+過去の記憶=
第二話開始いたします。
お待ちいただいた方々大変お待たせして申し訳ございません。
宜しければまたお願いいたします。
+ + + + + + +
「そんな大層な代物だって使えなきゃしょうがないだろう?」
「面目ない」
目も醒める様な蒼の鎧を着た一人の少年がいた。その蒼の鎧は神々しさを感じる逸品で彫りこまれた装飾や縁取りはただの飾りではなく、その鎧の防具としての耐久値や使い易さを上げるための工夫が凝らしてある。
少年が身に着けるには少々金の掛かりすぎた代物である。加えてその手には金と銀、まるで太陽と月で作られたような立派なロングソードを携えていた。緋色の宝玉が嵌めこまれ、焚火の灯りすら切り裂く様に輝く姿は神話に出てくる姿の様に見える。
月と星の時間になり、益々目の前の少年の桁違いとしか表現しようのない立派な装備が美しく輝いている。
声をかけた相手は目も合わさずに乾いた木切れを無造作に焚火に放り込む。その装備の輝きを見ているだけで魅入られてしまいそうな気がしたからだ。広いこの世界、そんな特殊な代物もある、と言うのを知っている。思わず跪きたくなるような、恐れ多さを感じる鎧と剣から逃げる様に焚火に焼かれる物を見続けた。
焚火には先程男が狩りをして手に入れたウサギが焼かれていた。
その大きさは一メートルに届き、焦げ茶と銀の色をした角が生えているが、この世界ではウサギと呼ばれている。
「轟獣のウサギなんて何年振りだろうな?」
大人二人が手を広げても届かないほどの大きな樹の下に、二人の人間がいた。
一人は今説明した通り豪奢な装備をした少年。
もう一人は魔族の男だった。
少年に比べれば明らかに見劣りする冒険者風の装備に身を固めた魔族である。
擦り切れるほど使い込まれたロングソードの柄はグリップ代わりの飾り彫りが殆ど薄れて見えなくなっている。革と鉄で作られた鎧は長い年月で色を変え、かなり劣化しているように見えた。しかし実際はそれなりの価値のある物をわざと汚したり、艶消し加工を手ずから施している物である。そうしないと、人同士の命の遣り取りになる事があるから、と彼はしているのだ。まあ、念の入れすぎだと今ではわかっていたが。
彼の黄金色の瞳には野性的な光が燈り反射板でも備えているのか焚火の灯りの中一際輝いていた。赤銅その物の様な赤く、鈍く光沢を放つ髪は背中を隠すほど長く、目と同じで野性的で勝手に伸びてしまったかのような印象を受ける。髪と違い整えられた顎髭がもみあげから顔の下半分を、顔の輪郭を縁取っている様に飾っている。
褐色と小麦色の間の色合いの濃い肌の色、鷲の嘴の様にがっしりとした鼻、鋭い犬歯。絞り込まれているはずの身体は元の太さがあるのか、男を何倍にも大きく見せる。
「轟獣って言うの? こいつ」
見た目相応の、数か月も記憶に残らないだろう顔立ちと声音で少年が言う。鎧と剣がなければ、忘れてしまうかもしれない凡庸な少年だった。背も高くなく、鎧を着ていても細身とわかる体格。
華奢過ぎる、と印象づけてしまう事もあるだろうに、無個性と男に思わせる不思議な少年ではある。
「ああ、魔界って呼ばれる地下の世界のウサギは基本的に身体がでかい。ウサギだけじゃなくイノシシや狼、馬なんかもな、魔界の獣は轟獣と呼ばれる。味はちと大味だが懐かしいな」
男は大きな身体に似合わない繊細なナイフ捌きでウサギの丸焼きを解体する。
調子が狂う。
男は表面に出さずそう思っていた。
少年の鎧や剣が、その姿を何倍にも大きく、強く見せるような印象を受けているからだ。
魔力が高い魔族であるために今はその内面の変化を冷静に感じ取る事が出来るが、このウサギの様な轟獣と呼ばれる生物や、魔獣と呼ばれる昨今増え始めた異形の怪物達からすれば思わず逃げるか戦うか行動に迫られるような『威圧』とも『恐怖』とも受け取れる『威光』を感じる物であることは間違いなかった。
「しかしこっちに来てからウサギには角がないもんだって聞いて驚いたものだ。狩りをするようになった奴はウサギの角をお守りに持つもんだが、こっちだと後ろ足だもんな。似たような文化はあるが内容も違う」
いつもよりも饒舌に話している、男は感じる。
一人旅なので独り言が増えたとは思うが、この少年に大人ぶりたい思いがあるのかもしれない。それとも、鎧と剣が放つ魔力や、それ以外の何かに当てられているのかは解らなかった。
豪奢な装備に身を固めた少年に、男は一番美味いと思われる後ろ足の片方を寄越す。受け取るのを待つと男はもう片方の後ろ足にかぶりつく。弾けるように脂が溢れるが、やはり大味だった。肉の歯応えは良いが、こちらの轟獣ではないウサギの方が味は良い。
少年の装備品の事を無理に意志の外にやるように噛み締める。
肉の歯応えと味に懐かしさを感じ、男は心地よかった。
『こっち側』にあがってきて何年になるか覚えていないが、幼い頃を思い出す味である。
「どうした? 出来たんだから食ってやれ」
「施し受ける訳にはいかないかなって思ってさ」
「何を騎士みたいなこと言ってやがる。今目の前にある量はさすがに俺一人じゃ無理だぞ?
