+トルシー=
本日二度目の更新です。
ご注意ください。
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「英雄さん英雄さん、そんなに強い言葉を使ってはいけませんよ。
英雄さんは特別なんですからその言葉の重みをもっと理解してくれなくてはダメですよ」
対面に座る形で、非常に懐かしい相手がいた。
………自分をこう呼ぶ相手は少ない。
五百年前自分が第一世界を救った事を知る相手だけが呼ぶ呼び方だからだ。
「お久しぶりですね、英雄さん」
「トルシー!」
思わず全力で名前を叫んでいた。
「でも誰かに頼る言葉はとても暖かいです。暖かくて素敵です。私達にとって、『願い』と言う存在は、自ら話せない目標をそれでも求める純粋な声はとても心地良いです」
トルシーと言う名の、精霊だった。
どこかの神話に出てくるような恰好をした、男性でも女性でもない中世的な外見の美形である。
乾いた砂色の超髪がそのまま織り込まれて衣服になっているのが特徴で、一部の隙もない造形の顔立ちに似合わぬ人懐っこい笑みを浮かべている。
一つ訂正。
この方は第一世界で神様になられた。
魔王討滅の英雄に力を授けた功績と、魔王との争いによって空いてしまった神の坐へ招かれた存在である。
今の現状も忘れ、抱き着きたいような衝動に駆られるが、この方は自分に力を授けてくれた大恩ある御方なので自重する、半ば浮かしかけた腰を落とす。
「お久しぶりです」
深々と土下座。現状も忘れて土下座。
「今言った事と少し打ち消し合うような言葉になってしまいますが、英雄さんは一人で物事をどうにかしようとする考えが強すぎると思います。もっと頼るべき相手はたくさんいますよ?」
「トルシー、ここで何を頼れって言うんですか?」
「え?」
「え?」
トルシーが何を言っているんだこいつ、と言った様子だったが、自分も同じ色の顔をしていたのだと思う。
数瞬そのままで、やっとトルシーが解ったらしく口元を緩めた。
「そうですよね、私との契約が解除されているのでしたね。神の坐を降りて精霊に戻ってしまっていてその辺り配慮が足りませんでした。申し訳ありません」
そう聞いて、自分もやっとわかった。
「ここには精霊が溢れているのですか?」
周囲を見回してもそれを見る事は出来ない。
ジルエニスの第一世界で生まれた人達ならば見る事も出来る人が多いとも聞くけれど、妖精などとは違い、自分は『精霊』を知覚する事が出来ない。
それは魔力とも理力とも異なる力を持って存在するものなので当然なのだけれど、スピリチュアルな才能の欠片もない自分は、どんなに精霊が自分の周りに溢れていても全く変化を感じる事が出来ないのである。
トルシーは五百年前、魔王と戦うのには人と神、精霊も含めた全てが協力しあう必要があると感じ、自分の前に姿を現し、契約をしてくださった。
高位にあたる精霊のトルシーは自分の姿を人の前に表す事も出来たからこそ、自分にも目で見る事が出来た。
長耳長命族の『神弓』と呼ばれた仲間、シュウのおかげもあったのだけれど、精霊は神とも魔物化した物とも、人とも違う法則の存在なので見えない人も多いんだ。そう言い訳しておく。
トルシーとの契約によって、自分は精霊と対話し協力できるようになったのだ。トルシーと自分を契約で結び、その筋を辿って見えるように、話せるようにしていた。
「うん、溢れ返っているんだよ」
「どうしてこんなところに………」
「それはね、英雄さん。
ここは貴方の『原風景』、心に最も深く刻まれた光景の姿だからだよ。ここは貴方の世界なんだ」
………顔を覆って隠れてしまいたかった。
何かに連れてこられたと思い込んでいた。
自分の中って事だった。
恥ずかしすぎる。
その見えない何かをどうにかしようと躍起になっていた。
転げまわりたいけれど、我慢。
我慢だ。
我慢なんです。
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現実に復帰するのに暫し掛かり………………。
トルシーとの会話を続けなくてはならない。
現実の場所ではないけれども。
「精霊がどうして自分の中に溢れ返っているんですか?」
「それはね英雄さん。ここが精霊たちにとって居心地がいい場所だからだよ?」
心が広いからかな?
冗談でも言ってはいけない事がある気がした。
この竹筒水筒(小型)並の心の狭さを持つ自分の中に居心地の良さはないだろう。
それとも狭くて逆に居心地がいいのか?
