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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第三話 異獣+子供
72/99

夢+翼

8/9(1/2)

+ + + + + + +



 空は黒色に染まり始めている。

 雲があるわけでもない、空を行き交う影の元がいるわけでもない。

 しかし、空は黒に染まり始めていた。

 物見台に立っていた彼は不吉な予感を覚え、かなりの高さの物見台から一息に飛び降りた。兵士としては新参である彼だが、その能力はかなりの高さである。

 物見台はたまたま使えそうだと言う理由で使っているが、実際は石が積まれただけの物で、台の上に荷物を置いたりする事が出来ない物だった。

 だから彼は物見台の下に置いてある荷物、正確には鳥の骨から作った笛を必要としていたのだ。


ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ………


 鳥の頭骨から作られた笛は耳に刺さるような音を奏でる。

 一部の鳥は頭蓋骨の形が左右非対称で形にも個性が出るので同じ音色の笛を作る事が難しい。それを逆手にとって利用してその音色が何処から響いたのか解るようにと作られた警笛である。


ぃいいいいいいいい


ィイィイイイイイイイイイ


 この国には七つの物見台があり、国の外を囲う様にある。その各所から同じように警戒を促す笛の音が響いている。


「隊長!」


 その声は、木切れを擦り合わせた様な音色だった。

 彼は物心つく前に高熱を出したことがあり、それ以降声がおかしくなってしまった。この国では、この国に住む住民にとって『声』がおかしいと言うのは致命的な汚点であるため、彼はそれなりの身分であるにも拘らず物見台に立つ程度の、下級兵士の仕事をしている。


「なんだこれは………」


 警笛を聞くなり空からやって来た隊長は槍をホルスターから引き抜きながら空を仰ぐ。

 理由ははっきりと述べることはできないが、隊長は非常に強い警戒が必要だと直感したのだ。


「太陽もある、厚い雲もない。風だって何も変わらないのにどうしてこんな色に…」

「風の臭いがおかしいのです。空の色の事もあるので警笛を吹きました」

「ああ、その判断は良いぞ。物見台に隊長格が集まっている。俺達はこのまま警戒だ、ったくどうしてこんな……」


 下級兵士の彼も槍を引き抜いた。

 厚ぼったい穂先のある、気持ち短めの柄の槍。城兵槍と投擲槍の中間として作られた『ソホロ槍』である。投擲槍でもあるのに重心が穂先であり、その形が厚ぼったいのは、彼等が槍を投げるのは上から下に向けて投げることが主だからである。


 ばさり。


 翼の具合を確かめるように、下級兵士は翼の屈伸を数度繰り返した。


「英雄がこっちに向かってきているってのに、………向かってきているからなのか?」


 彼はこの国の貴族の生まれであり、一点を除いて何処にも恥ずかしい所のない身分と能力、人格を持つ男だった。

 外交の情報にも詳しく、その一点を除けば国の中枢を担うような立場にいてもおかしくない人物だった。

 この国の人間にとって、翼の能力はあって当然であると考えられているが、それともう一つ、なくてはならない物がある。

 それが声である。

 声が澄んでいればいる程、遠くに届けば届く程に価値があると考えられており、歌がうまいと言うだけで、歌声が美しいと言うだけで困ることが無い国なのだ。

 魔法や儀式で治そうと試みた事もあったが、彼の声は非常に高度な、彼の身分でも手が届かないような儀式か魔法でなくてはどうにもならないと言う事が分かった末、貴族としての立場を失い、一兵卒としてここにいるのだ。

 この国、ひいては大陸では怪我や命、病気などに対する技術は非常に進展していて、命は金銭的に高くはない。しかし彼の症状、病気の末ひび割れ、擦れてしまった声を元に戻す、と言うのは研究が進んでいない分野であり、その技術も広がってはいなかった。


「嫌な臭いだ、なんだこれは」


 素型となった鳥(特徴元)の能力の関係か、隊長は嗅覚が鈍いようだ。

 一兵卒の彼がその臭いの酷さに顔をしかめはじめた所でやっと隊長もその臭いに気付く。


「獣、と言うより腐肉だなこれは」

「それも色々な匂いが混ざっているようです。もしかしたら………」

「こんな険しい場所に来るのが普通の相手なわけがないか。二級兵、城壁に警戒を促せ」

「それは隊長の役目ではありませんか」

「ばかもん、お前の家の問題だ。俺の命よりお前の命の方が高い価値がある。この国の為に動け」

「いえ、それは違います。私は一兵士です。自らの役割を果たします」


 身分の違いで同じ兵士としての価値が変わるなんて、国の兵士としては失格だろう。


「解った、命を無駄にするな」


 隊長が『微風結界』を使って城壁へと飛び立つのを見送る事もなく、物見台に飛びあがる。

 彼は生まれついて飛翔能力に自信があり、必須と言える魔法の『微風結界』に頼らずとも空に羽ばたくのに苦はない。

 物見台に着地すると、手でひさしを作り遠方を見る。

 臭気が標高の高いこの場所まで届くとなれば、普通の事ではないだろう。

 目を凝らすと、仲間内でも有数の視力でその光景を望む事ができる。


「?」


 しかし、腐った匂いの元とおぼしき物は見つからない。


(なんだ?)


 空は黒と灰の狭間の色に近くなり始めている。このままでは完全な、夜よりも深い闇がやってくるやもしれない。

 太陽は見える、しかし太陽その物が違う物になってしまったように灰色の色合いに変わり始めてしまっている。青いはずの空は鼠色になっている。

 この世界には地平線がない。だから高度のあるここからなら世界全てを覗く事が出来る。

 この突然の変化はこの国を中心に起きているのが見える。

 そう、この国を中心としているのだ。

 それが分かっただけで充分だった。


「魔族め………!」




+ + + + + + +



 目が覚めた。

 レナリは焚火を前にいつの間にか転寝(うたたね)をしてしまっていたようだった。

 頭が重い。まるで眠りの最中身体と頭(思考)を動かし続けていたような状況に思える。

 隣を見れば同じようにエニスにもたれかかりながら研究を続けている、らしい大切な人がいる。

 彼は少し疲れているように見える。表情は暗いわけではなく、むしろ生き生きとしているように思えるのだが、夜の中でもレナリに判るほどの、疲れを思わせる色が気になった。


「ん? 起きたか?」

 夜、そう今は夜。

 月を見上げれば、何だか不安に思う色とは違う穏やかな夜空だった。


「はい」

「どうかしたのか?」


 大切な人は自分の顔色に気付かず、人の心配をする。

 食事をした後(初めて気づいたけれど、大切な人は食事を作る事に抵抗があるらしい)、レナリはお風呂に入るために大切な人の手がすくのを待っていたのだけれど、いつの間にか眠ってしまったようだ。


「レナリ、外の風呂は個別に入るもんだ。何があるか分からないって話しただろう?」


 その話をするとヒロは苦笑いに近い形で言う。


「? お風呂は人と一緒に入る物です」

「上手く説明が出来ていない様だったな自分は」


 頭を抱える形でヒロが言う。

 闘技場都市を出てから初めてお風呂に入る事にしたのだが、どうやらレナリは間違えて覚えてしまっていたようだ。


「まあ良いか。この辺りに危ない動物はいなそうだし」


 影の中に手を入れると色々な道具を取り出した。


「人に裸を見られない様に着替えるんだぞ」

「はい」

「ホーグはどうしたんだろうなあ……」



お読みいただきありがとうございました。

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