金色の襲撃者
その日、城にいたのはザガンが俺を含めて五人ほど。ほとんどの時間城にいるコーメイとトモヤはともかく、俺がいるのはそこそこ珍しかった。ベテルギウスは五十人近くが東棟の大広間で騒いでいたはずだ。
ちなみに俺達は訓練場に用があるとき以外は西棟にいる。西棟というのは元々魔王アノンの待つラストフィールドとして用意されていた現東棟の魔王城、その横に俺が建てた城のことだ。
俺が建てた、などと言うと大袈裟だが、メルティオールで知り合ったサクヤ、という胡散臭い不動産屋からタダでもらっていた城を、ボタン一つでそこに建てただけのこと。
さすがに魔王城と並べてしまうと見劣りするが、それでもビルで言う三十階相当の高さを誇る。かなり縦長で、天を突く黒い矛のようなシルエットはいかにも月夜に栄えそうである。こんな巨大な城をたった三十人ぽっちの男で住んでいるのだから部屋数がもったいないというものだ。
その日は、その西棟の談話室で五人が集まり、確かマップを開いて冬真が身を隠していそうな場所について議論していたと思う。
最初に何者かの存在を察知したのはトモヤだった。彼のジョブ《ヴァンガードモンク》はいわゆる「戦う僧侶」というコンセプトの職業で、補助系の魔法と格闘系のステータスアシストが特徴だ。
そんな戦う僧侶のジョブスキル【予知眼】。予知とあるが、完全に不確定な未来を視ることはいかにスキルという絶対的存在でも不可能だ。
トモヤが視るのは、厳密に言えば"自分に敵意を持って接近しようとしている存在の現在の姿"である。
このスキルはその存在が自分を脅かす、そのだいたい三十秒前をコンピューターが予測して自動で発動するようになっている。
トモヤが視たのは、金髪の少年が一人のベテルギウスを締め上げている映像だったと言う。
トモヤが城にいる時にこのスキルが発動したのは初めてだった。当然だ、この城は暗黒海を渡った先にある。敵意ある者がそう簡単にたどり着ける場所ではない。
トモヤは座っていた椅子をガタリと倒して立ち上がると、険しい顔で言った。──何か来る、と一言。
部屋から飛び出したトモヤをわけも分からず俺達は追いかけた。階段を駆け下りて東棟に向かう途中に、掻い摘まんでトモヤに説明を受ける。
トモヤの【予知眼】が発動したということは、早ければ三十秒も待たずにここに敵がやってくるということ。
どうやって? たった一人で? なんのために? 無数の疑問符を飲み込んでトモヤを追い、俺達が大広間に飛び込んだ時、反対側の扉、即ち正門に無数の亀裂が走り、細切れになって倒壊した。
──ザガンのアジトってここであってるかな。
少年、ケントは肩に担いでいた、瀕死でボロ雑巾のようになったベテルギウスを雑にこちら側に投げ捨てると一言そう問うた。
フィールドにいたベテルギウスをボコって脅迫し、無理矢理ここまで転移で連れてこさせたのだろう。そんな方法でここまで乗り込む輩がいるとは完全に盲点だった。
少年の手には、深紅の刃が光る刀が握られていた。
息を呑むほど美しい少年だった。俺は疑いようもなく、こいつこそが英雄なのだと悟った。
俺達という悪はとうとう英雄に裁かれるのだと。それほどまでにケントの纏うオーラは正義の色に溢れていた。
「一つだけ聞きたい。セツナという名の少年がここに来なかった?」
ケントの言葉に、覚えのない俺は眉をひそめることしかできない。大広間で酒盛りをしていたベテルギウス達は、突然の不届きな乱入者に不愉快を露わにし、ある者は机を蹴飛ばしある者は酒瓶を投げつけた。
ケントはすっ飛んできた酒瓶を刀で両断し、場を一瞬にして黙らせた。
「そうか、まだ来てないか。どこで追い抜いちゃったんだろう。彼のことだからダンジョンにでも落っこちてないか心配だ」
