その5 ふたり
フリードリヒ様に抱きしめられた次の日、私は人目を避けながら彼の家へと向かった。
子爵家三男である彼は家の方針も有り比較的自由が利くらしく、宮殿近くの彼の身分を思えば小さな屋敷で、通いのメイドを一人だけ雇って気ままな一人暮らしをしているらしい。
そのメイドが不在の時間…殿方の家で二人きりの密会…
あの人に顔向けできない事をしようとしている事は理解している。
けれども、あの人だって…と思うと、その足が止まる事はなかった。
門をくぐり、屋敷のドアを叩くとすぐにフリードリヒ様に出迎えられた。
「待っていたよ、エリーゼ!」
抱きしめられ、キスをされる。
「ああ、愛しのエリーゼ。ひょっとして来てくれないんじゃ無いかと思うと、気が気じゃなかったよ」
「お約束致しましたでしょう?必ずまいりますと」
「それはそうなんだが…」
フリードリヒ様の目が少し潤んでいる。
「それよりも…ここでは人目が…」
門の内とは言え、通りから見えない訳では無い。
「それもそうだな。さあ、こちらへ」
ついに屋敷の中へ… 覚悟を決めて、その一歩を踏み出した。
もう戻れない…
「綺麗に使われてますのね」
「そう言って貰えたら、昨晩遅くまで必死に片付けた甲斐があるというものだ」
フリードリヒ様はそう言いながら、にこやかに笑った。
「まあ?フリードリヒ様ったらそのような事を」
「君を初めてこの屋敷に迎えると思ったら、心穏やかにいられなかったのさ」
頬にキスをされ、メイドも優秀だからねと付け加えられた。
「ですが、お食事は?」
メイドが居るのは平日は朝だけとの事。
「朝食はメイドが支度してくれている。昼は宮中近くで外食。夜は急に遅くなる事もあるので、メイドには来て貰っていないからやはり外食で済ませている」
予想通りの返事に予め決めていた事を告げてみた。
「それでは体によろしくありませんわ。宜しければ都合の付くときだけでも夕食はわたくしが用意致しますが」
「エリーゼが?」
「まあ?わたくし、料理は得意ですのよ?」
「伯爵令嬢が台所に立つ事があるのか」
「ええ…まあ… 趣味…ですから…」
そう聞かれて、言葉を濁してしまう。
本当は、美味しい物を食べた時のあの人の綻ぶ笑顔が大好きで…
その顔を私自身の料理で引き出してみたかったから婚約後しばらくして必死に料理長に頼み込んで教わったのだけれど…
「そうか、エリーゼの手料理とあらば一も二も無い。是非お願いしたい」
彼のために磨いた腕を他の人の為に…
フリードリヒ様の満面な笑顔に、覚悟を決めていたのにも関わらず心が痛む…
「料理を用意するとあれば時間も必要だな。
よし、これを持っているといい」
そう言いながら、一つの鍵を渡された。
「この屋敷の鍵だ。自由にしていい」
フリードリヒ様の信頼が伝わってくる。
「ありがとうございます。期待に応えて見せますわ」
痛む心を誤魔化して、にっこりと微笑んだ。