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12 狐耳の美女は最高です、人妻でさえなければ・・・。

 追いかけて来る嵐を振り切って飛ぶガルーダの背中で、アランは目を固く閉じていた。


 そのうち、耳を聾していた風の音が小さくなり、周りが明るくなったのを感じた彼が目を開いたとき、眼下にそれなりの規模の町が見えた。


 とにかく今夜はこの町で泊まろうと思ったアランがガルーダに降りることを命じたのは、街全体を囲む5サケンはあるかと思えるほどの高さの石壁に口を開けた門の少し手前だった。


 時間的にすでに夕方に近い頃合いになっていたので、町に入る人の列はかなりの長さになっていた。




    みんな家に帰るのかな。



    結構人数が多いけど、この人たちってどこへ行ってた帰りなんだろうね。




 列をなす人たちに近づくにつれて、彼らの服装に少なからず違和感を覚えたアランは、一番近くにいた人に訊ねることにした。


「この町の出入りって、いつもこんなに大変なんですか?」


 問われて振り返ったのは、幼い女の子を連れた若い母親だった。


「さぁ、どうなんでしょう。私たちは着の身着のまま逃げてきただけだから、詳しいことは何も分からないの」


 その言葉に、アランの頭の中でイヤな予感が的中したことを顕わすファンファーレが鳴り響いた。


 それと同時に、眼の前の母親と幼い娘の頭の上に、狐のような三角耳が乗っかっていることに気付いた。

 



    あっちゃ~!



    やっちゃったよ、ボク。




 慌ててショルダーバッグから地図を取り出したアランは、獣人族のエリアの東海岸寄り、豹人族の国ロマンダリアと狐人族と狼人族の連合国家シャーメシルの国境線に近い、ロマンダリア最北端の町ランダリウムのすぐ傍で点滅しているポイントを見つけてしまった。


 そこは辛うじて豹人族の版図に入るエリアだったが、国境線には川があるわけでも山があるわけでもなく、両国の国民が普段行き来するのに使う道沿いに国境警備の兵士が駐屯する小さな砦があるだけだった。


 今から入ろうとしているこの町は、国境の砦から10サチョウとは離れておらず、もしその気なら歩いて10分ほどで砦に行きついてしまうほどの距離にあった。








「おかーさーん、お腹すいたよー!」


 この町の地理的な位置関係を考えていたアランの耳に、幼い女の子の泣き声が飛び込んできた。


「ごめんねシャナ、もう食べるモノは何もないのよ。もうちょっと我慢してくれたら、何か食べるモノを探してくるからね」


「あーん、ヤダー! お腹空いたー!」

 

 この人たちは、連合国家シャーメシルから戦火を逃れてきた難民たちなんだと、今更ながらアランは気付いた。

 

 もう、アランの後ろにも多くの人たちが並んでしまっているので、今更この列を抜けて行くことはできない。

 

 地図を見た限り、ここから一番近い豹人族の町でも南に12サリ離れている。


 眼の前の母親も、この時間からそんな距離を幼い娘を抱えたまま歩いていくことはできないだろう


 小さな娘の体力はどんどん削られているはずだ。


 もう泣き声にも力が無くなってきているのが分かってしまう。




    この水、ポーションみたいな使い方が出来ればいいのに・・・。




 深く考える暇もなく、眼の前で弱っていく小さな女の子を助けたい一心で、アランはバッグからペットボトルを取り出してその娘に差し出した。


「ボクも食べるモノは持ってないんだけど、水でよければお飲み」


「ありがとう、おにーちゃん」


 もう体を動かすのも億劫そうに手を伸ばした幼女に水を飲ませながら、その娘の母親に語りかけた。


「早く町の中に入れるといいですね」

 

 その母親も、体力的に限界が近いのか立っていることすら辛そうに、それでも笑顔で答えてくれた。


「そうですね」


「おにーちゃん、ありがと。美味しかったよ、水」


 いきなり元気な声が足元から聞こえて驚いたアランは、幼女が差し出すペットボトルを受け取りながらその娘の様子を観察した。


 さっきまで、命の灯火がいつ消えてもおかしくない風情だったはずなのに、今は元気に母親の周りを跳ね回っていた。




    効果出るの、早!




