59 拠点
アランは、まず3班に分類した22名の男たちをアスワン商会に連れて行った。
後からテムジンの馬車に迎えに来るように命じて、皆と一緒に歩いて向かったが、道々アランは3班の22名に向かってアスワン商会の仕事の概要と、注目すべきノウハウを何かしら一つでも覚えて来ることの重要性を説いた。
「ボク達には基盤になる技術も得意先もノウハウもないんだよね。有るのはアスワン商会から提供された上屋と人数だけだから、そこを忘れずにね」
アランとすれば、出来ればそれ以上の何かを期待したいところだが、それが可能かどうかは今のところ未知数なので、変なプレッシャーを与えないようにそこまでで話をとどめておいた。
アスワン商会の事務所では、会頭にはさすがに面会が叶わなかったが、会頭不在の折りに代理を務めることも有る長男のナジルには会うことが出来た。
朝方、会頭に用件は伝えてあったので、ナジルにも詳しい説明は抜きにして話を進めることが出来た。
この22名を船溜まりを使って行う商売に従事させてくれるように頼んだアランは、その時に扱う荷物の括りをどういう分類にしているかをキッチリ教えてやってほしいと重ねて依頼して、アスワン商会を後にした。
帰り道に馬車からコータルの町を眺めながら、アランは気になる場所を見つけて心が躍った。
それは、国王が行幸される折には多くの人で埋め尽くされるであろう百貨店の近くにあって、そこそこの間口を広げている店舗であった。
元は何を商っていたのか分からないが、閉ざされた木戸に掲げられた『売物件』の看板が自分を誘っているように思ったアランは、連絡先を地図で調べて管理者に連絡を取ろうと思ったが、その住所はコータルではなく王都のものになっていた。
普段は王都で商売をしながら、国王の行幸に合わせてコータルにも支店を出していたのだろうが、何らかの事情があってコータルの支店を維持できなくなったのだろう。
そう考えると、連絡先が王都であることに不思議はないが、果たしてこの物件を買い取るにしろ借り受けるにしろ、普通はどれほどの経費を考えればよいのかサッパリ分からない自分に、アランは愕然とした。
好意で借りているあの上屋でも、この店舗の数十倍の広さがある。
運送業者の倉庫に使っていたのだから当然と言えば当然なのだが、それを当たり前のように使い続けている自分の感覚に、かなりの申し訳なさと情けなさが込み上げてきた。
出発点が好意の塊だったらマヒしちゃうのも仕方ないか・・・。
いやいや、それはおかしいでしょ、やっぱり。
アランの中の常識の部分が、目覚めたように思われた瞬間だった。
商売には元手と経費が付き物なのに、自分はその両方をすっ飛ばしてしまっていることにかなり動揺しながら、それでもこの物件の管理者には連絡を取るべく連絡先をメモしたアランは、すぐに上屋へ戻って行った。
帰り着くとすぐにゲンを呼び出して、この件の担当を言い渡してすぐに行動に移ることを命じた。
途中で色々なところに顔を突っ込んで情報を集めるも良し、最短の時間で用件だけを熟すのも良し、その判断は彼に委ねられた。
アランがこの件にゲンを指名したのは、彼の面白い特技を試してみたいと思ったからだった。
何をするにも中途半端な性格のゲンだったが、グリンの時もそうだったように他人の懐にするりと入り込んで、相手の持っている情報のかなりの部分を曝け出させる技は、誰にも真似できないものだった。
ゲンならきっと、コータルの物件の賃料だけでなく他に家賃の相場であったり物価の相場なども聞き出してくると確信しての人選だ。
たとえ相手が海千山千の強者であっても、それは変わらないだろう。
アランは、そういう意味ではゲンを信用していた。
適材適所であると。
次にアランは、2班に分類された60名のグループに指示を出した。
上屋の改造である。
だだっ広い倉庫の面積はかなりのものだが、ここを倉庫として使うつもりは今のところアランにはなかった。
これだけの広さの倉庫を活用して商売をするためには、それなりの規模の商隊を組んで外国にまで売り込みを掛けない限り捌き切れないほどの商品を保管しなくてはいけないだろう。
ロマンダリアやシャーメシル、単眼族のカラライ王国へなら、或いは売り込みに行けるかもしれないが、それを継続するとなると話は変わって来る。
売り込み先にもこれと同等の倉庫が必要になるだろうし、現地に駐在して働く部下が必ず必要になるだろう。
そうなってしまうと、今のアランでは対応できないのは明らかである。
今からそんなことに手を取られていては、本来の目的であるはずの世界中を見て回るという夢が、正に夢で終わってしまう。
ここは我慢のしどころだなと、アランは自分に言い聞かせた。
今朝、アスワン会頭に依頼して、この上屋並みの広さを持つ物件をあと2棟斡旋してもらう手筈だと2班のメンバーに伝えた後、そのすべてを使いやすいように改造してもらうから、その為のアイデアも同時に出せと命じた。
で、まずは上屋の2階部分の改造に取り掛かった。
建材は首都まで買出しに行かないと手に入らない。
