+【残映剣】+『召喚魔法(2)』=
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「心配かけたか?」
エニスの耳ではない場所に届く鳴き声は、少しぼんやりした頭にもはっきりと届いた。
痛みはまだ残っている場所も多いが、掌を見ても、頬や耳の辺りを触っても傷の一つも残っていなかった。
事情は分かっていないけれど、ナイ達が何とかしてくれたんじゃないかと思われた。
「ありがとう」
万能ナイフの柄尻が瞬いた気がした。
革の衣服のボタンも、ブーツのソールも、何か伝えてくれた気がした。
「よし」
立ち上がる。
目の奥、と言うか脳味噌、と言うか。
精霊拷問の影響が残っているように感じたけれど、怪我の方は何も問題ないようである。
ラロースを見て、レナリ、エニスを見て、殆ど時間が経っている様子はなかった。
時計を表示すると、一分も経っていないと小窓が表示されている。
地図を確認すると、何故か海にホーグがいる。一緒にいるのは魔族の様だ。やっぱり大変な思いをしているのだろう。
「大丈夫かな」
『何も問題ないノ』
そうか。
ナイの声が聞こえたような気がした。ナイが言うなら問題ないのだろう、根拠もないのに思ってしまった。
「いやあ、やばかった」
言葉にはしないが精霊拷問は辛かった。
こんな心情、ナイ達には絶対に伝えない。
まだ身体中がチカチカしている気がするけれど、治った身体の影響と言うより、あの光がまだ身体の中を焼いているんじゃないかと思う。
「生きてたから良いか」
情報を集めようとすると、念じてもいないのに小窓が表示されて、色々な事が描かれている。文字だけでなく図形や注釈なんかもあって、より見やすく感じる。
うむ。良い感じだ。
師事した人に認められた次の日みたいな満足感がある。
ラロースを見ると、腹の辺りに水晶でできた万能ナイフが変じたロングソードみたいなものが生えていた。
【残映剣】
疑問に思うとすぐさま『解析*数値化』がそれを表示してくれた。
別に表示された小窓を見ると、万能ナイフと『影箱』、『念動力』の複合技術らしい。『影箱』は単に影を収納口にして亜空間(とはまた違うものらしいけれど)とを繋ぐ物だと考えていたのだけれど、自分の影その物が人とは違う物になっているらしい。
万能ナイフを通じて操作する事で、一時的に物質化させた影の一部を使う事が出来るとある。形を整えるのは『念動力』を使えば可能、自分の『念動力(EX)』は自分が知覚出来る物であるのなら全てに触れる事が出来る力であると続いていた。
ラロースはそれを抜こうとするも、手が空を切り続ける。触れる事は出来ても掴む事が出来ないと言う様子は、自分があの灰色の世界で体験した(体験はしていないのか?)物と同じに見えた。掴む事が出来るかどうかを決めるのも自由自在で、現在は『縫い止めている』という事実以外を認めない設定になっているらしい。
ちなみに中途半端な数と思っていた『念動力』の腕の総数は『百十一』に変化していた。一つ増えただけだけれど、この力は本来一つの腕であれば大体の事が出来るらしい。
束ねたり集めたりする必要もなく、一つでも百十一を集めても出せる力は変わらないと言う。この腕の使い方は、百十一の動作を同時に出来る、と言う所が売りのようだ。普通に考えてそんな事できない。自前の二本の腕だって上手く使えない時があるって言うのに。
試しに影を念動力の腕で切り取って残映剣とやらを一つ作ってみる。
万能ナイフがロングソードに変じた姿を再現しようと考えれば、ろくに考えもしなかったのに腕が影を捏ねはじめて、捏ねる内に水晶のような質感に代わり見事に再現されたロングソードが生まれていた。水飴を割り箸で捏ねているみたいである。
調子に乗ってエニスを再現してみた。
