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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第一話 英雄+再臨
6/99

五百年+サンマ傷

手直しをしました。

+ + + + + + +



 村跡にはそこに村があったかを知るための形跡もない状態だった。


 地が均されているから鋭い人なら以前ここに人が住んでいた事を気付いたりするやもしれないけれど、注意深く見ても自分にはそれが分からない位だった。来たことがある場所だからこそ判るけれど、ね。


 エニスに跨りながら少し寂しく思った。


 ここの人達にはボロボロのくせにやたら豪華な鎧と剣を持った自分に暖かくしてもらった記憶がある。

 博学な村長の家では色々な歴史やこの先役に立つかもしれない知識を教えてもらったのだ。鎧と剣のおかげか、カリスマ性など欠片もない自分に随分良くしてくれたのを今でも覚えている。ナザラ村は、しかしここには残っていないのだ。


 お礼にと狩りに出て山ほどウサギやイノシシを持ち帰った物である。やりすぎて驚かれるわ持ち帰るの大変で若い衆にお願いしたり本当に恥ずかしい記憶である。


 余談だけれど、ナザラ村は『美人村』として有名だったのだけれど、美観が和国育ちの自分ではよく解らなかった。

 漬物の良し悪しは解っても、ピクルスの良し悪しは判らないと言う事、と自分は思っている。世界を旅し、日本での記憶も合わせれば今は違う感想を浮かべるかもしれないけれど。


 ちなみに、言語と読み書きは第一世界にやってくる前に覚えていた。ジルエニスにはそういう細やかな事も思いつく機転があったので助かった。本当にジルエニスは凄いのだ。


 ここでは物価や治安など必要な知識をたくさん教えてもらった。子供達に好かれたのは更に幸せだった。出ていく時は身を裂かれる位にしんどいと感じたのも、今では懐かしいと思えるので良し。


「ありがとう、行ってくれエニス」


おん!


 気遣わしげながら一際元気な一声に救われる。なんて思慮深い家族なんだろうか。


 ウィンドウで詳細マップから広域マップに切り替えると、地図には村や国、冒険者が立ち寄るような場所が新たに記されていた。こういった経験からも『ステータス確認』に反映されると言う事に気付いたので良いだろう。


 神殿から最寄りの村だった先は、闘技場で有名な都市(都市と言うのは実際にそう言われているだけで、扱いは国土の中の一つの町)がある。これは五百年前から変わらない様で少し安心。当時は鎧と剣で資金を貯めまくった物である。一週間ほどで強すぎるから出入り禁止にされた苦い思い出もあるけれど。


 元より金銭はここで稼ぐつもりである。まさか五百年経った今でも出入り禁止が続いているわけではないだろう。


 距離は自分の足で三週間。道があったので迷う事はなかったからエニスの健脚を確かめる目安になるだろう。


おん!


 何故かは知らないけれど、解ったと言う返事だった。


 ぐいと力強く駆け出したエニスの背で、必死に食らいつく無様な自分である。


+ + +


 結論。

 一日かかりません。


 ナザラ村跡地を出発したのは午後三時。到着したのは夜(早朝)の四時ごろと言ったあたりだった。


 多分日本だったら平気で捕まるレベルのスピードをエニスは持っている事が判明した。(さらには疲れていないエニスである。良い運動をしたと、目が言っている)


 辿り着いたのは闘技場を中心に発展したガルト町(ほとんどこの名前は使われない)。

 五百年前よりも膨れ上がった大きさは、余程早い発展だったのか建物の非統一性や道の迷路化など問題が残っている、という記憶をさらに悪い方へと向かわせる。


 城壁とも言える見上げるほどの壁が町を囲う様にあったが、どうやらそれが最高で四枚、区画整理を経て現在では二枚になったようである。日照問題や交通の便を考えると当然だろう。


