その2 疑惑
「おまえの誕生日も近い。何か欲しいものはあるか?」
まだ先の話なのに、お気の早い事。
パーティーの準備を考えてもまだたっぷりの時間がありますのに。
「そうですね。どこか旅行でも出来たらと」
彼がお忙しいのは解っている。
それでも少しの期待を込めて。
日帰りでも一日、二人の時間が過ごせればと思う。
「そうか。考えておこう」
「ありがとうございます。でもご無理はなされませぬよう」
「わかっている。必要以上のことはしない」
この時、私はその言葉の意味を解っていなかった。
旦那様は本当にお忙しい。
ここ一月ばかり、これまで以上に帰りが遅くなっている。
お身体を心配するも、必要なことだからと流される。
お仕事の事だからと教えて頂けないのは仕方がない事だけれども、見えない事に不安ばかりが募っていく。
本当に心配になる。
そして今日は更にも増してお帰りが遅かった。
侍女から彼の帰宅を伝えられ、急いで寝衣の上にナイトガウンを羽織り出迎えた。
「お帰りなさいませ、あなた」
「寝ていてくれても良かったのに」
「そのようなこと… いつもあなたのことをご心配申し上げておりますのに」
いつものやり取り
「そうか。ありがとう」
それでもいつも朗らかに笑いかけてくれる、この笑顔が見たいが為のほんの僅か、幸せを得る為の時間。
「明日のご予定は?」
そう問いかけると、彼は愛用の手帳を内ポケットから取り出し、スケジュールを確認する。
彼は全ての予定が完璧に頭の中に入っていても、再確認の一手間を怠らない。
その時、一枚のカードが床に落ちた。
それを拾い上げ、彼へ手渡そうと…
「落ちましたよ、あな…た………」
目に入った…女の字?
『今日も楽しかったです
愛しの貴方
夢の中でも貴方の腕の中に包まれますように』
「………これ…は…?」
この時、私は何を考えていたでしょう。
あの時の婦人の言葉が脳裏をよぎる…
何を考えようとしていたのでしょうか。
ただ、頭の中がまっ白にと…
カードを受け取った彼の顔色が変わる。
「なんだ、これは!」
「あなた…」
「知らんぞ!俺はこのような者と会った事も無い!」
「ですが…、知らぬ間にこのようなものがと?」
内ポケットに入っていたのだ。
そこに入れられて気付かなかった筈は無い。
ならば、どこかで上着を脱いだということではないのか。
規律に厳しい彼は、どのような時でも外で上着を脱ぐということは無い。
「………俺が…信じられないというのか?」
悲痛な彼の顔を見て心が痛む。
「いえ、決してそのようなことは」
そして沈黙の時間…
「そうか…済まないが、今日は疲れているのでこのまま休む」
「…はい、あなた。お休みなさいませ」
いつものキスは今日は無かった…