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3 アラン・リード誕生

 魚を獲るのがそんなに大変だとしたら値段が高いのは仕方がないとして、今懐かしい言葉が出てきたぞ、と彼はニンマリした。



      魔物!



    冒険者!



    ココって、やっぱりそういう世界だったんだ。



 ちょっと嬉しくなった彼だったが、中学生の頃読みふけったその手のノベルに出てくる主人公たちのような特殊な能力が自分にも有ればウハウハだろうが、どう見たって自分に与えられたのはこの百科事典と地図だけだということを思い出すと、いきなり現実に引き戻された気分になった。


 そして、ちょこっと彼に鬱が入った。


 ともあれ、何か食べないと干上がってしまうと思い直して、彼は素直にハシムに訴えた。


「実は、この前食事をしたのがいつか分からないくらいお腹が減ってまして・・・」


 と言ったところで、彼が代価を払えるわけではなかったのだが、それでも空腹には勝てそうもなかった。


「もうすぐ晩飯だから、ウチで食べて泊まっていけばいい」


 ハシムは何でもないようにそう言ってくれた。


「いいんですか。ボクには払えるお金がないから、お返しするものがありませんけど・・・」


 彼の消え入るような呟きにも、ハシムは笑って、とりあえずついて来いとだけ言って歩き始めた。





 ハシムの後ろを歩きながら彼は、そういえばあんな草原の真ん中で倒れたのに、どうやってここまで運んだのか不思議に思っていた。


 なんか特別な移動手段があるのかな、などと考えていると、それを察したようにハシムが教えてくれた。


「我が家にはケームが2頭いるんだが、今日はそいつらの訓練日だったのさ。お前は運が良かったよまったく」




   ケーム?



   ケームって、何?




 それが顔に出たのか、ハシムが右側の家の玄関脇を指さして教えてくれた。


「あれがケームだよ。お前がいた国ではなんと呼んでいたか知らないが」


 そこにいたのは、紛れもなくグリフォンだった。


 ライオンの体と後ろ足にワシの顔と翼と前足、それに大蛇の如きしっぽが生えている。


「あ、あれって猛獣ですよね・・・」


「もちろん最強の猛獣だ。他の種族の奴らが飼い慣らそうとしてもまず出来ない相談だな」


「それって襲われるってことですか」


「まぁ、襲われることに違いは無いんだが、普通は近寄ることも出来ないらしい」


「らしいって…」


「どういう訳か、世界中でケームを飼い馴らせるのは単眼族だけらしいんだ。オレ達には結構従順なんだがな」


「じゃ、ボクには無理ですよね、やっぱり」


「他の個体は知らんが、こいつらはオレの相棒だからなんとかなるんじゃないか」


 気軽に答えてくれはしたものの、彼一人ではグリフォンに近づくことさえできないだろう。


 素直にそう言うと、ハシムは笑った。


「出来るか出来ないか、ウチので試してみればいい」




  いや、普通に無理だし、それ。




 尚更憂欝な気分に浸りながら、ハシムの家にやって来た彼は、家の中に入る前にグリフォンの前に連れて行かれてしまった。




   拷問じゃないですか、こういうの?




 彼の心の叫びは汲み取られることなく葬り去られ、放し飼い状態の猛獣が近寄ってきた。


「あ、あの・・・、どうやって挨拶すればいいんでしょう?」


 声がうわずってるな、と思いながらも彼は必死になってハシムに助けを求めた。


 が、その前にグリフォンが彼の手に頭を擦り付けてしきりに鳴くので、どうにでもなれとその頭を撫でてやると、そいつは彼の前に膝まづいてじっと目を見つめてきた。


「なんてこった。お前はケームを飼ったことがあるのか」


「分かりませんよそんなこと。なにひとつ記憶がないんだから」


 涙目になりながら彼は呟いた。




   どーしろっての、この後。



   このままコイツから離れたら、その瞬間にあの嘴でガブリですか?



   ヤダな、そんな死に方・・・。




「それはそうだな。記憶がないんだったなお前は」




   今更思い出しますか、そういうこと。




「それは、ケームが乗ってもいいぞって言ってるんだ」




   あれ?



   なに、この展開。



   いきなり懐かれちゃいましたか?




「お前はもしかして、天性のテイマーなのかもな」




   いや、テイマーとかないです!



   これまで一度だってグリフォンを手なづけたことないですし。




「そいつがいいって言ってるんだし、一度乗ってやればどうだ」




   だから、乗り方知りませんってば。




「なに、難しいことじゃないさ。翼に足をかけて背中に跨ればいいだけだ」




   ホントですか?