 東、西、南に一か所ずつの大門があり、八頭立ての馬車すら左右によるだけで互いが通る事が可能な規模である。


 門の高さは二十メートル。見上げるような大きな門が観音開きの形で設けられているのだ。


 月と星の時間だと言うのに、城壁の外にいる自分の所まで灯りと豪快な声が届いてくる。不夜城、なんて言葉が合うだろう闘技場都市である。


 城壁は以前来た時と同じく夜は閉め切ってしまう様だ。城壁の上からこちらを見ている警護兵がびっくりしたようだったので、自分は手を振って極力笑顔でアピールする。


「そう言えばエニスを連れて入ったら危ないか?」


 エニスを知能のない魔物と勘違いして騒ぎになったりしたら困るし、そんな事になったら自分はエニスを囲もうとする連中に消音弾を見舞ってしまう気がする。


 でももうここまで来たら自分は驚かないと決めている。と言うかその事を少し考えていたのだ。

 エニスが一鳴きすると、鐙も一緒にサイズを小さく変えた。

 中型犬程のサイズになるまで二秒くらいだったはずだ。


「さすがエニス様」


おん!


 ちょっと嫌そうに返事をした。実際声を出しているわけではないからか、鳴き声は変わらなかった。


「前は城壁の周辺に宿場があったりしたけど今は違うんだな」


 歩きで周囲を見ても、宿場への案内(看板など)はない。城壁が都市を覆うように囲っているのは外ではなく闘技場参加者の逃亡防止や上からの警備が元の目的だったはずである。


 闘技場は賭けもあるので、トーナメント戦なんかを行う場合、賄賂を貰って逃げたりする参加者がいた事から城壁を作るようになったと聞いた。それはつまり城壁は内を見るのが主な役割なはずだと言うのに(夜、門を閉め切るのも逃亡を防止するため)外に宿場がないと言う事はもしかしたら闘技場で稼げた観客や勝者を襲う盗賊でも出たのかもしれないな。


 大きな町程治安は悪くなるのはどこも同じである。和国だろうと日本だろうとそれは変わらなかった。


「まあ野宿でも構わないか」


 備えはあるわけだし。

 以前ならば宿代に狩猟で得た獲物だったり、道具類を代わりに出す事で泊まる事も出来た。だから宿に泊まって情報を集めたりするつもりだったのだけれど、中に入ってから調べれば良いだろう。


 城壁は照明魔法でライトアップされており、それを見ているだけでも楽しめる。何故かと言うと外側の壁には今までの闘技場で有名になった者たちの戦績が書かれているからである。


 それを見る目的もあるので、かなり離れた距離で野宿の支度をする。


+ + + + + + +


 夕餉は鹿肉の味噌焼きに挑戦してみた。フライパンはテフロン加工の優れモノなので、鹿肉に含まれる油分だけでカリッとジューシーにできた、気がする。


 エニスは味噌の芳ばしい香りを気に入ってくれた様なので良かった。ただ、鹿肉と味噌だけでなく、ネギなんかがあればもっと良かっただろう。


 採取した物の中にネギはなかったのが悔やまれた。その辺り、料理上手だった『神弓』は献立を咄嗟に生み出す天才だったから彼女がいたのなら、もっと美味しい物を食べることができただろう。


 鹿肉はあと三つにまで減った。しかしナザラ村跡地に行くまでにイノシシやウサギ、鶏をかなり狩れたので、まだまだ食料は困らないだろう。加えて野草類もけっこうある。明日はまず肉と毛皮、角などを売って、闘技場を覗きに行こう。


 城壁上の警備兵は解析したところかなりの実力者で固められているようだ。五万以上の人が住んでいると解析されたので、数はかなりの規模であることは間違いないだろう。複数に囲まれたりしたら厄介だなあ。


 おそらく闘技場で優秀な成績を収めた者たちの就職先でもあるのだろう。犯罪奴隷もあるこの世界では素行は悪くても何か一つ誇れる技能があればあんな形に収まる事ができるのだ。


 ちなみに、奴隷は犯罪奴隷のみである。罪を犯した者が罪を償うと言う形でボランティアに近い事をやらされる。一部の貴族なんかは何やらよからぬ事をしていると噂だけは聞いたけれど、性奴隷とかは見た事はない。


