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68 そして旅立ち

 牧場の主に教えられた馬車を取り扱う店に向かう一行は、ダリア種からウーサ種へ馬が変わったために速度に余裕が出たグリザの馬車に続いて、馬の扱いに慣れているタカジルと落とされないように馬にしがみ付くルネが従っていた。


 ウーサ種は気性の大人しい馬であるため、乗った者を振り落す真似はしなかったが、体高が高いために慣れない者には恐怖を感じる場合がままあった。


 今のルネがその典型で、馬に気遣われて運ばれる情けない姿は、グリザも見たことがないほど滑稽だった。


 グリザに頼んで手綱を長くして馬車の後ろに繋げば、大人しく付いて来させることも出来るのだが、タカジルが面白がってそれをさせなかったのでルネは泣きそうになりながら馬車の後ろを付いて行った。


牧場まきばの主の教えた馬車屋は王都の外れに店を構えていた。


 馬車で乗り付けたおかしな一行を珍しい物でも見るような目で迎えた店員は、それが4頭すべてウーサ種であることに気付いて姿勢を正した。


 ウーサ種は貴族の馬車を曳くための馬である。


 故にこの珍妙な一行も姿に惑わされることなく接客しないと、とんでもないことに成りかねないと思ったのだ。


 慣れた物腰でウーサ種の大きな馬体からからひらりと飛び降りたタカジルは、出迎えた店員にまず先制攻撃を仕掛けた。


「リード名誉男爵の馬車を探しているんだが、良い出物はあるかね?」


 本来それはルネの出番だったはずだが、ルネはグリザに助けられてなんとか地面に足を着けたところだったので、それどころではなかった。


「リード男爵様と仰いますと、今王都でも話題の…」


「知っていればそれでいい。名誉男爵に相応しい乗り物は用意があるかね?」


「す、少しお待ちくださいませ」


 店員はそう言い残して店内に引き返し、すぐに番頭と思しき中年のたれ耳の男を引っ張って来た。


「こちらがリード男爵様のご家来方でいらっしゃるのかね?」


「はい、男爵様に相応しい乗り物をとのご要望でございます」


 番頭と店員の遣り取りを聞いて、タカジルがまたも一発かました。


「馬は用意した。王都外れの牧場まきばで紹介を受けて来たのだが、この馬たちが曳くに相応しいものを頼む」


 番頭はそれがウーサ種で、まだ若い馬だということに目を留めて、これなら多少の飾りが付いた車体でも余裕を持って曳いていけるだろうと判断した。


 そして3人に向かって言った。


「ついて来なされ。あなた方の目で選ぶといい」


 建物の裏に回って、広い展示場の貴族仕様の豪華な馬車が並ぶ一角で、タカジルとグリザはすぐに目当てのものを見つけ出した。


 それは2台が同じような造りになっている双子の馬車のようで、寸法も高さもそっくり同じであった。


 片方が青く、片方が緑に塗られていることを除けば、全く見分けがつかないだろうと思える馬車の前に立てられたボードには、不思議な文句が書かれていた。


『我らを分かつこと勿れ。我らを分かつ者には災いを。我らを共に愛する者には幸いを齎さん』


「なんじゃこりゃ?」


 タカジルは思わず声を上げてしまった。


「もしかして、馬車職人の遺作ですか、こいつらは?」


「おぉ、御者の方にはお分かりか。仰る通り王都最高の馬車職人と言われた名人の遺作でしてな、2台同時に同じ持ち主に売れと遺言が付いた馬車ですよ」


「そんな注文が付けられるとは、よほどの名声の持ち主だったんだな」


「はい。もうこれらが作られて15年の時が過ぎましたが、いまだに製作当時の美しさを失ってはおりません」


「なるほどねぇ・・・」


「どこかに売ったという事はないのか、これまで?」


「恐ろしいほどに勘の鋭いお方ですなぁ」


「あったのか?」


「一度だけございました」


「何処に売ったんだ?」


「タランテロード公爵家の当代様に青い方を・・・」


「で、それが戻ってきているという事は、何かあったと考えていいのだな」


「詳しいことは私も存じませんが、作られてすぐ公爵家の姫様が青い方を気に入られてお買い上げ下さいました」


「この文句はその時にも付いていたのか?」


「勿論でございますとも」


「ではそれを無視して?」


「はい」


「それで?」


「と仰いますと?」


「なぜ公爵家に引き取られた馬車がここで売り物になっているかと聞いているんだよ」


「私どもでも何度もお諫め申し上げたのですが、聞き入れていただくことは叶わずに、結局装備を総て付けましてお届けしたところ、喜ばれて階段を駆け下りて来られる最中に足を踏み外されて…」


「・・・・・」


「命は取り留められたのですが、今でも寝たきりの状態だと聞き及んでおります」


「ふぅ、ヤな話を聞いちまったぜ」


「それがこの馬車のせいだとは私どもでも思いたくはないのですが、引き取らざるを得なかったものですから、今でもここにこうして並べておりますよ」


 黙って話を聞いていたグリザがそこで口を挟んで来た。


「こいつらを2台一緒に買い取るといくらになりますかね?」


「まさかお買い上げになるおつもりでは?」


「だから、いくらですか?」


「もう売り物になるとは思っておりませんでしたので、2台合わせて150リュアンと値を付けております」


「タカジルさんよ、どうだい?」


「まぁ、いいかね。予算内だってことだしよ」


「じゃ、馬がもう2頭入用だね」


「そういうこった、ははははは」












 青と緑の2台の馬車は、装備一式を総て付けた上にウーサ種の馬2頭を添えて、翌日アランの下に届けられた。


 グリザの馬車の馬がウーサ種に変わっていたので驚いていたアランだったが、これからも随行の人員が増えそうな気配が濃厚なだけに、それは良い買い物だったと思うことにした。


