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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第三話 異獣+子供
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霊力+灰猫

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 本来ならば、サタ村に向かうべきなんだろうけれど自分は荷馬車のある場所へと戻っていた。

 二つ先の森に棲むような相手が、何故突然サタ村の中に出てきたんだろうか?


 一番の予想はサタ村の連中の自作自演だと初め思ったのだけれど、仮にそうならエニスやホーグがなんか言うだろうし、解析して解らないはずないよなあ。


 アラとの関係でまだ解析に遅れが出てしまうのだろうか?


 荷馬車の様子を調べる。

 お墓を作る際に道の脇に避けておいたそれを見ても、真新しい発見があるわけではなかった。


「………」


 荷馬車の傷。

 そうだ、これ普通じゃないな。

 自分が己月をロングソードにして斬ったような傷が四本並んでいるのだ。

 新しい発見、あるじゃないか。

 と言うかなんで最初に気付かないのか?


 自分が己月をロングソードにして斬ったような傷が四本並んでいるのって、異常だよな?

 己月の切れ味がそうそうあっていいレベルの物ではない。仮にこれが何らかの動物の一撃で生まれた物だと仮定して、どんな生き物の爪がこんな切れ味を持っているのか?

 力強さならともかく、爪のある前足で荷馬車に斬りつければ、斬りつけた部分がごっそり壊れるのが普通じゃないのか?


「だとしたら…」


 小窓が表示された。


「霊力………」








 なんとなく筋道がはっきり見えたので(意図的な誤用)、ゆっくりとサタ村にやって来た。

 元は宿場町として栄えた辺りだと聞いた通りの寂れ具合。

 代を重ねる内に少しずつ縮小されていった町並み。妙に幅の広い目抜き通り、大型の馬車でもすれ違う事ができるような道が村の中いくつかあるけど、家屋の数は十五か二十か、物置の数とか調べれば世帯数はもっと少ないだろう。


 寂れて行ったのは糞野郎と別の理由もあるけれど、でも栄えていた物が寂れてしまったと言うのは和国の田舎に住んでいた自分からしても切なく感じる。

 あと日本で公園の遊具が錆びて行って、撤去された時の寂しさを思い出す。


 そんな以前は町ほどの規模があっただろう、淋しい活気のない村の中央広場に、そいつがいた。


 一言だと、猫。


 二言だと、でけえ猫。


 灰色の毛皮の、小奇麗な猫だった。

 目は灰青色でいらっとした。

 ビーバー、は言い過ぎだけれど平たく厚い尻尾のある猫だった。


「なんだ、お前」


 猫その物の面構えなのに、言葉は濁りも癖もない話し方。


「不気味な奴」

「お前に言われたくないな」


 前足を見るが、爪は猫のバランスとしておかしい物ではない。

 鼻先から尻尾の先まで、三メートル位だろうか?


 エニス、轟獣、糞野郎(リョトニテル)と普通ではない(原代和国や現代日本の考え方で)大きさの連中と多々会ってきたせいでおかしくなっているけれど、こいつ異常な大きさの猫だな。

 身体自体の大きさは人と同じで考えれば大男と同じくらい。胴が長いのも、足が太く筋肉質なのも樵夫婦の話と一致するだろう。


「嫌な臭いがするな」

「薄汚れたお前なんぞに言われてもな」


 その灰猫は言葉を話しながらも気を許していない。一息で回避か逃走に移る事ができる位置取りを保っていた。

 言葉を話す事もあり、知能は低くないのかもしれない。オスのオウム位の知能の可能性も考えたけれど、こういうのは低く見積もるべきではない。


「んで、お前は一体何の用で俺の前に立っているんだ、人間?」

「子供襲った害獣の駆除」

「………臭いがしねえと思ったらここにいねえって事か」


 己月を抜き放つ。

 形は十文字槍。


「樵の夫婦殺したの、お前か?」

「樵? 殺した奴の話なんて知らねえな」

「なんで子供を襲う?」

「うめえからな」

「そうか」


――――――――――撒き散らせて死ね――――――――――


 吶喊。

 突き。


「おう、血の気の多い奴だな」

「………」


 手加減してないが、躱された。


「汚い染みになれや」


 速い。

 目に映る事すらないような動きの速さだった。

 自分は穂先を揺らしながら真後ろに向ける。


 じゃ、ぎょ!


