表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第三話 異獣+子供
91/99

記憶+のろい

8/26(1/2)

+ + +



 ちっとも気が晴れない。

 糞が!


 全身紫塗れで、加えて異常に臭い。紫色の血って奴は普通の生き物が持つ赤い血と成分が違うのか? 吐きそうなほど臭くて気持ち悪い。


 念動力できちゃないのを全部払ったつもりだけれど、まだ足りない気がする。何かがずっと残ったような気がしてならない。

 何処かで水浴びでも出来ないかな?


 ………でも、それは叶わない。

 自分にとって無視できない問題が出たからだ。




「     おん!     」




 全身に届く音、とでも言うべきか?

 全身が一瞬叩きつけられた何かに浮く程の感覚があった。


(エニス?)


 何が起きたんだ?




+ + + + + + +




 レナリは倒れていた。




 しかしそれは毎日行われている鍛錬の結果、限界を超えてしまったためであり、そこに拾う以外の要素は見当たらなかった。ホーグは未だその辺りで拾った木の枝でレナリを鍛えているのだが、レナリの武装である、呪装黒塵の兵士を纏ったレナリは未だ彼に有効打を与えていない。

 あまりに離れた実力がそこにあった。

 レナリの生まれ持った竜人としての能力がどれだけ研ぎ澄まされていっても、何処までも先に彼がいる。

 レナリの短槍は、未だ一度とて彼の身に触れていない。


 遠い。


 レナリは思う。

 ホーグの実力がどれほどなのか分からないが、確実に自分よりもヒロとの実力の方が近かろう。いつになったら届くか分からない距離に、身が疲れとは違う理由で震えそうだった。

 届きたい。

 レナリは思っている。

 ヒロの隣、傍、傍ら、そこにいたい、いなくてはならないと彼女は思っている。

 朦朧とした意識で思うのはいつもこの事だ。


 何故か、なんて考えた事もなかった。

 そこが自分の居場所となるべき場所だと、ずっと思っている。


 意識を手放しかけながらも、レナリはこの思いを忘れることはない。

 そして現と夢の狭間に降りながら、レナリはもう一つの自分と出会った。



+ + +



「魔族め………」


 彼の行動は迅速だった。

 物見台から飛び降りた彼の横には、彼と同じくこの国を護るために命を賭する覚悟を持つ心強い仲間達が並んでいた。


 圧倒的不利。


 それは仲間達皆が知っている。

 彼らは有翼人。空を飛び戦うのが彼らの身体に備わった戦い方だ。

 相手と距離を取り、自らの呼吸で争いをコントロールするのが彼らの、有翼人の戦いだ。空を舞い、届く事なき場所からの奇襲をする為の翼だ。


 その彼らが国を護るための兵士として、地に足をつけて守勢に回ると言う事は自らに備わった最大の利点を捨てさる事を意味していた。


 突然現れた魔獣の一団。

 その数は一つの指を十として数えても全ての指で足らず、

 地震のような揺れと、地鳴りのような轟音をこの険しい山に囲まれた国に轟かせている。魔王が、この国を滅ぼすと決めたようだった。


「良いか、味方が仕度を調える間の時間稼ぎで良いんだ。この山の上にある国を責めるのは普通では無理だ。道も細ければ空は我々の領分、迂闊に大挙してくることはないだろう。

 少しずつやってくる相手を焦らしながら時間を稼ぐんだ」


 そこには彼にとって上司にあたる兵士長の一人がいた。

 彼の直属の上司と同じように、自らが立つと判断し、ここにやって来たのだろう。命を捨てる選択肢を平然と選んだ兵士長の芯の通った美声に、仲間達は溢れる闘志を槍を握る手に込める。


