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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第二話 過去+復讐
50/99

+違和感=

+ + +



 レナリは曖昧な(・・・)状況のまま、後方の争いを知覚していた。


 エニスが苦戦している。


 それだけで衝撃を受けている部分と、呆れている部分があった。


 衝撃とは、自分では届きもしない高みにいるエニスの攻撃が、当たりもしない事に対して。


 そして呆れているのは、藪の中をつつく行為を繰り返す敵側に対してである。


 出てくるのが蛇ならば、スズメとモグラは返り討ちにして食べる事もあるだろう。しかし突いた藪から蛇が(・・)出てくるとは限らないのだ。


 目の前の相手にも、同様の感覚を彼女は感じている。


 レナリは竜人であり、人と比べれば何故わかるのか説明できない程鋭敏な五感を持っている。それは学習して身に着けた感覚ではなく、生来備わっている優れた能力であるために説明する事は難しいが、逆に対峙する相手の尋常ではない『摩耗』を事細かに説明する事が彼女には出来る。


 呼吸が浅い、耳に届くそれは緊張からではなく。


 肌の色がおかしい、血流に異常をきたしていると目に解る。


 息の中に血の気配、目と鼻が伝える。


 肌には相手の鼓動の不規則さが伝導している。


 よくもそんな状態で立っているものだ。普通ならばとうに病床に伏していてもおかしくない姿なのである。呆れもするだろう。


 そしてこれは、彼女が生まれ育った闘奴候補と言う身分だからこそわかる、『死の気配』である。


 彼女は多くの死を知っている。


 この第一世界の同年代の中でも比べ物にならない程の数である。


 死がいつも隣にいた。

 下手をすれば触れ合ってすらいる程に。


 暴力の果てに死ぬ者、壊れた心に身体が耐え切れなかった者、意味のない生からの逃避。


 おそらく、処刑人すらこれ程の死を知っている事はないだろう。


 だからこそ、彼女には彼女特有の独特な感覚が磨かれていた。


 確信する。目の前の相手は生きているのが不思議なくらいの状況であることを。


「満足ですか?」


 王者の様に直立不動のレナリではあるが、その構えからとは思えない程声音はいつもの通りだった。


 一番近い感覚で言えば、彼女は何処か『白けている』のかもしれない。


 全力を持って言葉を撤回させるつもりで意気込んでみれば、相手は死に掛けており、相手にするのもバカバカしいと思っている。


「貴方がどんな事情を持っているのかは知りませんし、顔を隠す理由も何となく解りました。これだけ命を弄んで、あの人を付け狙って私達を襲わせて、貴方は満足ですか?」


 しかし、『白けていた』のは向こうも同じらしい。


「何を馬鹿な事を。お前こそ満足か?

 人の邪魔をしている今に酔って、英雄のような身振りを整えている事に恥ずかしさを感じないのか?


 人伝の話を真実と思い込み、自らの心で確認した訳でもない事を饒舌に語る事に違和感が起きないのか?」


 それを聞いたレナリは、思わず口から空気が漏れた。


「つまり饒舌でなければ正しいと?


 当事者であれば正しいと言う事ですか?」


 今の彼女になら胸を張って言える。

 自分が生まれた場所は地獄だったと。

 そして今は天国にいると。


 しかし、彼女がこう思えるようになったのはヒロの存在あってであり、ヒロがいなければ変わらず、物心ついた場所(闘奴候補用の檻の中)を地獄とも知れずに過ごしていたかもしれない。


 彼女は朝の来る回数から、次のトーナメントまでの日数を数える事をしていた。


 その日が来れば、次の朝を数える事すらできなくなる可能性があったからだ。


 誰に学んだわけでもなく、数えると言う考え方に辿り着いた彼女は発想力と言う括りで考えれば非常に優秀な頭脳を持っているだろう。


 そんな彼女がヒロと出会うまで解らなかったのだ。


 死んで当然の場所がおかしいと言う事を、人と一緒に眠る行動に安堵が感じる事が出来ていた事を、そして、誰かに優しくされるのがこんなにも嬉しい事を。


 その場にいた自分が、ここ数日で知った事。


 やっと気付けたことである。


 当事者でなければ分からない、と言うが、当事者の中でも人によって受け取った形が違うと言う事を彼女は気付いた。


 闘技場のトーナメントの出場者は、自分が負けた腹いせに闘奴候補を嬲って発散していた。


 それが当然ある事だと、彼女は勘違いしていた。


 それは違うと言う事に、彼女は気付いているのだ。


「貴方は、正しいと言う言葉を勘違いしているのですね」


 『白けていた』、に近い気持ちが『哀れみ』に変わった。


「仮に」


 レナリは続ける。


「貴方がどんなに強くても、どんなに魔法が上手く、様々な生き物を従えあの人をどうにかしようとしても、それは必ず上手くいきません」


 断言する。


「貴方の持つ肌が粟立つ様な気配がどんなに強くても、貴方の持つ力がどんなにあの人を苦しめる物だとしても、それは変わりません」


 静かで、真っ直ぐに。

 それは、レナリの整った顔立ちで述べられればとても深い説得力を持つ言葉だった。


 この世界は『神の模倣』がそのまま力になる世界である。

 神の御姿はその物、神の模倣となり、それだけの美しさがあればそれはそれだけで力になってしまう世界であると言う事だ。


 レナリはその、輝かしい立ち姿のまま、誰にも届かない程の高みの力を招き寄せていた。


 丁寧な言葉を説法者が好む様に、神の言葉は整っている物で、それを使うと言う事は、神の言葉を真似る事で神の力を呼び込もうとするものなのがこの世界である。


 後光射す幻を見せる様な美少女の姿に、ラロースは初めてその娘を凝視した。


 翠に輝く頭髪、その中の一筋の赤は紅玉のように眩い。


 少女と女性の狭間にある様な印象を受けるのに、暖かさと冷たさの狭間にある様な印象を受けるのに、彼女は酷く落ち着いた姿である。透き通った顔立ちに微かな愛嬌、確かな女性であると感じさせる体躯。画家が神の御姿を描くとしたら、神の御使いを描くとしたらこんな姿を想像するだろう美少女。


