ニリ+レナリ
空を飛んでるな………。
念動力で自分も空を駆けて追いかけているのだけれど、レナリの出す速度は自分の走る速度を大きく上回っている。多分途中で自分に気付いたのだろう。速度が五割増しになった。エニスについてきて貰えば良かったか?
でもアラを置いていくわけにもいかないしな。
マップのレナリの点は更に自分との距離を開かせていると表示している。
人型の大きさの生き物が出す速度じゃなかった。やばいな、このままじゃ完全に逸れる。
レナリが何を思って飛び出したのかはわからないけれど、帰ってこないなんてことも考えられた。
「ナイ、なんか良い手はないかな?」
『丁度良いのがいるノ!』
ナイが指差す先には見えたのは……、
レナリは、自分が再来して立ち寄った場所とは違う神樹にいた。
深い森に囲まれた、静かな湖畔。お休みの日に散策するにはうってつけの、静謐で穏やかな場所だった。
神樹は海水を濾過して汲み上げる造りをしているので、神樹の周囲には湖や川が自然とできるのだけれど、………神樹に必ずついている長耳長命族がいないな?
長耳長命族は神樹を護り、育てる者と自認していて神樹の近くに必ず家を建てて過ごしている筈なんだけれど、この世界に再び来てから一度も彼らに出会っていない。
自分はここまで連れて来てくれた親切な奴に礼を言って降りる。
「ぶるるるっるるる」
「ありがとう」
豹柄のばんえい馬。
あの今まで二度見掛けた轟獣の馬、その中でも長兄風の樽の様なお腹をしたファグナーである。馬は苦手に思う体験を多くしていたのだけれど、こいつは相性が良かった。
鬣を撫でると心地良さそうに目を細めた。
湖のふちに腰掛け、片足を水につけているレナリは、ここからでは顔が見えない。残った片膝に顔を埋めるようにしている。両手でそれを抱きしめているから横顔だって見えないかった。
「ニリ」
「!」
レナリが弾かれたように顔を上げる。
それは自分がいた事に驚いてか、掛けられた声に驚いたのか、それとも両方なのか。
「なぜ………?」
「あんたがそうしているのをよく見た気がする」
少し離れた位置に自分も腰掛けた。
レナリの顔には黒紋も残っておらず、解析したのをざっと見た様子だと復讐の神は沈静化しているようだった。
「ひ、…『■■■』」
「今はヒロだから」
「そう、ヒロ。ヒロね」
「そう」
「私、会いに来たの」
「ああ、そうみたいだな」
会いに来た、って言うか逃げたって言うか…。
「…それだけ?」
「ああ、知ってたし」
「…?」
「神様に便利な力を借りてるからな」
「…あなたはいつもそうやって実力も足りないのに」
ああ、そうそう。この人はこんな感じだった。
「そうだな、誰かに殺された記憶もあるし」
「またそれを」
「当り前だろう? 敵と間違えられただけで、半身吹っ飛んで死ぬってどんな状況だよ?」
「うぅう、もう、良いじゃないですか! 五百年前の話になるんですのよ!?」
「ならさ、五百年前の話になるなら良いって言うなら---、
もう死んじまったあんたの残滓をレナリに背負わせるのもおかしいと思うぞ?
ニリ、あんたはもう死んだんだ」
くしゃり、とレナリの顔が歪んだ。
泣きそうになっていると言うより、なんでそんな言葉を言われるのか、と言う意味で。
「ニリ、今回その残滓に引っ付いた復讐の神がしでかしたこと、覚えてないわけないよな?」
「…ええ」
本来ならば、有翼人の王族様が自分と一緒に戦っていたって言うのは、ここが関係している。
ニリはその身に宿らせた復讐心に折り合いをつける事ができず、神様に魅入られた。
普通の生活が送れなくなる程に。他の人と過ごしていても、自分の様に半身をふっとばされてしまう人が出てしまうから、彼女は王族としての務めを果たすより先に、個人としての妄執を果たしに来たのだ。
まあ、そこは正直言えば好ましいし、ニリがいたからこそバフォルとの戦いも勝つ事が出来た。
でも、まだそれを引っ張り続けるのは、おかしい。
「復讐はまだ終わってないのか?」
「多分、魔族を見てしまったからだと思います。それまで、レナリの中にいた私がこう言った形で表面に浮かんでくることはなかったから」
「バフォルは死んだ。魔王はもういない」
「頭で解っていても、どうしようもないのです」
レナリの姿で、そんな顔するな、高度な教育を受けた所作をするな。
「引き剥がせないのか?」
「それは、私に決められることでは………」
「んで、どうしようもないから一人になりにここまで来たと」
「はい」
「ニリ、お前………本当どうしようもねえ奴だな」
「そんな言い方しなくとも」
「いいや。今言うべきだ。
ニリ、蝶よ花よと大事に育てられてきたあんたが骨の髄まで貴族だっていうのは解ったし、多少は考慮する。だがな、それを他者に強要するな」
「な、何の話を!」
「狩りで獲って来た獲物を可愛そうだの、解体すれば気持ち悪いだの。今まで散々食ってきたくせに、下準備見るだけで大騒ぎ。英雄らしい行動しろだの、こっちは生まれも育ちもド平民だよ。お前さんの考えをなすりつけるんじゃない!」
「やっぱり今する話じゃないですわ!」
「んじゃあ、なんでたった今あんたがここにいる? 有翼人が長命種並に生きるなんて話は聞いたことないぞ? ここにニリがいるのはおかしい事だ」
「わ、わたしは!…」
「もう一度、あなたに会いたくて!」
「あなたに触れたくて!」
「願い続けて、何もできないでいて!」
………。
「ニリ、自分があんたの思いを受けられないのには気づいてなかったのか?」
「え???」
今日最高の驚愕を彼女は受け取ったらしい。
彼女の中では、自分と彼女は相思相愛だったらしいぞ?
