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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第二話 過去+復讐
49/99

+獣神の自己規律=

本日二度目の投稿です。

ご注意ください。

+ + + + + + +



「「()つの翼を持つ風と、()つの(ヒレ)を持つ風よ、凍気を散らしてその姿を示せ」」


 『口頭詠唱』にて神の模倣を行い、レナリは風の魔法を生み出した。規模は小さい魔法だが、その洗練された言葉と一部の隙もない立ち姿は、王者に似つかわしい威厳に満ちた物である。


 巻風、と呼ばれる小さな渦状の風を自分を中心に起こす小規模の魔法である。


 名を『有翼結界』と呼ばれていた。


 この魔法はニリと言う有翼人の王女が好んで使う、有翼人が生み出した亜型魔法である。


 この世界に一般的に広まっている魔法の数は三百に届かない程で、その全てを使えると言う魔法使いはいない。


 しかし、この世界には千の魔法を使う魔法使いはいる。


 どうしてこうなるのかと言うと、魔法使いや魔術師を名乗る面々にはそれぞれに合った魔法の使い方や『核司』と言う自身の根源の言葉に適した魔法がある。「力」ならば力を使った魔法や強化による力の強化に適していたり、「水」ならば水を使った魔法や詠唱が得意になると言ったようになる。


 個人によって、魔法の使いたい『形』や『効果』に万を超える違いがあるからである。


 『火の魔法』が一種類あったとして、一人はそれを攻撃用に作り替え亜型魔法『火の玉投擲魔法』を生みだし、別の一人は火の使い方を調整して亜型魔法『火の玉照明魔法』を生み出す、と言うようにどの魔法をどういった使い方をするか、どういった目的に使うかによって一つの魔法から複数の亜型魔法が生まれるのである。


 レナリが今使っている魔法は、『有翼結界』と名付けられているが、本来は生活魔法とも呼ぶ、生活を便利にする目的で生み出された魔法の一つを調整して作り上げた物だ。


 本来ならば雨が続く日に家の中の換気をしたり、洗濯物を手早く乾かす魔法として使われる『微風魔法』が原型であるが、それを調整して生み出したこの魔法は有翼人用の必需魔法と呼ばれる物となるに至っている。


 規模こそ小さく微風が彼女を中心に渦巻き、小さなつむじ風となっている程度だ。見た目で言えば、彼女の腰の辺りまでの高さで髪を揺らす程度のつむじ風である。そしてこの魔法は名前こそ仰々しいがこれ以上になる事はない。


 それは飛行能力に優れた有翼人には『髪を揺らす程度の風』で飛ぶには充分な物であることの証明ともなる。


 かつて国を造り、身を寄せ合っていた有翼人にとって、風とは自分の飛行のために欠かす事のできない物であると同時に、とても身近な存在である。


 有翼人に限らず、空を飛ぶ行動、飛行とは風との関わりが深い。地球にも、身体の大きな鳥などは自らの足で高所に昇り、飛び降りなければ空を飛ぶ事が出来ない物もいる。有翼人はそうではないが、微かな風一つあるだけで、その飛行に大きな差が生まれるのである。


 『有翼結界』とは本来、戦闘中でも自由に空を飛ぶための『踏み台』としてニリが必ず使った魔法なのだ。しかしレナリは魔法を使っている自覚はない。彼女の眼の先には敵がいて、それを倒す目的の為に自然と彼女が使っていた魔法である。


 彼女は魔力こそあるが、魔法の手解きを受けた事はないし、亜型魔法を生み出す下地も、現在それを使う必要もない。更に言えば、翼を得る可能性のある竜人とは言え、彼女の背中には翼はない。無意味としか言いようのない行動であった。


