その4 確信
翌日の昼に宮殿に向かい、フリードリヒ様へお昼に面会を願うことを伝えてもらった。
待ち合わせはいつものカフェで。
ここにはいくつか個室が有り、二人きりで時間を楽しみたいカップルにも好評な相談に使えるスペースが備えられている。
「すみません急なお呼び出しをしてしまって…」
「いや、ここは食事も美味いし、全く構わないんだが… こんなスペースを使うということは…ひょっとしてあいつの事か…?」
用件が解っている事に心が揺らぐ…
つまりはそういうことなのだろうか…
「すまなかった。俺が余計な事を言ったばかりに要らぬ心配をさせてしまって…」
「いえ。その件は別に… いえ、良くは無いのですが… その事ではなく、昨夜の事で…」
そう言って、昨日の事を伝えた。
「香水…」
「はい、何かご存じないかと…」
長い沈黙の後、彼が重い口を開いた。
「実は…」
信じられなかった。
信じたくなかった…
彼に私以外の人が…恋人が出来ているなんて…外で密会を繰り返しているなんて…
確かに身体の関係もここしばらくはご無沙汰で…
でもそれは彼がお忙しいから仕方ないと思って…まさか避けられてるなんてことは…
けれども、フリードリヒ様に指摘されてみれば思い当たる節はある…
内ポケットに入っていたメッセージカード、フリードリヒ様が見たというレストランでの二人…
遅くに戻ったときの香水の香り、そしてあの人がよく女性に誘われているというアウレリア様の話もまさか…
優しい言葉を下さった、優しいキスを下さったあれは…
あれは嘘を隠すためのものだったの?
「俺も止めようとしたんだが、聞いては貰えず… 誰かに相談しようにも、あいつの未来を思えばそれも出来ず… 下手に噂を広げて、貴女や、お二人の父君や王太子殿下の耳に入ってしまったら思うと…」
涙を堪えて深くうなだれるフリードリヒ様。
そう…こんなことがお父様方の、殿下の耳に入れば彼の未来は終わりだ。
「お顔をお上げ下さい、フリードリヒ様。なにも貴方様が悪い訳ではありません…」
「しかし、止められなかったのは…」
「いいのです…もう…いいのです」
涙が溢れて止まらない…
私はこれからどうしたらいいのだろう。
あの人を失って…何を信じて生きていけばいいのだろう。
そんな涙を止められずにいた私を抱きしめてくれる人が居た。
「フリードリヒ…様…ごめんなさい…」
「泣かないで下さい。貴女に泣かれると何も出来なかった私を呪い殺したくなる」
抱きしめる腕の力が少しずつ強くなっていく…
「私は貴女を泣かせたりしない… ずっと好きだった貴女を泣かせたりは…」
「…フリードリヒ様?」
思わぬ言葉に顔を上げた私の唇に、彼の唇が重なった。
自分の身に何が起こったか理解出来ぬまま固まる私を強く抱きしめ、強く唇を押し当てるフリードリヒ様。
私の唇に、彼の舌が割って入ろうとしたその感触に気を取り戻し、彼を突き放した。
「いけません、フリードリヒ様…こんなこと… それに、私にはあの人が…」
「今、君を泣かせているあいつがか? 私は君を守ってみせる。君を泣かせたりしない!エリーゼ、君を愛しているんだ」
そしてまた彼に抱きしめられた。
強く…更に強く…
まるで彼の心を私に染み込ませようとするかのように…
そう、私の中に……強く…深く…彼の心の何かを……
私にはもう彼を突き放す力は残っていなかった…