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心と身体  作者: 山口みかん
3/10

その3 闇

 次の日の朝…彼は今日も早くから出かけていく。

 寂しいです…

 そんな気持ちを隠しきれずに今日も問いかける。


「今日も…遅いのですか?」

「ああ。しばらくはいつもより遅くなるだろうから、先に眠っていてくれて構わないぞ」

 いつもと少し違う言葉…


「…そうですか」

 そんなやり取りにも僅かながら心が沈む。


 すると頬に彼の手が添えられて…

「昨日の事は何もありはしない。心配するな。俺にはおまえだけだ」

 その言葉と共に大好きな彼の青い瞳に見つめられ、優しくいつもより長い口づけをかわす。


 そして一粒の喜びの涙がこぼれた。


 そう、大丈夫。

 だって、こんなに幸せなんだから。



 今日はお気に入りのカフェへと足を伸ばす事にした。

 今朝の事で幸せが溢れ過ぎ、侍女に「顔に出てます」と笑われたからだ。

 失礼な、と思いつつも顔の緩みが止められず、ちょっと気持ちを落ち着けようと思ったのだ。


 お気に入りのカフェのお気に入りの紅茶にお気に入りのケーキ。


 …失敗した。


 只でさえ溢れた幸せが更に溢れ出してくる。

 どうしようニヤニヤが止められない…


 明らかに今日の私は浮かれている。


 だからだろう。


「あれ?リーンハルトの奥さん?」

「フリードリヒ様?」


 旦那様の同僚にして一番の親友だというフリードリヒ・ハイデッガー子爵公子様だった。


「お久しぶりです」

「久しぶりだ。

 結婚してもう三年だっけ?いまだにあいつに貴女の事を惚気られて困ってるよ」

 そう言いながら少し苦笑いのフリードリヒ様に心が緩む。

 

「少しご一緒してもよろしいか?」

「どうぞ」


 良人に貞淑たれと教育され続けて育った私が、旦那様の友人とは言え、旦那様以外の殿方と二人きりでまさかの相席。

 けれども共通の話題は旦那様との事。

 おかげで私の心も軽やかに話も弾む。

 そんな幸せな時間をしばらく過ごし、立ち去ろうとしたフリードリヒ様が言った一言が…


「昨日は声をかけられず、すまないと思っていたんだが、今日こうして話を出来て良かった」 


 昨日の事だった。


「昨日…ですか?」

「あれ?昨日街外れのレストランであいつと二人で食事していただろう? 声をかけようとも思ったんだが、仲良さそうに二人が寄り添って出て行ったので、お邪魔してはと遠慮したんだが…」

「いえ、わたくしは昨日一日家に居りましたが…」

 そう言うと、フリードリヒ様はしまったと言わんばかりに顔を歪めて目を背けられた。


「いや、この事は忘れてくれ」

 そして、そう言い残し、フリードリヒ様は伝票を持って足早に立ち去られたのだった。


 昨日…

 そんな筈は無い…

 だって今朝だって…

 薄暗い店内で誰かと見間違えたに違いない…


 そう思いながら心に抜けない棘を刺したまま、重い足取りで家へと戻った。


 夜、やはり遅くに戻った彼を出迎えた。


「なんだ、まだ起きてたのか」

「その…少し眠れなかったもので」


 違う。

 待っていたのに…こんなことを言いたかったわけでは無い。

 違いますよね?

 私だけと言ってくださいましたよね?

 聞きたい事が口から出てこない…


「仕方ないな。早く寝ないと肌に悪いぞ?」

 そう言いながら、彼は私の腰に手を回し、抱き寄せて額にキスを落とした。


 普段なら、それで幸せを抱いて眠りにつく事が出来るおまじない…

 …けれど…


 近寄ると判る香水の匂い…

 消臭しようとした後もある…

 けれども微かに残るこの香りは…


 女性用と判るこの香りは、当然彼が使う香水では無い。

 もちろん、私の持っている香水とも違う…


 なら…誰の?

 けれどもそれは聞けないまま…


「ありがとうございます。お休みなさい」

 いつものように礼を述べ、一人、部屋に戻った…

ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。

とても励みになります。

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