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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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プロローグ

 二十七センチ──生憎と、靴のサイズの話ではない。



 俺が今手にしている、紛いない凶器の刃渡りだ。いや、手にしているというか、振り回しているというか。



「うりゃあああああああ!!!」



 我ながら、何とも情けないかけ声だ。白い光の尾を引きながら、刃は何もない空をひたすら切り裂き続ける。ヒュン、ヒュン、と空気を切る音が虚しい。



 いかに俺がへっぴり腰であると言えども、これだけ軽いナイフを振り回しながらただの一撃も与えられないとは一体どういうことなのか。



 ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す汗まみれの俺とは対照的に、俺が殺しにかかっている相手の表情は憎らしいほどに穏やかで爽やかで美しい。



 頭が良くてしかも強い美男子なんて全人類の敵だ。存在が万死に値する。嫉妬の炎がナイフを加速させるのだが、腐っても超人的な肉体によって放たれているはずの攻撃はやはり全てひらりひらりとかわされるだけだ。



「ほい、隙アリ」



 そんな軽いノリで斬られた。対戦相手──ケントの武器は彼の身の丈に迫ろうかというサイズの大剣だが、恐ろしいことに、俺を切り裂いたスイングスピードは俺がダガーを振り回すそれに匹敵する。



「いって……!」



 隙だらけの腹部をバッサリ斬られたというのに、感じる痛みは麻酔の上からのように鈍い。我慢できる程度のそれを堪えきり、俺は再びケントを殺しにかかる。



 当初は切っ先を向けられただけで足がすくんだものだが、今となっては切り刻まれたってどうってことない。どうせ、これは《ゲーム》なのだ。



「届けえぇぇぇぇぇッ!!!」



「よっこいせ」



 まるでテレビの電源でも点けたかのような気楽さで、ケントは恐ろしい得物をよりにもよって顔面に突き刺した。血も涙もない攻撃により、レッドゾーンに突入していた俺のライフはあっさりと全消滅。



 気分の悪くなるような鈍痛を感じた着後、俺は全身を無数の光の欠片に変えて砕け散った。



 通常、この世界における"死"は、最終チェックポイントであるどこかしらのベッドの上で目を覚ますことで完結する。そうして、永遠に生をコンテニューするのだ。



 しかし今回の場合、俺とケントは事前に《フリーバトル》の申請と受諾を交わしていた。この場合においては、蘇生ポイントは仮設バトルフィールドである水色の半球ドームの中心となる。



 一度は鬼畜な友人によってHPヒットポイントを食い尽くされた俺だが、たった今、蘇生エフェクトの薄緑色の光と共に何食わぬ顔で復活した。同時に硝子のように砕け散って消えるドーム。



 普段なら支払わねばならないデスペナルティもこの場合に限って必要なし。



「今日は惜しかったね」



 開口一番ケントは苦笑いを浮かべて俺を労った。俺は肩に置かれた手を邪険に振り払ってそっぽを向く。



「どこがだ。一撃も入れられないで」



「いやぁ本当に惜しかったって。これで二十二戦目だ、初戦と比べたら見違えるほど動きが良くなってる。危うい場面も何度かあったさ」



 俺はその言葉を真に受けるほど愚かではない。この男は、俺の機嫌を直すためなら平気でこの程度の嘘は吐ける。故に本心かどうかは判断しがたい。



 一陣の突風が吹いた。途方も無く美味い空気を全身で浴びると、そんなやさぐれた気分も吹き飛んでしまった。



 太陽の温もりもこの空気も、風に揺れる草木の奏でる爽やかな音も。全て仮想、脳がハードから受け取った擬似的情報であるとは到底信じがたい。



 俺達がいるのは、俺達の暮らす街、《セントタウン》が一望できる街外れの丘の上。フリーバトルフィールドたる半径二十メートルの半球ドームは外部からのあらゆる事象の侵入を許さないため、下手な場所で開始すれば主に交通的な面で大迷惑となる。



