6 いざ、出発・・・・・出来てないです。
大草原を越えて獣人たちの住む国へ行こうと思っていたアランだったが、昨日の別れ際にワササ氏が何か言っていたような気がしたので、とりあえず行きがけに狩人互助組合ドーナム支部へ寄ってみることにした。
玄関脇の使役獣預かり所にガルーダを預けて中に入ると、アランの来訪を予め知らされていたらしい案内係の女性が寄ってきた。
「いらっしゃいませ、アラン・リード様」
見事な対応だと感心しきりなアランをカウンター横のソファへ誘導し、
「こちらにお掛けになって少々お待ち下さいませ。ただいまワササを呼んで参ります」
そう告げてカウンターの奥へと消えて行った。
そこは、休憩所というよりもちょっとした話が出来るスペースとして設けられている場所のようで、アランが座るとすぐに、案内係とは別の女性職員がお茶を出してくれた。
なんか、至れり尽くせりだなぁ。
気後れしそうになる気持ちに発破をかけるようなつもりで一気にお茶を呷ったアランは、熱さに目を白黒させて悶えていた。
「お待たせしました、アラン・リード様」
挨拶もそこそこに向かい側に腰かけたワササ氏は、手に一枚のクレジットカードほどの大きさの銀色に光るものを持っていた。
「これは、昨日申し上げました、狩人互助組合の永久特別組合員証です。」
言いながら、アランに手渡してきた。
「昨日の大角ヤギは商業者協同組合の方へお売りになられたようですが、次回からは是非とも狩りの獲物は我々狩人互助組合の方へお売りいただければ幸いでございます」
なるほど、あれだけの大物ですからね。
転売するにしてもかなりの儲けが期待できるってわけですか。
「この永久特別組合員証は、発行するにあたりましてご本人様確認の意味で、血液を一滴頂戴するシステムになっております。出来ましたらこの場で手続きを完了させてしまいたいと存じますが、いかがでしょうか?」
よくあるパターンですよね、それって。
ま、いいですけど。
で、これってどこから血を取るのかな?
「ご承認いただけましたので、少し我慢なさって下さいませ」
先ほどの案内係の女性が、アランの耳に針を刺して血を一滴取ると、首から提げていたカードリーダーの携帯端末のような道具の蓋を開けて、その一滴を垂らした。
アルコール消毒が当たり前になってる身としてはですねぇ・・・。
ほんのちょこっとビビりますけどね。
前の人の血を取った後、消毒しましたか、その針?
「先ほどお渡しいたしました永久特別組合員証を拝借願えますでしょうか?」
どういう仕組みになっているのか分からないが、携帯端末と組合員証を重ねて、彼女が両手で挟むと、パッと白く光ってすぐに元に戻った。
「これで登録が完了いたしました。これは全世界で通用する永久特別組合員証でございますので、どうぞ紛失にはお気を付け下さいませ」
と言って、アランに永久特別組合員証を返してきた。
すると、ワササ氏が立ち上がって、
「本日はお忙しい中お時間を頂戴ましたこと、まことに有難うございました」
と、案内係の女性とともにきれいなお辞儀をしたので、アランも慌てて立ち上がって同じくお辞儀を返した。
さて、今度こそ出発するとしますか。
ガルーダに乗ったアランは、また急上昇して瞬く間に狩人互助組合の玄関前から姿を消した。
なんだかこれじゃ、逃げてきたみたいだよ、まったく・・・。
永久特別組合員証の発行で少し時間を取られた格好になったので、なんだかそのまま獣人の国に行くと時間的に微妙なことになりそうな感じだった。
アランは、ガルーダの移動能力には疑問を持ってはいなかったが、自分の腹の虫が騒ぐ予感は大いにあったので、道中で食事を取ることになっても構わないように、サバイバルキットのようなものを購うことにした。
ガルーダが自分の言うことを理解できていることに疑いの余地はなかったので、アランは素直に語りかけた。
「ねぇ、ガルーダ。お前は大丈夫そうだから問題ないだろうけど、ボクは生肉をそのまま食べるわけにはいかないから、色々道具を揃えたいんだ。大草原へ出てしまうまでに買い物が出来そうな町があったら寄り道してくれると嬉しいんだけどなぁ」