 そして、今度は若い母親に、ペットボトルを差し出した。


「水しかありませんが、いかがですか?」


「ありがとうございます」


 疲れ切った様子で水を飲んでいたその女性は、一気にボトルの半分ほどを呷ったところで慌ててアランに返してきた。


「こんなに飲んでしまって・・・。ごめんなさい、貴重な水なのに」

 

 と詫びたが、その顔には見る見るうちに赤みが差してきて、もう疲れた様子は見えなかった。




    なんちゅうチートな効果だよ、この水。



    でも、きれいな人だな、このお母さん。



    頭の上の狐耳がチャーミングだし。




 その時、町の門を警備する兵士の一人が、近づいてきた。


 彼は順々に列に並ぶ人たちの身元を事前調査しているようだった。


 本来であれば町に入るには身分を証明する物が必要で、それは商人であれば商業者協同組合の組合員証であったり、狩人ならば狩人互助組合の組合員証だったりする。


 しかし、この列に並ぶ人の多くは、戦火を逃れて命からがらココにたどり着いた人だから、身分証明を持っている人などほとんど居ない。


 皆、自分の生まれ育った町で十分に生活できたし、町の外に出る必要などなかった。


 まして国境を越えて隣国へ入ることなど、生涯を通しても考えられなかった人たちなのだ。


 命からがら着の身着のまま戦火から逃げてきた人たちに身分証を出せというのは酷というものだろう。


 それは警備兵も重々承知しているのだが、この列の中に政治的配慮を要する人や、過激派の工作員が居ないとも限らないので、そのための措置であった。









「失礼なことをお聞きしますが、だんな様はご一緒じゃないんですか?」


 アランは努めて何気ない風を装って若い母親に訊いてみた。


「主人は狐人族の兵士でした。いきなり招集されて行ってしまったので、生きているのかそうでないのかさえ分からないんです」


「他にご家族はいらっしゃらないんですか?」


 アランが重ねて問うと、


「私も主人も、親を早くに亡くした孤児院育ちだったもので、身内はお互いと、この娘だけだったんです」


 そう答える彼女の目にうっすらと涙が滲んでいくのが分かったので、アランは慌てて話題を変えることにした。


 足元の小さな女の子に向かってしゃがみ込み、


「ボクはアランっていうんだけど、キミの名前はなんていうのかな?」


「シャナ」


「そう、シャナちゃんっていうんだ。いいお名前だね」


「パパが付けてくれたんだよ」




    あっちゃ~!



    雰囲気変えるつもりがやぶ蛇になっちゃったよ。




「そうよね。シャナのパパは優しくてカッコいい人だもんね」


「うん!!」


 母親はアランの意図を察してシャナに語りかけ、その場をやり過ごしてくれた。









 その時、警備兵がアランに問いかけてきた。


「失礼ですが、身分証はお持ちですか?」


 それは期せずして若い母親と幼い娘を背に庇うような態勢になった。


 アランは慌てる風もなくバッグから2枚の銀色に輝く身分証を取り出して、警備兵に提示した。


 もちろんそれらは、商業者協同組合の特別組合員証と狩人互助組合の永久特別組合員証だった。


 それを見た警備兵の背筋がスッと伸び、いきなり態度が改まったようにアランには思えた。


「失礼しました。商業者協同組合の特別組合員証と狩人互助組合の永久特別組合員証を確認いたしました。どうぞ、こちらへお越し下さい」


 と言ってアランを入場門の横にある、かなり造りが豪華な門の方へ誘導しようとしたので、警備兵の視線が外れた瞬間を見計らって、若い母親に問いかけた。


「あなたの名前は?」


「へっ?」


「だから、あなたの名前は?」


「カリンですけど」


「分かりました、安心してください」


 警備兵の方に向き直ったアランは、彼の後姿に呼びかけた。


「警備兵さん」


「はっ、ご用でしょうか?」


「妻と娘が一緒にいるんだが、普段彼女たちとは別行動を取っていてね。この緊急事態に妻も娘も着の身着のままここまで逃げてきたものだから、ボクと彼女たちとの関係を証明できないんだが、この場合どうすればいいかな?」


「了解しました。現在、本来であれば我が国へ入国される予定のなかった方々のための特別措置が実施されております。奥様とお嬢様の分も合わせて手続きをしますのでこちらへお越しください」


 アランは、カリンとシャナを連れて堂々と警備兵の後に続いて歩いて行った。












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