復讐のとりこ+レナリ
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それは、とある兵士から見た視線での夢だった。
レナリにとって、他人事と言えれば良かった夢だった。
彼女にとって、夢とはとても大事な物で、その内容に関わらず彼女に大きな影響を与えてしまう。そこにどんな理由があったのかはわからない。
レナリが装備する『黒塵の兵士』セットには、レナリの中にあるニリの記憶を呼び起こすに適した物が込められていたのだ。
国を滅ぼされた、無念。
目の前で燃え落ちる王城や、鍛えた甲斐なく魔獣に蹂躙される兵士たち。
魔獣に追われる非力な人々、その人々は彼女の国の彼女の民たち。
崩れ落ちる国王。
純白の翼を真っ赤に染めながら、それでも膝を屈することなく魔族と立ち向かった女王。
父である国王が、最後になんと言った?
母である王女は、最後になんと言った?
民たちは、どんな表情で死んでいった?
兵士たちはどんな覚悟で立ち向かっていった?
敵は誰だ?
殺すべきは誰だ?
ソレガイイ。
ソウスルノガイイ。
どこかで聞こえた声がした。
どこかで知っている声がした。
レナリは、現実ではない思考の世界にいる。
重い蓋が乗せられた、真っ暗な場所にいる。
その蓋はいつの間にかきつく固く閉じられていた筈なのに、そこに微かな隙間が出来ていた。
その奥に、真っ暗な此処よりも更に暗い何処かがあり、
其の奥から此方を見つめている何かがいる。
爛々としている。
でも、濁っている。
煌々としている。
でも、濁っている。
蜿蜒としている。
でも、濁りきっている。
二つ横に並んだ目玉。
それが良く無い物だとレナリは肌で知った。
その目玉を輝かせる何かが、少しずつ、蓋をこじ開けようと力を籠め始めている事に気付いた。
いけない。
レナリは思う。
これはこのままにしておかなくてはならない物だと解る。
蓋に圧し掛かるように力を込めるが、そこの下にある物はその程度を歯牙にもかけぬとばかりに重く厚い蓋がギシギシと音を立て始めた。
なぜ、ふたをどかさぬ?
なぜ、そこにいる?
蓋の隙間が大きくなっていくたびに、その隙間から何者かの声がする。
段々と明瞭さを増していく声は、若い女の声だった。
「ここからでたい」
「ここからでたい」
ずるぅ、と腕が隙間から伸びてきた。
若い女の細い腕だった。
白い肌の、綺麗な腕だった。
だった。
黒く変色した物が幾重にもこびりついたそれは、肌の半分も覗く事の出来ない呪われた腕で、爪もぼろぼろのそれが怨めしさを表す様に、堅く重い蓋をぎりぎりと爪で引っ掻く。
だめだ、だめだ!
レナリは力を込める。
全力で込める。
しかしふたが動く事を停める事は出来ない。
一本の腕はいつの間にか二本の腕となり、蓋を掻き毟る。
鉄でできているだろう蓋はその度にギリギリと耳障りな音を立てて傷跡をつけていく。一体細腕のどこにそんな力があるのか不思議に思うも、それを眺めている場合ではない。
レナリが力を入れればそれだけ、それがここから解き放たれることも遅れる。
時間を掛けさせれば、それだけレナリに有利になる筈だ。きっと、彼女の大事な人がそれをどうにかしてくれる。
そうだ。
レナリは気付いた真実一つを胸に、より力を込めていく。
「ちがう」
「ちがうぞそれは」
暗い昏い奥から聞こえる声が、開いた隙間から顔の半ばまでを覗かせたソレが、こちらを濁った眼で見ている。
「早く出なくては」
「早く止めなければ」
「早く行かなくては」
「あの場所に」
アラ。
レナリの脳裏に少女の姿が浮かんだ。
少女が全身全霊で少年に縋り付いている姿だ。
自分の全てを少年に預ける、幼い少女の姿だ。
あの少女は自分を護る存在のありがたさを知っている。自分が弱く、護られなければ生きていけない存在だと言う事を知っている。
少年が、その弱き自分を護る存在だと言う事を知っている。
少女は敏い。
少女は賢い。
少女は余すことなく彼に縋り付く事で、彼が少女を手放す事が出来なくなってしまう事を知っている。
そこはたった数日前まで、レナリがいた場所だった。
「あの場所を手に入れなければ、いつかまた一人になる」
「あの場所のあれをどうにかしなければ。あの場所をどうにかしなければならない。
あの人の傍にいるのは自分でなければならない。あの人を手に入れるにはあの少女をどうにかしなければならない」
レナリが見たその相手は、血の涙が渇いた筋を残す女性の顔だった。
渇いても渇いても足りず零れる涙の痕が、幾重にも重なる女性の寂しい顔だった。
「解っている筈だ。
判っている筈だ。
分かっている筈だ」
ソウシナケレバ、アノバショ ニ イルコト ガ デキナイ。
唐突に、レナリは気付いてしまった。
この蓋の奥に隠されていた、封じられていた相手は、――――――
―――――――――――ヒロを手に入れられなかった自分自身だと言う事を。
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レナリは唐突に目が覚めた。
全身を真っ赤に染めた血の臭いが、彼女を正気に戻した。
握った短槍が、真っ赤に染まっている。辺りも真っ赤に染まっている。
見れば、自分を鍛えていた、あまりに離れた実力を持つ男性が胸に大穴を開けて倒れている。
ピクリとも動かぬ彼を、レナリは自分が殺したのだと知った。
あまりに強く突いたせいか、短槍の厚ぼったい穂先が歪んでいる。普通の力ではこうはならない筈だった。それだけの硬さの短槍が、先のみならず全体が歪んでいる。
視線をさらに動かせば、蒼と銀の毛並みを持つ美しい獣が少女を護るように立ち塞がっていた。
なぜ?
