85 赤の姫将軍
ケスガイゼの国王一家と成り行きで晩餐を共にしたアランは、その夜のうちにリリックを伴ってリード名誉男爵馬車団がテントを張るケスガイゼの村に戻って来た。
メイドを6人とも掻っ攫って行ったまま音沙汰の無かったアランが、今度は豹人族の美女を引き連れて帰って来たものだから、アランの近侍の皆は何事かと集まって来た。
皆、夕食を済ませた後だったせいか、交代で行う夜間の見張りを除いたメンバーが三々五々アランのテントの前に顔を見せ、溜まりに溜まった報告事項を片っ端から言上し始めた。
曰く『チャーバントの盗賊の置き土産の馬や馬車は、結局馬だけ12頭引いて帰って来たが、リード名誉男爵馬車団の荷馬車の換え馬として使えそうだからこのまま連れて行こうかと思う』
曰く『収穫された麦やその他の食料をこのまま積み上げていてもいいものか。なるべく早くケスガイゼの担当者に引き渡して然るべき措置を取るべきではないか』
曰く『そろそろ井戸を掘る道具を買い入れたメンバーと合流する頃だと思うが、あちらと連絡が取れなかったらどうするのか』
曰く『エビの養殖池の様子を見に行かないと、また子を産んで増えていたら村人だけでは対処できないのではないだろうか』
曰く『ロマンダリア人と思われるその美女は誰ですか』
曰く『カルア様だけでは物足りなくなったのでしょうか』
アランは、帰って来て早々だったが、また飛んで行きたくなった。
カルアは、リリックの顔を見てアランが暁の花園関係の仕事を抱え込んで帰って来たのだと推察した。
ロマンダリアに何の用があって立ち寄ったのかは分からないが、それがきっと重要な用件だったのだろうとは思ったものの、1人で飛び回るアランの体を案じて皆に言い寄られているところに割って入って行った。
「さぁ、みなさん。今夜はだんな様を独占したいので少しご遠慮いただけると嬉しいのですけど」
普段はそんなことなど言うはずのないカルアがそう言ったことで、皆もアランが疲れているのだと気が付いた。
本来ならそのことを一番に考えるべきだったと反省したメンバーは、報告は明日改めて行いますとだけ告げて、それぞれのテントに帰って行った。
「ありがとう、カルア。助かったよ」
「だんな様のお身体が案じられたものですから、差し出がましいことをしてしまいました。お許しください」
「さっきのはカルアじゃなきゃ言えなかったことだろうからね。心から感謝してるよ。ありがとう」
2人の世界に入り込んでしまっているアランとカルアを前にして、とても言い辛いことですがと前置きしてから、リリックは自分の存在を忘れてはいませんか、と問うてみた。
ギョっとして振り返ったアランの顔には、『まだ居たのかコイツ』という文字が確かに浮かんでいるのが見えたが、そこは大人の対応を心掛けてリリックはカルアに向かって挨拶をした。
「お久しぶりでございます、奥様。この度暁の花園顧問に就任なさいましたアラン・シュネーデルン・リード伯爵付きとなりました、リリック・ヨースデン総統代理です」
諸々説明すべき事柄を全部すっ飛ばして挨拶をしたリリックに、アランは頭を抱えて唸った。
「後でちゃんと説明するからね、カルア・・・・・・」
ようやくそれだけ言うと、アランはリリックにメイド達が不在だから空いているテントで横になれと指示した。
そして、微笑を浮かべたまま睨みつけてくるカルアに腕を取られたまま、自分達のテントに連行されて行った。
翌朝早く、アランとカルアは共に寝不足で赤く目を腫らしたまま、顔を洗うために水を積んだ荷馬車のところへやって来た。
既に顔を洗い終えていたゲルジンを見つけたアランは、昨夜カルアと話し合った今後の行動予定を伝えることにした。
「ボクはちょっと野暮用が出来てしまってね。このまま馬車団を率いてエビ用の中継池を作る予定の現場へ先行してくれるかな」
「野暮用・・・ですか?」
「ほら、そんな仰り方をなさるからゲルジンさんもお困りのご様子ですよ」
「全部話さないと分かんないよ、今の状況は」
「ゲルジンさんには知っておいていただいた方が良いんじゃないでしょうか」
「そうだね。その方が色々と都合がいいかもね」
「男爵様、何のお話をされていらっしゃるんで?」
「実はね・・・・・・」
そして、アランは昨日までに起こった出来事を順序立てて説明していった。
もちろん、チャーバントの国王を間違って殺してしまったとか、そのせいでロマンダリアから伯爵に叙任されたとか、ケスガイゼの国王一家を保護しているとか、どれか一つだけを取り上げても目が点になりそうな事柄を次から次へと話すアランを、ゲルジンは胡散臭い物でも見るような目で見ていた。
「男爵様が普通のお方じゃないってことは重々承知しているつもりでおりましたが、まだまだ自分の認識が甘かったと反省させられました。で、今度は地道にエビの養殖ですかぃ?」
「うん。だって、それがボクらの本来の目的でしょ」
「はぁ…。それで、オレたちが養殖池を掘っている間、どちらかへお出かけですか?」
「うん。実はカスマンドに戻って、国王陛下にこの件を報告しなきゃいけないんだよね」
「なんかそんな義理でもありましたかね」
「いや、ケスガイゼの国王一家を保護してるって言ったでしょ。それにこの麦の山を配分しなきゃいけないし、ついでにチャーバントの新しい王様も決めなきゃいけないしさ。やっぱ、ボクだけじゃ荷が重いからね」