アランの言葉を完全に理解できたかはともかく、自分に語り掛けるような飼い主の言葉に反応したガルーダは、一声鳴いて進路を変えた。
いくらも飛ばないうちに、眼下にそう大きくはないもののドーナムよりは発展していそうな町が見えてきたので、そこへ降りることにした。
やっぱ、何か買うとなると一見の旅人じゃ足元見られそうだから、ここは素直に商業者協同組合へ顔を出してアドバイスを貰うことにしようかな。
商業者協同組合らしき建物を探しながらガルーダに跨って低空を飛んでいると、カシュで見たのとよく似た造りの建物があったので、その前に降りることにした。
やはり玄関脇には使役獣を預かる部署があったから、そこにガルーダを預けて中に入ったアランは、誰に尋ねたらいいのか分からずにお上りさんのように辺りをキョロキョロ見回していた。
すると、狩人互助組合でもそうだったように、右腕に案内係の腕章を巻いた、目が二つあればおそらく美人だろうと思われる女性がさっと近づいてきた。
「商業者協同組合へようこそ。今日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」
やっぱ、サービスがすごいわ、この世界。
「えと、これから長期の旅に出ようと思ってるんですけど、旅の間に必要な諸々を揃えたいと思いまして。誰に聞けばそういうお店を紹介してもらえるのかな、と・・・。」
「かしこまりました。けれど、当方はそういう案内業務が本業ではございませんので、付帯的なサービスは会員様に限らせていただいております。失礼ですが、当組合の組合員証はお持ちでいらっしゃいますか?」
なるほど、道理だな。
「これでいいですか?」
ショルダーバッグから巾着のような革財布を取り出し、中から商業者協同組合の特別組合員証を出して案内係の女性に提示すると、一瞬で彼女の態度が改まったのが分かった。
「大変失礼いたしました、アラン・リード様。こちらへお越し下さいませ」
アランを先導するように、受付らしきカウンターを通り越して奥につながる通路へ入っていく彼女について行くと、商談室8と書かれたプレートがかかった部屋に案内された。
中に入って、ソファへ座るように勧めた後、
「こちらでしばらくお待ち下さいませ。ただいま担当者を呼んで参ります」
と言ってドアを閉めて出て行った。
彼女と入れ替わるかのように、別の女性がお茶を持って入ってきたので、
「あのぅ、そんな大げさなことしに来たわけじゃないんですけど・・・」
と、恐縮しながら弁解すると、
「案内係の者は、お客様のご要望に最適だと思われる判断をいたしますので、どうぞお気楽になさっていて下さいませ」
と、笑顔でやんわり窘められてしまった。
やっぱ、ボクってこういうのに慣れてないんだよねぇ。
こっちの世界の習慣に早く慣れなきゃな・・・。
アランはこの時勘違いしていたのだが、それに気づくわけもなかった。
一般の会員であれば、案内係の女性もこんな対処はしなかっただろう。
なにしろ、アランが提示したのは特別組合員証である。
言うなれば大口取引を期待できる組合員なのだから、待遇が上がって当然なのだ。
お茶を一杯飲むか飲まないか、というほどの時間で商業者協同組合の職員らしき人物が、アランの待つ部屋へ入って来た。
それは、ロマンスグレーの髪をオールバックに撫でつけて、上等な生地で誂えた服を身に着けた相応の年配の人物だった。
うーん、やっぱり単眼族の人の年齢はよく分からん・・・。
この人って、ロマンスグレーになってきてるのかな。
それとも、元からこういうプラチナブロンドかな?
「大変お待たせいたしました。商業者協同組合カランサ支部の営業部長を拝命しております、アラクサ・モーゲンと申します」
と挨拶された。
営業部長!?
なにそれ?
なんでそんなに偉い人が出て来るのさ。
「本日は、長期の移動に備えての装備品をお求めと伺いましたが、おおよそどのような物がご入り用かご希望はございますか?」
何だか知らないけど、話が大事になってきちゃったぞ。
だから、この世界のことな~んも知らないんだってば。
なんか教えてもらえばいいかな、くらいのつもりで来たんだっちゅーの。