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31 アラン・リード名誉男爵

 盗賊団のアジトから、盗賊たちが稼ぎ溜めたお宝や現金を、盗賊たちが用意していた荷車に積んで、辺境伯領騎士団と冒険者たちが戻って来たのは、出発してから8日後のことだった。


 大草原からグルリアまでの間に横たわる岩山地帯には、何か所か巧妙に隠された切通しの道があって、荷物を満載した荷車を曳いて抜けるのには骨が折れたが、お宝を背負って岩山を越えることに比べれば遙かに楽な行軍であった。


 帰還した騎士団の隊長を務めたデイマークス騎士団のハルバート・デュケリ副団長は、辺境伯への報告の中で不可解な点を挙げて今後も調査を実施することを提案した。


 地面に縫い付ける様に残っていた数人分の手首から先と足首から先を発見した騎士の多くは、邪教を崇拝する者の存在を示唆し、同じく現場を見た冒険者の幾人かは、災害級の魔物の襲来を恐れたとする今回の報告書を作成はしたが、デュケリ本人の見解として、瀕死の状態ではあったものの馬たちが無傷で残されていたことを指摘した上で、我々の理解を越えた今回の結末には私見を差し挟むことを控えると結ばれていた。










 アランは、デイマークス辺境伯だけには、今回もケームという奥の手を使ったことを報告してあったが、もしこの情報が他に漏れるようなことがあった場合、情報をリークした者の特定や追及を含めて、事態を穏便に収束する手立てを講じるつもりはないと明言しておいた。


 最後の一言は辺境伯にも絶大なる効果を発揮したようで、瞳孔が開ききった目でアランを見つめたまま首を縦に振り続けた。










「リード名誉男爵閣下、この度の盗賊団壊滅に際して、我々が押収した物品の扱いについては如何なさるおつもりでしょうか?」


 マルチネス団長が訊きにくいことを訊いて申し訳ないといった態でアランに尋ねてきたが、それは被害に遭った辺境伯閣下のご判断に基づいて処理すべきだろうと返答すると、


「辺境伯閣下はこのところ、何かに怯えるような素振りをされることがありまして、ご返答が滞ることが続いておられます。故に今回は、名誉男爵閣下のご裁可を仰ぎたく、斯く参上した次第であります」


 アランが断り続けているにもかかわらず、名誉男爵の受爵は既定の事実という風潮になってしまっていた。

 

 慌てて何度も辺境伯に断りの旨を嘆願しているのだが、授爵の撤回どころか滞在用の部屋が離れに移されて、おまけに専属メイド5名と専属の執事までが附けられてしまった。




    はぁ、まったく困ったおじさんだよねぇ、ケンポートくんは・・・。



    盗賊に盗られましたって証明できれば、その人に返してあげればいいし。



    それ以外の使い道のないお宝は全部換金すればいいんじゃないの?




「ではボクからの提案ってことでいいですか?」


「はっ、謹んで拝聴いたします」


「盗賊に確かに盗まれたって証明できる品物や現金に関しては、申告してきた人に返すこと」


「はっ」


「持ち主が分からなくて扱いに困るお宝に関しては、全部売り払って現金に換えること」


「はっ」


「そうして残った現金は、災害や飢饉に対する備えとする分と、今回のように盗賊団の被害に遭った人のうち、已む無く寡婦や孤児になってしまった人への救済に充てる分と、辺境伯領内で今後殖産興業策の一環として、事業を起こしたいけど、資金の調達が出来ない人への低利の貸付金に充てる分に分けて管理してください」


「はっ」



 はっ、しか言わなくなっちゃったよ、マルチネス団長・・・。


 

「そうして管理したいのはやまやまですが、資金の管理については我々では如何ともしがたく・・・」


「何のために商業者協同組合があるんですか、団長さん。元本を保証することを約束させて、運用に回せばいいじゃないですか」


「は・・・、はぁ・・・?」


「もういいです。商業者協同組合グルリア支部の支部長を呼んでください!」




    結局こういう仕事が回って来るんだ、ボクに・・・。



    財政に明るい人募集!




 翌日、商業者協同組合グルリア支部の支部長が、資金運用の担当者と共にアランの前にやって来て、半ば説得半ば脅しのような形で今回の件を了承させられた。










 ほぼすべての案件が片付いた頃を見計らって、アランはカルアと共に辺境伯の元からオーベルジュ・ド・グルリアへ戻る日が明日に迫っていた。


 この間、カルアは毎日辺境伯夫人のレクチャーを受けて、陶磁器の仲買人が出来そうなほどの知識を蓄えていた。


 最後の晩餐は、今回の滞在のお礼という形で、アラン・リード名誉男爵主催とされてしまった。

 

