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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第二話 過去+復讐
39/99

+出来ない事=

+ + + + + + +



「う~~~~~~~~~~ぬ…………」

 瞼を閉じ、自分は必死に念じている。

 眉間に力が入り、両肩は強張っていた。流れ落ちるのは汗だろう。

 自分は必死に、必死に念じている。

 しかし、成果は出ないままだった。


「どうしてだろう」

 ゆっくりと、呟いた言葉を噛み締める様に言う。

 自分は今、万能ナイフを片手にがっくりと肩を落としていた。


 そこで気付いたのだけれど、眉間や肩以外にも内腿や背中全体に力が入っていたので気を楽にして身体の力を抜く。こういうのは慢性化すると癖になってしまい、武器を振る時に悪影響を残してしまう気がしているので極力気を回す様にしている。


おん!


 肩を落とした自分を気遣って、エニスが指の辺りに鼻を当てる。


「ありがとう」


 こういう時、エニスの存在はとてもありがたい。

 自分は今、レナリを運ぶために『馬車』を万能ナイフで生み出そうとしていた。


 塩などの調味料、ランタンなどの旅装、武器のための銃の弾丸や矢。レナリの一般人の服なども含めるとかなりの物を万能ナイフで生み出してきた。しかし今回馬車を造ろうとしてもどう念じても生まれる事はなかった。


 こういう時、見た目のエフェクトがあったりすると失敗か成功かの目安になると思うのだけれど、万能ナイフが物を生み出す場合突然現れるので現物を目にする以外で目安に出来る物が無い。


 生み出そうとしている馬車が大きすぎてダメなのだろうか?


 ……ジルエニスがサイズ制限を掛けている可能性はどうだろう?


 勘だけれどそれはないように思う、でも正解にはいきついていない。正解ならばヘルプに変化が起きるはずだ。………行き詰ってしまったので違う方向で考える。


 塩瓶の場合、日本で家に在った物を作ったのだけれど赤いキャップや塩瓶のロゴ、成分表や製造元まで正確に再現されているようで、自分が知らない部分もしっかりしている事を考えると、自分の知識が足りないと言った事はないだろう。


 馬車に乗った事もあるし、魔王討滅の旅の最中では馬車を買って仲間と一緒に移動していたこともある。


 レナリが今着ている服は透視で建物の中から外を歩いている人を探して見た物を形にした。


 ランタンやテーブル、椅子などはキャンプの経験もうろ覚えなのにホームセンターにこんなの売っていたなあ、と言うイメージを形にしてくれた。



 この三つの事から考えて、万能ナイフの使い方に何か方向性があるのかもしれない。

 どんなに念じても万能ナイフに変化がないのは、万能ナイフのルールみたいな物を自分が守れていないからではないだろうか?


「どうしたものか」


 試しに。

 エニスの上に乗せる台の様な物を考える。レナリを乗せてそのまま移動できるようにと言う理由で、見た事もない代物を想像して生み出せるか考える。


どさり。


「…………」

 出て来た。

 しかもエニスに着けている鐙と同じように鋲もあるし、エニスの外観を損ねないような立派な作りの物だった。


「どういうルールなんだ?」


おん!


 台は鐙の上に乗せる形になっていた。

 見た事もない物だけれど、この世界で見かけても珍しい程度で済む様にと言う配慮なのか、ベルト部分は革だし、台の部分は木でできている。


 エニスは新しい玩具のつもりなのか、匂いを嗅いだりした後嬉しそうに鳴いた。


「つけてみるか?」


おん!


 まあ取り敢えずレナリを運ぶのはこれで済んでしまった。

 でも。

 万能ナイフで生み出せない物が新たに見つかった。

 調べたり研究する新しい要素が見つかった事を喜ぶべきなんだろう。願わくばその『答え(つかいかた)』が極力簡単な物でありますように。もうステータス確認や解析の様な恥ずかしい思いはしたくない・・・。



+ + + + + + +



「酷い場所だ」



 その頃のホーグ。



 何故か彼は、雲の上に立っていた。

 太陽が大きく感じるほどの高度で、一面に広がる白い大地。冷たい風と、焼ける様な熱線。

 ここはこの世界に新たに生まれた『神界』と言うべき場所である。


 しかし人々の想像の中に存在する主神や天使がいそうなここを、ホーグは酷い場所だと一言でバッサリ切り捨てる。


「植物の生育には様々な条件がある事をあの神が知らないわけがないだろうに」


 ホーグは神を神とも思わない発言をしている。

 その場に片膝を付き、周囲の様子を見る。雲の大地を触り、日光の強さを確かめるように見上げる。


「情報体の構造を調べた限り、このハクマイなる物をここで育てるのは非常に難しいと思われるがどうか?」


 後ろを振り返りながら言うと、そこにはゴリラと犀と人を足したような外見の、なぜなのか見た目豚っぽい印象を与える、不可思議な物がいた。


〔やれない事はない。私は『食材』と言う条件が含まれればあなたと同じ様に力を発揮できる種類の神だからね〕


 その得体の知れない、ホーグとあまり地面からの高さの変わらない(横は三倍ほど)存在は『食材の神』である。


〔神気が満ち、精霊が踊るこの場所を酷い場所だと切り捨てるあなたの感性を疑うべきなのかな?〕


 周囲全体から聞こえてくるような不思議な音色だった。

 複数の音色を合わせて作り上げた音が声の様な、独特な聞き取り辛さのある声である。


「我が主が食される食材を、こんな悪環境で生み出す事を思えばこう言いたくもなる」


〔植物の神は怯えていたようだね〕


「神を名乗るならば、神に足る『目』もあって当然だろう。いくら何千、何万年と存在しているものであっても、相手を見極める事を怠るから怯える羽目になる」


〔争いが続いた後の五百年、彼も平和でひよってしまったのだろうね。まあ、それは私も同じようだけれど〕






「食材の神よ、どうかこのハクマイを作ってはもらえぬか」






 一抱えの稲を持った男が現れた時、そのあまりの接近の速さに食材の神は逃げる事が出来なかった。


 神の速度、と言う意味で神速と言うのならば彼の速度は更にその上の領域に届きかねない物だった。魔法や現理法、神が使う奇跡とも違う、純粋な足による移動を、食材の神が知覚しきれなかったのである。