 彼女の中にある『記憶の残滓』が引き起こした行動なのだろう。


 しかしその行動が、あまりに現実が見えていない行動である事を知らせていた。


 エニスは対峙する二人を見ながら、どうするべきか考えていた。


 レナリを連れて一旦逃げるか。それともヒロを呼ぶか。レナリに注意を向けているラロースを先に倒すか。


 しかし答えが出る前に、思考を中断せざるを得ない状況になってしまう。


「ははははははは!」


 エニスの毛並みがざわめく様な、耳に衝く(・・)高笑いだ。『ギシ』と言う骨と骨が擦れあうような音がすると同時に、周囲の世界が区切られた感覚が起こる。


 正しい意味での『結界』が布かれた。『崩気』はエニスには未体験の感覚だが、知識としてこれではヒロに状況が伝わらないと言う事がわかる。


 エニスは体験からではなく、事前に刻まれた知識でそれが良くないモノだと直感し、その場を離れる。


 地響きが起こり、亀裂が生まれる。


 地面の地割れ、空中に生まれる黒い亀裂の二種類だ。


 地面を割って現れたのは、おそらくモグラだろう。

 黒い亀裂から生まれたのはスズメだろう。


 その二種類とも目玉の数がおかしいし、大きさも異常だ。モグラは退化したはずの一対の他に、合わせて五対の目が縦に並んでいる。土を掘るために堅くなった爪が、指から生えた葉の落ちた小さな木のような枝分かれした形になっていた。二メートル強の濃い焦げ茶色の塊、としか表現できないような生き物だ。全ての目玉が全く違う方向を見回し、口元から濁った黄色の唾液がこぼれる姿は生き物と呼ぶより化物と呼ぶ方が正しいだろう。


 スズメは空を飛ぶ事などできないだろうアンバランスな対の翼を持っている。右は身体の倍ほどもあるのに対し、左はその三割程の大きさしかない。しかも大きい方の翼には二対の目玉があり、(羽の隙間からこちらを窺っている。眼球の大きさの関係か、その部分が翼の中でも盛り上がっている。)小さい方は羽が鉄の様に黒光りしている。身体から半分ほど羽が抜け落ちてしまっているのか、青紫の肌に黒い血管が浮いていいた。


「「はははははははははは!」」


 魔獣であった。


 口を開いたわけでもないのに、人の声で笑い出す化け物二体。


おん!


 エニスはヒロにしか届かない鳴き声を詠唱として魔法を作り上げる。


 口から山火事すら引き起こす事が出来るだろう火の塊を吐き出し二体を攻撃した。


 『魔物化』した存在には非常に強い防御力と生命力がある事を知っているエニスは、これでは役に立たないと知りながら。




 モグラは不恰好な爪で地の中へ、スズメは不恰好な翼を使って飛びあがり火の塊を回避した。


 どちらもモグラとスズメと呼ぶよりも正しい呼び方がある様な外見ではあるが、本来の能力を忘れていないらしく、思いの外器用にそれぞれの力を発揮した。


 エニスは自らの力で土を一瞬で焦土へと変えた中駆け出す。


 『魔物化』した化け物二体はエニスの速度を知覚できない様だが、それはエニスも同じである。相手の存在を知覚する鼻も、空気の流れを知る体毛も、命を聞き分ける耳すらも、相手が確かにそこにいる事を目で理解しているにもかかわらずその存在を頼りない物へと変えていた。


 『崩気』によってその身を変じた魔獣は、この世界に存在しながら不確かな存在へと変化しているからだ。


おん!


 目でのみ、エニスは敵を識別する。

 獣神として、エニスは五感の鋭さはどんな物にも劣らない。部分的に使えなくなったとしても、人間がその情報を受け取れば一瞬で意識を失いかねない量の情報を集める事が出来る。しかし本来ある筈の物が無い、と言うのは非常にやり辛くなるものである。人ならば鼻が利かなくなるだけで香りが判らなくなり何を食べても味が分からなくなるように、感覚が一つ役に立たなくなるだけで当人には大きな違いが現れる。


 それはエニスも同じである。


 鋭い各種感覚で敵を識別し、戦うべき獣神の力が、思うとおりにならない事にエニスは苦心している。


 微か(・・)、しかしその違いがはっきりと戦いに反映される。


 エニスの長い尾が、爪が、わずかに届かないのだ。


 モグラもスズメも異形でありながらその動きは別の生き物の様に俊敏である。


 エニスの、本来ならば不可避であるとさえ断じる事が出来る攻撃が、エニスの知覚能力の微か(・・)な誤差の為に届かない。


おん!


 エニスは方法を変える。

 微か(・・)な差が生まれるのならば、微か程度ではどうしようもない選択肢を採れば良い。


 鳴き声を『詠唱』として魔法を生み出す。


 エニスの周囲にいくつもの電気の球体を生みだし、それを同時に放電させる。


 モグラは地中にいると言っても、自らが潜る事で穴が開いているし、スズメは空中だ。これなら逃げ場はない。


 モグラは二、三度地中で身体を跳ねさせたが利きが悪い。スズメは物理的に空中を奔る紫電を避けた。


『ぎし』


 耳に衝く音が鳴り、スズメはエニスへと体当たりを仕掛ける。


 本来ならば間一髪で避けながら反撃のいくつかを叩き込むことができる筈だったが、目で見える姿と耳や肌に感じる情報が違うため、エニスは必要以上に大きく距離を取って回避した。


 着地と同時にモグラが地中から爪を突きだして来るが、同じく回避できた。


 エニスは相手が体勢を整える間、数度頭を振り内面の変化を確認していた。


 目で見える物が正しい情報であり、鼻や肌は完全に、とは言えないにしても曖昧になっている事は解った。


 しかし回避だけならばまだしも、攻撃にそれを反映させるとなると上手くいかないらしい。


おん!