日常生活に必要な物すら買えない状態のコータルでそんなものがあるはずがない。
そこで急遽馬車の手配から始めることにした。
荷物を運ぶのは、アスワン商会の専門分野である。
だから、素直に2班の連中に教えを乞いに行かせた。
馬車や馬も、アスワン商会に借りるのではなく自前の物を用意したいと意思表示させて、さっそく手配に取り掛かった。
「カルア、ベッドで眠るのはもう少し後になりそうだけど、我慢できる?」
「だんな様が一所懸命知恵を働かせておいでなのに、文句をつけるほどあたしは愚かではないつもりです」
「じゃ、他のみんなもカルアと同意見だと思っていいんだね」
「はい」
「さてと、じゃぁ…」
アランは、簡単な間取り図のようなものをさっと描き、それをその場の皆に見せた。
そこは2階だから女性だけの空間だったが、その間取り図を指差しながらカルアに説明を始めた。
「階段を上がって、ココまでは事務所にするつもりだから、ここに仕切りの壁を立てて…」
2階部分の半分以上を占める事務所にカルアは驚いた。
「これはかなり広い部屋になりそうですね」
「うん。でなきゃカスマンドの拠点事務所の機能が持てないでしょ」
「はい」
「で、その奥が2サケンx2サケンの大きさの部屋を12作って、残りは事務所関係の倉庫だね」
「部屋数が12ですか?」
「うん、そのつもりだけど」
「そんなに必要でしょうか?」
「とりあえず、タランテロード家の元メイドさん達を保護するのに5部屋いるからね」
「えぇ」
「それに、仕事が軌道に乗るまでは、ボクもカルアもココに居る訳だし」
「なるほど。マルタやコニーの部屋も必要になりますね」
「すぐにネロンガやナタリアとも合流するから」
「それだけでも8部屋必要ですね」
首都ナンバサから上屋の改造に必要と思われる資材を積んだ荷馬車の一団が帰って来たのは、翌日の午後だった。
必要と思ったら遠慮なく馬車でも荷車でも調達せよ、と命令されていた2班のメンバーは、道すがら自然とリーダーを決めて行動を取っていた。
皆に押されてリーダーになったのはカイネルという元建築技師で、自分で家を建てることも出来るが、図面を引いて構造の設計も出来るという器用な男だった。
その器用さが仇となって現場に入り浸り、為に建築の元締めから嫌みを言われる日々に倦んだ挙句、そこを飛び出した変わり者でもあった。
アランとしては、そういう経験を持つ者は大歓迎だったので、2班の意志を尊重してカイネルをリーダーとして仕事を任せることにした。
上屋の前に横付けされた荷馬車の数は14台もあり、それぞれが建築に必要な木材やモルタル、砂利や骨材などを満載していた。
カイネルが言うには、これらの資材を使って大よその枠を組み立てた後、再び首都へ内装の部材を買い付けに行くらしい。
総額でいくらになったのか知りたいアランだったが、ヘタに納得してしまうと後からナタリアに説明するときに色々突っ込まれそうだったので、報告はナタリアに直接させることにルールを決めてしまった。
一方、早急にグルリアのオーベルジュに使いを出して、ネロンガとナタリアを呼び寄せねばと思いつつも、その人選に苦慮した。
カルアを使いに出すのは問題外である。
貴族の体面を考えても、そんなことは有り得ない。
ではマルタに行かせるかとなると、小間使いが居なくなる。
結局テムジンの馬車を空で出して、帰りはグリザの馬車と2台並べてコータルへ帰ってくるように言いつけた。
コータルからグルリアへは、普通に移動する馬車の巡航速度で2日の距離にある。
道々何か面白そうなものはないか探しておいで、とテムジンを送り出したが、御者に馬車の制御以上のことを求めるのは筋違いだと気付いたのは、既に馬車が出発した後だった。
何事も興味と好奇心を持って臨めば、何か普段と違うことが見えて来るかも知れないと、アランは最近思うようになった。
これまでは、何かあるとすべて自分一人で解決してきたものだから、人に任せるという事に慣れていない、と痛感していた、
ある程度アランの臨むレベルに達するまでは、我慢も必要だと分かってはいてもなかなか感情を抑えることが難しい。
理性の部分で人材を育成する必要性を理解しているにも関わらず、感情がそれを邪魔するように心に波風を立たせることに、アランとしては最も困っていた。
なぜそれくらいのことがすぐに出来ないか。
どうしてその程度のことが先読みできないか。
人は少しずつ成長するものだと何度自分に言い聞かせても、やはり感情をコントロールすることに苦労する。
そうしているうちに、ハタと気が付いた。
感情をコントロールすることも、自分の成長なのだと。
部下がひとつずつ段階を経て仕事を覚えて成長していくように、自分もまた部下に仕事を任せながら感情をコントロールする術を身に付けながら成長していくのだと。
気が付けば簡単な理屈なのに、ここに辿り着くまでに時間がかかってしまった。
これでは部下を叱咤出来ないな、と力なく笑いながら、それでも少しだけ自分の成長に気付けたことが嬉しいアランだった。