こいつの生きた証なんだから少しでも身体に入れてやれ」
前足と胸肉はこの後保存食にするが、内臓と腹はこの後しっかり食う予定だ。彼の流儀だが頭は埋めてやる事にしている。特に理由のない行動だが、猟人がやっているのを見てそれが正しい事だと感じたので真似していた。
「『■■■』、だったよな?
『■■■』。これは施しじゃない。生きている奴が生きるためにする義務だ」
狩りをしている猟人は獲物と対する中、立場がどう転ぶか分からない。返り討ちに遇って獲物となる事もある。それはこの世界ではごく普通の事で、当然の事である。
生きるために食うのは当然、獲物を獲るのも、獲られるのも当然。
それは食い、明日を生きるための行動だ。
「どの神様のおぼしめしかは知らないが、『■■■』と俺は出会い、そして友誼を得た。こっち側の作法は詳しくないが、こうやって飯を一緒に食うんだ。これは施しじゃなく、こいつの命を身体に取り込む儀式だろう? 思う所があるかも知れないが、今回は俺の顔を立てて食ってやってくれ。このウサギだって食われるために生まれたわけじゃない。こいつの生きた証を、俺達は血肉にしなきゃならない」
「そうだな」
少年は、湖の近くで剣を振っていた。
旅を始めて間もない様子で、動物の領域をそれと気づかず侵していて襲われた。
そこをこの魔族の男が助けた。
二人は数時間前、そう言う出会いをしたのである。
轟獣の肉はとびきり硬いが、凝縮されたような旨味がある。一メートルを超える大きさのウサギなど少年は初めて食べたが、記憶のウサギの肉と比べると全く違う物の味に思える。
「脂が旨い」
「そう思って食ってやれば、こいつも報われるだろうな」
「バフォル、って言ったよな。バフォルは剣が巧いな」
数度肉に噛みついた後、少年が切り出す。
男からすれば少しせっかちに感じた。ゆっくり味わっていたい物だ。
「人に比べれば長く生きているからな、剣を使ってれば自然と身に付く」
バフォルの剣は何の変哲もないロングソードである。柄と鍔は手入れをしっかりとされているが、消す事が出来ない傷が幾重にも重なり、途方もない数、荒事を駆け抜けて来たように見えた。それに比べ、刀身は傷が少ない。手入れも正しく行われているらしく、傷こそあるが頼もしい輝きを放っていた。
「剣を教えてくれないか?」
「教えるのは良いが、むぐむぐ」
表情は余り乗り気ではない。ウサギの抱えるほど大きな後ろ足にかぶりつく。
「俺も誰かに習って剣術を身に着けたわけじゃない。見て盗んだ位だ。俺はもっと頑丈ででかい武器を使うのに慣れていてな、柄や鍔を使った戦いばかりだ。刀身は本気を出すとすぐに折れてしまいそうだから、剣の振り方は教えてやれん。これは『邪剣』と言われる物になるだろう」
轟獣種のウサギは彼の言葉が真実である通り額に穴が開いている。
バフォルが柄尻を叩き込んで開けた穴である。角を圧し折り頭蓋を一突きにしたのは、たった一度の攻撃だった。
「こいつはドワーフの職人が作った一番硬いロングソードらしいが、壊さぬように使ってもこの有様だ」
バフォルからすれば、そのロングソードは『爪楊枝』の様な物なのだろうか?
少年はドワーフがこの世界で最も優れた職人の種族である事は知っている。つい最近まで過ごしていた村で、基本的な知識は村長に教えてもらっていたからだ。
そのドワーフの作った、名工の逸品と呼ぶに相応しいだろうそのロングソードは、何十年も振るわれたかのような傷み具合に見える。
「大事に使っちゃいるが、こいつも二年でこの有様よ」
武器は毎日必ず使う物ではない。そして名工の武器であれば、手入れさえ正しく行っていれば四、五十年は使い続けることができる筈である。しかしこのロングソードには毎日使い続けてもここまではならないだろうと言う程の傷が刻まれていた。
「まあ、柄と鍔の使い方位なら教えてやれる、か」
豪奢な見た目通りとこの場合は言うべきか、少年は剣術にはまるで通じていない様である。
このままでは見ただけで普通の物とは思えない立派な鎧も武器も、その力を発揮する前にこの少年は命を落とし、奪われてしまうだろう。
ウサギの足にかぶりつく姿に、故郷の息子を一瞬重ね、バフォルは考え直した。
「闘技場都市がこの先にある。武器を覚えるには良い場所だろう」
「実践あるのみって事?」
「ああ、その鎧ならそうやられる事もないだろうからな」
「闘技場か。そいつは楽しみだ」
年の割に、少年のその表情には修羅場を幾度も経験したかのような重みがある。
自分の子供もこれ位の芯の入った顔をしたら、親としては誇らしい。バフォルは思う。
「まあそれより、今はこいつだ」
程よく焼けた懐かしい味と、明日からの目標。
バフォルは何処か嬉しげに肉にかぶりついた。
鎧と剣が持つ『何か』とは関わりのない所で、この少年が好ましい事が解った事もある。
+ + + + + + +
「あれは………?」
美少女と呼んで何の問題ないレナリが、美観を損ねるだろう真っ黒な軽鎧を着て遠くを見ながら言う。
「魔界のウサギですね」
草色のローブをまとい、行李を背負った二メートルの背丈の美形、ホーグが答える。
闘技場都市を出て二日。
歩けば歩く程に人が減るこの辺りは、二日目になると全く人に出会わない状況になった。
使われない街道は数十年以上が経過しているようで、道を移動しているのか野を移動しているのかわからない程である。最短距離で移動するために選んだ道なので仕方がないが、どうして人がいないのだろうか?
