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38 怒髪冠をつく

 恐ろしいまでの怒気を孕んだ問いかけに、その場に居た騎士たちは思わず1歩2歩と後ずさりしていることに気が付かなかった。


 騎士として、正面から向かってくる脅威に気後れして後ろに下がるなどあるまじき行為なのだが、そのことに気付きもさせないほどの凄まじい気迫と怒りであった。


 表の騒ぎに気付いて、全身甲冑に身を包んだ騎士が一人新たに出てきたが、玄関で数名の騎士たちを気迫だけで足止めしているのがアラン・リード名誉男爵だと気付いたその騎士は、兜を取って丁寧に挨拶した。


「何の騒ぎかと思えば、リード名誉男爵閣下でいらっしゃいましたか。昨日に引き続き今日も我々に仕事を持ち込んでいただけましたかな?」


 騎士は、この場の雰囲気を和ませることを試みてくだけた口調でアランに問いかけたが、アランの纏う雰囲気には些かの変りもなく、却って怒りの炎に油を注ぐ結果となってしまった。


「デュケリ副団長はどこにいるか聞いている」


 雰囲気を変えることに失敗した騎士は、已む無くリード名誉男爵夫妻を案内して騎士団本部の幹部が席を占めるエリアに入って行った。


 表の騒ぎを、ある程度把握していた様子のマルチネス団長は、怒気を含んだ口調でデュケリの名前を何度も挙げている名誉男爵に、まずはその理由を聞くべく丁寧に問いかけた。


「当騎士団の副団長の名を何度も挙げてご下問されておいでのご様子でしたが、デュケリに何か不都合でもございましたか?」


「無いとは言わせん。デュケリ副団長をこの場に」


 取り付く島もない、という表現がそのまま当てはまるアランの態度に些か当惑の表情を浮かべながらも、マルチネス団長は取り成すように言った。


「デュケリは当デイマークス騎士団においても名のある騎士です。どのような疑義がお有りでのご下問でしょうか?」


「名のある騎士と言ったか! その名のある騎士が、我が妻の身を危険にさらしたのは何故か、即答を要求する!」


 名誉男爵の発言を聞いて、マルチネスは咄嗟にスラム街のことを思い出した。


 団長が思うに、デュケリ副団長が名誉男爵夫人に事情を説明すれば、その後カルアがどういう行動を取るかを知っていながら、件の女性の住居周辺の治安について説明を怠ったのは明らかだった。


 これは拙い。


 正直、団長はそう思った。


「沈黙を以て我が問いに答えようとは、騎士団の誇りはどこへ行ったか!」


 アランが一歩前に踏み出した時、後ろに控えていたカルアが身を挺してアランの行動を止めた。


「だんな様、ここはあたしの口からご説明申し上げた方がよろしいかと思います」


 騎士団を睨み付ける視線をその身に受けて、それでも一歩も引かずにカルアはアランの目を見つめ続けた。


「この場でだんな様が表に立たれると、事は騎士団の中だけに留まらずデイマークス辺境伯閣下の許にまで及びましょう」


「それがどうした、カルア。責任の所在を蔑ろにして何が解決するというのか」


「ではございましょうが、この場は一度冷静におなり下さいませ。でないと、あたしも騎士団の方々も恐ろしくて身が竦みます」


 暫くの沈黙の後、アランは身に纏う怒気を少し緩めてカルアに言った。


「好きにするがいい。但し、今すぐ現場に騎士団を派遣することも忘れないようにな」


「はい。お心遣い、感謝申し上げます」










 カルアの口から、手短に事の次第を聞かされたマルチネス団長は、もう一人の副団長である、アランとカルアを幹部席に案内したサイマールに命じて、3個小隊30名をまずスラム街の現場に急行させた。


 その後、デュケリがしでかした事が発端となって起こった今回の事件の内容を詳細にカルアから聞かされて、絶句した。


 カルアを襲った多数の破落戸達は、その言動から人身売買組織の構成員にほぼ間違いないだろう。


 昨日摘発したアジトの他に、まだいくつかのアジトがデイマークス辺境伯領内に存在することが明らかである以上、至急摘発し殲滅しなければならない。


 それは、身を挺してリード名誉男爵の怒りを鎮めてくれた、この絶世の美女の恩に報いるためでもあり、彼女の身を危険に曝してしまった自分たちへの戒めでもあった。


 3個小隊を現場に送り出し、報告を待つ状態にある騎士団本部では、依然としてデュケリ副団長の所在が不明であり、手の空いた職員や騎士たちが探し回っていた。


 デュケリ副団長がこの場に居ないということで、きな臭い様相を呈し始めた騎士団本部の中庭で、どうにか怒りを表に出さずに済むようになったアランが、カルアと二人内密の話をしていた。


「何度も聞くけど、デュケリは、昨日の説明の時点では、ナタリアの家の周辺の環境については何も言ってなかったんだね」


「はい、グルリアの町の南の端に当たるあの辺りは、裕福でない者たちが多く住むエリアだと」


「聞いた説明の感じと、実際に現場に行った時の感じは、デュケリの説明に不備があった程度で済まされるほどの些細な違いじゃなかったんだよね」


「あれは誰が見てもスラム街と表現するでしょう。あたしも身を隠すのに一時潜んでいましたから、実態はよく存じています」


「ということは、明らかにデュケリにカルアを騙そうとする魂胆があったと見て間違いなさそうだね」


「そうまで言い切っていいものか、あたしとしては複雑な気分ですが・・・」


「現に、カルアはナタリアの家を出た時点で破落戸達に絡まれてるし、その後何十人もすぐに集めるのは大変じゃないかな」


「それは・・・、でも。 いえ、そういうことなら・・・」


「カルアにも分ったかい」


「えぇ、だんな様のお考えがおそらく当を得ているかと」










 その頃、スラム街に派遣された3個小隊の騎士たちが見た現場には、これまで誰も想像すらし得なかった光景が広がっていた。


 この場の指揮を命じられて先頭を切ってやって来たデイマークス騎士団のデンデリーカス・サイマール副団長にしたところで、一体どこから手を付ければ良いのかすら暫くは思いつかない程だった。


