうな顔にも見える。俺は確信した。こいつにはきっと俺の言葉が届く。



「──お前らとなら、復讐の形を変えることができるって、思うんだ」



 これが俺の出した答えだった。



 俺の言葉を聞く仲間達の視線の質が変わったのを肌で感じる。最初の宣言と矛盾するかに思える内容に、全員が惹きつけられた手応えが痛快に伝わる。



「思い出してくれ。瑞季が俺達の仲間になった春から瑞季が死ぬまでの一年間。俺はあの日々が人生で一番楽しかった。お前らもそうじゃないか?」



 三十人三十色の、全員が違う個性を持ったクラスメート。騒がしい奴も無口な奴も、皮肉屋な奴もケンカっ早い奴もド変態もマゾも中二病をこじらせた奴も、誰一人欠けてもこんなに楽しい集団にはならなかったと思う。



 そんな俺達の中に飛び込んできた、三十一人目の仲間。瑞季と、こいつらと過ごした高校二年生の一年間は、まさしく俺の一生の中で最も光り輝く時間になった。



 別に特別な集団じゃない。きっとどこにでもある、有り触れた仲良しグループの一つに過ぎないのだろう。それでも俺にとって、あそこ以上の居場所は無い。



「冬真が憎い、冬真を殺したいって気持ち以上に大きな目標ができた。俺は、あの時間を取り戻したい。瑞季はもういないけど、お前らともう一度何も考えずに笑いたい」



 仇を殺すために大罪を重ねて、その重圧に耐えかねた俺達は日々疲弊していった。冗談を言い合ったって協力して巨大なモンスターを倒したって、あの頃みたいに屈託無く笑うことがいつしかできなくなった。



 もう二度と戻れないのだと思っていた。でもハルカが、やり直してもいいんだと言ってくれた。



「俺は、お前らと……幸せになりたい。分かるか? 幸せだよ。全員忘れてるだろ、幸せってのはな。あの頃の俺達を言うんだよ」



 復讐を果たしたことを想像した。とても胸がすっとした。最高に気分が良かった。だがそれは果たして幸せか。幸せであったとしても極めて刹那的なものな気がしてならない。



 この手でこの上なく残虐な方法で、この世で最も憎む人間を殺してしまったら、俺達はもう本当に変わってしまうんじゃないだろうか。



「幸せになろう。俺、ハルカと友達になったんだ。こんな世界じゃなきゃ、お前らとだってすぐに打ち解けるぞ。世界を元に戻して、そしたら俺達とハルカでさ、また前みたいにバカやれる日が来るんじゃないかって。想像しただけでなんか楽しくないか?」



 ハルカを引き合いに出したことで、皆の顔つきが更に変わった。関心がぐっと高まったのが一目で見てとれる。



 少し卑怯だったかもしれないが、俺はここにいる全員を意地でも説得するつもりなのだ。



 ハルカは、瑞季と顔が似ているなんて程度の表現じゃ足りない。一年間一緒に過ごして、楽しかったことも辛かったことも共有して、心から慕い、恋した瑞季は、俺達にとって掛け替えのない存在だ。



 半端なそっくりさんにここまで心を動かされるなんて有り得ないと断言できる。ハルカは、とても赤の他人とは思えないほど瑞季の面影を濃く持ち合わせているのだ。こいつらにハルカの黒髪ショートバージョンを見せたら本気で腰を抜かすだろう。



 ハルカは十六歳。瑞季が死んだのも十六の時だ。俺は、いや、俺達は、ハルカを見たとき冗談じゃなく思ったんだ。



 ──瑞季が生き返った、って。



 仕草も、声の高さも男勝りな性格も、探せば探すほど見つかるハルカ=瑞季の法則。そんなことは有り得ない。



 だが有り得なくたっていい、重要なのは、今俺達にとってハルカはもう二度と喪いたくない大切な人だという事実だ。



 瑞季の話をハルカにしたのも、もしかしたらハルカが瑞季の血縁者、そうじゃなくても何か知っていないかと期待したからという理由もあった。



 これは瑞季への依存かもしれない。けど俺は、瑞季の死を経て出会ったハルカという一人の女性に恋をした。



 こいつらも同じだ。ハルカと出会ったことで、こいつらは否が応でも思い出したはずなのだ。あの頃の幸せな時間を。



 だから今なら俺の言葉が届くと思った。皆それぞれ、自分達の罪について真剣に考え続けてきただろう。程度こそあれ、迷い始めていたに違いない。ハルカが城にやってきて、それは加速した。