「五人では蹴散らされて終わり、あいつらはこう思っている。

 有翼人は弱く、力の乏しい連中だと魔族の奴らは思っている。

 それが間違いであると言う事を、知らしめてやるぞ!」


 合わせて五人で、国の入り口である正門を護る。

 どんなに上手くいっても死を免れない二百超対五人の戦い。

 絶望に呑まれた者がいないことくらいしか希望はなかった。








 振るわれる、牙。

 唸りを上げて迫る爪。

 間近で爆ぜる魔法は、味方の物か敵の物か。


 有翼人の兵士たちは強かった。


 嵐に呑みこまれた小枝の様に弱く、小さな存在であるにも関わらず、地に足を付けたままの不得手な戦いの中誰一人退く事なく戦い続けた。

 魔獣は生き物として大型の物が多く、その血は黒く見えるほどだ。その血が辺りに立ち込め、黒い霧の様に見えている。


「どうした!」


 五人の中でただ一人、『飛ぶことのできない』素型を持つ兵士。残りの四人を鼓舞した兵士長は有翼人でありながら地に足を付けた戦いを得意をしていた。

 ただ一人四人より前に立ち、鍛え上げられた蹴りで魔獣を弾いていく。その脚力は身体の大きさが三倍は違うだろう大型の豹の魔獣を天高く打ち上げた。

 飛ぶ力と声の美しさが揃わなければ、そんな屈強な兵士でも出世を望めない国で、彼は異形だった。


「左前方! 奴らが呼吸を合わせ始めているぞ!」


 有翼人でも珍しい、被膜の翼を持つ味方の一人は他の有翼人にはない珍しい感覚を持っている。

 見えない位置の情報を精確に感知する彼は、味方に次に来る襲撃を予測し伝える。

 それが何度も当たるので気持ち悪がられて出世できなかったが、彼は有能であることには変わりなかった。


「後続! 十体が同時に押し寄せるぞ!」


 味方の一人は異常な飛行能力を持っている。

 有翼人でも珍しい、飛びながらその場に留まる事ができる兵士。大人の背の高さで飛び続ける事で仲間よりも遠くを確認しながら戦っていた。

 『微風結界』を使わずに飛ぶことは勿論、同じ場所に何十分でも留まり続ける事が可能な飛行能力は、味方に敵の動向を伝えてくれた。

 彼も声の美しさがあればさぞ高い位に就く事が出来ただろう。


「ははははは!」


 一人は飛行が苦手な素型持ちだった。

 その代わりに五人の中でも一番の力持ちだ。

 押し寄せる嵐の様な魔獣を次々に槍で叩き伏せ、高い山を作り上げている。

 一撃で動けなくなる程の威力を次々に作り上げる兵士は、『微風結界』の力を使っても仲間よりも短い時間しか飛ぶ事が出来ない。


(いけるじゃないか!)


 その中で、声が美しく無い為に出世できない彼は、役立たずも良い所だった。

 生まれこそこの中では一番いい身分だったが、彼が得意とする飛行能力ではこの場で役に立つ事が出来ない。

 精々、魔獣が一度に味方に殺到しないように敵の攻撃を受け止めるくらいの物だ。それすらも、上手くいかず何十体と魔獣を後ろに通してしまっている。


「気にするな、この数を受け止めきれる訳じゃない!

 少しでも多く、足止めする位の感覚で行け!」

「はい!」


 最前に立つ兵士長に鼓舞され、彼は必死に戦った。

 拮抗以上の成果が出ている現状で。

 心に余裕が出てしまった。

 この五人の命運を分けたのは、その余裕に縋ってしまったからだった。


「バカな!」


 一人飛びながら戦っていた兵士が、翼を持つ魔獣に食らいつかれた。

 誰かの素型と同じ、飛ぶことを苦手としているはずのその鳥は、飛行能力においてこの高所では役に立たない筈だった。

 しかしその巨大化した鳥は、飛行能力に優れた素型を持つ兵士に食らいついた。


「魔獣ってのは、翼の数すら変化するのか!」


 食らいつかれながら、その兵士は槍を短く持ち替え頭部に何度も突きを入れる。赤黒い血が飛沫、鳥が体勢を崩し始めるが、嘴はちっとも弛む様子もない。


「すまない隊長、後は頼む!」


 血まみれになりながら、そいつは巨大な鳥と共に魔獣の波に呑まれていった。


(そんな表情で死ねるのか!)


 彼はその兵士の表情を見て、背中が震えた。

 食らいつかれた腹から血が噴き出し、吐血しながらも、その彼は獰猛に笑っていたのだ。


「邪魔だあ!」


 一際強い蹴りが、魔獣をまとめて蹴散らす。

 隊長、と呼ばれた最前で鼓舞しながらも戦う兵士が憤怒の表情を浮かべながら放った蹴りは、多くの魔獣を蹴り飛ばした。


「▲▲▲、お前飛ぶのが上手かったよな?

