旅支度+新たなナゾ
+ + +
グンジョウの部屋には、特別な変化はなかった。
蝋燭がいくつか立てられている程度で、窓から覗く星空が自分の知る物と比べても明るいとはいえ、怪談話に出て来そうな暗い雰囲気だった。
エニスは室内でお座りして自分を待っていた。
「エニス」
声を掛けるだけで、エニスは察してくれた。全く、優秀だ。
深さを感じる瞳は、自分への返答の様である。
連絡係のここにいた形跡のような物は何も残されていない、と言う事だ。
「エニス、新しい仲間だ」
後ろをついてきたホーグをエニスに紹介しておく。
「ヒロ様にホーグと名を頂きました。
エニス様も何卒よろしくお願いいたします」
おん!
自己紹介の間、自分はこちらを見ているグンジョウを見た。
目覚めているらしい。
さて、どう話をした物か。
「グンジョウ、話をしたいんだがもう平気か?」
「うん、ペナルティは終わったからもう、何も問題ない」
「ペナルティって言うのは、さっきの奴の事か?」
「さっきの奴? ううん違う。負けたら強制的に次の日になるシステムの事だよ?」
…………。
何となく解って来た。
「グンジョウ、ここがゲームの世界だと思っている様だけれど、それは違う事をまずわかってほしい。
これからする話はそれから始まるんだ」
「どういう事?」
妙に子供っぽい声、それと反対と言うべき屈強なガタイ。
グンジョウはもしかしたら、ここに説明もなく送り込まれたのかもしれない。
+ + +
話は面倒な物になったので、要約する。
グンジョウは自分が知る原代和国でも、現代日本でもない異世界からこの世界に来たらしい。仮想体験と呼ばれる、まるで現実のようなゲームを体験する彼の世界ではポピュラーなゲーム機の最新ゲーム『グラディエイターの栄光』をプレイしているのがグンジョウの感覚らしい。
彼の感覚はゲームの感覚と準拠しており、ゲームを買って初日のつもりでゲームをプレイしていたようだった。
彼は外見こそ設定してある二メートルある巨漢であるが、実際は小学生らしい。ゲームの中の時間が何か月も経っているが
、彼の世界の時計では五時間も経っていない、と言う話だった。
試しにゲームを一旦終了して、もう一度はじめてみてもらおうとして、初めてグンジョウは違和感を覚えたと言う。
「ここは現実の世界なんだ。確かに君が知る世界とは違う、ゲームそっくりの世界かも知れないけれどね」
ただ疑問なのは、グンジョウのゲームの説明書のプロローグの辺りを読み上げてもらうと、この第一世界の歴史と酷似している事が解った。もしかしたら、グンジョウと似たような口の異世界人が他にもいるかもしれない。
「ヒロ様、この町内に彼と同じような異世界人の反応はありません。念の為探索いたしますか?」
「一応お願い。ジルエニスも言っていたけれど、警戒しておいて悪い事はないはずだから」
「畏まりました」
ホーグには二度闘技場、町全体を調べてもらったけれど、異世界人はグンジョウだけと言う結論に至った。
特に説明もなく、ゲームと思って始めたら異世界にやってきていた。
何とも苦しい話である。
でも話している内容はエニスによると全く嘘はないらしい。
ジルエニスの説明を考えると、奔放にふるまっている奴がいると言う事を覚えていたから、自分が悪く彼を見ているのだろう。
グンジョウは五時間のプレイでこのゲームに痛く感動し、スキルや熟練度などが全く伸びきっていない内に闘技場の覇者となっていて、これからどういったストーリーになって行くのかを楽しんでいたと言う。
「グンジョウ、今までの話で分かってもらえたと思うけれど、ここはゲームの世界じゃない。
ゲームシステムの裏をかく様な戦い方をした自分が、君に勝った事で解ってもらえていると思うけれど、自分はゲームでここにいるわけじゃない。オンラインじゃないぞ?