〔君の主は一体何者なのかな?〕


「我が主は、我が主以外の何物でもなく、遍く全てに存在する全てと比べても代わりのない唯一絶対の存在」


 流れる様に美辞麗句が告げられるが、これを聞いた|遍く全てと比べても代わりのない唯一絶対の存在(ヒロ)はなんというだろうか?


「私も神となって何千、何万と経つけれどこれだけ一度に驚く事が続いたのは初めてかも知れないな」


 その声は、その神から聞こえた初めての肉声の様である。


「それは間違いだ。我が主はこの世界を一度救われた御方だ。知らぬわけはあるまい?」


 何故なのか豚のような印象を与えるゴリラと犀と人を足した姿の神は、ゴリラの獣毛を自分の手でこすりながら雲の大地に寝そべる。


「まずは空気を調え、水を調え、土を調えていくよ。

 これから種をまき、見守り育つまで時間が掛かるから一度主の元に帰ると良い」


 獣毛が抜け落ちつづけ、雲の大地に落ちた先からそれが土へと変わっていく。

 かなりの毛が落ちた頃立ち上がると、犀の様な皮が厚く大きな足がそれを踏みしめ、耕していく。


 豚と言う印象を与える顔が、ゴリラの様な、犀のような体躯がボロボロと土塊のように零れ落ち、肥料が生まれた。


 踏みしめた足跡からは水があふれ出していく。


 獣毛が積もり、それが層になった土となるとそこから植物が生え始めた。


「では明日、またここに来る」


「そうすると良い」


 食材の神は童女のような姿になっていた。珍しい黒髪に深い茶の瞳、穏やかな表情は見た目に不相応で、薄絹を仕立てた様な衣を纏っている。いつ取り出したのか、農耕器具を片手に『畑』となる土を軽々と耕し始める。


 その度に生えたばかりの植物は早回しのように成長し、枯れ、地へと帰っていく。多分、土の力を授けるためのクローバーなどと同じ特徴を持つ物だったのだろう。


 水が満ち、土は潤い力をつけ、植物が育っていく。そして童女の姿をした食材の神がそれを耕していくたびに、土が広がり大地が生まれて行った。



+ + +



 ホーグは雲の大地から躊躇なく飛び降りると、『口頭詠唱』での飛行を始める。


 飛行と言うより、落下の加速と言った方が良いだろうか。


 折角自由に空を駆ける力を一時的に授かったと言うのに、ホーグは全速力で真下に向かって落ちていくのだから。


 落ちる先は一面の青、目にも鮮やかな色で広がる海である。

 途中、翼竜(前足が翼になっている竜の事、四肢があって翼がある物は飛竜と呼び分ける)を数匹巻き込んだが、ホーグの加速が留まる事はなかった。


 次に水面に着水したまま沈まないようにする魔法を使い、水面に『着地』すると、あまりの衝撃に彼を中心に高波が生まれる。


 ここは世界の中心近くで、三つの大陸や小島群に小さくない影響を与える規模の津波となるのだが、しかしホーグにとってはどうでも良い。


 巻き込んだ翼竜が(怪我の類はない)海面から顔を出してホーグに不満を言っているように鳴くが、残念ながら今のホーグには届いていなかった。


(三歩)


 ホーグは着地(水面にだが)したまま、両膝を折って屈む形のまま瞼を閉じていた。


 そして脳裏に最も輝かしい物を想像し、その姿に三度震える。


「ふふふふふ…………」


 無尽蔵に彼の裡に外側の魔力が引きこまれていく。これから行う魔法を考えればそれでも足りないほどの物だったが、人間(優秀な魔法使い)が十人全力で練る魔力よりも多い量である。


(三歩を超えた段階で、最速に達する)


 ホーグはクラウチングスタートに似た、どこか違う体勢になる。


 情報として得ているヒロの知識の中で、彼が好んで使う三歩で全速力に至る境地。

 人間の身体で、人間以外に勝つためにヒロが辿り着いた一つの答え。


 その事を思うだけでホーグは更に魔力を引きこみ練り上げる。


 行使される魔法は『神速体現魔法』とでも名付ければいいのか。この世界にない魔法である。

 しかしホーグにとって現存しない魔法であろうとなかろうと、行使するのには問題ない。


 無尽蔵と思われる程、仮にフィルターで覗けば台風のような靄(魔力)が彼の裡に引き込まれ、彼の裡で練られる姿が見られるだろう。


(人の身を英雄に至らしめた技術)


 瞼を閉じ、美しい表情である筈のその姿には、どこか危なさがあった。

 ギン、と音がするほど硬く引き締められ、目を見開いた表情は、戦の神の出立の物の様である。


 ホーグの裡に限界近くまで引き込まれた魔力が彼の魔力と交わり、適切な物となる様に練り上げられて行く。魔力の感度が高い物が観れば、彼を中心に空を焼く火柱のように噴き上がる魔力を感じる事が出来たかもしれない。


「行け」


 空を抜かんばかりに噴き上がった水柱。

 一歩目にして人間の知覚できる限界を軽々と超えた速度。


 翼竜たちがそれに呑まれて行く事も一切関知せず、ホーグは全力で飛び出した。






………ただヒロの元に帰るために。








ありがとうございました。


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