中型犬サイズのエニスを作るのに大体十秒くらいだ。
毛並みまで再現された見事な代物である。手触りは石の像の様な物だった。
「今まで知らなくて正解かもな」
小窓が次々と表示され、知りたいと考える情報が常時モニターされている様な感じである。精霊さん達が頑張ってくれていると思うとちょっと嬉しい。でも最初からこんなことが分かっていたら頭がパンクしてしまう。
一つ一つこれからちゃんと扱う事が出来る様にしよう。
ラロースに刺さった残映剣を消す。
鈴の音が響いたような音が鳴り、きらきらとした粒になって綺麗だった。小窓が表示されて、影のパーセンテージが表示されている。
残映剣一つで五%、中型犬エニス一%。大きさが問題ではなく、影から生み出す物にどれだけの力が籠っているかが重要らしい。
ラロースは震えながらも立ち上がり(残映剣が消えるとすぐさま結ばれた足を解いて回復していた)、印形で魔法を使う。
テルトアボーンが復元されたようだが、十字の一番短い部分が無くなっていた。
制御が上手くいかなかったのか、それともその部分が自分に埋まっているのか。
「何をした?」
ラロースが言う。テルトアボーンのことを言っているのか、それとも今のことを言っているのかは解らない。目玉のいくつかが自らの傷口を見ていたのでそっちかな、と思って答える。
「『魔物化』した奴の力をどうにかできるらしい」
それはこの後調べるけれど。
「一度目に来た時は二割くらい、今は四割くらいの『魔物化』らしいな」
小窓が次々と表示されて情報を得る事が出来る。
………楽しすぎだな自分。
「完全に『魔物化』するか、完全に解除しないと負担がかかる物らしいぞ?」
『崩力』はこの世界の物を消し去る力で、『魔物化』した存在が消えないのは消し去る力を広げるための窓口になるから影響が出なくなると言う。『崩力』は拡散したい意識の様な物があり、より大きく広がるために『魔物化』した存在を作り替えてしまう。人格や能力が変わるのはその影響だと表示されている。
【自世界】を得るに至った魔物は、(『崩力』は他の力と違い、自らが【自世界】を作るらしい。)『崩力』をその中に満たし、膨張と凝縮を繰り返し世界を少しずつ侵食する力で、意識の様な物があるから他の力とは反発しあうようになっているそうな。
「続けるつもりならどっちかにしろ」
完全に『魔物化』するにしても、人に戻るにしても、どちらかを選ばないと長くはないのは解析しないでもわかる。
レナリが頑張ったのだろう。と言うかニリか?
回復しちまって悪いとは思うけれど。
自分はラロースが満足するまで続けてやらなきゃならない気がしていた。少なくともラロースが敵であるのならばだけれど。
自分は師を殺した人間だ。あいつは父親の仇を討ちに来ているのだし、まだ怒りは治まっていないだろう。『純粋魔力』の研究に励んでいた求道者のようなこいつが、たった一人の父親の為に『魔物化』なんて超越種が編み出した技術を体得しているのだ。並々ならぬ覚悟があるのだろう。
ここで後腐れなくすっきりするためにも、もっと問題のある状況らしいレナリの事もある。自分は早く研究したいし。………違う、異世界人をどうにかしないといけないしね。
「時間を飛び越えてこんな五百年後まで来たんだ。このまま終わらすつもりなんてないだろう? 一矢でも報いたいと思うならどっちつかずじゃ成り立たないぞ?」
魔物になってしまえば、仇討ちに来ていた人格が消滅してしまうかもしれない怖さがあるのだろう。
そしてラロースは求道者だ。自身の求める純粋魔力に辿り着く事なく終わるのは辛かろう。でも、人は全部を求めると一つ一つを求めるより疲れてしまう。同時にいくつの事も出来るほど器用な人間は意外に少ない。
何でもできる人って言うのは区切るのが上手い人だと自分は学んでいる。そしてその蓄積が、その人を何でもできる人にしているんではないかと思っているのだ。
