表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
揺り籠に至る前
70/99

シュウ

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


 まず彼女が準備したのは仕掛けにかかっていたイノシシの子供だった。


 そこは植物だけで建てられた小さな家で、壁に入口はなかった。四方の壁には彼女が使う道具や雨の日などに使う外套が掛けられていて、彼女が行動的に生活している事を伺う事が出来る。その壁の一方に、干した木の枝が掛かっているが、それは天然もののハーブ、または薬の類だろうか。


 血抜きや解体も済ませて熟成させていたイノシシの子供の肉はそのまま食べるには抵抗があるような色合いに変化していたが、彼女がその肉をナイフでこそいでいくと、その下には鮮やかな色合いの肉が覗く。


「良い具合になりましたね」


 岩塩を削り、表面を削って現れた鮮やかな肉にすり潰した赤い木の実と一緒にそれをもみ込み、大きな朴葉に似た黄緑色の葉に包んでおく。糸で解けないように縛り、オーブンに肉の塊を入れて焼き始める。


 彼女がしているのは夕飯の仕込みだった。


 昼食を摂ったばかりの彼女だったが、その次の食事の支度を食後にするようにしているのである。彼女は料理が趣味で、余裕があれば一日中料理を続けている事もある位だった。


「シュウ、魚獲って来たよ」


 三角の屋根の一部が開き、そこから少女が顔を覗かせた。


「ご苦労様、表の生け簀に入れておいて」


「は~い」


 この家はとある事情により入口を屋根側に一か所設けているだけの家だった。

 泥炭(火を上げる様子からどちらかと言うと練炭に近い物だと思われた。)を使ってとろ火で煮込み続けている鍋には夕食用のスープ。二つあるオーブンの片方ではパンを焼いている。


 彼女は料理を日々研究する生活をしている。


「食材もだいぶ減って来たわね………。集めにいかないと。

 後はお願い」


 彼女が話しかけた先には、誰もいない。しかし家全体が頷いたみたいに、揺れるのを確認すると、彼女は満足げに屋根から外に出た。


 暴力的にすら感じる程無造作に広がる森の中だった。


 互いが互いの場所を奪い合うように生い茂る植物たち、蔦が上に向かうために樹を利用し、草が樹の根元に茂り水を奪おうとする。苔が生している様子や、中にはその奪い合いに負けて項垂れるように活力を失っている姿が見える、激しい森の中である。


「シュウ、川蟹が美味しそう」


「ダメよ、もう少しおいておかないと臭みが抜けないわ」


 生け簀から顔を引っこ抜いた少女も、屋根から姿を現した女性も、この世界において千年を超える寿命を持つ長命族だった。




 金をそのまま糸にしたような神々しい頭髪、陽の光では在り様を変える事が出来ないような真白の肌、特徴的な長い耳。彼女たち二人は長耳長命族、エルフと呼ばれる種族である。




「シュウ、最近魚とか食べてないからそろそろ食べたいな」


「あなたが肉を食べたいってイノシシやウサギをたくさん獲ってきたからでしょう?

 獲って直ぐ食べるより、熟成させた方が美味しい物も多いのだから、あなたが獲って来たお肉がちょうど良くなった頃合いなの。食べたい物を食べる事が出来るようにバランスよく準備しておくことが分かって良かったでしょう?」


 シュウ、と呼ばれる女性が屋根から降り立つと、少女はその姿に見惚れるように表情から力を抜いた。


 シュウ、五百年前の魔王の騒ぎの中で英雄に数えられた実力者シュウは、エルフらしくない成長を遂げていた。


 エルフは食の好み、または生態の関係で、肉や魚を摂らない。水や植物だけで千年以上の寿命を維持しているのだ。しかしシュウは幼い頃から肉や魚、乳などエルフが好まない食事を好んでいたため、少女が知るエルフに比べて一目見て違いがあるように思える。


 細身の美形ばかりのエルフ達の中で、シュウは女性的な特徴が顕著に表れていた。大きな胸にくびれた腰、健康的に伸びた四肢などどれをとってもエルフらしからぬ容姿をしている。