+ + +
「ど、どうして? もしかして衆道!?」
「………はあ」
溜息が零れた。
「ど、どうしてそんなこと言うの? 私とあなたは ---」
ニリが色々言うけれど、基本的にそれがなんだ? と聞きたくなる話な上にちょっとアレな内容なので聞かなかったことにする。
「自分、好きな人いたぞ? 五百年前」
そろそろ聞いてられなくなった辺りではっきり伝える。
「はあ!?」
「もちろん相手はニリじゃない」
「はあああ!? 誰? …まさかシュウ!? 二人は兄妹ですのよ!?」
「違う」
「フィシー!?」
「違う」
「オパリア!?」
「誰だよ」
完全に気付いてなかったのか。
「あん時一緒にいた面子で、多分気づいてないのニリだけじゃないのか?」
本人すら気づいてたぞきっと。
「だからニリが自分に会いたいためだけに転生して、あろうことか魂を切り分けて拡散までして自分に会おうとした行動力と覚悟は凄いと思うけれどさ。自分はニリの思いに応えてやる事は出来ない」
ニリにとって一番きつくなるだろう、はっきり告白の言葉を口にする前に玉と砕く作戦はこうして幕を閉じ………。
「わかりました」
「?」
血反吐吐きそうな表情から一転、ニリはそう言って表情を改めた。
「でもそれはあくまで五百年前の私の事です。ここはあの時から五百年経った場所。
私はこの場所から新たに始めます」
………あんぽんたん!
「 お 前 死 ん だ ん だ よ ! 」
「はい。でもここにいます」
…貴族はだから嫌いだ。
「これまでの私がダメならば、ニリだけでダメならばレナリも一緒に貴方を射止めて見せます!」
「レナリを巻き込むな」
「それこそ手遅れです。レナリは生まれついてあなたを好きになるように出来ているからこそ、私の残滓を持っているのです。たまたま私の要素が入った程度で人の好き嫌いが変わる程度なら、私は自分を切り分けてまで転生なんてしません。私自身が神格を得て貴方を独り占めにします」
「無茶言うなよ、その神格持つ神にぐっしゃぐっしゃにされてるくせに」
「あら? 私は王族。有翼人を束ねるべき王女だった者ですのよ?
それくらい、やって見せます」
すっげえPT・・・。
何一つ自分が間違えてないと思い、そう信じ行動する。目的のためにはどんな恥も外聞も知ったことではないとばかりに正当化する思考パターン。
まあ、レナリの話はちょっとだけ救われたけれど。
「んで、これからどうなんだニリは?」
「多分、これだけ顕在化しているのは残りわずかだと思います。この先ニリとレナリは同一になっていくのではないかと」
緩やかに混じりあい、一つになるって事か?
「レナリも思ったのでしょうね。一人前になった上であなたの隣に立つにはニリの能力を手離さない方が有利だと。一人がダメなら二人、それでもダメなら十人ですわ!」
「貴族思考って単なる物量主義って事か?」
十人って、ないよな?
「あら、今何を考えているか分かった上で、素敵な一言を足してあげます」
ま、まさか?
「闘技場にいた、あなたがバンクルを上げた少女。
彼女も私の残滓を持っていますわよ?」
幕は閉じず、なぜか二つ目の演目が始まったらしい。
「闘技場の闘奴候補たち、きっと全員私の欠片を持っています」
酷い一言で、始まる演目だった。
お読みいただきありがとうございました。
これにて第三話は終了です。
登場人物の紹介、用語集の追加を本日投稿しますので、勘違いして損した気分になられないようにご留意ください。




