71 新生暁の花園
元々の出身がどこか判然としないアラン・リードという男が暁の花園という組織の総統になったのには、それなりの理由があった。
ロマンダリアという国のランダリウムという町に、たまたま間違えてやって来てしまったのがそもそもの事の起こりである。
今でこそカスマンドでは泣く子も黙ると評されるほどの辣腕貴族として知られるようになったが、それ以前は救国の英雄としてロマンダリアでは知らない者が居ない存在だった。
きっかけは至極簡単明瞭。
惚れた女を助けたかったから、という理由だった。
元々、ロマンダリア国内の裏社会を完全に牛耳っていた暁の花園という組織は、血も涙もない冷血漢達がトップに君臨して、利益のためなら手段も理由も問わずに何でも思い通りにすることで、国民を恐怖で縛り付けていた。
そういう組織を暗躍させる温床が、実はロマンダリア人の気性の中に見え隠れするのを、アラン・リードという男は逸早く見抜いていた。
だから、救国の英雄アラン・リードは、新生暁の花園を実力行使でイエスマンを育て上げる組織にすることを決して許さなかった。
誰もが自分の頭で考え、行動を自分で決定することを求めつつも、初めのうちは結果について特に重視しないように、指導者たちに徹底させた。
もちろん、大きな成果を上げた場合は組織を上げてこれを表彰する制度を設けていたし、これに該当する者が出た場合はアラン・リードではなくロマンダリア国王から褒賞が与えられることになっている。
しかし、一方で努力したにも拘らず結果を伴わなかった場合については、決してこれを咎めることの無いようにと、重々申し付けてもあった。
新生された暁の花園の指導部は、国家の枢要な部署からの人員派遣でまかなっている。
これは、特に王家に対してアランが強く求めた結果であった。
小さな綻びを見過ごすことが重なるとこういう事態を招くのだと国王に散々諌言した後、やさしい物言いで、だから人を育てよと諭した。
国家経営の枢要な部署に働く者のうち、何らかの功績があって地位や身分が上がった者のリストとその考課表を提出させて、その中からアランの目に留まった者だけをチェックして新生暁の花園への異動を勧告した。
異動の勧告を受けた者は最終的に38名に上ったが、了承して配置転換に応じた者は33名に留まった。
これはアランの予想をはるかに上回る数字であり、33名の協力者を得て組織はかなり充実した成長の後を示していた。
一方でおよそ20.000人と言われた犯罪者集団暁の花園の構成員のうち、刑務所に入れても過酷な労働環境に置いても更生の見込みのない者について、アラン・リードは凄まじく冷淡だった。
壊滅から3か月以上を経て尚、改悛の情を示していない3.500人に及ぶ危険な犯罪者を一括で処分するように求めた結果、死刑が執行されたと聞いたアランが、今回その真偽を確かめるべくケスに立ち寄ったのである。
暁の花園の本部は、国王から下賜された建物を使用している。
犯罪者集団だった頃の構成員のうち、ガイルやネロンガのような強制的に奴隷として扱われた挙句犯罪に加担せざるを得なかった者達が、過去の反省に立って社会に貢献をする目的で活動出来る場を用意したことで、ある者は福祉に目を向け、ある者は社会資本の整備に目を向け、ある者は教育支援に目を向け、ある者は介護に目を向け、ある者は農業支援に目を向けた。
これまでの活動は、概ね国民に快く迎えられていたが、まだ犯罪者集団だった頃に肉親を失った遺族達には冷淡な目を向けられている側面も確かにあった。
遺族達も、それが今社会に貢献している者達の仕業ではないことを頭では理解しつつ、尚感情がそれを拒否する現実を受け入れかねていた。
こればかりは、救国の英雄アラン・リードとしても如何ともしがたい問題だった。
月日が人の心を変えてくれることを待つしか手がなかった。
本部執務室に突然現れた総統に、国内から上がって来た報告を取りまとめていた幹部の1人、以前は近衛師団の連隊長として名を上げていたスネーデン・シャロワックという男が驚きの声を上げた。
「総統閣下、おいでになるとの報告は受けておりませんでしたが…」
「そのままでいいよ。勝手に来ちゃったんだし」
アランは理由も無く黙ってやって来たわけではない。
ロマンダリア国内の情報を速やかに収集するには、ここが一番だと判断したので寄り道しただけだった。
その時、執務室のドアを慌ただしく開けて小太りの男が飛び込んで来た。
「大変だ。カルア様がいらっしゃってる」
「一応、そのダンナも居るんだけどね、ここに」
「わぁ~、総統! いつお見えになったのですか?」
「今だよ、今着いたんだ。 それにしてもマスレルは相変わらず騒がしいね」
「これは生まれつきですから治せませんよ。それよりようこそお帰り下さいました、総統」
本部執務室の一番奥には、少し豪華な造りの扉がある。
そこはアラン専用の総統執務室であり、アランが顔を出した時はその中で必要最低限の決済関係の書類に目を通すことになっていた。
しかし、それは名ばかりのことで、すべての業務はアランが異動勧告を出した幹部たちの手で粛々と進められていた。
アランは奥に進んで、初めて総統執務室に入ってみた。
部屋の中はいつも掃除が行き届いているようで、塵一つ落ちていない様子に感心しながら総統専用の椅子に腰掛けて、机に置かれた呼び鈴を鳴らした。
総統秘書を兼ねている官房長がすぐに入って来て、
「驚きました。これが鳴るのは初めてですからね」
と笑い、お帰りなさいませと付け加えた。
総統秘書はマルアン・リネルという中年女性で、官房長を兼ねる職掌上さわやかな笑顔と凛とした立ち姿の持ち主だった。
