69 エビ再び
コータルを早朝に出発した16台の馬車は、真っ直ぐにシャーメシルへ向かうものと誰もが思っていたところ、獣人たちがそれぞれ種族に従って小国を建てて国境線が複雑に入り組む辺りに来た時に、アランが突然虎人族の建てた国メヌラに立ち寄ると言い出した。
メヌラという国の名前が出たことで、カルアにはアランが何を考えているのかが分かった。
以前、ネロンガが漏らした自慢話の中にメヌラが登場したのだが、それは食卓に上ったエビについての話題だった。
ゴドリック大陸の東海岸沿いにあるロマンダリアの各都市では、近年近海で獲れるエビを自分たちで養殖して、それを内陸部の小国に売り歩いている。
ネロンガが人身売買組織の構成員だった男を尾行しているときにヒッチハイクした荷馬車が、たまたまそういうエビの販売業者のものだった関係で、道々話をするうちに仲良くなったその男から連絡先を聞いていたので、そこを目的地として選んだのだった。
カルアは心の中でそっと手を合わせて、ネロンガと出会った販売業者の男の行く末に祈りをささげた。
アランが目を付けたという事は、資金力にものを言わせて彼らの仕事を奪う可能性が高いということであり、それがたとえ彼らを傘下に収めることに成功したとしても、アランに反発を感じる一部の業者は徹底的に排除されることになるだろう。
アランは決して好戦的な人間ではなかったが、自分や自分に近しい者達に何らかの影響が及びそうな問題については、絶対にそれを看過するようなことはなかった。
エビの養殖が実際に行われているロマンダリアの海岸沿いの町を訪れることなく、販売先である内陸の小国メヌラを目指す意図は今のところカルアにも分からなかったが、それが決して無駄な寄り道になることはないとも思っていた。
「カルアはオーベルジュで食べたエビの味を覚えてるかな?」
つらつらと考え事をしていたカルアに、アランはそっと問いかけた。
「もちろんですわ、だんな様」
「あれって、獣人族の味覚にも合うものなのかな?」
「あたしは、嫌いじゃないですよ、あの風味」
「ボクは少し生臭い臭いが残ってて、それが気になったんだけどなぁ」
「獣人族のあたしには気にならなくて、人族のだんな様はお気に召さなかったのですね。おもしろいこと」
カルアは普通なら反応が逆だと言いたげに笑ったが、それはアランも考えていたことだった。
海産物を口にする習慣が極端に少ないこの世界の獣人たちの味覚では、魚介類特有の臭いが気にならないはずがないと思うのだが、不思議とカルアを含めてアラン以外のすべての獣人たちの誰もがその事に言及しなかった。
アランが転移してきたこの世界では、優れた嗅覚を表に出して活動する獣人族の姿を見たことがなかった。
たまにカルアに膝枕をされている時に、髪の匂いを愛おしむ様に嗅ぐ妻に気付いていたが、それはそれだけのことで、アランにも許されるならずっとカルアの匂いに包まれていたいと願う気持ちが確かにあった。
もしかして、この世界の獣人たちって、臭いに鈍感なのか?
まさか・・・。
でも、探し物とかしたことないしなぁ。
カルアのそういう能力ってどうなってんだろ???
メヌラに向かう分岐に差し掛かった時、それは突然聞こえて来た。
「この野郎、誰に断わって商売してやがるんだ!」
「ここはオレ達の仕事場だ。とっとと失せやがれ」
馬車が進むにつれて見えてきた光景は、大きな荷馬車が満載した荷物を端から崩そうとする集団と、それを必死に防ごうとする父親と娘の姿だった。
「ガルーダ!」
一言名前を呼ぶと、恐らくは高高度で俯瞰しながらアラン達の馬車を追いかけていたケームが高速で降下してきた。
「あれを止めておくれ、ガルーダ」
そう声を掛けられたガルーダは、すっと舞い上がると荷馬車の傍に着地して一声鳴いた。
それだけで襲撃者だと思しき集団の体勢がもろくも崩れて、我先にと逃げ出した。
アランとしては諍いを止められればそれで良かったので、深追いすることなく荷馬車の持ち主である父娘のもとへ歩み寄って行った。
荷物を奪おうとした集団を、いきなり現れて追い払ったケームに驚いて腰が抜けた父親と、それに縋って泣きじゃくる娘は、ガルーダを恐れもせずに近づいて来るアランにようやく気付いた。
「お怪我はないですか?」
「はぁ、もう何が何だか…」
「あいつらに心当たりはありますか?」
「え、えぇ…」
「これは申し遅れました、ボクはアラン・リードといいます」
「アラン、アラン・リードって、もしかしてカスマンドの貴族様じゃないですか?」
「よくご存じですねぇ」
「泣く子も黙る・・・、いえ、失礼しました、有名なお方ですから」
アランが相手では、父娘が緊張して要領を得ない受け答えを繰り返すばかりだったので、こういう場合に機転が利くコニーを呼んで、父娘から詳しい話を聞き出す様に言いつけた。
行きがかり上、16台の馬車はメヌラに向かう細い道の真ん中で止まらざるを得ず、荷物を崩されて動くこともままならない荷馬車の荷をどうにかしないと前に進むことも叶わなかった。
幸いなことに後続の馬車はなく、メヌラからカスマンド方面に向かう馬車も姿を見せなかったので、アランは自分の荷馬車の連中を駆り出して、一気に父娘の荷馬車の荷を片付けることにした。
道の途中で突然止まって動かなくなったことを不思議に思っていたモノリスのメンバーは、呼び出されてようやく何が起こっているのかを理解して、そして一気に荷を片付け終えた。
荷馬車がなんとか動ける状態に戻った頃には、コニーも父娘に事情を聞き終えていて、アランに詳細を報告した。