ベテルギウス達が勢いを取り戻し、続々と立ち上がって呪詛交じりに抜剣する。俺達は最後尾で行方を見守っていた。
なめやがって。ふざけた兄ちゃんだ。ぶっ殺す。大量の猿に囲まれたと錯覚するほど、口々に喚くベテルギウスは喧しい。ケントは、嫌悪感の滲み出る表情で刀を一度切り払うと、口を開いた。
「お前らみたいな奴のせいでシュンは死んだのか……」
これほどやるせない怒りを肌に受けたのは初めてだった。激怒とも憎しみとも違う、絶望に近い弱り果てた怒り。
「──死ねよ、もう」
大音響と共にケント目がけて紅色の閃光が墜落し、正門付近を黒焦げになるまで吹き飛ばした。
深紅の落雷に打たれたケントは、その色の電流を全身から放出して虚ろに立ち尽くしている。
ゆらりと体勢を崩したかに見えたケントは、次の瞬間猛烈な勢いで大広間の絨毯の上を滑走し、瞬く間もなく手近の一人を斬り殺した。ケントの走り抜けた部分の絨毯が、煙を上げてプスプスと焦げ付く。
遅れて一斉に殺気立ったベテルギウスの大群を相手に、ケントは一ミリも臆すこと無くこう告げたのだ。──かかってこいよ。
それからは、とにかく圧巻の光景だった。耳障りな怒声を連鎖させ次々と抜剣する、腕だけは確かのはずのベテルギウスを、ケントは一対多数をものともせずに次から次へと斬り伏せていった。
多方向から同時に迫る剣戟をかいくぐり、蹴飛ばし、突き刺し、いなして弾いて斬り捨てる。
矢継ぎ早に黒い無数の欠片となって砕け散るベテルギウス。悲鳴、怒号、断末魔と共に四散する粒子とその爆音か少しずつ、こちらに迫ってくる。
ベテルギウスはこの日、その総人数をおよそ四十も減らした。
永遠に続くかに思われた襲撃も終わりを迎えた。随分と人の消えた大広間は至る所で火が燻り、嵐が過ぎたように荒れ果てていた。
元凶である少年は、大広間にいたベテルギウスの精鋭二人によってとうとう無力化されていた。
色素の薄い金髪のマッシュカットに眼鏡という風貌の、名をノートンというベテルギウスが、満身創痍で床に這い蹲るケントの頭を踏みつけている。
「くそ……くそ……くそ……!!!」
「理解に苦しみますね。どんなおめでたい脳みそがあったら、そこまで本気で悔しがれるんです? まさか本気で、君一人で我々を皆殺しにできる気でいたと?」
おこりのように震えるケントは、今にもノートンを押し退けて立ち上がり、再び襲いかかってきそうなほど屈辱に顔を青白くさせている。
だがシステムが限界を超えたと判断した以上、システムが良いと言うまで彼の体が動くことはない。
「ああ、当然だろ……そのつもりで来たさ……。ここまで連れて来てくれた彼と戦ってみた感じ、これなら何人いようが問題ないと思ったんだけどな……」
「下っ端なんかと比べられちゃあ心外だなぁ色男君よぉ。イヒ、イヒヒヒ! なあノートン、こいつどぉやって殺す?」
もう一人の精鋭というのがこのカイジだった。ベテルギウスの中でも群を抜いて生理的に受け付けない男だが、腕っ節だけは幹部の名に恥じないほどだからタチが悪い。
ケントが沸点に達したと見える激怒の表情で叫んだ。
「お前らみたいな……! お前らみたいなクズの身勝手で、何人の人が死んだと思ってるんだ!!! こんなことして許されると……」
「あーん? なんてぇ?」
ギョロ目を爛々と血走らせて大振りのナイフをちらつかせてみせるカイジを手で制したノートンが、肩をすくめてケントに言う。
「筋違いの詭弁ですね。やはりおめでたい主人公脳をしているらしい。誰が許さないんですか? 君ですか? 世界中の人間ですか? どうぞ好きなだけ。我々は痛くも痒くも無い」
「貴様……!」
「我々が許されなくて困る相手は、我々を為す術無く抹殺してしまえるほど圧倒的な存在だけです。向こうの世界で言えば警察、国、社会、世間──色々あったものですがね。けれど今はどうです? 全ての権力を一括してシステムに委ねていたこの世界は、システムさえ乗っ取ってしまえばもう、ほら。何も脅威がない」
