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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第二話 過去+復讐
56/99

+聖霊=

+ + +



 『聖霊』と言うのはキリスト教に存在する言葉と言うのが一般的らしいけれど、ジルエニスの第一世界では一定以上の力を持つ精霊が成る、特殊な位階を指す言葉である。


 後で聞くけれど、トルシーは精霊だった。そして五百年前の功績で神の坐に上がり、そして何故か聖霊になった。八百万の神様が存在する世界なので、いろいろ事情があったりするのかもしれない。


 神様同士でも仲の良し悪しはあるだろうし、殺し合う程憎み合う神様もいる。人の様な神様もいれば全く人とは違う神様もいる。性格の良い神様悪い神様、凄い神様凄くない神様、はたらく神様何もしない神様。八百万もいらっしゃればそれだけたくさんの神様がいるだろう。


 中には神様をやめる神様がいてもおかしくはないのかもしれない。


 トルシーと契約をする。考えばかりでは先に進まない状況だ。


 聖霊と契約、なんて言うと仰々しく感じるけれどする事は簡単だし何か幻想的な光景が広がる、と言った事もない。


 する事は一つ。


 自分は掌に和国兵士槍を軽く這わせて皮膚を浅く切る。手入れをしっかりしていた槍での切創は想像よりも深かった。じわり、と表現するよりとろり、と言った様子で血が溢れる。


 聖霊トルシーもまた同じようにする。とは言っても聖霊様にとって血液はないから血は流れる事はないけれど。


 そのお互いの手を、アームレスリングみたいに、昭和風の青春映画の友達の様に組み合って、終了である。


 やる事は簡単だけれど、自分には実現が極めて難しい事だけに拍子抜けするが、これで自分とトルシーの間に契約が為された。契約内容も簡素化されており、本来ならば遵守しなければならない規律や、礼儀作法が発生するはずの物である。


 しかし前回も今回も、契約内容は自分が精霊と対話が可能になると言うだけの単純で簡単な物であった。


「貴方の中が居心地良いと精霊たちが喜んでいます。

 ですからこれからも、彼等を受け入れてやってくださるのならこれ以上の契約の対価はありません」


 と言う事らしい。


 完全な善意から来るサービスである。


「さて、私は行くとします。貴方がこの後どうするかは想像できますが、大事にしてあげてください」


 もちろんである。


 礼を言うと、トルシーは陽炎のように消えて行った。

 あ、聞きたい事まだあったのに。


 まあ契約と言う繋がりが出来たから、また出会う事も出来るだろう。


 ジルエニスの授けてくれた能力も、これでもっと広がるだろうし。


 自分は平時の呼吸を意識しながら、瞼を閉じた。


 契約が馴染むまで、自分が精霊を知覚できるようになるまで前回の時も数分の間があった。その間に考えるべき事を思い浮かべる。


 精霊。


 万能ナイフ。


 冷たくされて。


 よし。

 ざっとイメージが出来ると、後は静かに待つ。


 細波が寄せる様な聴覚の感触。耳に届くのは音と言うより空気の動きだった。


 ふわりと、暖かい香りが肌へと届く。


 嗅覚に温度を感じる。


 精霊と言う物と触れ合う感覚は、五感の違う使い方だと思う。


 鼻の奥に温度を感じるとか、それは触覚じゃないかとも自分でも思うが、他に良い表現が見つからない。こういう物だ、と納得させているだけである。


 瞼を開くと、そこに今までになかった存在があった。


 『絶望』の記憶の光景に似つかわしくない、コタツだった。


 そして天板の上に、小さな精霊さんがいた。


『………』


 精霊と言うより、妖精さん。そう呼びたくなるような姿だった。


 ただ不思議なのは、平面の立体映像の様な様子である事。


 絵の上手な小学生の女の子が、真っ直ぐな線を引いて描いた赤いとんがり帽子を被った妖精さんである。


 縦に一筋の線で目を表現し、鼻は描かれていない。口は今はヘの字を幾つも繋げて波打った線にしている。髪の毛は黄色の線で足首位まである長髪で、服は白い襟のある赤のワンピース。手と足も一本線で、掌と靴が描かれている。


