5 ボク、やっぱり転移者でした・・・。
何だか知らないうちに、お金と身分が出来ちゃったんだけど、ホントにどこかに家でも買って隠遁生活送ろうかな。
不埒なことを考えながら、ワササという名の狩人互助組合の副支部長に案内されて事務所に行くことになったアランは、その規模の大きさに驚いた。
こんな田舎の支部の建物がなんでこんなにデッカイの?
説明されれば簡単なことなのだが、狩った獲物を解体する部門やら、素材を選別管理する部門やら、依頼の受付・獲物の買い取りに販売、狩猟技術向上のための講習、使役獣の訓練など、狩人互助組合の業務は多岐にわたっていた。
一般的に体内に魔石と呼ばれる石を持っていて、人や家畜に害をなしたり、強力なヤツでは災害級の破壊力を持つのを魔物といって、単なる野生の猛獣とは区別しているのだが、この狩人互助組合の職掌範囲は、魔物以外の野生の生き物を狩る人たちの援助や、害獣の駆除依頼の受付、肉や皮などが販売対象になる生物の狩りの依頼の受付などが主なものになる。
だから、狩人互助組合では対処できない魔物の駆除依頼の受付は、自動的に冒険者協同組合へと回される。
この関係が成り立っているので、狩人互助組合と冒険者協同組合はお互いに密接な連絡体制を敷いていて、相互に間違って持ち込まれた依頼のやり取りなども日常的に行われていた。
「この入口脇にブロンズ像を建てたいと考えております」
ニコニコしながらのたまうワササ氏に顔を引き攣らせながら答えるが、アランには説得力がまるでない。
「え、いや、ボクみたいなみすぼらしい体格の像じゃ見栄えしないでしょ、やっぱ」
「何をおっしゃいますか、アラン・リード様。ご自分の容姿を再確認して下さいませ」
再確認つってもなぁ、ははは・・・。
自分の顔にも体格にも自信なんか持ったことがないってば。
この人の感性、どこか錆びついてないかい?
ブロンズ像製作者との打ち合わせもあるというので、建物の中に案内されたアランが見た光景は、まるで銀行のロビーのようだった。
整然としたカウンターに笑顔の受付嬢。
不慣れな来訪者にはすぐに案内係と書いた腕章をまいた女性が近寄って、これまた笑顔の対応。
そこには、ノベルで読んで想像していたような、冒険者ギルドといった類の殺伐とした雰囲気は欠片もなかった。
依頼の掲示ボードも、仕事終わりや時間つぶしに一杯引っかけるバーも、鎧をつけて武器を持った荒くれ者の姿も・・・。
依頼の持ち込みやら達成やらで現金を扱うことも多いだろうから、必然的にこういう雰囲気になるのだろう。
ワササ氏に導かれるまま、正面カウンター脇の階段を上ってアランが行きついた先は、最上階の支部長室だった。
ノックに応答した声は若い女性のものだったので、秘書がいるのかと思ったアランが中に入ってみると、そこには正面に大きな机が置かれていて、そこに眼が二つあればおそらくとんでもない美人だろうと思わせる女性が座ってこちらを見ていた。
「支部長、アラン・リード様をお連れしました」
その言葉に驚いたアランは支部長と呼ばれた女性と副支部長のワササ氏の顔を交互に見て、感心したように呟いた。
「あなたが支部長ですか。お見受けしたところお若いのに遣り手なようですね」
どの口がこんな社交辞令を言うのかと我が事ながらあきれつつも、アランは自己紹介した。
「初めまして。アラン・リードです。本日はお目にかかれて光栄です」
それまで笑顔でアランを見ていた組合長の顔がわずかに紅潮して、それでも自己紹介を返してくれた。
「こちらこそお初にお目にかかります。狩人互助組合ドーナム支部を預かっております、メヒナ・カランソワと申します。以後お見知りおき下さいませ」
「こちらこそ」
そう言いながら、メヒナに歩み寄ったアランは自然な流れで手を差し出して握手したが、これには彼女が驚いた。
まだこの世界で握手のことを知っているのはアランとハシムだけである。
「失礼しました。私の故郷では挨拶の折に手を握り合うという習慣がありまして。」
え、えぇ?
ボクにこんな芸当が出来たのか?
まったく、どこの色男だよ…。
自分のやらかした行為に羞恥を覚えたアランは、ショルダーバッグから取り出したペットボトルの水を呷って喉の渇きを抑え込んだが、慌ててその無作法に気付いたかのように
「美しい方の前では緊張するものでね」
と取り繕った。
いやいやいやいや、絶対おかしいって、今日のボク!