自分に優しくしてくれた狼の顔を持つ存在は、敵意ではない感情を浮かべている。
憐み、その表情は今までよく見てきた。
闘技場都市の檻の中で、その眼はよく見てきた。
そんな眼で見ないで、今私はとても嬉しいの。
口を小さく動かして、レナリはそう言った。
+ + +
凄い有様だった。
テントは半壊、竈は崩壊、どう希望的観測で見ても絶命しているホーグが倒れている。
……なんだこれは?
爆発したみたいに血の跡が飛び散っていて、ホラー映画でもこんな光景中々見ないな。ホラー映画で安易に血の量で恐怖心を煽るのって生き残りは大抵二人だと思う。
……ああいや、すいません現実逃避してました。
ホーグが倒れている場所を中心として、すぐ傍にフル装備のレナリ、五メートル強の距離を取ってエニス、そのすぐ後ろにアラがいる。
アラは………思ったより悪い様子じゃない。今は自分をじーーっと見ている。
エニスは一瞬だけこちらを窺う様子を見せた後、再びレナリに向き直る。
五メートル強の距離があっても警戒が必要だと言う事を教えてもらった。
………武芸者として見れば超一流をも超える挙動範囲ではないか。
ふむ。
革の衣服が自発的に変形、悪役スタイルになった。それだけ警戒が必要だと自分に教えてくれているかのようだった。
己月をロングソードの形に変えて、……構えるべきなのだろうか?
レナリは綺麗な構えで未だホーグに向いている。
胸に大穴が開いて仰向けに倒れているホーグ。そんなホーグに未だ構えを解いていないと言う事は、
「ホーグ、倒れてる場合じゃないぞ」
「は」
…冗談でも言ってみる物だ。
どう見ても死んでいたホーグは、すぐさま返事をして立ち上がる。
「平気?」
「傷付けないように時間を稼ぐつもりだったのですが失敗しました。申し訳ございません」
「レナリを? 怪我一つないじゃない?」
「ヒロ様が与えた武装を、傷付けてしまいました」
………。
「レナリが傷付かないなら良いよ、でかした」
「もったいなきお言葉」
「怪我は平気?」
「問題ありません」
見る間に大穴が塞がり、白い肌が覗く。問題はないみたいだ。
「ホーグ、エニスと一緒にアラの方を頼む」
「問題なく戦えます!」
「いや、レナリは自分の領分だ。今回は見ててくれ」
「は」
音でホーグが離れていくのを確認し、レナリを見る。
血の気の引いた表情。
なんかちょっと色っぽい。
でも、ホーグの血で真っ赤っか。
「レナリ、判るか?」
「ひ、…ひろ、さん」
多少は意識がある様だった。
ふう。
焦点が定まっていないのか、レナリの目は見当違いに、左右別に動いている。
「槍を離せ」
「はい、解りました」
「そんで血を洗わなくちゃな」
「はい、でもヒロさんが落としてくれるのが良いです」
「そうだな、今回は特別にそれでもいい」
だから、会話の最中も一切解かない構えをどうにかしろ。
「レナリ」
レナリは槍を構えたまま、こちらを向いた。
次の相手は、自分らしい。
「言行不一致の感じと言い、その理不尽な様子と言い、レナリお前さん。
何処で引っ掛けた?」
小窓が引っ切り無しに新しく表示されていき、視界が全部埋まってしまいそうだ。
今のレナリの様子に、背筋が震えるような恐怖が這い上がってくる。
見覚えがある。あの様子に、とても見覚えがある。
「いえ、引っ掛けたわけではなく、中にいたのです」
「………、!」
小窓の補足があって、レナリが何を言っているのか分かった。
レナリの様子の変化は『前世の残滓』が関係していた。と言うか、前世の残滓の中に、アホみたいな物が入っていたのだ。
なんでそんな物が入ってるんだよ!
「ひろさん」
「ああもう!」
自分はロングソードを構える。
この状態のレナリを止めるには、全力でも足りないのやも知れない。
+
復讐の神
+
レナリを蝕んでいるのは、そんな神様だった。
正確には、ニリに憑いた呪いのような物だ。
国を滅ぼされ、両親や民を殺された生き残りの王女の復讐の願いを聞き届け、乗り移った姿を見せない神。
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★特記 神憑き 復讐の神
レナリ(乗人(竜))
★ 体力 ex
★ 魔力 A
理力 D
★ 筋力 AA
★ 身軽さ A
賢さ C
手先 C
運 E
★核司【復讐+武】
装備品
一般的な平民の服のセット
黒塵の兵士セット
特殊能力
前世の残滓(2)
不幸
◇◇◇◇◇◇◇
お読みいただきありがとうございました。