 火の玉を目の前に生みだし、スズメに撃ち出す。

 スズメは余裕をもって翼で火の玉を切り裂いた。不慣れな選択肢の魔法とは言え、獣神の作り出す火球を、翼を武器に見立てて振るだけで済ますと言うのは異常である。


 エニスは舌の先に独特な『味』を覚えた。


 おそらくこれが『崩気』なのだろう。苦い、と言うよりも渋いと言う感覚である。


 ヒロの焼いてくれる肉とは大違いだ。


 今まで食べた食い物の記憶を侮蔑されたような感覚を覚え、エニスは外見上の変化は全くなく、酷く不愉快な気持ちになった。


 レナリの様子を窺う。


 レナリに他人の記憶がある事は理解しているし、それがヒロのかつての仲間である事も解っている。しかし対峙したままのレナリとラロースの戦いが始まってしまえば、最悪レナリは酷い結果につながる事をエニスは予測している。


 彼女の今とっている行動は、竜人には無意味な物だ。つまり今彼女は自分がどういう状況なのか把握できていないと言う事だ。



 しかし。



 助けに向かうとなると、目の前の二体と彼女が戦う事になる。


 今エニスでさえ苦戦している相手と、エニスの二割の力ですら耐えられないレナリが戦ってしまえば勝敗は明らか。


おん!


 敢えて、エニスはレナリへ割いていた意識を無にした。何があっても対処できる様にしていた体勢を、眼前の敵のみに切り替えた。


 それはヒロに対して究極の裏切りであると感じながら、エニスは最速を思い描く。


 目の前の二体に本気で当たる決意を固めたわけだが、本気でこの二体と戦う間レナリがどうなっても手の出しようがない。


 スズメに、モグラ程度にこれ以上時間を掛けると言うのは獣神エニスにとって侮辱以外の何物でもない。


 生まれいでてより頼ってきた感覚が心許ないとはいえ、これ以上時間を掛けるのは許せなかった。


 上等な感触の毛並みが、一瞬膨れ上がる様に見えた。


 細く長い体毛が、強固で(しなやか)な獣毛になった。獣の毛並みは防御の為であり、優秀な獣毛は上位捕食者の牙も爪も通さない。つまりエニスは本来獣ができる事ではないやり方で戦闘態勢を整えたのだ。


 ただでさえ美しい姿のエニスは、獣神として苛烈な印象を加えた姿に変わった。神話に登場するような『美』の化身のみが存在し『醜』を為す物語において、唯一『美』のみの女神の様に美しく、『力』のみで悪神を屠った英雄の様な逞しさを漂わせる。




 避けるのなら好きにすればいい、避ける間もない程の攻撃を加えればいいだけだ。




おん!


 変わらず鮮烈な蒼銀の体毛から、大きい静電気が起きる様にぱりぱりと音を立てながら小さな稲光が起こる。


 スズメが飛び込んでくるのに合わせて、エニスは尾を千振り(・・・)


 狙いも精度も無視した攻撃を、ただ立て続けに打ち込むだけの、素振りよりも価値の低い攻撃である。三振りでツバメの逃げ場を奪った人の道理を越えた絶技の様に、千の軌跡には全方位、留まる事も退く事も出来ない『檻』が一瞬で生まれた。


 スズメは大きい方の翼から何かをしようとしていたが、それを果たす前に液体になるほど刻まれて地面に飛び散った。


 それを見届ける事無く、エニスの鋭い虹彩が黄金の輝きを帯びていく。


 モグラは再び土中に潜っていくのを確認した後、エニスは一吠えした。




おおおおぉぉぉぉーーーーーーーーーーん!




 半径十メートルに、立て続けに雷が落ちる。エニスから生まれた雷が次々に地に落ち、土を削っていく。それが十、百、千、万と矢継ぎ早に繰り返されたころには、動く気配が消えていた。


 前足を一振りすると、土がごそりと弾かれ、炭化した大きな肉があった。

 随分小さくなってしまったが、モグラだった(・・・)炭屑のようである。



ありがとうございました。

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