ラロースは一つの事をずっと求めていた。そしてそれを区切る事なくここにいる。
純粋魔力の研究は復讐を遂げた後にするつもりでいる。
確かに凄い研究だし、『魔物化』を人の身で為したのは天才としか言いようがない事だと自分は思う。
でも、こいつはバフォルとは違う。
バフォルは二人目の子供を抱いた次の日に、完全な魔物と化した。一つの目的の為に全てを呑んで、命すら捨てた父親と違い、ラロースは先を見据えて加減している。
自分にも言えるけれど、それでは上手くいかなくなる。区切りがつけられないのは凡人の証だ。凡人は複数の事を同時に出来る程有能じゃない。これとは別に凡人の中にも複数の事を同時に出来る才能を持つ奴がいるけれど、それは今回自分もラロースも当てはまらないだろう。
「ラロース、父親の仇を討ちたいと考えているのなら。研究を済ませてから来るべきだったな」
ラロースが何の変更もせずに武器を飛ばして来たところで、自分はそう言った。
これでは戦う意味がない。
ラロースだって今のままではどうしようもない事を理解していたはずだ。レナリに負けたのがその証拠である。
レナリがニリの記憶でどれだけ本来以上の力を出したのだとしても、解析したらレナリの勝率は一割以下と出ている。本来ならば不幸も相まって負けて当然の相手にレナリは勝っている。ちなみに、自分がズタボロになったのは運悪くレナリの不幸が自分にかかった、と言う事らしい。革の衣服の防御が運悪く間に合わなかった、と言う事なのだが………。
レナリの不幸は人にも拡散するものらしい。
レナリに怪我がないのならそっちの方で調整できないか調べてみよう。
ラロースの武器?
粉末を使われたら面倒なので『念動力』で掴んで止めた。相変わらず生きているかのような見事な動きであるが、今回は『崩力』の影響があるこいつだが念動力の力は『明気』で最適化する必要もない。これは『崩気』の攻撃を喰らった自分が崩力の存在を知覚しているからだ。
精霊さん達が頑張ってくれているので、崩気がどんな影響を及ぼすのか解るおかげで、石灰の粉みたいな物を散らしつづけながらも次々に念動力の腕をテルトアボーンに掴みかからせている。念動力の腕は消えてしまうが、自分の念動力の腕の総数は減っていない。どうやら石灰の粉みたいになった物は念動力の腕その物ではなく、腕を象っていた力、と言う事の様だ。
『明気』『暗気』はまだ使うのに時間は掛かるが、念動力の腕が侵食される前に次の腕を伸ばせば最適化しなくてもテルトアボーンを止める事が出来る。
「がああああ!」
雄叫びを上げながら殴りかかってくるラロース。
『崩力』で身体能力が変じていて以前よりも強くなっているようだけれど、ラロース自体に戦いの経験が無いようだ。
全身でぶつかってくるような感じだったので引きつけてから避けた。
傷は既に魔法で治しているようだし、動きは万全に近いがそれでも経験が無いので少し早い素人だった。
「本当はもう少し構ってやりたいんだが」
自分は足を一歩踏み出しながら、再び殴り掛かってきたラロースを転ばせる。下半身に意識を割いていないと転ばされる。自分も良く仲間に教えられていた時やられた。
膝を上げて、少しだけ強く踏み込む。
「『召喚魔法』」
踏み込んだ足を上げると、そこには独特の紋様が描かれた靴跡が残った。
魔法陣である。
「ゆっくり休んでいる所悪いな、自分よりもあんたの方が声が届くだろうからさ」
ちょっとだけ卑怯な手を使って、この戦いを終わりにしよう。ラロースは今、『敵』ではない。
こいつはまだ、自分をどうにかする以前の問題だからだ。
殺しに来るなら、万全で来ればいい。
やっと主人公の最初に思いついた特殊な物を披露できました。(靴の方)
随分かかりました。
ありがとうございました。