それによれば、父娘は耳の形からも分かるように、カルアと同郷のロマンダリア人であり、襲ってきたのはこの辺りを縄張りに、通行する馬車から何かと金品を奪っていく破落戸集団だということだった。
もし、暁の花園の構成員だった者達が逃げ延びてそういう犯罪行為を行っているとしたら、それはすべて自分の責任だと深く反省していたアランだったが、隣で同じく話を聞いていたカルアの一言にふと我に返った。
「逃げて行った者達は、耳の形と頭頂部の出っぱりから言って、犀人族ではないでしょうか?」
「犀・・・人族?」
「はい。めっきり人口が減って独立国を維持できなくなったので、各獣人族の国に散って生活していると聞いていましたが、実際に見るのはこれが初めてです」
「じゃぁ、暁の花園とは何の関係もないんだね」
「えぇ、おそらくは」
「ふーん、で、あの父娘の方は?」
問いかけられたコニーは、聞き出した話の要点をまとめてアランに報告した。
それによると、彼らはロマンダリアの東海岸からエビを運ぶ途中で襲われたらしい。
アラン達も口にしたように、エビはロマンダリアから他の国々へ輸出されていたが、さすがに長距離の移動には耐えられずに、カスマンド国内ではコータル辺りが限界なのだという。
コータルではこの時期の人口が激減しているので当然商売にはならず、困り果てていたらしい。
どうしてこんな国境地帯まで出て来たのかと尋ねると、本来はメヌラの中継地で荷を下ろす予定だったのだが、既に許容量を超えて荷が入ってきているために生きたままのエビを売ることが出来ずに、どこか買い取ってくれそうな所を探して移動中だったのだとか。
水から上げても14,5日は生きることが出来るエビは、ロマンダリアの養殖業者が共同で出資して作った中継地点で、一度水に戻されて2,3日休ませた後、再び目的地に運び出されるのだという。
そういう手順を踏めばカスマンドの王都であっても運ぶことは可能だが、その分輸送にかかるコストがバカにならず、なかなか庶民の口には入らないらしい。
ロマンダリアで初めて養殖に成功した者達が作る集団は、大陸内部のメヌラに中継池を作って輸送を確実なものとした反面、後発の業者たちにはなかなか中継池を利用させないような体制を敷いていた。
余裕があれば受け入れるが、自分たちの荷を優先させるという行為は、仕方がないと言えばそれまでだが、それはまた、最後発としてスタートしようとするアランにとっては大きなヒントでもあり同時に大きなチャンスでもある。
言わば先発組に付け入る隙を与えてくれそうな、喉から手が出るほど欲しい情報の一つだった。
先発組・後発組と言って色分けしても、それらは所詮零細な資本が集まってできたものであり、この父娘のような業者が大多数を占めていることを聞き出して、アランは今回の情報のお礼に、父親から荷馬車一杯のエビを買い取ることにした。
1尾1尾が小さな木枠に収められ、それら20尾をまとめて1つの梱包にして、その梱包が荷馬車の荷台に全部で64個乗っていた。
都合、荷馬車一台で1280尾のエビがアランの手に入ったのだが、その場に居た誰もが、こんな内陸の場所で生簀も無しにこれだけ大量のエビをどうするのかと思ったが、アランは事も無げにガルーダを呼んで、すべての荷をひとまとめに縛り上げた縄の端を掴ませた。
「ちょっと行くところが出来たから、今日はこの先行けるところまで行って泊まるところを探してて」
そう言い残したアランは、荷のエビに負担がかからないようにゆっくりとガルーダに上昇させてから、一気に北東方向に飛び去った。
「あの、ご主人様はどちらへ行かれたんでしょうか?」
恐る恐ると言った態でコニーがカルアに訪ねたが、カルアとてアランの行き先を知っていようはずもない。
しかし慌てる素振りすら見せないカルアの口から出た言葉を聞いて、コニーには頷けるものが大いにあった。
「それは、あたしにも分かりません。でも、そのうち帰って来られますからいつもの通りに過ごすことにしましょう。そして、お戻りになられた時には何事もなかったように接して差し上げましょうね」
モノリスのメンバーを傘下に収めてからは極力自分が行動することを抑えていたアランだったが、それまでは突飛な行動を取ることの珍しくなかったアランのことをよく知っているカルアの言葉に、その場に居たみんなは何故か納得して彼の行動を黙認し、アランなど初めから居なかったかのように行動を再開することにした。
さて、翻って半端な場所で荷を売り払ってしまった父娘は、合計1280シュル、80リュアンを手にしてこの先どうするか迷っていた。
というのも、先ほど言いがかりをつけて来た破落戸たちは自分の顔を覚えているだろうし、荷が無くなっていればそれの対価を手にしていると考えて尚更しつこく付き纏うに違いない。
現金を奪われたら、次の仕入れが出来ないので商売を諦めざるを得ず、生活の糧を失ってしまうことになる。
それは父親の最も恐れていることだったから、何の臆面もなくリード名誉男爵の馬車隊の列に加わることを申し入れた。
聞くところによれば、リード男爵の馬車隊はこの先メヌラの中継池に向かう予定であり、それは父娘にとっても帰り道だったから非常に都合が良かった。
結果的に父娘の荷馬車を乗用馬車と改造馬車の間に挟んで、護衛するような格好で進んで行く馬車の長い列は、夕方前にメヌラの中継池に到着した。
この先の行程はアラン以外には分からないから、今夜はこの場所で野宿をしなくてはならなくなった一行と共に、父娘も同じく野宿のテントを張った。