「ハルカはこの世界を元に戻すために闘ってる。そして、この世界をこんなにしちまった張本人である俺に、言ってくれたんだ。一緒に闘おうって」



 嘘だ、とこぼす者がいた。涙を流す者がいた。ハルカの名を、まるで聖母を呼ぶように、震える唇で呟いた者がいた。



 あの時の俺と同じように、こいつらは受け入れられないでいるのだろう。こんな非道なことをやらかした救いようのない馬鹿を、許してくれる人がいるなんて。とても信じられない。



「嘘じゃない。嘘じゃないんだ。ハルカも道を踏み外しかけたと言っていた。それを、傍にいてくれた人のお陰で一緒に乗り越えられたとも言っていた」



 ──かなわねえよなぁ。



 俺は記憶の中にあるハルカの顔を思い出す。だらしない、幸せそうな顔しやがって。



 ハルカに寄り添い、共に闇から這い上がったセツナという少年の存在が、今になって余計に頭に根付いて離れない。



 彼のことを語るハルカの表情は、あの日一瞬だけ見せた、教卓の冬真を見つめる瑞季の横顔とあまりにダブる。



 せっかく新しく人を好きになったのに、どうやら俺はまた蚊帳の外のようだ。全く不幸な星に生まれたものである。



 不思議なことに悔しさを感じないのは、ハルカが俺をあれほど熱心に救ってくれた理由に合点がいったからだ。ハルカはただ、彼のしてくれたことを次に繋げようとしたまでのこと。



 憎しみが連鎖するのなら、それを断ち切ろうともがく強さも、救い出そうとする心もきっと連なり継がれていくのだ。



 セツナからハルカへ、ハルカから俺へ。そして今俺が仲間達を救おうとするように、これからも、救われた者達はその温もりを次へと繋ぐのだろう。



「お前らに、ハルカの差し伸べてくれた手を払いのけることができるのか? 俺は絶対にできない。独りよがりだって構わないから、一生ハルカの盾でありたい。俺のことをナイトだなんて呼んでくれたハルカを──命に代えても護るって決めたんだ」



 くさいだなんて思わない。一切の偽りない本心が滑り出た言の葉だ。一瞬だけ鮮明に思い出した、瑞季の冷たくなった体の軽さ。



 もう二度と、あんな思いは御免だから。



「話は以上だ。それでも冬真を殺すことを優先したいって言うなら……今から俺とハルカは敵になると思え」



 我ながらずるい。敢えてこんな言葉を選ばなくても良いだろうに。まだ迷っていたカルマを含めた数名が痛ましいほど顔を強張らせた。



「俺は……俺は……!」



 カルマは拳を爪が食い込むほど握り締めて小刻みに震えていた。痛切に絞り出る掠れ声。



「俺は………………冬真への復讐無しに、笑えない……!!!」



 血を吐くほどの葛藤があったと見て取れる、その表情には俺達への申し訳なさと自分自身に対する激烈な怒りがない交ぜになっていた。冬真を許せないばっかりに、ハルカの手を取れない自分が恨めしいのだ。



「言っただろ。"復讐の形を変える"んだってな」



 俺は笑った。俺の出した答えに、カルマ、お前も満足するはずだ。お前好みの荒事じゃなくて悪いけどな。



「俺達は幸せになる。ハルカも含めて、またあの頃みたいに笑って、楽しかった二年二組をもう一度俺達で創ろう。ただ一人、冬真だけを除け者にして」



 一斉に息を呑む音が談話室中に溶けていった。



「──それが冬真への最高の復讐じゃないか」



 カルマの、いや、コーメイもトモヤも他の皆も、全員の目の色が変わったのを見て、俺は確信した。



 俺達はやり直せる。

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