 そこで、だだっ広いこの丘を舞台にしようということになった。障害物もなく、地面も土と芝で柔らかいので打って付けのフィールドだと言える。どこから噂を聞きつけたのか、今日はちらほらと見物人の姿も見えていたのだが、現在は見当たらないので既に帰ってしまったのだろう。



 俺達は並んで丘の緩やかな傾斜に寝転がり、柔らかな芝生のベッドに体を埋めた。またしても一陣、強めの風が俺達を撫でて去って行った。



 ケントが「それにしても」と口を開いたのは、しばらく経ってからだろうか。



「"あの日"から、もう一ヶ月か。なんかあっと言う間だね。毎日が新鮮すぎるせいかな」



 空を見上げたまま話す彼の瞳には、ノスタルジックな感慨の色がほの見えた。



 "あの日"──《終末の日》と呼ばれるあの日から、今日で丁度一ヶ月が経つというのだ。視界右下に表示されたデジタル時計の表示を見ても到底信じられない。



 あの日から俺達、いや、人類の生活は一変した。人口の九割九分を失いながらも、選別された生き残り達はここで仮初めの平和に抱かれて暮らしている。



 システムに統治され、全てがお膳立てされた完全無欠の平和の中で、こうして凶器を振り回して楽しんでいる。それが今の俺達の日常だ。なんと異常で、滑稽で──楽しい世の中か。



 ケントにつられて俺も笑って、ついでに右手を伸ばし、手の平を閉じた状態から開く、という単純な動作をした。瞬間、開いた手の平の前に薄水色の半透明ディスプレイが出現する。



 メインパネル、と呼称される二次元ディスプレイである。先程の一連の動作はこれを喚び出すための唯一のアクションだ。



 メインパネルは端的に形容するなら、携帯端末のホーム画面を思わせる画面構成をしている。規則正しく十二のアイコンが並び、それぞれがこの世界の生活に欠かせない機能を実行する画面へのリンクとなっている。



 その中の一つ、コミカルに描かれた黄色いリュックのアイコンをタッチ。これは所持品の一覧を閲覧、及び具現マテリアル化を実行する画面へと移行するアイコンである。



 メインパネルに重なるように新たなウィンドウが開いた。暖色系の配色でデザインされたパネルを指で操作し、随分慣れてきた手つきで『食べ物』のカテゴリーを開く。



 操作すること数秒。果たして、包み紙から半分その身を覗かせた三角形のサンドイッチが二つ、虚空から音を立てて出現した。一瞬停止した後落下するそれを受け止め、一つをケントに放る。



 先程のフリーバトル。あれで負けた方が勝者に軽食を奢る、というルールが俺達の間で定着している。



 強いて言うまでもないが、俺がケントに奢ってもらったことは一度もない。



 食べ盛りだなんだと言うのがこの世界でも関係あるのか分からないが、昼食はしっかり摂ったというのにサンドイッチを目の前にした途端猛烈な空腹に襲われた。ケントも同様のようで、いただきますもそこそこに俺達は並んで食べ始めた。



 ケントは律儀に体を起こして、俺は寝転がったまま。人間性の対比が実に分かりやすい絵である。モサモサとしたサンドイッチは安物だからか少しパンが硬いものの、レタスはシャキシャキパリパリで何とも瑞々しい。



 この世界──仮想世界、《ユートピア》では、食品の腐敗もきちんと再現されている。しかし仮想収納スペースであるアイテムバックに詰めているモノは、鮮度が常に維持される仕様だ。