 地に何かが滑る音と、強く地面が爆ぜた音が続く。


 自分は穂先を揺らしながら逆の手に持ち替えて、片手受けの体勢になる。

 手応えは軽い。

 器用に避けたか、と思ったがそこには驚愕の表情を浮かべる灰猫。間近で見ると目脂とか鼻水の跡とか汚いなコイツ。


「見えてやがるのか!?」

「どうだろうな」


 引きながら枝槍(十文字槍の横棒の部分)で掻っ捌いてやろうとしてみたが、流石にそれは上手くいかず、灰猫は音のような速さで距離を取っていた。


「…いや、見えちゃいねえ。目も追えてない」


 ぶん! 尻尾が鞭のように右側頭部に向かってくる。小手調べとして速さは多少抑えてあるらしいけれど種明かししてやる義理はないので敢えて掌で受けて、全力で握り潰す。


「速いな、子猫並に軽いみたいだが」

「ぎ!」


 尾を引こうとするも、その前に槍を短く持ち替えている。

 縦棒と横棒の交差点の所で尾の三分の一程を切り取った。


 うっわ! 血が紫だよ気持ち悪!


「気持ち悪い生き物だな、お前何者だ?」


 血の気の多い生き物なのか切った尻尾の先から紫色の液体が噴き出していたので下に投げつけて踏みつける。


「この野郎、後悔させてやる」

「ほう?」


 踏みつけた尻尾はまだびくびく痙攣していて大層気持ち悪い。

 魔獣の様に必要のないだろう目玉が出鱈目に増える様子はそれで気持ち悪いけれど、血の色が違うと言うだけでも相当クる。先入観をぶち壊す様子が気持ち悪いのだろうか。


「が!」


 右、上、後ろ。


 自分には目に追えない三連撃。

 でも、―――――目に追えないだけの(・・・)攻撃だ。


 独創性の欠片もない攻撃なんぞ当たる様な間抜けじゃない。


「何故だ、なぜ!」

「うるせい」


 四つ目の攻撃に合わせてカウンターの刺突。

 柄は短く持ったままだったので、綺麗にカウンターが入った。

 とは言ってもロングソードに比べれば自分の槍捌きは大したことない。そんな大した事ない武器を使うのは、間合いの関係だ。


 身体の大きさが自分と比べてそこまで大きくない灰猫にとって、この槍の柄の長さと言うのは掻い潜るのが非常に難しい領域になる。

 槍、どうして現代日本であんなに評価されていないのだろうか?

 名刀がステータスになってしまったからだろうか?


 ……と、考え事しながら適当に相手してるだけで灰猫を対処できてしまう。


「この野郎、後悔させてやるよ」


 敢えて槍を突き刺したのは、振りかぶって来た右前脚の付け根だ。

 胸でも首でも狙い放題だったのに、敢えて中線から逸れた場所を狙ったのだからこれからが本番である。


「ぐ!」


 穂先の根元を掴んで引き抜こうとするが、その前に穂先をぐるりと回しながら引き抜く。本来ならば刃先を歪めてしまうような使い方なので真似しないでください。

 己月の性能を信頼して使っています。


「っひゃあああああああ!」


 体内を掻きまわされるのって、もう笑うしかない程痛い。

 笑う余裕なんて絶対ないけど。


 びちゃびちゃ汚いのが撒き散らされる。


 跳び離れようとする灰猫に合わせて距離を詰める。


「!」


 猫は後ろ向きに動くの遅い生き物だから、当然だよね?


 着地に合わせて右前脚の甲を槍で地面に縫いとめる。悲鳴を上げようと開いた口に刺突の様に鋭く伸ばした爪先を突きこむ。


「ご!」


 あ、やば喋れなくなったら困る。

 牙の数本は圧し折ってしまったようだけれど、うん、見た目問題ない。


「聞きたいことがあるんだった。後悔させるのはその後にしないとな?」

「おみゃ! ほみゃあはひゃんなんだ!」

「判る言葉話せよどサンピン」


 穂先をにじって威圧。まあ、自分の出す威圧感なんてたかが知れてるだろうけれど、その内訳の半分以上は痛みだから誤魔化せるだろう。


「何故子供を狙った?」

「え、餌だからだ!」

「餌? その割には樵の夫婦は殺してそのままだったじゃねえか?」

「お、おりゃあ美食家なんだ! 肉の硬い奴なんぞ興味はねえ!」

「………じゃあその美食家のお前がなぜ子供を放置した?」

「酸味だ! 恐れさせればそれだけ酸味が増す! 普通の食い方じゃ飽きちまったから色々試して食ってるんだ、肉が硬くなるが子供なら気にならずに食える!」

「…………」


 抑えろ自分。


「ぎぎぎぎぎぎ!」


 しまった。

 刺した部分掻き回してしまった。右前足が千切れちまった。


「あ、あびゃあ!」

「!」


 突然、左前足の爪が伸びた。

 その一本一本の長さときたら自分の己月のロングソードと同じくらい。

 異獣って言うのはそんな事ができるのか?


 振るわれた爪は、痛みで我武者羅に振られるだけで当たりはしなかったが地面に深々と爪痕を残していく。

 荷馬車を斬り裂いた攻撃はこれか?


