4 グリフォンと狩りに行ったらお金持ちになっちゃった。
アランを乗せたグリフォンがハシムの家の庭に帰り着いたとき、朝食のためのパンを焼き終えた奥さんがその光景を見て驚いた。
またしても気を失ったアランを乗せていたということもあったが、グリフォンの足元に大きな獲物が2頭転がされていたからだ。
それは大角ヤギという種類の野生のヤギなのだが、熟練の狩人でも生涯に3頭狩れれば凄腕と讃えられ、組合から称号を授かるほどの大物で、現物を見たことすらない単眼族も多くいた。
大草原のはるか北、獣人族の国々が南の国境線として策定する岩山だけが延々と続く、不毛の土地に住む大角ヤギは見た目に反して恐ろしく獰猛で、テリトリーに入った肉食獣ですらその大きな角で突き殺してしまうことがあるほどだという。
獣人族にとっての国境線沿いの岩山は、貴重な鉱物資源と薬草の宝庫でもあり、身の危険を顧みない獣人族の冒険者たちの稼ぎの場になっていた。
しかし、同時にそこは獰猛な灰熊や岩獅子などの生息域でもあることから、一獲千金を夢見る冒険者たちの墓場としてもよく知られていた。
奥さんの驚きの声を聞いて庭に出てきたハシムは、言葉を失ってその場に棒立ちになった。
ケームの背で気を失っているアランはさておき、足元に転がされた大角ヤギの大きさに度肝を抜かれてしまったのだ。
完全な状態の大角ヤギを見るのはハシムにとっても初めてのことで、角一本が自分の背丈とそれほど変わらないことに感動すら覚えたほどである。
俗に大角ヤギを1頭仕留めれば20年は遊んで暮らせると言われる。
それが2頭である。
昨夜の懸念は何だったのかとアランを詰りたくなったが、とりあえずこれを換金するためには、近在で一番大きいカシュの町まで行かなければならないことを念頭に置いて、今日の予定を調整することにした。
そのためには、まずアランを正気に戻さなければならない。
「起きろ、アラン」
意識が戻って、アランが最初に思ったことは、
『朝だな』
ということだった。
次に、変なところで目が覚めたもんだと思ったが、そこがグリフォンの背の上だということに気付いて、パニックを起こしかけた。
そして、眼の前でこちらを見つめる一つ目入道を見てグリフォンの背からずり落ちた。
グリフォンがサッと翼を広げて受け止めてくれたので頭を打つことはなかったが、おかげで状況が飲み込めた。
そうだ、そうなんだよな。
昨日からこの人に世話になってるんだよな、ボク。
地面に降り立ち、ハシムに事情を説明しようと近づいて、バカでかいヤギの化け物が2頭も転がっていることに驚いたが、これはうっすらと記憶にある。
すごいスピードで一直線に延々飛び続けたグリフォンが、アランを乗せたまま狩りを始めたもんだから、急降下、急上昇、急旋回の連続で意識が吹っ飛んだわけだ。
こいつらを仕留めてたのか・・・。
しかしまぁ、ボクを背中に乗せて・・・。
ヤギのお化けを2頭も掴んで飛んで・・・。
本当にこのグリフォンってすごいな。
だけど・・・。
「ハシムさん、これって食べられるんですか」
「はははは・・・。ほんとにお前は呑気だな、アラン」
細々と事情を説明してもらいながら3人で朝食を取った後、ハシムとアランは2頭のグリフォンにそれぞれ大角ヤギを持たせてカシュの町まで飛んでいった。
ハシムと共に商業者協同組合の査定を受けた後に買い取り金額を提示されたアランは、まず第一にそれが適正な価格か否かを判断できなかった。。
何しろ大角ヤギ2頭で4.000リュアンだと言われても、通貨価値が丸っきり分からないアランにとっては雲を掴むような話で、まったく要領を得なかった。
だから、まずお金の話から説明を受けたのだが、そこでようやく4.000リュアンの破壊力に思い至って青くなった。
まず、このゴドリック大陸では、伝説とされる古代王国の頃に通貨制度が定められて以来、今日に至るまで全世界共通だということ。
これは、他の2つの大陸に先立って文明が成立したゴドリック大陸の文化・思想・技術が、その後それぞれの大陸に伝播して行ったためだということ。
通貨体制は少し複雑だが、基本的に流通しているのは金貨・銀貨・銅貨だということ。
最低ランクの貨幣は銅貨で、単位はムオン。
次に銀貨が2種類あって、それぞれシュルとブーイという。
250ムオンで1シュル。
4シュルで1ブーイとなるが、つまり1ブーイは1.000ムオンになる。
そして、金貨のリュアン。
4ブーイで1リュアンであると共に、16シュルでも1リュアンとなる。
ということで、1リュアンは4.000ムオンでもあるわけだ。
で、この金貨の値打ちだが、一般的なモデルケースとして両親と子供2人の4人家族が、特に贅沢することもなく普通に生活すると、だいたい36日で2リュアンほど必要なんだとか。