 カルアに命じられて現場の保全をしていたテムジンが、騎士団の姿を認めて駆け寄って来た。


「リード名誉男爵夫人カルア様に命じられて、この場を保全しておりました名誉男爵付きの御者、テムジンと申します」


「おぉ、テムジンか」


 サイマールは、デイマークス辺境伯邸付きの御者だったテムジンの顔を覚えていた。


「とりあえず、ここでどういうことが起こったか、お前の口から説明してくれぬか」


「はい、サイマール様。実は奥様がこのあばら家を出られた直後に数人の破落戸に絡まれまして・・・」


 当事者の一人であるテムジンから詳細な説明を受けたサイマールは、破落戸達が落命した様子を聞いて瞠目したが、同時におかしいとも感じていた。


 それだけの数の破落戸が稼ぎを上げて蟠踞していられるほどの要素が、どう考えてもこのスラム街にはないのである。


 しかるに、テムジンが数人を叩きのめした直後に20人を超える破落戸達が集まって名誉男爵夫人を取り囲んだという事実は、この場所に稀に見るほど美しい貴婦人が来るということを予め知っていた可能性が高い。


 では、誰がその情報を流したか?


 答えは一人に絞られてしまった。


 リード名誉男爵が探していた人物しか該当者がいない。


 彼なら、名誉男爵夫人の行動も、目的も、すべて知る立場にあったのだから。


 事情を一通り聞いたサイマール副団長は、首を落とされた破落戸達の死体を一か所に集め、毟り取られた首を出来る限り集めて、これも一か所に積み上げた。


 死体搬送用の馬車が到着するまでにそれらの事を終えた後、テムジンに打ち据えられて気を失った破落戸達の手と首に枷を嵌め、猿轡を咬ませた上で、この襲撃犯たちを騎士団詰所まで連行できるように、その場で魂を抜かれたように突っ立っていた南門の警備兵に命じて、南門に配備されている連絡用馬車を回送させるようにした。


 そして、一連の作業を終えた騎士たちには、2名一組となって周辺の家々を回らせてここ数日何か変わったことはなかったか、と尋ねさせた。


 それで、有力な手掛かりが出てくれば良し、よしんばそうでなくとも身柄を拘束した破落戸達に訊けば、それなりの情報が手に入ると思っていた。










 3個小隊の騎士たちが現場の処理を終え、周辺の情報を集め、北門脇の騎士団詰所に破落戸達の身柄を預けた後、死体の処分を済ませて騎士団本部に帰着した時刻に至っても、デュケリ副団長の行方は杳として知れなかった。


 騎士団3個小隊に遅れること数分、ネロンガを乗せたアランの馬車が本部に到着した。


 ネロンガは、自分の存在を忘れて飛び立ってしまったアランにぶつくさ文句を呟いていたが、本部の奥に鎮座するアランの纏う雰囲気に呑まれて身を竦めた。


「ありゃ、ランダリウムで姐さんを助けた時と同じだ。こりゃ迂闊に近づいちゃいけねぇ・・・」










「それで、デュケリの行方はまだ分からないと」


「はっ、鋭意捜索中でありますが、依然として所在が明らかになりません」


「で、どこを探してそう言ってるの?」


「どこを、と仰られましても・・・」


「闇雲に人を走らせるだけで見つかるわけないでしょ」


「はっ、現在本部周辺と北門に付属する詰所を中心に捜索範囲を広げつつ・・・」


「分かった。では、こうしよう」


「はっ・・・」


「そちらはそちらで捜索すればいい。こっちも勝手に探すから」


「はっ、しかし、所在の見当はお付きでいらっしゃいますか?」


 騎士団の態度に業を煮やしたアランは、一旦オーベルジュに戻ることにした。


 アランから見ても、マルチネス団長のデュケリ副団長に対する信任が厚いことは明らかだった。


 部下を疑うなど、これまで経験のなかったことに直面して考えが硬直してしまっているので、どこかに希望的観測を織り込みながらの指示に終始してしまっていた。


 それは、現場から帰着したばかりのサイマール副団長にも一目瞭然だった。


 本気で探しているのか?


 そう疑問を投げかけたくなる団長の言動は、部下の目から見ても明らかに常軌を逸していた。


「マルチネス団長は心身ともにお疲れのご様子。ここは一旦休息を取って英気を養われることが肝要かと存じます」


 サイマールは、マルチネスの心境にズバッと切り込むような発言をして彼を指揮系統の中枢から外すことを画策し始めた。


 これ以上リード名誉男爵の不興を買うことは決して得策ではない。


 却って我々の首を絞める結果に成り兼ねない。


 ならば、と考えて行動に移すことにしたのだが、マルチネスの抵抗は依然として強固なままだった。


 騎士団本部を出ようとしていたアランは、サイマールの意図に気付いて、振り返り様に言った。


「気が変わった。辺境伯閣下に今回の件を抗議申し上げて来る」


 そこまでが、マルチネスの抵抗の限界だった。


 ガクっと膝をついた団長は、サイマールの部下達に運ばれて医務室に消えていった。














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