 線だけで表現されているのに、感情豊かに『不安』を表している。


「こんにちは」


 コタツに近寄って、声を掛ける。


 妖精さんは目がうるうるし出した。


『ゴメンナサイ』


 幼稚園児の男の子の様な声だった。

 幼稚園児の時、男の子の方が女の子よりも声が高くて円やかだった記憶からそう感じた。


 妖精さんは線で描かれた大粒の波を目から溢している。


「何を謝るの?」


 ずっとこの妖精さんは自分と一緒にいてくれたのだろう。

 なのに全く気付かずに旅を初め、今日まで来てしまった。


 妖精さんが謝るとしたら、自分だって謝るべきだろう。でも話をちゃんとしてから、ちゃんとした形で謝りたかった。そしてまず絶対に言うんだ。


「今まで見えなかったけれど、助けてくれていたんだよね? ありがとう」


 妖精さんが自分に向かって飛び込んできた。

 掌でしっかり受け止めたけど、重さや感触を全く感じなかった。



+ + +



 泣き止むまできちんと待って、お話を聞く。


 妖精さんは珍しく想像通り『万能ナイフ』に宿る精霊であることが分かった。


『アイ』


 落ち着いてきたのか、妖精さんは楽しげに自分の掌の上でくるくると踊っている。翼はないけれど、踊る姿はとても軽やかだった。


「アイは名前?」


 返事は横に振られる首だった。


 何かいけない事を聞いてしまったのか、とても悲しそうな顔になってしまう。眉は描かれていないのに、はっきりとわかってしまうのは、彼女の身体の動きが感情を全体で表現しているからだ。


『ナマエ、ナイノ』


「無いのか」


『ツケテ モラエルト オモッタノ』

 付けてもらえると思った?


「………エニスに名前を付けた時?」


『アイ』


 その頃からずっと、自分と一緒にいてくれて、その頃からこの子は自分に冷たくされていると勘違いしていたのか。


 仕方がないと言えばそれまでだけれど、とんでもなく悪い事をしてしまっている気がした。


『ゴメンナサイ』


「謝らなくても良いんだよ」


 とんがり帽子の先の辺りを撫でようとしてみる。


 感触はなかったけれど、嬉しそうにしてくれた。


『アイ』


 撫でていた指につかまって、妖精さんはギュッと抱き着いた。


『ゴメンナサイ』


 こんなに繰り返すのには、別の理由があるのだろう。今まで冷たくされていたと勘違いしていた妖精さんがトルシーを呼んだと思っていたけれど、他にも何か事情があるのかもしれない。


「どうして謝ってるのか教えてくれるか?」


『アイ』


 こくりと、身体全体を使って頷く。


『ツメタク サレテテ、カナシカッタ。ガンバレバ オハナシ シテクレルト オモッタノ』


 たどたどしいけれど、しっかりと伝えようとしている。


「うん」


『イッパイ ガンバッタノ、スパスパー、グリグリー、ビュビュン!』

 切れ味を上げる様に頑張ったり、銃の弾薬に色々手を加えたり、加速した弾丸を撃ち出せるようにしたのだと解釈。


『ビヨーン、フルフルー』

 伸びたりも頑張った。フルフルーは解らない!

