その6 堕ちて (R15版
※※性的描写があります※※
男の屋敷で何度も二人きりで食事をし、歓談をかわしていれば男と女…
いつかこの時が来る…
いつものように彼の家に招かれたその日、抱きしめられキスをされ、寄り添ったまま手を繋いで引かれて歩く。
招かれたのは、初めて入る私の知らない寝室…
強く抱きしめられ、舌を絡めて深く長いキスをした。
待ち焦がれていた頭の芯までしびれるような幸せなキス…の筈だった。
なのに…なんだろう?
この違和感…
けれども、服を脱がされ、初めて見せる一糸纏わぬ姿を見て喜ぶ彼に幸せを覚えた私は、その違和感を気のせいだと思った。
頭の先から足の先まで、あらゆる箇所にキスをされ、抱きしめられて…
快楽に堕ちていく…
もう違和感を覚える事はなかった。
遂に私は彼のものになる。
その喜びに彼を深く深く受け入れようと身体が開く。
ついに…
なのに………なんだろうこれ…こんなに気持ち悪い…
違う…
これじゃない…
欲しいのはこれじゃない…
私の耳元で愛が囁かれ…
求めてやまなかったその言葉…
でも違う…
これも違う…
あんなに幸せを求めた私の心に今あるのは
――― 悲しみ ―――
聞きたかったのはこの声じゃ無い…
なのに私の身体は彼の身体を求めて離さない。
これが私の身体…違う…こんな身体いらない…こんなのは私の身体じゃ無い…
誰か助けて………………たすけて………あなた…
心は深く沈んでいきながら、私の身体は彼を求め続ける。
あの人の想い出を求めて…
あれからもう二ヶ月の日々がすぎ…その間、私は何度も彼の家へと通い彼に身を任せた。
この虚しさを誤魔化すように、今この時が幸せなのだと思い込ませるように。
それでも身体は少しずつ彼に抱かれる悦びを覚えていく。
きっといつかはこの身体にいまだ残るあの人の想い出は彼に上書きされていくのでしょう。
彼の腕の中で乱れ、愛を囁きあって、それでも心は悲鳴をあげている。
もう私の身体に彼を受け入れていない所なんてどこにもない。
この身体の全てを捧げつくして、それでも心だけが捧げられない。
こんなにも何度も彼の精を受けていれば、遠からぬうちには私の中に彼との新たな命が宿るやもしれません。
そうしたらあの人を忘れられるのでしょうか…
あの人に手酷く捨てられることに救いすら求めている私は…
もう楽になりたい…
私は何が欲しかったのだろう。
祝福されない命を求め、それにすがってまで逃げ道を求めている私は…
あの人を裏切ってまで得られるものはなんだと思っていたのでしょうか?
何もかもわからなくなってしまった。
自分自身のことなのに…
夕暮れ時に彼の家を訪れて彼に抱かれ、夜一人眠る…
屋敷の者はもう気付いているかもしれない。
お忍びとは言え二ヶ月間、何度も馬車も使わず外出していれば…そう…きっともう…
見られたくなくて自室に逃げ込んで、夜遅くに戻るあの人を出迎える事無く空しい日々が過ぎていく。
先に眠る事も出来ない。
あの人を出迎える事も出来ない。
そして一人、泣き崩れる日々…
泣く資格なんて私には無いのに…