ノートンの方は詭弁にすらなっていない戯れ言だが、怖いほど的を射ているのも確かだ。奴らがここまで傲慢に、天井知らずにふんぞり返れるのは、今や何も怖いものがないからである。
俺は拳を握り締めることしかできなかった。俺に、ノートンを諫める資格などないと思っていた。俺はノートン達の思想を知った上で協力関係を結んだのだから。
ケントは対話を諦めたように言い返さなくなった。ノートンはそれをどう捉えたか、気分を良くした様子で続ける。
「そもそも、法律やルールは人々を庇護するものではありません。作った人間が有利になるようにできているのです。アルカディアを牛耳った我々はこの世界でのルールを決定づける資格がある。──ルールなんて無い。それが我々の作り出したこの世界でたった一つのルールだ、お坊ちゃん」
豹変したノートンの革靴がケントの頭を踏み潰す。ケントのこめかみがメキメキ音を立て、壮絶な悲鳴が大広間に反響した。カイジの高笑いが耳を突く。
だが、ケントは絶叫を打ち切るように歯を食いしばると、四肢にあらん限りの力を込めて起き上がる気配を見せた。乗せた足が浮く感覚にノートンが短い声を上げる。
「分かったよ……ああ、分かったよクソ屁理屈野郎……!!! この世界は今つまり、強い奴が偉い、強い奴が全てを奪う、それだけが真理だって言うんだな……」
「……そうです。花畑が広がってる割に物わかりのいい頭ですね」
「だったら、僕が……お前から全てを奪ってやるよ……! 怖いものがないって言うなら……僕が!! 僕がお前らの恐怖そのものになってやる!!!」
完全に尽きていたはずのSPを燃やしてケントの全身が発電した。短く呻いて飛び退ったノートンの眼は血走り、いつもの冷静な態度は面影すらなく消え去っている。
「ガキが……! まだ足掻く力が……」
「イヒ、イヒヒ、ノートンだっせぇ! ちゃんと押さえとけよ無能メガネェ」
辛うじて生き残っていたベテルギウスの数名も含めて全員が戦闘態勢に入った。ケントは瀕死に追い込まれた獣のような眼を光らせて、ノートン目がけて一歩を踏み出し──かけたときだった。
「そこまでです」
ケントとソーマが出会ってしまった。
背後から投じられた美声に条件反射で飛び上がった俺達が開けた道を、ソーマがかつかつと靴を鳴らして歩いて行く。
これほど至近距離にソーマを見たのは恐らく初めてで、俺は自分の前を通過する存在に油断ならない目を向け続けた。
白い。髪もそうだが肌まで雪のように白く、長い睫毛やくっきりした目鼻立ちもあって恐ろしいほどの美形なのは間違いない。俺より背が高くなければ女性にしか見えない。
こんなやつが、この中の誰よりも強いなんて、いったい誰が予想できるだろう。俺だってこの目でソーマの実力を見るまでは疑っていた。
ソーマがたった一人で魔王アノンを打ち倒すのを見るまではずっと。
しかしケントは、ソーマを一目見るなり彼をここのボスだと確信したようだった。彼には常人離れした嗅覚が備わっているらしい。
「随分私の部下を殺してくれたみたいですねぇ。どうです、次は私と戦いませんか」
「ソーマ様、またお戯れを……。こいつはもう虫の息です、私が今すぐにでも……」
食い下がるノートンにソーマは邪悪な笑みをたたえて言い捨てた。
「あなた達如きに彼は殺せない。反論があるなら、まずはサシで戦ってみてからにしてください」
「ぐ……」
ノートンはぐうの音も出ない。実際、ケントはたった一人でノートンやカイジを含む全員を相手にここまで闘い抜いたのだ。
公平な一対一の勝負であったなら、この中にケントに勝てる者はいなかっただろう。