36日という区切りは、地球の感覚でいうところの1か月だということらしい。
そして、10か月で1年という感じらしい。
だから、ココでは1年は360日。
話は戻るが、4人家族の生活費が、一切合財ひっくるめて1か月2リュアンだから、1年で20リュアンあれば十分に生活していける。
ということは、自分一人だとそこそこ贅沢をして暮らしたとしても、200年は引き籠りが出来るぞと信仰心など欠片もないアランだったが、密かにこの世界の神様に感謝した。
こんなとんでもない大金を、日常的に持ち歩けるわけがないので、特別に商業者協同組合にお願いして口座を作って預けることにした。
「こんな大金が手に入ったのもハシムさんのおかげですから、お礼を受け取って下さい」
売却代金から3割ほどをハシムに渡そうとしたアランだが、
「これは誰でもないお前がケームと狩ってきたものだ。たった一晩泊めたくらいでそんな大金が受け取れるものか」
と断られてしまった。
正直な人だ・・・。
その後もなんとかお礼を受け取ってもらおうとあれこれ言っては見たものの、頑として受け付けなかったハシムだったが、アランの気持ちだけはつたわったようで、
「どうしてもと言うなら、このケームはお前に懐いているようだから、買い取ってくれればいい」
と根負けしたように言ってくれた。
ハシムの提案に同意したアランが、商業者協同組合の今回の担当者にグリフォンの相場を尋ねたところ、テイマーでもブリーダーでもない一般人がグリフォンを売買する時の相場が1頭50リュアンだと聞かされた。
お互いそれで納得したので、アランはいきなりグリフォンを手に入れてしまった。
色々と交渉ごとがあって緊張の連続だったアランは、そこで改めて喉が渇いていることを思い出したが、いつものクセでショルダーバッグからペットボトルを取り出して一口飲んでおかしなことに気が付いた。
たしか、昨日3本とも飲み干したはずだよな・・・。
なんで全部満タンになってるんだろ?
ま、いっか・・・。
ちょっとお気楽小僧なアランだった。
担当者に、どこの誰かも分からない者のお金は預かれないと釘を刺されたアランは、この際だし身分証の代わりにもなるかと考えて、商業者協同組合に加盟して組合員カードを発行してもらうことにした。
組合員カードは本来、商人の証として商売を業として行う者にしか発行されないものだ。
今回は、一回の取引が巨額になる場合などの特例措置として承認を受けたのだが、そこは商売人の集まりであるから、年間10リュアンの口座維持費が必要だと聞かされて、暫く開いた口が塞がらなかった。
年間10リュアンの口座維持費とはねぇ・・・。
どれだけぼったくりなんだか・・・。
単純計算で、200年間放っておいても安心なだけの額が預けてあるのだから問題ないといえば無いのだが、これは余りに高額だと密かに腹を立てては見たものの、それを言い出せるはずもなく唯々諾々とそれを承認してしまった。
すべての用事を終えたアランとハシムは、そろってグリフォンに乗って帰ったのだが、背に跨るときに、
「お前は今日からボクの相棒だぞ」
と言ってやったら、言葉が分かったのか、昨日よりも今朝よりも喜んで急上昇、急加速、急旋回を繰り返して、またアランの意識を吹き飛ばしたのはご愛嬌だ。
ハシムの家に到着すると、見知らぬ男がアランを待っていた。
尋ねると、自分は狩人互助組合の副支部長だが、組合として今回の大角ヤギの件で是非とも顕彰したいという申し出だった。
「顕彰って何するんですか?」
「近年稀に見る大物の狩りに成功されたので、皆の励みになるように目立つところに像を飾りたいと考えております」
えっと・・・、それはちょっとまずいかも。
「残念ながら、ボクはここに定住するわけではありませんから、お申し出は嬉しく思いますが、あまり顕彰する効果は期待できないかと思いますよ」
「ご安心ください。アラン・リード様は、我が狩人互助組合の永久特別会員とさせていただきますので、全世界の支部で特典と恩恵を受ける資格をお持ちになることになります」
「よく分かりませんが、具体的にはどのような・・・?」
「例えば今御乗りのケームを一時お預かりするですとか、狩りの際にはガイドとポーターが無料で随伴するですとか、狩った獲物の買い取り額に競売の落札金額がダイレクトに反映されるですとか」
「世界中どこでも?」
「我が組合の支部があるところであれば」
ま、便利っちゃ便利だわな。
お気楽小僧のアランはこの時、狩人互助組合の特典の凄まじさを理解していなかったのだが、後々イヤというほどそれを思い知らされることになる。