 さすがジルエニスの管理する世界だ、人々まで高潔なんだと納得できた。


 西側、今自分がいる所から見える城壁の歴史は五十年前から三百年前の物だ。と言ってもここで見る分だと百五十年あたりの所しか見えない。試しに万能ナイフを練習がてら望遠鏡にしようと思ったら、やはり武器がメイン(刃物が最速、次に棒杖などの刃を持たない武器)、防具はそれなりで、生活道具とかは半ば予想した通りかなり難しい様である。


 変化を諦めて創造に切り替えて双眼鏡を出してみることにした。(望遠鏡よりも見やすいかと思ったのである)

 途中からカメラとかでも使える三脚を出してそれに繋いで見ていると。懐かしい名前を見つけた。


「?」


 同姓同名か、歴史の偉人にあやかったのだろう。さらに見続けると、当時の自分の名乗っていた名前もあった、それも複数。名字は違うから別人だろうけれど、今ではもしかしたら子供に着ける一般的な名前の一つになっているのかもと思うと、ちょっとだけ嬉しく思ったがその後凄く嫌になった。


 表情に出ていたのか、一般的な中型犬サイズのエニスが膝の上にやってきて丸くなる。相変わらず神様だけれど神がかった素晴らしい感触である。こんな感触を再現したクッションが発明されれば世界平和に貢献できると自分は確信している。和むのだ、限りなく!


 壁には名前、戦績、主な武器、短いながら説明文と最も観客が沸いた戦いが記されている。

 魔王を討滅する前に来た時は、限り無い武器や聞いたこともない戦法などもあったけれど、自分のよく知る物が書かれていない。


 当時の闘技場での一番花形はやはり大型の武器を構えた出場者の激しいぶつかり合いだったけれど、それ以上に観客が沸くのは激しい魔法のぶつかり合いだ。気を抜けば自分たちでさえ巻き込まれてしまうかと思うような大規模の魔法がぶつかるのは観客を大きく沸せた。


 しかし今見ている辺りには魔法はおろか、飛び道具の言葉も書かれていない。歴史が変わりルールが変わったのだろうか?


+ + + + + + +


 朝になり、城壁を通るための行列に並ぶ。馬車ばかりだったが中には自分と同じように犬や狼を連れた猟人、戦闘用の装備に身を固めた闘技場の参加者らしい人もいる。

 闘技場都市に入るのは記憶よりもかなり簡単になっていた。その分出るときは身体検査までされている。中型犬サイズのエニスは何も言われなかったが、馬の代わりとして普及しているビーグは激しく制限されていた。


 ビーグとは二足歩行のトカゲだが、馬よりも大きい。

 馬の代わりに馬車を牽かせるのは昔からの事で、馬よりも扱いづらいと言う事で自分は触ったこともない。しかし馬よりも登り降り(悪路)に強く、乗りこなせるのならば馬以上と言う事であるが、肉食(生まれた頃から慣らせば雑食)なので問題があるのだろう。


 ビーグに馬車を牽かせている貴族の御者と警備兵が何やら口論になっていた。


 それを尻目に城壁を通ると町並みを眺める。町並みは記憶とはやはり違う。勿論五百年前当時この辺りはまだ城壁(町)の外だったはずだから当然である。


 夜と違い、この世界のいろいろな種族やそれぞれの文化を見ることができる。


 獣耳、尻尾のある乗人、人型の獣の獣人やドワーフの行商や冒険者たち――――

 記憶のままだ。それが変わっていないことがうれしかった。


「おいおいお兄ちゃん、そのいやらしい顔のまま都市に入るのはやめてくれよ。スリにしか見えねえぞ」


「だったら顔にサンマ傷のある警備兵は暴漢かな?」


 気性の荒そうな褐色の警備兵は、他の警備兵よりも一段上の装備をしている。と言っても彼なりの着崩しなのか胸当てと肩当はない。他に見掛ける同じ鎧の警備兵は隊長っぽい感じだけれどこの人は違うのだろうか。