「ケント、と言いましたか。レベルはいくつですか?」
ソーマが問う。その口ぶりから、深い意味は無く純粋な興味だろうと分かる。
「……67だけど」
「67ぁ!?」
カイジがギョロ目を剥いて喚いた。ノートンは消え入るような声で、「ありえない……」と呟いた。
「おいおい、オレよか十も下かよ! そんなふざけた話があるかぁ!?」
ベテルギウスや俺たちの驚愕に反して、ソーマは感心した風だ。
「やはりそうですか。普通に考えて、一般のプレイヤーに我々がレベルで後れを取るはずがない。君が強い理由は君本人の素質にあるのだとしか、説明の付けようがありません」
「どっちでもいいよ。強ければそれで、いい。そこの屁理屈メガネが言ってたみたいに、クズの抑止のための強さが僕には必要なんだ」
ノートンは額に青筋を浮かべながらも、ソーマに釘を刺された手前これ以上はケントに噛み付けない様子だ。ただ一言、軋るような声で吐き捨てた。
「偽善者め……!」
「どんな名前だっていいさ。それに善を名乗るつもりなんて無い。人の命を踏み台にしてこの世界に来た僕は正当化されるべきじゃない」
即座に切り返したケントの方が、そもそも何枚も上手だ。ノートンは口が他人よりほんの少しだけ達者なだけで、中身なんてろくに詰まってないのだから。
「だからあんたらを裁くのは僕の役回りなんだ。殺しなんて似合わないこと、親友にさせたくない。彼より先にここにたどり着けて、実はちょっと安心してる」
ケントには人を殺す躊躇いがなかったように見えた。きっとここに来るまでにも、彼の思う悪を何人も殺してきたのだろう。
それが彼の言うところの、親友の役回りを肩代わりするためなのだろうか。
ソーマは完全に沈黙したノートンに肩をすくめると、ケントに向けて一言。
「セツナ君のことなら、少し知っていますよ」
「なに!?」
「そう恐い顔をしないでください。何も殺したと言ったわけでは」
「何をした!? 言え!! 彼に何をした!!!」
足取りさえ覚束ないはずのケントが、血相変えてソーマに剣先を向ける。彼にとってセツナという人物はよほど大きな存在なのだと、それだけで窺えた。
俺の頭の中に、その三文字の名前が妙に印象深く残った。
「だから何もしてませんって。困りましたねえ。私はただ、彼の炎に惚れてしまっただけなんですけれど」
「炎……?」
「あれ、ご存じでない? 彼の炎。君のそれと恐らく同種の、蒼い炎です。丁度システムを書き換えたその日ですよ。遠くの空に突然蒼い稲妻が駆け抜けたのを見て、見に行ってみるとさっきセントタウンで会ったばかりの少年が、蒼く燃えながらヒヒを次から次へ斬り殺していくじゃないですか。それはそれは美しくて、一目見て目を奪われた」
うっとりと語るソーマに、ケントは何か合点がいったような顔をしていた。
「じゃあ、シュンはそこで死んで……なるほど、それならセツナが急に強くなった説明もつく」
「よく分かりませんが、セツナ君は君の大切なお友達のようですね。私、彼のあの炎が欲しくて欲しくて、丁度部下にちょっと攫ってくるよう頼もうかと思ってたところなんですが」
ケントを逆撫でしたのは意図してか。どちらにせよケントは黙っていなかった。
「ふざけるな! 彼に手を出すと殺すぞ!!」
「やれるものならどうぞ。そんな相手を捜してるぐらいですから。それに彼の方も、私を殺す気満々みたいじゃないですか? ヒヒを斬り捨てていく彼の顔、あれは完全に復讐者のそれだった」
「それ以上喋るな……! それに、人のオリジナルスキルが欲しいなんて言っても詮無いことだろう!?」
それに関して言えば、そうでもないということを俺は知っていた。ソーマにはオリジナルスキルを盗むオリジナルスキル、というふざけた力がある。
バットマンに無理言って創らせた能力だと小耳に挟んではいたが……きっかけがその炎というわけか。