「答え難いことかもしれないけど、正直に言ってくれると助かる。例の更生不可能判定を受けた連中の処分について報告を」
アランは努めて何気ない口調でそう言ったが、マルアンは一瞬顔を曇らせたもののすぐに元の笑顔を取り戻した。
「国王陛下より通達がございました。3.512名の処刑は滞りなく終えたとのことです」
「ありがとう。それを聞いて安心したよ」
「でも、これは私見ですが、本当に良かったんでしょうか?」
「うん、そういう意見は幹部からも出るとは予想してたんだけどね。更生が不可能な者にどうしていつまでも只で住むところや着る物、毎日の食事を提供しなきゃいけないんだい?」
「それはその通りなんですが、なんかその…」
「マルアンの気持ちはよく分かるよ。でもね、これは私情を挟んじゃいけない問題なんだ。国として治安を維持するのに障害があれば、これはすぐにでも排除しなければいけないからね」
「・・・・・はい、仰る通りですわね」
「彼らのしてきたことが原因で多くの国民が痛みを感じて来たのなら、それを償わせることに躊躇しちゃいけない。これは今後もそうだよ。忘れないでね」
「畏まりました、総統」
「それから、現在の暁の花園の活動状況を大まかに説明してくれるかな?」
「はい、総統」
マルアン・リネルは、書類を一切持っていないにも拘らず、淀みなくアランの質問に答えて行った。
総人員10.000人を超える団体の活動を詳細ではないものの、分かりやすく説明し終えて、彼女は再び笑顔に戻った。
「それとね、この本部を自分の巣として認識している伝書ツバメはいないかな?」
「それでしたら、旧師団本部に沢山いたと思いますけど」
「ありがとう、マルアン。今回のボクの用件は以上だよ。また何か聞きたいことが出て来たら寄るから、その時もその笑顔を見せてね」
「畏まりました」
そう言ってマルアンはアラン推奨の笑顔をたっぷりと振りまいた。
暁の花園本部で、総統としての用事を済ませたアランは、その足でメンバーが拠点としている巨大な体育館のような建物に向かった。
そこは先ほどマルアンが言及していた以前近衛師団の本部が置かれていたところで、現在も使用することに何ら問題はないのだが、新本部が建設されて以後は使い道に困っていた建物であった。
建物の中に入ったアランとカルアは、随行員の中からマルタを連れて来ていた。
「マルタはここが巣の伝書ツバメって知ってる?」
「はい、存じております。確かススレさんが管理しておられたと記憶しておりますが」
「じゃ、5羽ほど譲ってもらって来てくれないかな。ボクが欲しいって言ってるってことで」
「畏まりました」
マルタが奥に消えて行った後、アランとカルアは静かに建物の中を見て回った。
ここはロマンダリアの施設だったから、カスマンド人にもシャーメシル人にも見せたくなかった。
これまでロマンダリア国内を荒らしまわっていた組織の生まれ変わりは十分に満足いくものだったのだが、そういう歴史があったことに触れられるとやはり心は穏やかではいられないものだ。
アランに面と向かってそういう話題を持ち掛ける者は随行者の中には居ないだろうけれど、そこは隠しておきたかった。
2人が広い建物を半周して、突き当りの部屋の前を通りかかった時、ドアの奥から争う声が聞こえて来た。
「ススレさんはどちらに行かれたかをお尋ねしているだけです。それ以外の意図はありません」
「伝書ツバメは貴重なものだからな、お前みたいに考える奴も出て来るだろうとは思ってたよ」
「私みたいに考えるとはどういう事でしょうか?」
「そのままの意味だよ、盗み出しに来たんだろうが」
「呆れて物も言えませんね。ところで、あなたはどなたなのですか?」
「オレを知らねぇだと、よくそれでロマンダリアに生まれたと言えるな。よーく聞け、オレは救国の英雄様だ。覚えとけ!」
「その救国の英雄様が、ここで一体なにをなさっておいでだったのでしょう?」
「ここはオレ様の持ち物だ、何処で何をしていようとお前なんぞに文句を言われる筋合いはねぇんだよ」
部屋の中の会話のあまりのバカバカしさに、ついに堪え切れなくなってカルアが爆笑した。
それまで言い争っていた声はカルアの笑いが聞こえたことで静まってしまったが、中では数人が争う物音がしてきた。
アランはおかしなことだと思いながらドアを開けようとしたが、中から鍵が掛けられているようで開くことが出来なかった。
「おい、誰か来たみたいだぜ」
部屋の中で誰かが囁く声がした。
それと同時に、くぐもった悲鳴も聞こえて来たので、アランはもう躊躇しなかった。
自分の名を騙ってカルアの笑いを誘うだけならまだしも、中にいるはずのマルタの身に危害が加えられようとしているなら、相手を行動不能にするまでだと判断して、それを実行した。
ペットボトルの水の効果は依然健在だったらしく、アランがドアノブを力を込めて握ると、それは飴細工のようにひしゃげてしまった。
尚も力を緩めずに曲がったドアノブに力を掛けると、今度はドアごと大きな音と共に通路側に引き千切られてしまった。
「てめぇ、誰だこの野郎!」
勢いよく怒鳴って来た男の横で、マルタを抑え込んでいた男が顔を上げてアランを見た瞬間、男の記憶が途絶えた。
一瞬の踏み込みで、マルタを抑え込んでいた男の顔を蹴り上げて3サケンほど奥の壁に叩きつけた後、アランは振り返って威勢が良かった男の頭を掴み、これも奥の壁に叩きつけた。
「大丈夫かい、マルタ?」
「はい、男爵様のおかげで怪我もなく」
「じゃ、この建物の責任者を呼んで来てくれるかな?」
「畏まりました。すぐに」
自分の偽物が現れるとは思いもしていなかったアランは、その場で立ったまま苦笑いをするしかない心境だった