その後、支部長室を出たアランとワササ氏は、ブロンズ像製作者の待つという部屋で顔合わせすることになった。
その部屋は壁に青銅製の鏡が掛かっていて、いかにも芸術家のアトリエ然とした雰囲気があったのだが、狩人互助組合の中になんでこんな部屋があるのか不思議がっているアランに、ワササ氏が
「大物を仕留めた狩人の中には、獲物を狩った自分の姿を残したいと言う者もいましてね」
なるほどな理由があったらしい。
ブロンズ像製作者のオッサンは、手慣れた様子でアランの顔のデッサンを何枚か描き、服装はそれでいいかとか、決めポーズにリクエストはあるか、などと質問してきた。
それに適当に答えながら、大した意味もなくよく磨かれた鏡を見たアランの体が硬直したのを、製作者のオッサンは見逃さなかった。
「そんな硬いポーズじゃ格好悪いと思うぞ」
アランが硬直したのは、決めポーズを考えていたわけではなく、鏡に映った自分の顔に全く見覚えがなかったからだった。
そこにあったのは、金髪で緑の瞳のナイスガイだった。
黒目黒髪の典型的な日本人はどこにもいなかった。
それだけではなく、周りの様子やドアの大きさ、窓の位置や天井の高さなどから考えて、自分の背がかなり高くなっていることに気が付いた。
この憎らしいほどのイケメンが、今のボクってことでいいのかな?
その時、鏡を凝視していたアランの記憶が、大きな衝撃を伴って激しくフラッシュバックした。
それは、自宅の庭の松の木の枝を払ってくれと母親に頼まれた彼が、梯子を踏み外して地面に叩き付けられたところと、最後に彼の眼に灼き付けられた、顔に目がけて落ちてくる大きな剪定鋏の尖端だった。
アランは納得してしまった。
そうだ、ボク死んだんだ・・・。
その後のことは、頭に霞がかかったようで確かなことは全く覚えていなかったが、アランが我を取り戻した時にはハシムの家の庭で、グリフォンに頬ずりされていた。
お前はボクの使役獣になったんだぞ。
名前を付けてやらなきゃいけないね。
今日からお前の名前は『ガルーダ』だ。
これからよろしくね、ガルーダ。
自分に新たな名を与えてくれたことを理解したかのように、ガルーダは一声高く鳴いた。
昨日の夜、ハシムと彼の奥さんにあれこれアドバイスをもらったものの、結局何だか分からないうちにすごい大金を稼いでしまったアランにとって、昨日までの夢物語が明日には実現可能なプランに変わっていた。
それは、これ以上ハシムの世話になる必要がなくなったことを意味していた。
やはり・・・、とアランは思う。
明日、ここを出て行こう。
もう一文無しの記憶喪失者じゃないんだから。
その夜の夕食は豪勢な料理が並んだ。
この世界で初めてお目に掛かった肉料理は、香辛料がほどよく効いたローストビーフのような味がした。
前世の頃から元々食べ物については好き嫌いの少なかったアランだったが、この世界の料理にも拒否感はなかった。
そして、食べ物というのは基本的に嗜好が良く似たものになっていくんだな、などと考えて密かに微笑んだ。
ハシムにとっても臨時収入が転がり込んだことだし、その臨時収入を齎してくれた本人の前途を祝う意味も当然込められていた。
本人は何も言わなくても、アランは明日にでも出て行くことだろう。
ハシムと奥さんは、アランにこの村を出て行くことを奨めるか否か迷ったが、こんな小さな村で出来ることなどわずかなことに過ぎないと考え直して、彼の今後を神に祈った。
何より、今のアランには移動手段がある。
たった一日でこの大陸の中央部まで飛んで行ける、極上の乗り物だ。
燃料は必要ないが、餌代に多少の出費は覚悟しなければいけない。
そう考えて、ハシムは声をあげて笑った。
家で使役獣として飼うのならそうかもしれないが、旅に出るならその心配は必要ない。
エサはケーム自身が勝手に捕ってくる。
飼い主はそのおこぼれに与ることができるというわけだ。
そして何より、最強のボディガードでもある。
ケームと行動を共にする限り、身の危険を感じることなど無いといって良いだろう。
まったく利口で有益なヤツだよ、ケームってのは。
そんな話を夜遅くまでアランとしていて、明日は別れだと改めて思い出したハシムは、寂しさを隠すように寝室へ消えて行った。
翌朝、旅立ちにはこれ以上ないというほどの快晴の空が広がっていた。
アランは、何度も何度もハシムと奥さんにお礼を言ってガルーダに跨った。
「またお会いすることを楽しみにしています」
そう結んで、アランは一気に空高く舞い上がった。
けれど、それはアランの意志ではなかったようで、空にはアランの
「あ~~~れ~~~!!!」
という叫び声が、長くたなびいていた。