「くはははは、ちげえねえ。坊主、スリと暴漢には気をつけろよ」


 ぽんと肩を叩かれた。背丈は二メートル越えの巨漢である。


「ありがとう、暴漢だったら財布抜いてやるよ」


 隊長らしき人は長柄斧を装備しているが、口論になっている方へと向かうあの男は大剣だった。

 使い込まれたグリップと鍔から並々ならぬ経験を経た人物だと予想。頬のサンマ傷、首元には矢を受けた古傷があって人相は極悪である。


 想像以上に気軽に城壁を越えることができたから、まあいいだろう。エニスは蒼い獣毛だから目立つかと思ったけれど、周囲の面々は気にした様子もない。


 抜き取られた万能ナイフは試しに念じるだけで戻って来たので良い。あのおっさん、次に会ったら本気で財布抜いてやろうか?(今回は暴漢ではなくスリだったので見逃した)


+ + + + + + +


(わざと抜かせたな?)


 今時犬っころ連れた一人旅だからと思ってちょっかい掛けてみたら、想像よりも上を行っていた。


 いつの間にかすり抜いた、装飾から値打ち物らしいと目星をつけたナイフは手から掻き消えていたので、珍しい魔法のかかった代物だったのだろう。


 抜き取る瞬間ほんの欠片だけ、気配が変わった。修羅場の経験なら自慢の一つだが、下手したらそれに匹敵するだけの経験を積んでいると言われても今なら納得できてしまうほどの気配だった。


 人は見た目に寄らないとは思うが、それでもその気配が変わる瞬間まではキョロキョロと田舎者らしく視線を一定にまとめられない坊主かと思ったら、なかなかどうして………。


「総隊長、悪ふざけはよしてくださいよ」


「くははははは、おう今のはビビったな」


 総副隊長も俺と同じ感想だったらしく、珍しく小言を言ってきた。


 貴族との口論はこいつが出て行って丸く(・・)収まったのだ。


「ありゃもしかしたら闘技場に出場する奴かもしれませんね」


「くはは~、だとしたら俺に情報回すように伝えておけ」


 ヒデ・ゴッサムとして、英雄の名を持つ男として、戦いが面白くなりそうな相手を逃すのは趣味じゃねえ。


「闘技場じゃ歴代最強なんて言われる化物もいますしね」


 ヒデ・ゴッサム(おれ)とクリーヌ・ヴァイ(総副隊長)は闘技場の闘奴から今の身分になった。それまで戦うしか能のない狂犬みたいな生き方をしていたが、明日を何の疑いもなく想像できる今の生活のおかげで多少鈍っちまっているようだ。


 二百戦百四十九勝の戦績は伊達じゃねえ。こりゃ本気で鍛え直す時期だと思うとしよう。


「坊主に暴漢呼ばわりされてましたけど、今の総隊長は殺し屋と勘違いされてもしかたありませんね」


 クリーヌは総副隊長で、立場からすれば隊長のまとめ役である。

 しかしこいつは闘技場では血の雨を降らす戦い方を好む俺並の狂犬である。今でもその時の得物を肌身離さず持っている事から(警備兵には向かない武装のくせにな)鈍っているのは俺だけだろう。


「クリーヌ、あいつに兵士つけておけ」


「ええ」


 返事をしながらクリーヌは渋面を作る。まあそうだろう、あの気配からしてかなりの経験があるだろう相手に張り付くとしたら、警告もなしに首を折られる事もあるだろう。


「別に様子を見ていろってんじゃない、勘だがあいつは宿屋に泊る。その時に仲良くなれそうな奴を隣の部屋にでも泊めさせておけばいい」


 仮に顔が割れていない状態の俺ならばそうする。俺はあの坊主を殺したいのではない、闘技場で死力を尽くしたいのだから害意とはとりづらいはずだ。


「なんならお前が行っても良いぞ?」


 渋面だった表情に不気味な笑みが浮かぶ。

 こいつ、普段は良い奴なんだが命のやり取りの最中にもう一つの顔を出すタイプの武芸者だ。人選を間違えたかもしれんな。


 隼のように身を翻したクリーヌの表情は『戦闘凶』の面だった。


+ + + + + + +


 ふむ。

 解析で警備兵や今のサンマ傷のおっさんを見たけれど、おっさん実はたいしたことないじゃないか。


 と思いながら周りを歩く人たちを片っ端から解析すると、数字の変動が大きすぎた。数値だけでは説明できないにしても、一般人としか思えないような人が警備兵並の強さを持っている事もある。この町の特色なのだろうか?