「イロ、香りの強い木の実やハーブが少なくなってきたの。わたしが採って来るから留守番してなさい」


「私も行きたい!」


「あなたはまだダメよ。キノコの見分け方が出来るまで植物を摂りに行かせる事はできないわ」


 何年前だったか。


 イロは籠一杯の毒キノコを摘んで帰ってきたことがある。

 嗅覚や聴覚が純粋な人とは違うエルフは、毒など自らに悪影響を及ぼすだろう匂いや音に鋭い。しかしイロはその辺りがどうにも鈍いようで、植物の見分けを鼻で行う事が出来ないでいた。その為、植物の種類を全て覚えるまで採取は禁止にしている。


「あなたが前に持ち帰ったキノコは暖かい場所で胞子を吹くの。それも吸ったら肺の奥が焼けただれてしまうような危険な胞子。あなたは鼻でそれが解らないのなら、目や経験で覚えなさい」


「シュウだって覚えてないのに?」


「私は鼻で解るわ。鼻で解るようになるまで調べたもの」


 両手を腰に当てて堂々とするシュウの姿はそれだけで画になった。


「どれ位かかったのさ」


「そうね、イッパシ(、、、、)になったのに二十年くらいかしら?」


「二十年も手書きの束ばかり眺めていたら歩けなくなっちゃうよ!」


 外で好き放題に過ごすのを好むイロはそれを想像しただけで身体が虞で震えるのが止められない。


「その束だって私が描いた物よ?

 あなたの性格を考えたら百年でも無理かしら?」


 シュウは天才だ。

 彼女の兄が言うのだから間違いない。


 シュウはその言葉が最初は嫌いだったが、その言葉を口にする兄の深い敬意を感じるようになってから大好きになった。精確には兄にそう言われる事を何より好むようになった。


 天才とは本来、思考停止からくる言葉だとシュウは思っていた。


 最初からできたわけではない。確かに最初から何事にもある程度は解る才能があった彼女だったが、それから解るようになるまでの間を否定されてしまった気がして嫌いだったのだ。


 しかし。


 彼女の兄の言う、天才と言う言葉には、その過程すらも含まれている事を知った。


 出来ない事を出来るようにすることの方が立派だと感じていた彼女だったが、最初から出来る事でもより完璧に近づけようとする完璧主義な部分のある彼女を見て、彼女の兄はそう言ったのだ。


 だから未だに、兄と別れて久しいと言うのに彼女はその気質を変えることはなかった。この森の中の事は誰よりも詳しいと自負している。


 もちろん、この森で会話ができるのは彼女とイロだけであったが、他に何者がいたとしても変わらないだろう。


「そんなに部屋に籠って絵と文章ばかり眺めていたら頭がおかしくなっちゃうよ!」


「何をバカなことを言っているの?」


 聞き分けのない生徒をしかる教師の様な身振りで、

「折角現物が溢れている森なのよ? 私が描いた束を持って森を散策しなさい。そして現物と絵を見比べて何が違うのか、何を知れば良いのかを考えるの。

 教えてもらうなんて考えていたら百年どころか私達の一生を掛けても分かる事なんてありはしないわよ?」


「シュウは厳しいよ!」


「私の教え方は兄さんの教え方よ。私の兄さんに比べたらここまで説明している分だけ優しいに決まっているじゃない?」


 穏やかに言う。

 表情の口調も決して強くはない。


 それは彼女がとても優しいからであり、イロがとても甘えん坊だからである。


「でもさっきは家にいろって」


「当り前よ。普通に考えたらあなたの事だから束があっても絵と現物を間違えて持って帰ってきてまた事を大きくしてしまうのが目に見えているのだから」


 でも、それを止めはしない。


 彼女の兄の教え方とはそうだったからだ。


 シュウの兄は、人にものを教えたり、自分だけの物を人に披露するのを苦手としていた。一時期槍の技を習っていたことがあったが、兄は教わるのは好きでも教えるのは嫌いだったと印象に残している。