   それじゃ、一回だけやってみますけど・・・。



    ダメでもボクを喰わないように言い聞かせてくれませんか?



    ダメ?



    乗りますよ。



    跨ればいいんでしょ、跨れば。



    もう、どーなっても知らないよーだ。




 彼が跨るや否や、グリフォンは素早く翼を広げて急上昇していった。


「あ~れ~!」




 

 しばらくハシムの住む村の上空を旋回していたグリフォンは、気がおさまったのか庭に降りてきた。


 が、彼は目を回してその間のことを何一つ覚えていなかった。





 その後、ハシムと彼の奥さんと3人で質素な食事を取りながら、素晴らしいテイムの能力だと褒められたが、全然嬉しくなかったことは言うまでもない。


「気を失った乗り手を振り落さずに飛び続けるなんて、超一流のケームになったもんだな」



 

    だから、ボクが何かをしたわけじゃないですから。



    あのグリフォンの素質を見抜いたとか、やめてくれませんか。



    な~んも覚えてないですし。



 

 彼一人を蚊帳の外にして夕食の会話が弾み、皆が満足して黒くて硬いパンと、雑草みたいな野菜だけが具の塩味のスープで夕食を終えた。


 食後のひと時、更にグリフォンのことで盛り上がったハシムと奥さんは、ようやく彼の行く末についての話題を口にした。


「お前に名前がないというのも、不便だな。何か名乗りを考えたらどうだ」


 唐突にハシムがそう言ったのだが、ハシムの奥さんがそれに賛意を表した。


「そうよね、大昔の偉人の名前でもいいじゃない。なんか考えなさいよ」




    大昔の偉人って、普通に知りませんよ、こっちのことなんか。




 そうは思っても、そんなこと欠片も口にできない性格の彼は、初めから自分で考えるのを放棄していたから、すべてハシムと奥さんに丸投げすることにした。


「偉人の名前がそもそも思い浮かびません。ですから、どなたか思いついたものがあればそれを拝借できればいいかな、と」


「ふむ。それは道理だな。自分の名前すら思い出せないのに、他人の名前まで分かるわけないか」


 人のいい笑顔でそう言ったハシムが、奥さんと目配せして頷き合った。


「この村の開拓者の中に、単眼族ではない者が一人いたという伝説があってな。その人は人族でアランという名前だったそうだ」


「アランですか」


「そう。アラン。アラン・リードだ」


 悪くない名前だと、彼は思った。


 覚えやすいし、なんだか金髪碧眼の男前になれるような気がしないでもなかった彼は、即座にそれを了承した。


 そして、この時アラン・リードの伝説の幕が切って落とされた。





「では、改めて訊くが、これからどうするつもりだ、アラン」



 

   どーするもこーするも、何も知らないボクに何ができるというんですか。




とは思ったものの、とりあえず単純に希望を口にしてみた。


「この世界を見て周りたいです。そうすることで、何も覚えていないボクの記憶が取り戻せるかも知れないし」


 事典の種族・人種の一覧の項目を見ていて、この世界にはエルフやドヴェルグ、獣人やその他多種多様な人たちがいると知って密かに興奮を覚えていたアランにとって、それはまたとないチャンスに思えた。


「それは素晴らしいな。ただ、この村を出る方策から考えなきゃならんが」


 言われるまでもなくそれは全くその通りで、現実問題として明日食べるモノすら持っていない身としては、まずこの先にある非常に切実な問題から解決しなければならなかった。


 つまるところ、お金の問題である。


 こればかりは、いくら考えたところで簡単に解決できる問題だとは思えなかった。


 その後も少しばかり話をしながらお茶を飲んだ後、与えられた部屋のベッドに横たわったが、やはり疲れていたのだろう。


 アランは幾許もしないうちに瞼を閉じて意識を手放した。






 翌朝、まだ夜明け前の薄暗い時間に眼を覚ましたアランは、顔を洗おうと裏口から外に出たが、とんでもない問題を失念していたことに気付かされた。



 

    グリフォンがいたんだ、ココ!



 

 グリフォンは、もう一度乗れとばかり姿勢を低くして彼の眼を真っ直ぐに見つめてきた。


 右へ逃げようが左に逃げようが、うまく体を寄せられてついには家の壁に追い詰められたアランは、仕方なくグリフォンに跨ったが、またしても急上昇して大草原の方へ一直線に飛んでいった。


 



   ボクの前世はきっとグリフォンだったんだ。



   でなきゃこんなに好かれるわけがない・・・。


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