 調べ続けても明確な法則の様な物は見つからないので一旦切り上げる。


 滞在するにも必要なお金を得るために皮を売る際、鹿の皮五枚を一枚千バーツで売る。本来の価格の9割と言ったところなのだけれど、情報量・手数料として献上しよう。


 まあ、ここは三件目で他は足元を見ている眼を見られている事に気付かない人達ばかりだったけれど、この人はちゃんとした商人であり、かなりの職人の様である。


 ちなみにこの大陸の金銭の単位はバーツ、一円=一バーツと考えて問題ない。

 勿論物価は所により時期により大きく変動するし、安くするのが巧い商人や質の良い物を揃える商人もいるから値段は激しくばらつくけれど。


「この鹿の角は持っているか?」


「あるよ」


「それは貴族に一万バーツで売れる物だ。この店にはそんなつながりないが、相手がそれと知らずに吹っかける奴がいるだろうから気をつけろ。

 ラウジス鹿はこの辺りにはもういないから、価値は上がりっぱなしだ」


「どうしたの急に」


 いきなり有益な話をくれた職人は、


「燻したわけでもないのに虫はいない。鮮度が良いから傷みもない。こんな上質な皮を扱えるのは、職人としては感謝したいところだ」


 岩を削りだしたような無骨な外見のオジサンは、中身まで無骨だった。


「この闘技場の町では職人が自分の手で素材を得るのが禁じられていてな。買う以外じゃ自分の食糧を得ると言っても額にしては大したことじゃないが違反金を払う決まりになっているくらいだ。

 猟人の持ってくるものじゃ、時間が経ちすぎてなかなかいい物が手に入らない。おかげで英雄に革製品を売って度々使ってもらったと言う誇りが汚されっぱなしで助かったよ」


 嫌な予感がした。


「その英雄、何年前の話?」


「俺たちが英雄って言ったら五百年前の魔王討滅の英雄七人だろう?」


 それ以降そう言う話は聞いてないからな。

 口先で丸まるみたいな口調で言う、皮をどう扱うか吟味している職人のおじさん。


「店の場所、それから変えた?」


「ああ、区画整理の関係で東地区からこっちにな」


 そう言うオジサンにウサギとイノシシの皮、合わせて十枚くらいを渡した。東地区は確か以前、商店の並ぶ通りだったが、今では住居ばかりになっていると言う変化があったので、これは幸いである。


 当時、色々サービスしてもらった恩があったから、その皮は丸々あげる事にした。


「おいおい、どれもこれも同じくらい良い物じゃねえか」


 店の名前が英雄の名前になっていたのはその名残なのだろう。


+ + + + + + +


 この町は五万人ほどの人が住むところなだけあり、大きさは記憶の物の倍ほどである。

 しかし、見た様子はかなり変わっていて、中心にある闘技場から外に向かう程荒んでいく、という形ではなかった。


 東地区は商店通りだったはずが交通の便などの関係なのか住居の並ぶ様子になり、西地区は金持ちの土地だったのが農場や放牧場になっていた。北地区は闘技場関係者の住まいや倉庫があったがこれは変わらず、南地区は宿場が立ち並んでいたが、歓楽街の要素も取り入れているらしい。


 野放図に町を広げたためか、道は脇に逸れるとすぐに行き止まりにぶつかる様だ。


 その為、人と関わり合いになりたくないタイプの人間や、自分などは関わりになりたくないようなタイプの人間は点在するそう言った場所に身を寄せるようになっているようである。


 警備兵が闘技場で実績を残したような相手であるし、この町のそう言った連中は肩身が狭いだろう。


 宿代は百バーツから八千バーツの間でランクは五段階、と言ったところだ。拘らなければ一食十バーツから三百バーツくらいだろう。その辺りの物価は大きく変動している様子ではなかった。


 しかし、こちらは記憶とは違って毎日開催されている闘技場の歓声が、ドーム越しでもこの都市全体に響くと言うのはどれだけみんな盛り上がっているのか?