 馬6頭に馬車2台で240リュアンの出費というのは、先に馬車を調達した時よりも更に安く手に入れたわけで、しかも幸いを齎すと遺言された名人の作となれば、文句の付けようもなかった。


 これで、アランの随行員の乗る馬車は、アランの馬車も含めて乗用が4台、荷馬車に幌を付けて改造したのが12台の計16台になった。


 乗用はいずれも6人乗りで、改造馬車は詰め込めば15人は乗れたから、今のところ200人を超える大集団になっても移動が可能となったわけだ。


 今回の随行員の内訳のうち一番の集団は2班の60人であったが、それでも改造馬車であれば4台で足りる。


 4班に至っては1台で十分だったが、4班のメンバーは皆冒険者や狩人だった経験を持つので、大量に増えた馬車の御者に回されて、事実上4班という集団は形成されていなかった。


 製造担当の1班は25人で改造馬車2台を使ったので、改造馬車は6台が空で回送される形になったが、空いた空間は随行者の私物を積んでいくことにして、必要があればそれを片付けることで対応することにした。


 また、2台の馬車が増えた乗用の方でも御者が不足していたが、こちらはスヘルデン商会の従業員の中からアランの随行者を募集した折に御者の経験を必須条件とした中で、新たに5人の人員を確保できた。


 本人は気付いていなかったが、アランは割りと御者使いの荒い主君だった。


 普通はひとつ用事を熟すとその日はお役御免となるものなのだが、アランにはその辺りの常識が欠如していて、平気で日に何度もの使役を命じていた。


 そのことに気が付いたコニーから助言を受けたカルアを通じて初めてその事に思い至ったアランは、そこで慌てて御者を募集したのである。


 本人は、そんなこと事典に出てなかったのにと釈明したが、この世界の常識を人並みに得るまでの道のりはまだまだ長そうだった。


 ほぼすべての出発準備が整った頃、サカと他2人の4班のメンバーが帰って来た。


 アランがぎりぎりまで待っていたのもあったのだが、滑り込みで間に合った幸運に3人は狂喜した。


 報告は至極あっさりと成された。


 レオは一度辺境伯邸に戻って屋敷の周りをウロウロした挙句、3日目に至ってようやく門を叩いて再雇用を願い出た。


 散々小言を言われ、騎士団からもバカにされてはいたが、なんとか自分の居場所を確保することが出来たらしく、それを見届けて3人はコータルへと引き返したという次第だった。


 グルリアへ帰る道すがら、どこかと連絡を取ろうとする素振りを見せることも有ったらしいが、相手が掴まらないのか無視されていたのか、最後までその思惑は叶うことはなかったらしい。


 もし仮に人身売買組織に何らかの情報を売っていたのなら、それは立派な犯罪だが、すべて壊滅させてしまった後からレオの身元を照会しようとしたところで不可能だと思ったアランは、彼を捨てておくことに決めた。


 まさしく無能の見本のような男だったな、とアランはしみじみ思った。


 これでコータルでの用はすべて済ませた。


 シャーメシルに向けての出発までに成すことは、もう別れの挨拶だけとなったので、アランは身の回りの随行員だけを伴ってアスワン商会とスヘルデン商会を回って別れの挨拶を交わした。


 特にスヘルデン商会では、大番頭だった男を会長として表に立てていたので、会長以下6人の幹部が表で待ち構える処へ乗り込んでの挨拶となってしまった。


 何事かと訝る客たちに適当に言い訳しながら奥へ通ったアランは、元の会長室へ案内されて綺麗に片づけられた部屋を見せられた。


 大番頭だった現会長は、アランに向かって


「この部屋は代々スヘルデン商会の代表者が使用するところでございます。従っていつ何時リード男爵様がお見えになられてもいいようにしておりますので、遠慮なくお越し下さいませ」


「そう、じゃ、あの前会長はロマンダリアへ行ったままなのかな?」


「おそらくはそうかと。しかし、前会長とは仕入れに関しての契約はございますが、それ以外に関しては何の相互関係も残っておりませんので、再び顔を出した時はそれなりの対応をするまでです」


「ちょっと可哀想な気もしないではないけど、本人が確認を怠ったことだからね。自業自得ってことか」


「仰る通りでございますとも。儲けのすべてを趣味に注ぎ込まれては、いくらカスマンド一の老舗と申しましてもたまったものではございませんでした」


 大番頭だった現会長は言いたいことを言って溜飲を下げたようで、もう前会長の話題に触れることはなかったし、既に過去の人と認識したようで、次に会うのが楽しみだと小さな声で呟いていたのが印象的だった。


 これまで旅立ちに際しては、何らかのトラブルに見舞われて、アランの意志通りに事を運べなかったが、今回に関してはすべて予定通りに進行して怖いほどの思いを感じていたが、タカジルがふと漏らした『幸運の馬車』という言葉を思い出して、1人納得したアランだった。










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