 あ! 震えて声を再現した事か。


『デモ オハナシ シテ モラエナカッタ………』


 精霊が身近にいるなんて、これまで全く気付かなかった。


 闘技場都市を出る時みんなの声に混ざって聞こえたのはこの子なのだろうけれど、それはどうして聞こえたのか………。


『ミンナ ニ テツダッテ モラッテ、コエ ノ ダシカタ ヲ カエテ イッショウケンメイ ガンバッタノ』


 闘技場都市にいる間に『明気』・『暗気』・『星気』を体得していたから、闘技場都市を出るまでの間に既に精霊が自分の中にたくさん集まっていたのかもしれない。


『ワタシ、タビ シタイ!』

 旅をして色々見聞きしたりしたかった、だから声を出した。

 たどたどしい、かなり可愛いから良いか。


 でもこの子が謝る理由にはなっていない気がする。話はまだ続くのだろう。


 もしかしたらとんでもない話をされてしまうのかもしれない、でも自分はこの小さな妖精さん(精霊さん、と呼ぶには不思議で可愛過ぎる)を怒る事は出来ない気がした。



+ + +



 妖精さんの話は小さな子供と話している感じになる、とは少し違う。


 小学生の女の子が描いたノートの端に存在するような、テレビ画面の枠が見えないような、そんな妖精さんの話は子供の言葉と違って、何故か、納得できると言うべきか何を言いたいかが伝わってくる感じがする。

 エニスの音じゃない鳴き声に近いけれど、でもそれとは違う何かがあるんではないだろうか?


 でもその感覚を上手く伝える事が出来ないので、妖精さんの話をまとめると、




 エニスに名付けたので次は自分じゃないかとドキドキして待っていた。


 でも一言も話してくれない。


 妖精さんは万能ナイフそのものではなく、万能ナイフの手綱を握る係の様な物だったから、万能ナイフとは違う名前がもらえる筈だと思っていた。(勘違いしていた部分なのでちょっとだけ聞きながら辛く感じた)


 頑張れば名前がもらえると思って頑張ったけれど、町(闘技場都市)に着いても話してもらえないし、名前ももらえない。


 冷たくされていると感じて悲しくなった。


 闘奴候補の存在を知った時、ヒロがとてもつらく、悲しい気持ちになったから頑張った。


 でもやっぱりお話してくれない。


 でも闘技場都市で精霊達に居心地のいい存在になってくれたから嫌われているんじゃないと思って頑張った。


 それが何日か続いていくうちに、自分は必要とされていないんじゃないかと感じ始めた。


 何かちょっとした変化があればお話ししてくれるはずと、ステータスと解析では違う結果になる様にしたり、検索などに情報が出ないようにして万能ナイフの使い方を隠したりした。


 そして今回、ラロースが使う『崩気』にヒロは為す術なくやられてしまった。


 万能ナイフには、万能と言う言葉が付く通り、『崩気』に対しても万能に対処できるはずだったが、ヒロは使い方を知らない。妖精さんが隠した情報の中に、それも記されていた。


 それがとてもひどい事をしてしまった結果だと知り、以前ヒロが関わっていた精霊に頼んで仲介をしてもらう事にした。自分の事が嫌いでも良いから、ちゃんと謝りたいと思った。




 と言ったところである。

 妖精さんが謝り続けていたのは、ちょっとした意地悪に対する意趣返し、位の感覚だったのに大事になってしまった事に対しての言葉だったようだ。


 ………?

 大事、かなあ?


 そうは思えなかったけれど、でも自分が怪我をして自分以上に心配してくれて、申し訳ないと思っていてくれた。

 妖精さんが謝る必要ななにもないだろう。


 レナリ達を助けた時(助けたなんて烏滸がましい事を好き放題にしただけだけれど)、万能ナイフが輝き、どこからか綺麗な歌が聞こえた気がした。それはきっと、この子が頑張ってくれた証なのだろう。


 自分には気付く事が出来なかったとはいえ、この子は自分の役割をきちんと果たしている。


 だから自分に謝る必要は一切ない。


「分かった、もう謝らなくていいよ」


 話ながらボロボロと涙を溢し続ける幼児向けアニメーションの登場人物の様な妖精さんの涙を指で拭ってみる。


 手には水の感触はなかったけれど、最先端科学で再現した物の様に、タッチパネル上の物を操作したように、涙を拭う事は出来た。


「気付かなくてごめんね」


 感触がないのでいまいちな感じがするけれど、妖精さんのとんがり帽子の部分を撫でながら、小さな子供に言うように声を柔らかくするように気を付ける。大きさは片手に収まる位なので、撫でたりするには指でやらなくちゃならない。


