その8 目覚め
『あなた…ごめんなさい…愚かな私が…あなたを…』
真っ暗な闇の中に漂う私が、遠くに微かな光を見つけた…
それが何なのか気になって少しずつ近づいていく…
そしてそれを手にした瞬間…
「エリーゼ…しっかりするんだ…エリーゼ…」
リーンハルト様の声で目が覚めた。
「エリーゼ!目が覚めたのか!! ああ、良かった。このままお前の目が覚めなかったら俺はどうしたらと…」
彼の目が涙で潤んでいた。
いったい…なにが…
「奥様は丸二日、うなされながら眠っていらっしゃいました」
彼の向こうからずっと私に仕えてきてくれた侍女の声がした。
「え?二日…?うなされ…眠って?」
「はい。奥様はヨーゼンヌ侯爵様のお屋敷で倒れられ、そのままこちらに運び込まれた後からずっと」
そうだ、私はあの時…
「お医者様のお話では極度の疲労との事で心配はないとの事でしたが、その間、旦那様はずっと奥様につきっきりでいらっしゃいました」
「そんな…あなた……お仕事は?」
全て私の自己責任なのに、この人に私は更にご迷惑を…なんて…
「こんな時に休めない程頼りない仕事はしていないつもりだ。こんなお前を放ってまで優先するものがあるものか」
涙を流しながら私を強く抱きしめてリーンハルト様が言う。
この痛みが彼の気持ち…そんな彼を私は信じ切れずに疑って…裏切って…
そして、間近でみる彼の顔の異変に気がついた…
ああ、あんなに美しかった肌が…たった二日でこんなになるまでやつれられて… 私は… 私は…
もう終わりにしよう。
もうこれ以上この人を裏切りたくない…
私は…私の不貞をこの人に告白する。
それで私はこの人にどのような罰を受けようとも構わない。
例えそれが死であったとしても…
けれどその前に…
この人に何を仕掛けてくるか判らないあの男…フリードリヒ・ハイデッガー… 彼をまず止めなければ…
そして翌日…どうにか動けるようになった私は、彼の元へと向かった。
彼の屋敷に入り、彼の寝室で、彼に向かって話す。
私が罪を重ねた場所で罪を重ねた相手との日々を終わらせる…
これが罪を背負った私が、如何様な罰を受けようとも、あの人への贖罪の日々へと進むための儀式…
「貴方が旦那様に対して、わたくしに対して何を仕掛けたのかもう解っています。メッセージカードのことも、香水のことも。レストランの話も旦那様の勤務記録を確認して頂ければ判ります」
「………………くっ…」
やはり彼が… こんな男に騙されて…
この身を…この男に触られた場所全てを削り落としたくなる衝動を抑えつつ言葉を続けていく。
「もう終わりにして下さい… わたくしは、今までの事を旦那様に話す事を決めました。もうこれ以上後悔はしたくはありません」
「すべて話すというのか?」
「そうですね。貴方がこれまでにしてきた事を考えると、このまま素直に終わってくれるとは思えません。そしてこれ以上あの人に手を出す事は許しません。その為にも貴方も共に罰を受けて頂きます」
これがあの人に私からできる最後の勤め…
「わたくしも貴方も、罪の責任を取るべきなのです」
「………罪か…」
「はい」
「私との関係は罪だったと…」
「そうです」
きっぱりと言い切る。
迷いはもう無い。
「………けるな…」
「え?」
「ふざけるな!!!!!」
「私との関係が罪だったと!? ふざけるな!!!!!!!!
お前の身体は全て知っている!なんだって知っている!!!私のものだ!!!!!
なのに…………………何故だ!!!!!
何故私に振り向かない!!!
何故お前の心は堕ちない!!!
あいつか!
結局、あいつなのか!!!!!!!!!!!」
何故だ…
何故私はあいつに勝てない…
認めない…
認めるものか…
お前は…オレノモノダ…
オマエハオレノモノダ…
オレノモノダ…
ヤツヲ…ヤツサエイナクナレバ…
ソウダ…ヤツサエ…
「…………取り乱してすまない。あいつの為に…か。やはり、貴女はあいつを忘れられないか」
「はい。もう全てが遅いですけれど…」
「………解った… だが、気持ちを整理させてくれ… 身辺を整理する必要もある。数日の有余をくれないか?」
「解りました。ですが、時間は余りありません。今月中…それまでに…」
「…解った…」
そして、私はこの場を後にした。
少し軽くなった心に自己嫌悪しながら…