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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第二話 過去+復讐
48/99

+彼女の記憶=

+ + +



「あの卑怯者はどこだ?」


 そう言われて、エニスが黙っているはずがない。


 ラロースと言う魔族は、変わらず木製の仮面ごしの篭った声をエニスに向ける。


「お前、一体なんなんだ?」


 ラロースは複数の魔法を使ってエニスを手駒にしようとしたが、当然それが成功する事はなかった。獣神エニスにとって、例え魔法の熟達たる魔族であろうと、たった一人にどうにかできるような相手であるわけがない。エニスの高い魔力は、ラロースの魔法の効果を完全に打ち消していたのだ。


「その言葉、撤回しなさい」


 脂汗を流しながら立ち上がったのは、顔面蒼白のレナリである。


 エニスに守られるようにしていたが、ラロースの言葉に意識がはっきりとした。それが彼女の大事な物に対する言葉であると知って黙っていられなかったのである。


「雑魚に用はない」


 ラロースが視線を向けると、土を掘り返した形跡のある部分がある。


 いくつかの魔法を併用し、そこから自らの得物テルトアボーンと言う巨大な十字架型の武器を掘り起こした。


 一時的な『使い魔』として武器をラロース自らの周囲に衛星の様に動かすと、格下の相手を見る様子でラロースはレナリを見た。


 レナリは血の臭気と『肉』その物の光景に気を失っていて、目覚めたばかりでその影響が無くなったわけではない。気を抜いた瞬間すぐさま胃の中身をぶちまけてしまいそうな気分の悪さと戦っていた。


 どんなに苦しくても、彼女は今胃の中身を吐き出す様な事は絶対にしないのだけれど。


 レナリはまだふらつく足腰に喝を入れ、槍を構えた。


 その構えはわずか数日で身に着けたとは思えない程の物で、ラロースを警戒させるには充分だったようである。


「撤回しなさい」


 生き物の死、と言う物は自覚なくとも影響は大きい。

 特に人型の生物にとってそれは明日は我が身とも言える物として『同情』してしまうように出来ている。多数の生物の死骸と、その『中身』を目にしたレナリは、数多く死に掛けた経験があったにもかかわらず、血や怪我に対する耐性がこの世界の住人に比べても遜色ない物であるにも関わらず意識を失う結果になった。





 足りない。





 あの場所で最前線にいた『彼』の場所に、全く足りない。


 『彼』の場所、それはレナリにとっては絶対にいなければならない場所だと彼女は考えている。彼の傍にしか、彼女の場所はないのだ。




 捨てられたくない。




 あの暖かい場所を失いたくない。



 そしてそれを邪魔する相手を赦したくない。




 レナリは激しい感情とは無縁の人間だと彼女自身は思っていた。

 闘奴候補として生きていた今まで、彼女はこれほど執着(・・)した物を持ったことが無かった。


 希望としていつかは武芸者になる事を考えていたが、それは微かな希望で、どこかでそれが叶う事のない『夢』とも言えない願望である事もどこかで解っていた。


 だと言うのに、彼女はそれを希望として、日々檻の中で過ごして来た。


 彼女は知らないが、彼女には『絶望』慣れしている者の残滓がある。


 望めば叶わない、願っても届かないと言う経験は、ここ(・・)に立つに至るまで途方もない数経験してきたのだ。


 その残滓が彼女に達観とも言えない諦めを覚えさせ続けてきた。


 でもしかし。

 その残滓は同時に、彼女が最も大事にしなければならない物を教えている。


 それがレナリ自身の感情とははっきり言えない物であるのは残念だけれど、彼女の残滓と、彼女自身にある大事な物。


 それを護るために、他人の心無い言葉で汚される事を赦す事が出来ないために、彼女は立ち上がった。



 そして構えるのだ。



 届くために。



 足りない距離を補うために。



 竜人に生来備わっている鋭敏な感覚の為か、彼と出会ってから体験した様々な事柄が彼女を育てたのだろうか。


 レナリは冷静に、力量の差を正しく把握していた。

 目の前の相手は、ヒロ、エニス、ホーグと比べて桁違いに弱いだろう。




 しかし、その桁違いに弱いだろう相手に、レナリが手も足も出せない程大きな差がある事を感じる。




 生物なら持っていて当然の力量の差を的確に把握する能力である。


 レナリは数字としてそれを表す事こそできないが(彼女は文字も書けないし、算数と言う概念を知らない)、十度戦っても一度とて相手に怪我を負わせる事すらできない事をその能力で知る。


 だがしかし。


 同時に彼女はレナリであって、レナリではない。

 どん底とも言える昏い闇の中、品のない笑顔で上を見上げる姿を知っている。

 頼りになるとは言えない筈なのに、絶望の中で朝空に上がりはじめる太陽のようにキラキラとした姿を知っている。


 どうにかできてしまう存在がある事を、彼女は知識ではなく、感覚でもないのに、知っている。


 欲しいのは知覚できない程の一瞬を生み出す事。

 レナリは腕の革ベルトと蝶番を外して身軽になる。

 発条仕掛けの鉢金も、肩から胴に装着していた軽鎧を剥がす。


 それは呪装『黒塵の兵士』セットの呪いを無効化する行動であり、装備を外した途端、彼女は相反する二つの言葉を思い浮かべる。


 身体が軽くなり、


 心が酷く重くなる。


 相手が何をしてくるか見ている中で、彼女は平民が着るごくごく普通の衣服に戻ると、槍を構えた。


 欲しいのは速度。


 大事な鎧を剥がす様に落とす事に心がざわめく。


 欲しいのは距離。


 それが何の距離なのか、彼女自身にはわからなかった。


 届きたい。


 それが何になのかだけ、彼女ははっきりと知覚していた。


 こうじゃない。


 一般的な槍の構えが、レナリには合っていない。

 槍を地に突き刺し、石突に両掌を置き、相手を真っ直ぐに見据える。


 こうじゃない。


 気持ち高めの槍の構えを、尚高く重心を移動し、直立不動の姿のまま相手を見据える。それは武術の構えとは思えない、王者の風格を表す姿である。


 ―――とあるもうすでに無い国の、ある王女が好んだ構えであった。



ありがとうございました。

次話は十二時を予定しております。

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