 五百年前よりもかなり闘技場の観客が増えているのかもしれない。


+ + + + + + +


 宿は外れにある一軒にした。野宿慣れしているのであまり騒がしい辺りに泊まりたいとは思えないからだ。

 しかも歓楽街から離れるほど、闘技場から離れるほど値段が下がるのか、外れの一軒は建物の様子はかなり良い物なのに値段は素泊まり四百バーツである。


 装備品などや旅の支度に金はほとんどかからないので、千バーツくらいを考えていたのだけれど、嬉しい誤算である。


 エニス込みで泊まれるかと聞いたところ、躾ができているなら何でもいいと言われたのが助かる。


 狩人や猟師の中には、相棒を家族同然に扱う者もいるから試しに聞いたのだけれど、闘技場のあるこの辺りでも相棒連れの猟人はいるらしい。(猟人は必ずしも犬や動物などの相棒を連れているとは限らない。純粋な人ならばそう言った鼻の利く動物は助かるが、乗人や獣人の場合自前の鼻があれば事足りてしまうからだ)


 建物は三階建てで、ビジネスホテルよりも少し広いくらいの一室を数揃えた場所だ。


 他の宿泊客はほとんどが商人で、自分たちは猟人と思われていた。

 荷物がないので変な顔をされたから、万能ナイフから大きめのバックを出しておく。


 まあ、盗難防止のために隠していると言ったら疑われることもなかったから無用な心配かもしれないけれど。


 一階は食堂になっていて、酒はほとんど置いていないそうだが、料理担当の拘りかかなり手の込んだ料理が並んでいた。


 部屋は二階、角部屋だが、木窓を開くと隣の家にぶつかるようになっているらしく開ききらなかった。


 そんな部屋でも野宿慣れしているせいか、全く気にならないどころか過ごしやすいと感じてしまう。


「さて」


 闘技場では路銀を稼ぐつもりもあるけれど、他の目的もある。と言うかこっちがメインだ。


 異世界人を探さなくてはならない。


 そのため、宿に泊まるたびにジルエニスに連絡すると言う事にしたのだ。

 ウィンドウを開いて、エニスの下にある名前を念じる。


 登場エフェクトも何もなく、突然そこに連絡係が現れた。


「御呼びでしょうかヒロ様」


 壮年の男性の、妖精である。黒のスーツと白の手袋、折り目正しく腰を折る美壮年である。


 耳を立てて周囲の様子を窺う。


「漏れる音は既に遮断してございます」


 執事妖精、なんて気の利く人なんだ。


「異世界人の様子を聞きたいんだけれど」


「闘技場に一人いるようです。戦闘力を大幅に特化させているそうで、ジルエニス様から注意を呼びかけるように承っております」


 ちなみにサイズは手のひらサイズである。


「他の世界の様子とかは聞いてる?」


「いえ、第一世界のみ気を付けてくれ、という言葉を受けておりますが」


「そう、今日と明日で情報を集めるつもりだって言っておいてくれ」


「畏まりました。その後私はどういたしましょうか?」


「連絡係なんだから、それだけでいいけれど?」


「畏まりました、それでは下がらせていただきます」


 映像の駒落しのような消え方である。まるで忍者映画みたいで素直に面白いと思えてしまった。


「ジルエニス、五つの世界の管理で疲れてるんだろうに、わざわざこういった事をしてくれるんだからすごい人だよなあ」


 頭が上がらないとはこういう事なんだろう。

 ベッドは小柄な自分にも少し小さいと思えるくらいの物だったけれど、手入れはしっかりしてある。横になるとき身体を丸める自分にはちょうどいいくらいだ。


 腰掛けると、エニスが膝にやってくる。


「疲れてない?」


おん!


 愚問。と答えられた気がした。


「じゃあ下の店で食べてみて、味が良かったら情報集め。悪かったら食材集めだな」


ありがとうございました。


誤字を修正しました。

ナゼル村→ナザラ村

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