 晩餐の席上、辺境伯がアランに一通の豪華な造りの封書を手渡してきた。


 それは封蝋にカスマンド王家の紋章が押され、中にはアランへの名誉男爵授爵の許可と、デイマークス辺境伯家に連なる貴族たちの派閥の系譜が記された証紙が入っていた。


「これで貴殿も晴れて名誉あるカスマンド王国名誉男爵である。まことにめでたい!」


 そう言って、辺境伯はその場に集った騎士団長や商業者協同組合グルリア支部長らと乾杯した。




    もう・・・、好きなこと言ってくれて。




 そういえば、とアランは思った。


 これまで気にしたことはなかったが、自分の国籍について考えるいい機会になったことは間違いない。


 ロマンダリア国民のカルアを娶っていながら、アラン自身の国籍が曖昧だったので、どこにも属さない根なし草生活が続いていた。


 これまで、特にそれで困ったことになった経験がないから放っておいたというのもあるが、しかし、これでカスマンド国民としてこれから生きて行くというのもしっくりこないものがあった。


 この先、更に色々な国を巡っていくつもりのアランとカルアは、一つの国に縛られる愚を恐れていた。


 まだまだ他の大陸にも足を延ばすつもりでいるのに、とは思うもののカスマンド王国名誉男爵という立場は、決して不利な位置付けには成らないだろうという思惑も働いている。




    結局、ご都合主義なんだよね、ボクって。



    でも、ご都合主義のどこがいけないの?



    楽しけりゃいいじゃん!



    ・・・・・なんちゃって。




晩餐も終わりに近づいた頃、デイマークス辺境伯がアランに近づいて、厳かに言った。


「貴殿は、これから先どこにあろうとも我がカスマンド王国の名誉男爵である。そして同時に我がデイマークス辺境伯家に連なる一門でもある。何らかの助力が必要となった時は遠慮せず申し出てくれたまえ。我ら一門は貴族の誇りにかけて、また、一人の友人として、喜んで貴殿の要請に応えよう」


 アランは、貴族の誇りという部分に強い矜持が込められていることを感じ取った。


 そして、デイマークス辺境伯家に連なる貴族の1人として、一門の誰かからの要請があれば、貴族の誇りにかけてそれに応えなくちゃいけなくなったのかと憂鬱になった。











 翌朝、いつものようにカルアの暖かさと甘い香りに包まれて目を覚ましたアランは、しばらくカルアの寝顔を見つめていた。


 神の造形とは斯くあるべし、というほどに整った顔立ちは、見つめるたびに新しい魅力を発見させてくれた。


 そして、カルアの体の柔らかさもまた、アランを虜にして放さなかった。


 抱きしめると折れそうなほどに華奢に見えて、獣人特有のしなやかさも併せ持っていた。


 昨夜、ベッドの中で語り合ったことを思い出して、アランは改めてカルアの覚悟を思い知らされた。


 それは、名誉男爵夫人となったことへの思いを聞いた時の事だった。


「これから先、だんな様は色々な方とお会いになっていくことでしょう。その時にあたしが横に居て名誉男爵夫人として相応しくないと思われないための作法や教養を身に付けたいと思います。庶民の生まれであるあたしには、荷が勝ちすぎることかもしれませんが、だんな様のお邪魔をしないためにも、どなたか師と呼べる方を探してはいただけないでしょうか?」


 今回のデイマークス辺境伯邸滞在の間、辺境伯夫人に付いて様々貴族の習慣や言動を教わるうちに、カルアの中に芽生えた思いがそれであったらしい。


 貴族に列されて嬉しいとか楽しいとかいう言葉は、ついにカルアの口から出て来ることがなかった。


 これはアランがカルアに無理を強いているのと同義であり、あまりに急な環境の変化にカルアの身も心もがついて行けないでいる証でもあると思わざるを得なかった。


 何のためにカルアを妻に望んだのか。


 そこが原点である。


 決してカルアを苦しめるために娶ったわけではなかった。


 しかし、現実はカルアに負担を強いる日々となり、彼女の最大の魅力である弾けるような笑顔が鳴りを潜め始めていることでも明らかだった。


 アランは、心からカルアを愛していた。

 

 だからこそ、カルアを苦しめることはしたくなかった。


 しかし、結果的にアランの名声と地位が上がるに従って、それに伴う責任が増していくのと同様に、カルアにとってはアランの横に居たいというただそれだけの望みでさえも、貴族としての礼儀作法やしきたりなどの煩瑣な事柄を身に附けなければいけない現実に圧し潰されそうになっている現状は、アランの望んだことでは絶対になかったはずである。


 2人の悩みが深みに嵌って抜け出せなくなってしまう前に、アランは決断せざるを得なかった。


 眠りに落ちてしまう前に、二人は心の底から願いを込めて、ペットボトルの水を口にした。


 もうこれ以上飲めないと思うまで願いを込めて、二人が最良の結果を得られるように、魔法の水に希望を託した。


 これまで、具体的な望みを叶えてくれた魔法の水であったが、今度の願いはすべてが抽象的であったから、結果がどうなるか予測がつかないままこうして朝を迎えてしまった。










 カルアの瞼がわずかに動いて眠りの国と決別している様子を、アランはきれいだなと思って見つめていた。


 いつもはアランが起こされる立場であるが、今回はじっくりと妻の顔を見ていたくて、心の底から愛おしいという感情を隠さずに、ただ見つめていた。


 目を覚ましたカルアは、瞬きもせず自分を見つめているアランに気づいた。


 そして、恥ずかしさのあまり、アランの胸に顔をうずめることで、無言の抵抗をしてみせた。


「おはよう、カルア」


「おはようございます、だんな様」


「気分は、どう・・・?」
















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