 それはどうしてかというと、彼女の兄、五百年前の英雄の旗印でもあった彼は、教えると言う事に対しての責任を負えないと考えていたからではないかと思う。


 兄は五百年前に一人だけ、たった一人だけ合格と言うまでに鍛えた騎士がいた。

 馬術の才と、魂が繋がっているかと思う程に通じ合った(相棒)がいるだけの下級貴族の少年だった。武術の才はからっきしで、馬に乗っている時は生き生きとしていても、木剣を持つだけで砂を口に含んでいるかのような表情をする、とても優しい少年だった。



 割愛するが数か月で少年は騎士として国に認められなくてはならない状況に立たされていた時、たまたまそこにいたシュウの兄にそれを乞うた。



 英雄の使う剣術を学び、騎士として一人前だと認められなくてはならないとその少年は決断したのだ。


 兄は渋った。


 それはその少年の一生を左右するような大きな出来事で、その事に対して責任を取れないと考えていたからだ。何度も断り謝罪しても、少年は諦めなかった。


 シュウの兄は他人に物を教えたことが無い事、その事に対しての責任を取れない事を何度も根気よく説明するも、その少年は諦めなかった。

 少年は大きな轟獣の馬に乗った魔族の集団に、(かち)で駆け寄り制圧した兄の姿を見ていたのだから諦めると言う事を考えなかったのだろう。


 結局兄が折れるまで一週間、少年は片時も兄の傍を離れなかった。


 元より兄は年下の子供には酷く甘い。


 だからこそ、当時の外見で兄よりも幼く見えたシュウは彼の妹を名乗れるようになったのだからその事に文句はないが、兄はもっと自分が持つ異常、いや神掛かった技術や能力を誇っていいと彼女はいつも思っていた。


 兄の教えについてこれないのなら、それは兄の所為ではない。そう考えていたが、兄はそうは考えていなかったのだ。




 一度決めたら最後まで責任を持つ。




 好ましい頑固さを持つ兄は独特な訓練法で少年を騎士に仕立てた。

 見方を変えれば、兄を嫌っていた貴族たちからすれば適当にしか映らない様な訓練法で、簡単に言えばほとんど放っておく、と言う状況に近い。一日一時間も訓練しなかったはずなのに、兄の教えを精確に汲み取った少年はその後その国の二つある騎士団の内の一つを統括する立場にまで出世した。


 それは教わる側の『情熱』の高さが結果を分ける訓練法だった。

 そしてイッパシになった少年を見た時、兄はその少年に言ったのだ。





 おまえは天才だ。

 文句なく合格だ、だからその腕を誇っていい。





 この(くだり)は大衆演劇の人気演目になっていた。

 兄を演じるのは大抵美形の役者で、やたら鼻につくことも多いがシュウはそれでも何十回とその舞台を見に行ったりしている。


 話を戻すがイロに足りないのは、『情熱』だ。


 ウリマリの森にいられなくなってこんな離れた場所まで単身やって来た情熱は買うが、食事を満足いくものにしたいと考えてここまで来たのなら、自らで試行錯誤し、身につけなくてはならない。


 人の言葉がどれだけ耳に届いても、それが身に留まるには言われた当人の「気付き」と「向上心」が必要だ。


 シュウは兄の真似をして、その心がイロの中で育まれるまで付き合うつもりだった。


 しかし兄の様にはいかない。

 既に何十年と彼女、イロは成長するタイミングを逃し続けていた。


 確かに。


 兄に同じようにされてしまったら、そう考えるとシュウも同じようになってしまうかもしれない。兄のやり方に目くじらを立てた翼の人が兄に詰め寄っている所を何度も見掛けた。



 ………あの人は兄に立派な人であれと、自らが考える理想を押し付ける所があった。



 兄のやり方に気付いていたのか、それとも気付いていなかったのかは解らないけれど、王族と言う物はああいう物なのかとちょっと残念に思った物だ。


 イロの問題で言えば、結局のところ毎日美味しい食事を摂れるようになりたいのなら、自分で努力して学んでいくしかないのだ。危険な胞子を撒くキノコを持って帰るようでは、今はまだまだなのだから。弓や罠の仕掛けの方ならば出来ることが、植物の知識などに対してはその情熱がまだ働く様子はなかった。