………猫みたいな精霊がいるのだろうか?
「貴方は理力と呼ばれる力や魔力と呼ばれる力を頻繁に使うでしょう?
そしてそれを合わせて造りだした力、『明気』と『暗気』、更に上位の『星気』を扱う事が出来た。精霊は妖精や幽霊、神々と違い『魔王』や『魔物』となった存在が持つ力の影響を受けやすい。だからこそ人と神に協力する事を選んだのだけれど、貴方の体得したこれらの『気』は滅びの力との相性が良い。滅びの力を打ち消し、最適化する力とも言える。
貴方がそれらを使うと言う事は、精霊にとってここは安全で居心地の良い場所と言う事になる」
そうだったの?
精霊って強い対抗力を持っていると思っていた。
だとしたら五百年前、精霊達は決死の覚悟で人々に協力してくれていたのだろう。
続く話によると、肉体のない存在にとって『崩気』は微かに触れるだけで致命傷、と言うか完全消滅攻撃に当たるらしい。(妖精は動物ほどではないが肉体の要素を持っているから対抗力があるらしい。幽霊は不変の存在で崩気では影響を受けない様だ。幽霊の話を全体の話として自分は勘違いしていたことになる。)
『明気』は魔法や現理法を最適化し、『暗気』は『崩気』の影響を無効化する力となる。
自分はこの二つの『気』を体得しており、『崩気』に対して非常に強い抵抗力を手に入れているらしい。『星気』と合わせて三つの『気』を体得した時にステータスが上昇したのはそれの副次効果なのだろうか。
一度でも魔力・理力を一体化させる技術を持っていれば、その抵抗力を手に入れる事が出来ると言うのでエニスやホーグにも今度教えておこう。………無駄かもしれない。二人ともできそうな気がする。
テルトアボーンの粉末の鑢竜巻を喰らった時に、『暗気』を生み出していればどうにかなったと言う事なのだろう。そんな暇はなかったけれど。レナリへの意識をこちらに向かうようにするのが精一杯で、『気』を作る余裕はなかった。
どうしても視覚のフィルターをステータスから開いて、魔力や理力を操作して、と言う行動を挟まないとならないので急ぐ時など上手く使えない。
それは置いておくにしても、自分は納得が行った。
『ステータス確認』はできても、『解析*数値化』や『影箱』が使えなかった事、現理法が使えない事。今自分はいつもよりも現実的な夢を見ているような状況に当たるのだろう。だから『身体』の裡にある理力や魔力の片割れが使えなくても仕方がない。
『聴取』の表記がコロコロ変わっていたのは理力の問題ではなく、精霊がすぐ傍にいるけれど自分がそれを知覚していないからだったのだろう。
五百年前、身体の欠損で魔法を使えなくなった人がいた。
それはきっと、肉体が魔力や理力と密接に関係しているからなんだろう。
「そういえば、どうしてトルシーがここに?」
「私は一時期あなたと契約していました。それは私の事情で破棄扱いだったのですが、私と貴方の間には契約以外の物がありますから」
????
「ああそうでした。一から説明を始めるべきですね。
私が呼ばれた理由は、貴方に冷たくされて傷付いた精霊がいるからです」
……………。
その一言でいくつかの事を思い出した。
闘技場都市を出る際に聞いた声。
『ステータス確認』と『解析*数値化』で表記の違う万能ナイフ。
眠りにつく前に万能ナイフの柄尻の宝石が輝いたように見えた事。
「そこにいるんですけれど、見えますか?」
トルシーの指す先を素早く見る。
見えない。それでも見ようとして眉間に力が入ってしまう。
「そんなに怒らないで上げてください」
!?
「トルシー、何も見えないんです」
「あ、そうでした」
業とらしい………。
「貴方は今、精霊を知覚できないのでしたね。ではどうしますか?
私は今、『聖霊』ですので再び契約を結んで精霊など貴方に見えない存在と再び関わりを持てるようになるはずですが?」
「そうしないと話が進まないって事ですよね。もう一度、お願いできますか?」
「はい」
ここは原風景、そうトルシーは言う。
時間は経っていないのかもしれないが、今の自分にはやるべき事がある。
目の前にいるだろう万能ナイフの精霊さんと、関わりにならなければ!
勿論前部分の声はトルシーの物ではありません。
お読みいただきありがとうございました。