現理法『聴取(ex)』でも分からないで終わっただけに少し嫌な予感がするけれど、目的地までの日数を考えるとこの道で行くしかないと思っていた。
自分がもらった特殊能力の一つ、『ステータス確認』でマップを調べている所でレナリが遠くを見て言う。ホーグも見るだけで答えられたので見えているのだろうけれど、自分には米粒よりも小さい何か、しか見えないし、加えて森の中にいるだろうそれが何か解らなかった。
現理法『透視(1)』で遠視すると、ホーグの言う通り魔界と呼ばれる地下の世界のウサギが見えた。
二人の視力は1.5の自分よりも桁違いに良いのだろう。もう二つある特殊能力のうちの一つ、『解析*数値化』してみると、8.0程の視力がなければ解らない距離だと分かった。(この数値は自分の1.5と言う基準として数値化したので実際の値とは違うと思われる。)
神に作られたホーグはともかく、竜人のレナリはさすがと言うべき身体能力を持っている様だ。視力8.0なら『判断できる』位なので、実際は二人とももっと目が良い事もありうるだろう。
第一世界と呼ぶこの世界の一般的なウサギが三十cmから五十cmくらいと考えると倍以上の一mある大きさで、角が生えている。体色は土色や灰がかりの茶色だったりするので森の中などで見かければ周囲と溶け込むような色合いだ。角は銀色とこげ茶色が螺旋だったり斑だったりして同じ物が無いようなので個別識別できるかもしれない。
轟獣を遠目に見ると、懐かしい記憶が呼びさまされていた。
自分に初めに剣を教えてくれた人は、この世界の海の底に広がる魔界と言う場所の出身で、異常に強い男だった。
一週間程闘技場で戦い、出入り禁止になったのは今では良い思い出であるがその時自分に剣術を教えてくれたのがその魔族である。
「エニス」
轟獣のウサギが数匹森の中にいるのを見て、獣神の狩猟本能が刺激でもされているのかエニスが駆け出そうと身を低くしたところで手を前に遮るように出す。
おん!
「あれは強いぞ?」
魔界で独自に適応していったのか、どなたか神様の手が加わっているのか、轟獣は身体は大きいし動きは早い。加えて頭も良くなっているらしく罠になかなか掛からない。
おん!
「そうか、じゃあウサギ狩りだな」
轟獣角ウサギ(正式な呼称もあるけどこう呼ぶ)は脱兎の如く、『突撃』してくる生き物である。草食動物だからって気を抜いては逆にやられてしまう。まあ、エニスには関係ないだろうか。
エニスは角ウサギの何倍もある六メートルある身体を風に乗せたように俊敏に、音を立てる事もなく駆け出す。蒼の毛並みが棚引く姿はどんな絵画でも写真でも、もちろん映像でも表現できないような美しい姿だった。長大な尻尾はエニスの進んだ軌跡を曳く光の帯のようで、毛並みの独特な色も相まって益々幻想的である。
「今日はウサギかな?」
「はい、エニス様がおられるおかげで食事に幅が出来るのはありがたい事です」
第一世界の管理神、ジルエニスにもらった『ステータス確認』でマップを表示させると、向かえば四半時も掛からず川に差し掛かる辺りだと言う事が解った。
「川もあるみたいだし、今日は食料集めにしようか」
表示されたマップに検索を掛けると、食材に出来る物がたくさんこの辺りにはあるらしい。
「ご、牛蒡がある!」
自分は最後の特殊能力、『影箱』の中身を解析すると、鶏肉はまだ残っていた。
醤油もある。
「ホーグ、砂糖は買ってある?」
「ここに」
ホーグは行李から砂糖(三温糖よりも濃いキツネ色をした砂糖だった)を出す。
「こいつは良い」
好物の鶏牛蒡の食材は揃っている。
今日は久しぶりに和国の味が楽しめる。
轟獣角ウサギのがぶがぶと噛み締めないとならない肉の歯応えも良いけれど、原代和国で生きている頃からの好物には敵わない。
ありがとうございました。