 これでは食材の仕込みや料理法を教えるようになるまではまだまだかかると彼女は思っていた。


「イロ、何時までも私はあなたの料理を作り続けるとは限らないわよ?」


「なんでさ!」


「私は自分の目的があってここにいるの。その目的はもう終わるのは目前よ?」


「ついていくからね!」


「次の私の目的地は獣が轟獣になり、そして異獣(・・)となっていると言う魔界と地上の境。

 迷宮なんて呼ぶ人もいる場所なの。これは以前にも話したわ。それまでにあなたは『イッパシ(、、、、)』になっていないととてもではないけれど連れていけないわ。魔獣とも違う、異常な変化をした異獣は凶暴で賢いと聞くもの。今のあなたを連れて行ったら私もあなたも死んでしまうでしょう」


「世界を救った英雄のシュウがそんなくらいで死ぬわけないじゃん!」


「私が英雄と呼ばれたのは、私の役割を私が判っていたからよ。

 エルフは長命族の中でも、純粋な人と比べても力が弱く、脆いの。私は弓や精霊の力を借りることで仲間たちの補佐をしていたのよ?

 私たち二人では、接敵した時の手札が圧倒的に足りない。五百年前なら旗頭だった兄も、強大な力を持つ鬼人も、槍を持って空を羽ばたいた有翼人もいたわ。危なくなれば巨甲長命族が身を挺して庇ってくれた。

 でも私があなたを庇った後、あなたは一人でどうやって生き残るつもりなの?」


 ちょっとだけ強く、でも感情を込めずに。

 出来る限り真っ直ぐ彼女の心に届くように。


 シュウは兄の姿を思い浮かべながら、その姿に近づけるように言う。

 今はまだ届かないかもしれない。


 でもいつか、この言葉が彼女の奥で彼女の気付きの一助になれば良いと願って。


 大きな感情を込めた言葉に、小さな感情に見える様子で答えれば、


「シュウのバカ!」


 イロは脇目も振らず逃げていく。

 こうなる事は解っていた。でも、このやり方が最も正しいと彼女は知っている。


 上手に言い包める事も出来ただろう。言いなりに学ばせて限りなくイッパシに近い贋作にする事も出来ただろう。


 しかしイロを見送るシュウは決してそうはしない。


 それは彼女の広がる可能性を潰してしまう事に繋がるからだ。


 彼女が自ら選んだ可能性ならばいい。彼女にはどんな手段や教え方が最適か、何通りでもシュウは思い浮かべる事が出来る。


 しかしそこには、彼女の根がない。彼女自身でしか育てる事が出来ない、胸の奥にあるだろう大きな種を芽吹かせる事が出来ない。大きな根を張り、水を与え、陽を与え、病気や外敵から守りながら育てて行かなくてはならない物が、歪んでしまう。



 兄ならきっとそうする。



 シュウは確信を持って、イロを見送った。

 自分と同じように、味覚の問題で郷を飛び出した可哀相な、そして共感せざるを得ない自分と同じ境遇のイロ。


 シュウは救いがあった。一緒に食事をしてくれたかつての仲間たちがいた。

 しかしイロには今の所自分しかしない。


「兄さん」

 少しだけ不安に思う。

 頭を撫でてそれで良い、そう言ってくれる人は今はいない。


「イッパシになったら、イッパシになる手伝いをする物だものね」


 例え悪であろうと、子供は守る。

 子供は救う。

 そう言うルールを持っていた兄ならば、こんな時どう言ってくれるだろうか?


 シュウは寂しく考えながら、イロとは別の方向へと歩み出した。




本編でなく申し訳ございません。

時間を上手に使えずに行き詰っております。

箸休め、と言う訳ではございませんがやはりファンタジーの中で人気の高い

『エルフ』のお話を投稿させていただきました。


本当ならもっと後に使いたいと思っていたエピソードではありますが、

お楽しみいただければ幸いです。


本編の方はもうしばらくお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