「それで、ロマンダリアの王様にお会いになったら伯爵様にされたって言うんでしょ」
「うん」
「オレから見りゃ、厄介ごとを持ち込んでるとしか思えませんがね。それでもポンと爵位が上がるってんだから、雲の上のお方の考えることは分かりませんやね」
「それはボクも同じ意見なんだけど・・・」
「で、カスマンドではどこまで爵位が上がりそうですかぃ?」
ゲルジンは真面目に聞いていることがバカらしくなるような途方もない話に冗談を挟んだのだが、それが冗談では済まなさそうなアランの様子に二の句が継げなかった。
「デイマークス辺境伯とタランテロード公爵の両方からプッシュがあったりしたら・・・。あぁ、もう考えたくない」
それでも、ゲルジンはアランの要請の通りモノリスからの転向組を率いて北上することを了承して出発していった。
残ったのは、アランの身の回りの世話をするマルタや会計担当のナタリア、押し掛け執事のルネ、使いっ走りを自任するネロンガなどと、テムジンとグリザにコータルで新しくメンバーに加わった御者数名、そして新参のリリックだった。
「とりあえず、カスマンドに向けて出発しようか」
豪華仕様の乗用馬車4台を連ねて走り出すのかと思った御者たちは、アランが空に向かって何事か呟いているのを見て顔色を青くした。
彼らはこのまま馬車でカスマンドの王都ジャガンダールまで行くものだとばかり思っていたのだが、男爵様が空に向かって何やら呟かれた時は必ずケームがやって来るので、それが少しばかり困ったことになると思った。
馬たちは、どんなに調教が上手く入っていてもケームなどという猛獣を前にすると恐怖のあまり暴れ出すのだ。
それを制御するのに大汗をかかなくてはならない。
せめて少し離れたところにお呼び頂けたら、とは思うもののそんなこと口に出せる訳もない。
あぁ、またか、と諦めに似た気持ちで空を見ていると、予想に違わずケームが飛んできた。
しかし、今回は桁が違う。
10頭を超すケームの群れがこちらに飛んで来ていた。
これは何かの間違いだと思いたかったが、紛う事なき現実を前に御者たちは意気消沈した。
すると、アランから首を傾げるような命令が飛んで来て、御者一同目を瞬いて自分達の主人の顔を凝視した。
「馬を頸木から外してくれるかな」
馬を捨てて行くということだろうか、と早とちりする者も出てきた挙句、更にアランの言った言葉でようやく得心がいった御者たちは、結局自分達は置いて行かれるのだと知って情けない顔をしていた。
「馬車だけジャガンダールへ運ぶから、馬たちだけを連れて走って来てくれるかな」
4台の乗用馬車を運ぶだけなのに、なぜ10頭ものケームを呼び出したのか不思議に思ったカルアは、そっとアランに耳打ちをしてそのことを尋ねた。
「ウーサ種の馬を8頭走らせているとね、きっと何処かでそれを見ている盗賊が居ると思うんだ。まだまだこの辺は無法地帯だからね」
「それで護衛という事ですか」
「まぁ、御者からは見えないほど高く飛ぶように言うつもりだけどね」
「ならば、それを除いてもまだ余りますね」
指を折りながら数えて行くカルアの手を見ながら、アランは大切なことを伝え忘れていることに気が付いた。
「カルア専用のケームを1頭選ばなきゃね」
「あら、あたしはだんな様の後ろがいいんですけど、お邪魔でしたかしら」
「そうじゃなくてさ。これからカルアにも色々動いてもらわなきゃいけなくなると思うんだ。その時の為に今決めておこうと思ってさ」
「あたしなんかがお役に立つことがあるのでしょうか」
「忘れちゃいけないな、カルア。キミはもう伯爵夫人だよ」
「あら、そうでしたわね。すっかり忘れていました」
「ボクの名代が務まるのはカルアだけだよ。その時はよろしくね」
「はい。及ばずながらお手伝いさせていただきます、だんな様」
カルアの騎乗用のグリフォンは、特にガルーダに決めさせた。
時にアラン以上にガルーダを操ることが出来るカルアには、それに見合った能力の高い個体を探したかったアランにとって、同じグリフォンからの視点で選ばせる方が確実に相性の良い相手が見つかるだろうと思ってのことだ。
ガルーダはカルアを乗せて飛ぶことを喜ぶ傾向があったから、初めのうちなかなか言う事を聞かなかったのだが、カルアがガルーダの嘴を撫でながら何やら囁くと渋々ながら1頭の個体を呼び出した。
それは、以前からアランも知っていたが、なかなか1対1で向き合うことが出来なかった個体だった。
突然変異のように真っ赤な羽毛を身に纏ったグリフォンは、眼光鋭くアランを見ていたが、カルアの方に視線を移すと相性を調べる云々以前の問題の如くいきなり服従の姿勢を取ってしまった。
「なに、この違いは・・・」
アランとてしっかり命令すればちゃんと服従の姿勢を取らせることは出来るのだが、カルアに対しては触れ合うこともなく服従の姿勢を自ら取ったことに驚いた。
「ははは、もうこれに決まりだね」
「では、名前を付けてやらなければいけませんね、だんな様」
「そうだね。なんかいい名前考えた?」
「赤い羽毛が綺麗ですから…、ルージュっていうのはどうでしょうか」
ルージュは、アランがいつものようにそれは良い名前だね、と答える前に自分の名前に反応して高く長く鳴き上げた。
キュイ!
キュイ~!
アランの脳裏には、赤いグリフォンを駆って縦横無尽に暴れる回る姫将軍カルアの映像が映し出されたが、決して口に出来ない極秘事項として封印された。