 ほっぺの部分を指で撫でると小さな妖精さんの手が指を掴んだ、と言っても感触はやはりない。


「今までありがとう、これからもよろしく」

 ステータスの数値の時と同じように、盛大な勘違いがあったけれど。


 今回はこの先思い出せば穏やかな気持ちになれるかもしれない。


『オナマエ!』

「名前?」


『オナマエ ガ ホシイノ!』


 妖精さんも、自分が嫌っているわけではないと分かって安心したのか、『泣いた赤子がもう笑った』と言う言葉にある通り元気いっぱいの様子である。


 良かった。


 元気になってくれて良かった。


 しかし。

 ………名前か。


 妖精さんくらいしか思いつかない。


 エニスの名前はこの世界の本当の意味での神様ジルエニスから一部分を付けただけだし、


 ホーグの名前は第一世界にいたと言う英雄の名前だった。


 言うまでもなく自分は名前を付けるとかしたことが無いので非常に苦手である。


 親になった経験もないし、飼い犬の名前も親が付けたものだった。


 名前…………。


 以前の仲間や友達の物を持ってくるのはこう言う場合失礼に当たるだろう。


『ナマエ、ナマエ!』


 自分の手の上で、妖精さんはとても楽しそうにしている。

 自分の付ける名前に対するハードルの高まりは留まる事を知らない。


 赤いとんがり帽子、赤いワンピース、黄色の長髪………ダメだ出てこない。妖精さんとかつけたらこの先本物の妖精に会った時面倒になるだろうし、万能ナイフから取ってナイフなんてつけたらさらに面倒だ。ごっちゃになる。


 ナイフ………………………。




 ナイフか……………………。




「じゃあ、君の事を『ナイ』と呼ぶ。どうかな?」







『………』







 聞いた瞬間、妖精さんは極めてフラットな表情になった。


 ぽかんとしている、と言うべきだろうか。驚いていると言うよりも、完全な無になりながらこちらを見ていると言うべきだろうか?






 ぽろり。





 こぼれてはいけない気がする涙が一つ、この子の頬を伝うのは非常に気まずい。


『ナイ、私はナイ』

 うん!?


 言葉が突然流暢になった気がする。


 音を繋げただけの言葉じゃなく、そこに子供の物よりもしっかりした『個』に通じる物が含まれている気がしたのだ。


『うれしいノ………』


 更に大粒の涙が一筋頬を流れ、妖精さんの表情は線だけで表現されているのに、突然齢をいくつも重ねたみたいな『説得力』みたいなものが見え始めた。


『私はナイ、ヒロの最も傍にいるもの(・・)



 ぴかーーーーーん!



 なんて擬音が付きそうなくらいで、突然に。


 ナイと名付けた妖精さんがこの灰色の世界全てを塗り潰す(コタツは色つきで本物っぽいけれど)目映い光を幾条も続けて放った。それが連続していつの間にか目の前が光で埋め尽くされ、目の健康に不味いんじゃないかと思われるような明るさになった。瞼を閉じても明るすぎて目の奥が痛い。妖精さんを乗せていない方の手で影を作ろうしたけれど、ナイ自身以外からも光が放たれているらしく無意味だった。



 い、痛い! 凄く目が痛い!



 現実では顔と両手が酷い有様になっている自分だけれど、ずっと続く光は防御不可攻撃として頭の奥にまで響く、実は鑢竜巻よりも痛い!


 ナイを落とすわけにはいかないと顔を必死に背けたりしたりするけれど、もう片方の掌で目を覆うとかするけれど、何故か光はちっとも抑えられないトテモイタイ!






 目の痛みが頭の奥にまでガンガン響いて頭痛になって来たイタイ。まるで物理的に脳味噌に光が刺さってイタイタイタイ!!!!






 味わった事もイタイない種類の痛みでイタイイタイ身構える事もイタイ我慢する事も出来ないキツサである。痛いよ痛いんだって畜生!



ありがとうございました。

次話はお昼の予定です。

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