 あいつの代わりに飛びながら………」


 言葉はそこで途切れていた。

 隊長の頭部が、消えていたのだ。


「ははは、俺達を鳥が殺すか!」


 豪勇に戦っていた一人の声が、良くその場に響いた。

 ▲▲▲が見ると、大鷲の魔獣が舞っていた。

 その足に何かを掴んでいる。空を飛ぶ仲間がいなくなったために、一瞬生まれた隙間をねじ込まれたのだ。


「ははははは!」


 笑い声を響かせながら、豪勇の兵士は槍を撃ち出す。

 高所から低い場所に投げるための短槍は、本来とは違う使われ方であっても、流れ星の様に撃ちあがり、大鷲を射抜いた。


 豪勇の兵士は隊長の槍を掴むと、再び、更に前に立ち敵と戦う。


「はははははははははははは!」


 二人で戦っていた最前が、一人になってしまった。

 敵の数は未だ衰えを見せず、更に強くなってしまったかのような錯覚を覚える。


 次にやられたのは、被膜の翼の一人だった。

 間近で聞こえた悲鳴に振り向けば、被膜の翼の一人は獅子に食らいつかれている。


 どうやら、▲▲▲を庇ったようだ。

 喉元に食らいつかれながら、被膜の兵士は獅子の喉元に槍を突き入れていた。

 一瞬だけ交差した視線。


 獅子はそのまま赤黒い血を流しながら城門へと爆進していく、被膜の兵士に噛みついたまま。


「ぅくう!」


 豪勇の兵士と並ぶ。

 もう生き残る事は不可能だ。

 ならば一体でも多く敵を倒さなくてはならない。

 国のため、国に住む仲間たちのため、一寸の時間ですら貴重だった。


 城門が崩れる音を聞いたのはその頃だったと記憶している。








 豪勇の兵士の笑い声が聞こえなくなったのはいつからか。

 翼を捥がれたのはいつからか。


 何故か、その場に生き残ったのは一人だけだった。


「がああああ!」


 前からだけだった敵の攻撃は、いつの間にか全方位からの攻撃に変わったのはいつからだったか。

 悲鳴、火が爆ぜる音、耳に届く情報が増える度に、敵は更に数を増していく。

 そしてさらに勢いを増していく。


 槍を振り下ろして何かの魔獣の頭を砕く。


 全身は真っ黒に染まり、

 呪いのように重くなっていく。





「みな、逃げなさい!」





 その声は、魔法を使った声だった。

 魔獣も、味方も一瞬だけ全てを忘れ、その声に聞き入るほどの綺麗な声。

 彼もよく知る声だった。


「王女様………」


 彼は目が良い。

 それを確認するのは容易だった。

 しかし、それを見つける事が出来たのは、幸運以外の何物でもない。


 血の霧が立ち込め、彼自身の槍の先すら見えなくなる程の状況で、見上げた先にいた王族の姿。


「英雄、一行か?」


 空を飛ぶ桃色の大亀。

 巨甲長命族だろう。

 その背に、無理矢理連れられて行く王女が見えた。

 その彼女を引きとめているのは、神が造ったような美しい蒼一色の鎧。


 半人半蛇の大魔法使いが、雨のように火球を落とす度に、世界が赤に染まるほどの火柱が上がる。


 悲痛な表情でこちらを見る女性もいた。

 腰の剣に手を掛けて、何もできない事に悲痛な顔をしている女性だ。


 泣き叫ぶ王女と一瞬だけ視線がまじりあった気がした。

 それだけで充分だった。有翼人の国は、この時亡ぶだろう。しかし、王族である王女ニリ様が生き残られたのならば、有翼人は滅ぶことはない。


 家族、友人、自分の部屋。


 数々の情景が一瞬だけ彼に過ぎる。

 充分だ。


 希望は残った。


 翼もない自分では、逃げる事は出来ないだろう。

 まだ逃げ遅れた味方もいるかもしれない。ここで戦い命を散らすには、それだけの理由があれば充分だ。


 魔獣を殺す度に、鎧は鉛の塊のように重くなっていく。まるで呪われていくようだ。

 純白の軽量化に重点を置いた鎧が、今では黒い呪いに囚われているようだ。


 一つ動くたびに、骨が軋むような重量の鎧、重く、堅くなったおかげか魔獣の攻撃を受けても歪みもしない。




 戦う。




 最後まで戦う。

 彼は、残った力を構えた槍に籠め、振り下ろす。

 その度に血煙が立ち、周囲を再び真っ黒に染めていく。

 何度打たれ、噛みつかれようと、彼は止まらない。

 共に戦った仲間たちの分まで、

 この国を護るためになった兵士として。






「はああああああああああああああ!」






 その後極大の嵐の魔法がその場を蹂躙しても、彼は地に足をつけ、一歩も引かなかった。

 命は燃え尽きても、彼は退かなかった。


 王女ニリを含め、一握りの有翼人が国を捨て飛び立った。

 ただひたすらに飛ぶことに専念すれば、彼らの飛行を妨げる事が出来る物など存在しない。

 その一握りの有翼人は皆が口を揃えて伝える言葉がある。


――――――一人まだ戦っている兵士がいた。全身傷だらけにして、美しい翼は血に染まり、それでも退く事なく戦っていた兵士がいた、と。





お読みいただきありがとうございました。


主人公全然出て来ませんので今日もう一回あります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