「君のその、燃えるような電雷も非常に美しいですね。まあでも、我慢しましょう。一番欲しいのはやはりあの炎だ」
ソーマはケントの方へ一歩、もう一歩と距離を詰めていった。ケントが全身に力を込めて身構える。
「君は強くなりそうだ。私は強い人が好きです。しかし、部下になれと言ってはい分かりました、なんて素直には聞きませんよね?」
「寝言は以上か……!? お前らなんかの下に付くぐらいなら挑んで死ぬさ!」
「ああそれはもったいない。私より弱い人を殺しても何も面白くないのに。うーんどうしよう、バットマンさんにまた相談してみましょうか」
我慢の臨界を突破したらしいケントが、咆哮と共にソーマ目がけて床を蹴り砕いた。力量差を正確に掴んでいたにしては、あまりに無謀な特攻。
紅の閃光がソーマの直前で屈折するまでは、そう思った。ケントはソーマの手前一メートルで着地し、手刀の形をとった左手を絨毯ごと床に突き込んだ。
絨毯の下は石床のはず──だったが、問答無用の威力に床の方が亀裂を走らせる。
「ぐ、らぁっ!!!」
ケントは血管の浮かび上がるほど力の入った気合いと共に、目算三メートルは優に超える石片を持ち上げ掘り起こすようにしてソーマ目がけて投石した。なんという馬鹿力だろうか。
ケント、ソーマ、俺たちという立ち位置の都合上、ソーマを覆い尽くすように飛来した石片のせいでケントの姿が完全に見えなくなる。ソーマは俺たち以上にケントを目視できるはずがない。
直進するケントを迎撃する構えだったソーマは、不意打ちの石床攻撃をその拳で叩き割った。今更これぐらいの芸当ではもはや驚かない。
上下二つに分かれて真っ二つに割れた石床の破片。開けた視界にケントの姿は見えない。まさかあの一瞬で逃げ──
「ソーマ様上ッ!!!」
横合いから戦闘の一部始終を見ていたノートンにはケントの動きが分かったらしい。俺も遅れて気づいた。
割れてソーマの頭上を越えようとしていた石片に、紅を纏う少年が刀を構えて"乗っていた"。
振り上げた刀が一閃、石片ごとソーマを斬りつけた。完全に死角からの攻撃だったにも関わらず掠るだけに留めたソーマの回避の方を褒めるべきなのか。
「くそっ……!」
「やはりあなたは強くなる」
細切れになった石片を潜って突出したケントの第二撃を、ソーマは腰の刀で抜きざまに迎撃。大輪の花火が咲いたような規格外の火花が弾け、ケントの刀は手をすっぽ抜けて真横の壁に勢い良く突き立った。
丸腰となったケントの頭を特に乱暴な感じも無く鷲掴みにすると──無造作に床に叩き付けた。むしろ投げ落としたに近いだろう、残酷な重い音がしてケントは悲鳴もなく床に転がる。
「生きて……ますよね。うわーギリギリ耐えてる、よかったー。やっぱり手加減は難しい」
呆気にとられる俺たちをほうってケントを肩に担いだソーマは、来たときと同じように俺達の間を歩き去って行った。とても腕を掴んで引き留める勇気など湧かなかった。
ノートンはかなり不機嫌で、大広間の修復を生き残った僅かな下っ端達に言いつけると荒々しく去って行った。
俺達もずっとここにいるわけにも行かないので、なんとなく沈んだ気持ちで談話室へと戻った。
ケントは紛れもなく主人公だった。俺達は本当なら、今日、彼に殺されるはずだったんじゃないかと、本気で思えるほどに。それが清く正しい筋書きのような気がする。
それをあっさり吹き飛ばしたのがソーマという圧倒的な強さ。ノートンの言う通り、強さ一つで全てがまかり通る世界が今なのだと、否応なく俺達は認識させられてしまった。
そして、そんな滑稽な世界を創り出してしまったのは──俺達だ。
自分達のしでかした過ちの巨大さに、真の意味で気づいたのは、今思えばこの日が始めだった。