「ふ」


 仮面の奥から籠った笑いが漏れた。


「言いたい事はそれだけか?」


 巨大な十字架型の武器テルトアボーンを使役する。

 飛鳥の如く舞う姿は生物らしさを感じる程の魔法の腕である。短い方の部分が翼のように動いたりしないかと思う程のらしさ(・・・)だった。しかしレナリはその事に関心こそしたが冷めた部分が大きかった。


 言葉が通じなかったことにではない、その魔法の冴えが腕こそあっても無意味な物だからだ。


 亜型魔法として調整したとおぼしき魔法であるが、器物を生物に見立てる動きは、邪魔になるとしか思えない。『生物らしさ』を強みとして考えているのかもしれないが、らしさを出すために余計に魔力を消費している量を感覚的に感じると、『効率の悪い』使い方に感じた。


 ………。


 そこでレナリは自分の感覚を感じて不思議に思う。

 魔法など誰にも習った事はない。魔力の量など自分はどうやって感じたのか?


 習った、と言える物はヒロに、ホーグに習ったもの以外は何もないはず。


 お風呂の入り方、旅の備え、旅での歩き方、武術、料理………。


 何度思い出してもそれだけだ。

 魔法なんてない、ないはずなのに。


 …………よく解る。


 飛鳥のように迫る武器をレナリは最小の動きで避けた。

 槍を引き抜き構える。

 重心を深く落とす(・・・・・)構えは自然とできたが、妙に馴染まない。


 習ってからまだ五日だったか、短い間に習った事なのだから仕方がないだろう。


 レナリは後方から再び迫る武器を横の回転を加えて弾く事で向きを逸らせた。見た目が大きく、舞う姿は飛鳥の様であるが、その重みはエニスの尾の様に重く、芯まで通る物だった。


 厳しい一撃ではある。


 しかしエニスの尾に比べれば明らかに足りない。

 妙に(・・)身体が重い―――。しかしその重みは今回役に立っている。迫りくる飛鳥の如き飛翔体をレナリは数度、絶妙な弾き方をして回避に成功していた。


 槍は『短槍』に近い柄の短い物で、円の動きで力を増す彼女の戦いには向かない物だったが、厚ぼったい穂先は重く、石突にも見た目には判らないが重みのある芯が仕込まれているようで使い易い。柄こそ短いが振り回す様な戦い方をするために生みだされた武器なのだろう。


 五つ、六つと飛翔体を弾きながら相手の様子を窺うが、魔族は行動に映る様子もない上に、飛翔体の使役にも変化はない。


 魔法を得意とする反面、武術の心得がないのかもしれない。


 そう思わせる偽の情報と言う事もありうる。


 七つ目の飛翔体の攻撃に合わせ、立ち位置を調整し拳よりは小さな石を足で弾く。


 魔族に一直線に向かった石ころに何の反応も見せない。避けることが不可能な位置まで石は飛んで、当たると確信する直前に唐突に止まった。


 その後勢いを失った石はぽとり、と力ない様子で地面に落ちる。


 『防御魔法』の併用だろうか。


 一部の練達は魔法を同時に行使する技術を持っていた。


 魔法の始祖たる魔族ならば、珍しくもない。


 魔族自身の身体運用の程度を確認する事は出来なかったが、魔法を併用できるのが解っただけ良いだろう。


 レナリは飛翔体、十字架型の武器を八つ目で砕いて魔族へと走る。


 使い慣れない武器とは言っても、槍であるのなら彼女にとってそれは手足となって然るべき物だ。何故なら幼い頃から父母に直接教えられた技術なのだから。


 有翼人、翼のある者達が身を寄せ合って集まった国の王女として、王族に相応しい礼節や能力をずっと鍛えてきた。有翼人は空を飛ぶ能力の為に、他の人族に比べて明らかに身体が弱い。体重は半分ほどだし、骨は衝撃に弱い。有翼人にとって身体を育む武術は生きていくための必須技術である。だから父母に魔法や武術を習うのは王族でなくとも、有翼人に必要な事だった。


 身体が重い。


 踏み出すたびにその違和感は強まる。


 今は、飛ばない方が良い。


 レナリは幾つかに砕けながらも使役され続ける武器の破片を躱しながら自分の体の不調を感じていた。


 数度破片を躱したところで立ち止まる事になってしまい、自分の周囲を飛び回る破片は更に彼女を追いたてる。


 こんな無様では………。


 戦いの最中、表情を変える失態はしないが、彼女はわずかな焦りを感じていた。


 復讐の為に、武器を持ったのに………。


 父母の無残な死体を抱きながら誓ったではないか………。


 燃える城を背に逃げ出すとき、決めたではないか………。


 魔族を滅ぼすと、


 魔王を殺すと、


 私たちの国を滅ぼした関係者の全てを誅殺すると、


 何の為に王族であった埃をドブに捨て、自称英雄を共に旅を続けてきたと言うのか。


 ぎしり、と身体がさらに重く変わった気がした。




 っ、いう事を聞きなさい!




 まるで演舞の様に華麗な舞を見せながら、彼女の心中は穏やかではなかった。



ありがとうございました。


記念すべき五十部分目ですが(用語集・登場人物紹介含め)

主人公不在と言う寂しい有様です。

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