 よってこのサンドイッチは、今日俺が露店で購入した際の出来たてホヤホヤ状態そのもの。マスタードも良く効いていてハムも肉厚だ、とても美味い。



「ねえセツナ。最初は味すら感じなかった食事も、最近みるみる美味しくなってきたと思わない?」



「丁度同じことを考えてたとこだ」



 そう言ったのだが、ケントは首をかしげて聞き返してきた。どうやら口いっぱいにサンドイッチを詰めすぎたらしい。俺は時間をかけて全てを飲み込んだ。



「……本来五年後を完成予定にしてたバーチャルゲームだぜ。それを急拵えで量産したんだ、俺達が乗り込んだハードはまだまだ試作品プロトタイプだったってわけよ」



「そういえば、そんなことを《アルカディア》の放送で言ってたような」



「"娯楽"から"永住"に目的がアクロバットしたからには、改変点も枚挙に暇がないだろうな。しばらくは、研究員の皆さんに自分達の世界を旅するなんて余裕はありそうにない」



「そっかー……じゃあセツナのお父さんも、今頃頑張ってるんだろうね」



 ケントが屈託の無い笑顔で見下ろしてくるので、俺は思わず赤面して顔を背けた。



「お、親父の話はいいだろ!」



「早く会えるといいね。大好きなお父さんに」



「上等だ!!」



 既にサンドイッチを完食し手の空いていた俺は傍らに投げていた愛剣を拾い上げ、含み笑いを浮かべるケントに怒りの一撃を振るった。



 ケントは避けない。剣はケントの額に直撃する直前破裂音を上げて弾き返された。



 ケントの額スレスレに壁のように展開する青色のパネルには、白抜き文字で『プレイヤーへの攻撃は認められません』とフリガナ付きで記述されている。



 当然承知の上で斬りかかったわけで、こんなメッセージは苛立ちの種にしかならない。プレイヤー同士の当たり判定が有効になるのはフリーバトルフィールド内のみである。



「あんまりそういうこと繰り返すと、保安官NPCが来ちゃうよ」



「一度呼んでみたくてな」



 適当に吐き捨てて、剣をおいて俺は再び寝転がった。ケントに背を向ける体勢を取る。



 親父の話をされると俺は弱い。特に親父を褒め称えるような言葉を聞いた日には自分が褒められる以上に浮かれてしまう。



 一ヶ月前の終末の日直前、数年ぶりに顔を合わせて以来まったく会っていないような肉親だが。それまでは家庭を顧みないゴミクズ野郎だと思っていた時期もあったが、こんなぶっ飛んだ世界を創っていたのだと知ったら憤りなんて吹っ飛んだ。



 そのベクトルは全て、尊敬へと方向を換えた。世界を丸ごと一つ創造しただけに留まらず、親父は十万もの命を救ったのだ。俺も、救われた命の一つだ。



 つい一ヶ月前まで、小さな小さな会社だったゲーム開発会社、《アルカディア》。この名を聞いたことの無い人間は今となってはいないだろう。



 親父は何を隠そう、そのアルカディアの研究主任なのだ。あまり言うとまたケントに言外に「ファザコン」と馬鹿にされるので癪だが、俺はそれが何よりの誇りだ。



 今やアルカディアは巨大宗教組織もかくやという規模で全人類から英雄視されている。中でもリーダーである親父のプレイヤーネーム『Shinji』の名はこの仮想世界全域で祭り上げられているほどだ。



 父に会いたいか、と聞かれれば会いたい。しかしそれは当分叶わぬ願いであると承知している。何しろ、これから永遠にこの世界に住むことになった十万人の人々のために、父達アルカディア研究員にはやるべき仕事が山ほどあるからだ。



 この一ヶ月の間にアルカディアが完遂した仕事は、実感できるもので二つほどある。その中の一つがさっき俺達が話した、"味の創造"であるわけだ。



 物質的な食事を摂らず、味覚と満腹感だけを脳に与える技術は主にダイエットなどの美容方面で実用化が進んでいた。味覚の創造はそれを応用したのだと思われる。



 どうやらアルカディア研究員はこのゲーム世界の内部からゲームのシステムをいじくっているようであった。地球は立って歩けるようなところではなくなってしまったので当然と言えば当然だが、何とも奇妙な話だ。ゲームの住人となった人間が、ゲームの設定を書き換えるというのは。



 サンドイッチと敗北の味を噛み締めながら、俺は遠い記憶をぼんやり回顧しはじめた。

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