 つい、観察してしまった自分の行動を好機と見たか脱兎の如く、と猫でも言っていいのか無様に逃げ出す。


「念動力」


 まだ逃がすわけにはいかない。まだ始まってすらないんだから。

 紫の血って本当に、本当に気持ち悪いな。


「ぐは!」


 ヤヴァイ。

 なんかビキビキ鳴ってる。

 まだ始まっていないのに。


「こ、これは理力だな人間が!」


 その音色に希望が混ざっていた。


「ははははは! だから臭うわけか人間が!」


 べき。


 湿った薪を圧し折る様な音が響いた。

 なんだ!?

 念動力の腕が、折れた? 砕けた?


 体内を循環する理力が一瞬氷に変わったような感覚の後、パーセンテージで表示する理力が三割削れた。


「っく」


 一瞬でこんなに理力が減ったのは初めてだ。

 というか、


「逃がすかボケが!」


 四本足で走れねえ猫が通常の速度で走れる訳がねえだろうがっ!


―――『閃光刃(・・・)


 単なる技なら槍でだって使える。斬り裂くのではなく、全速力での突きになるけれど。


「ふじゃあ!」


 突き刺さる瞬間、灰猫が鳴き声とも悲鳴とも取れる声を放った。途端、毛並みの光沢が増し、自分の突きがぬるっと滑った。


 霊力の循環による柔氣術


 なんだ!?


 霊力のフィルターをかけながら灰猫を見る。


 ―――『閃咬刃(・・・)


 十文字槍での枝槍刺し!

 触れた瞬間刃先が滑る感覚があった、しかし斬撃波はどうだ!


「がは!」


 柔氣術による減衰を確認。


 霊力の使い方にはこう言うのがあるわけか。

 知覚外の、二度目の斬撃波は滑らせる事ができなかったようだ。

 そして霊力は理力に有利に働くと言う事もわかった。


 これはゲームの属性みたいだな。火は水に弱く風に強いとか、RPGの戦闘だと定番だし。


 ちなみに斬撃波を受けた灰猫は、動くことができない様子。

 やりすぎたな。『柔氣術』とやらの加減が分からないからやり過ぎちまった。このままじゃ終われない。


 小窓に表示された解決法に感謝しつつ、蹴りを突きこんだ時に口の中に刻んだ魔法陣を活性。魔力が抜ける感覚。程々に調整するのに苦心しつつ魔法を打つ。


「回復魔法」


 斬撃波で深く裂けていた毛皮が癒着し、千切れた右前脚、尻尾の切断面も塞がる。


「な、何を」

「言ったよな? 後悔させてやるってよ」


 まだ始まってすらいない。

 呆けている間に逃がさないように右後足に槍を刺す。

 理力と魔力を両方消費した感覚は魔力だけを危険域に減らす時より酷い。だるさでへこたれそうだが、今はそんな事よりも大事なことがある。


「で? この村に潜んでる十匹の異獣とやらの反応はお前の仲間って事で良いんだよな?」


 寂れて行った理由には、それも関わっているんではないだろうか?

 この村には、合わせて十一匹の異獣がいる。


 魔力は欲の力。

 理力は打破を願う力。

 そして灰猫が使った霊力は、化ける力。


 多分こういう事なのだろう。霊力はその身を変化させることに特化しているように思う。

 灰猫の仲間達は異獣でありながらばれないように、化けて人としてこのサタ村に潜んでいるようだ。


「! なぜそれを?」

「大方、二つ先の森の辺りに仮の拠点を構えて、定期的に入れ替わったりしながら狩りをしてたって所か? この村にもいるのは村の連中が村ごとどこかに移住しようとするのを防ぐために内側から集団意志を操作しようとしてたって所か」


 反応を全てマーキングしておく。今こちらの様子を窺っている連中がどこに逃げようと、地の果てまで追いかけて残らず仕留める。

 新たな家族の為に、命を懸けて身を挺したぶっきらぼうな尊敬する二人の無念、絶対に晴らす。


「当然だろ? 自分はお前を、お前等をぶっ■らすためにここに来たんだからな」


 アラが異世界であるこのジルエニスの第一世界に突然やって来た味わった苦悩。

 仮初ながら護ってくれる家族が出来た幸運。

 それを奪われた苦悩。


 天国から地獄。


 そんな事を子供に味あわせたこの芥屑は、同じ人間である自分が許しちゃいけない。

 狩りをする人は子供は狙わない。

 それは生態系のバランスが崩れることを人が知っているからだ。子供を狙うのは畜生か、人以外の生き物だけだ(と信じたい)。


 こいつは、言葉が通じても、人ではない。

 こいつを生かしておいては、いけない。


 害獣駆除。


「は、」

「は、ははは、」

「は、ははは、ははは、はははははあああ!」


 一人で何人分もの嗤いを始める灰猫は、この世の終わりでも見た様な絶望を浮かべたまま嗤いだした。


「どうした? 捕食者にでも遇ったような面しやがって」


 人肉喰った獣の肉なんて、どれだけ飢えようと喰う気になんかなる物か。




お読みいただきありがとうございました。

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