更に言うと、この世界は中世を舞台にした架空世界じゃない。
中世ファンタジーも真っ青な、剣と魔法とドラゴンと神の世界だ。グンジョウは今までで会った事があるかどうかも分からないけれど、魔法を使う人間や、狼や虎の特徴を持った人間や、人間の特徴を持った獅子や熊なんかもいる。
このまま剣闘士としてこの世界で生きて行こうとすれば、必ずどこかで頭打ちになると思う」
ゲーム『グラディエイターの栄光』は聞く限り現実に、とは言っても原代和国や現代日本から見てだけれど、魔法や現理法はなく、あくまでぶっ飛んだ設定のないゲームの様だ。
純粋な武術だけではこの先辛くなる可能性もある。
自分だって闘技場では念動力やジルエニスにもらった万能ナイフの切れ味を使っていて勝つことができた。
使わなくとも何とかなったかもしれないとは思うけれど、以前の記憶を照らし合わせれば魔王や竜種などは一部の物理法則すら無視、または書き換える様な行動をする。
「ゲームのシステムが君にはある。戦い方や状況をコントロールできればそう簡単には負けないかもしれない。
でも、この世界はゲームじゃない。怪我だってするし、理不尽な出来事だって体験するだろう。だから君を元の世界に戻すよ」
グンジョウは巻き込まれた立場だ。出来れば穏便に事を運びたかった。
ゲーム感覚でプレイしていたら自分の知る場所ではない現実だったなんて、気分が悪くなるような物だと自分は思う。
アクションゲームで気軽にぶっとばしている敵キャラクターに命があるとしたら、そのゲームをやったことを後悔するだろう。
グンジョウは数瞬考えると、想像してもいなかった事を言った。
+ + + + + + +
次の日、とは言ってもそれから数時間と言ったところである。
自分はエニスと共にレナリを迎えに来ていた。
彼女は当然手ぶらで、服は以前万能ナイフで作って渡した物である。
闘奴、と言うよりも奴隷その物のような生き方を強制されていた彼女には、1バーツすらの金もなかったのである。
彼女にはニリの影響で『不幸』と言う特殊能力がステータスに表示されていた。それを考えれば命があるだけまし、なのかもしれない。
彼女と同じ立場の子供達が一緒に来たがっていたが、正直レナリ一人すら自分の手に余るのではないかと思うのだ。
ニリと言う存在が無ければ自分は彼女の申し出を断っていただろう。
目配せすると、闘技場の覇者がいた。グンジョウは力強く頷く。
彼は『グラディエイターの栄光』をやっている中、一つ不満に思う事があったらしい。それは自分と大して変わらない子供達が酷い扱いを受けていると言う事に対してであった。
彼も似た体験をしていると言う話をしていたが、それはどれほどの物か分かる術はない。でもそう言う彼の瞳は年不相応に強く真っ直ぐだった。
ジルエニスにその事を話すと、自分が改善した状況が安定するまでと言う条件で、グンジョウの滞在が許可されたのである。
「頼むよ、グンジョウ」
「任せて」
◇◇◇◇◇◇◇
グンジョウ 体力 ex
魔力 ex
理力 ex
筋力 B
身軽さ A
賢さ C
手先 C
運 ex
装備品 歴戦のロングブレイド
良質のロングブレイド
特殊能力
『グラディエイターの栄光』
の加護
テレビゲーム
『グラディエイターの栄光』
をその身に体現させる
能力。
物理法則を無視した挙動を
行う事が出来、身体の
限界もある程度無視した
行動が可能になる。
その代償は極めて軽微。
本人は魔法や現理法を行使
する事は出来ないが、
それを退ける強固な障壁を
持っている。
◇◇◇◇◇◇◇
原因は解らないけれど下手したら、もう一度戦うと自分は負ける可能性が高いステータスになっていた。
でもそれだけのステータスならば、子供達を護って闘技場の覇者となり続けていくのは問題ないだろう。
覚悟無く放り込まれて、人の生き死にをゲームとして体験していた彼だから多少は辛い思いもするだろうけれど、それでも子供達の為に残ると言ったのだから野暮は言わない。
自分はその瞳の強さを信じただけだ。
「グンジョウは君達を護ってくれるはずだ」
頼もしい奴である。ステータス的に。
子供達の表情は、何とも言えない物である。まあ、闘奴候補を虐待していた武芸者や闘奴の親玉みたいに見える相手だからそうだろう。
自分の足元にしがみついた獣人の子供もいて、それを見ると決意が揺らぎそうになる。
「何かあれば彼を頼れ」
自分は先に行かなくちゃならない理由がある。ジルエニスの憂いを掃うための行動をとらなくちゃならない。
視線を移し、自傷していた女の子、そして虎の乗人の二人を見る。しっかりと頷いてくれるが、表情はまだ浮かない様子だ。
「強い武芸者になるんだろう?」
虎の乗人の子に言う。
「いつか確かめに来るよ」
力強く頷いてくれた。
………きっと近い内に、彼の名前が世に広まってくれることだろう。虎の乗人や獣人は戦闘能力の高さはかなりの物の筈だから。
「子供達を頼むな、みんなのお姉さんになってやってくれ」
腕輪を大事につけている女の子に言う。
彼女は何だか眩しい物を見る様にレナリを見て、自分を向いて笑ってくれた。
こういう時、女性の見せる強さと表現していいのか、大人びた表情はどうにも眩しすぎると思う。
「またね」
子供達に抱き着かれていたエニスと、ニリの残滓を持つレナリを連れて、自分は闘技場を後にした。
+ + +
「まずはレナリの準備だな」
万能ナイフで準備しても良いけれど、レナリはどんな物を好むのかなど考え方や趣味を知るうえでは店に行く方がやり易いだろう。
二百万バーツは単純に二百万円と考えるに充分な金額である。なので旅の支度金としては充分な物だ。
闘技場都市には武芸者向けの商店がいくつもあり、中には露天なのに達人クラス向けの品揃えの店すらある。
商売目的で馬車を露天にしている店等を含めると、武器防具の店だけで二十や三十を超えるだけの店がある。
マップで確認した中で、一番品の質の良い店、と検索を掛けて引っかかった店に入ると、店内は広くない上に、薄汚れた印象があるが、並ぶ商品全てが新品の様に輝く店だった。
奥にいる店主とおぼしき男は今も防具を抱えながら磨いている所だった。
「店主、この娘に一通りの武装を揃えたいのだけれど」
珍しい猿人だった。見分けは付きにくいけれど、猿人の中には長命種がいる。確認すると彼は違うようだけれど、猿人種は総じて知能が高く、よく騙された物だ。
「トーナメントの新たな覇者がウチを使ってくれるなんて、突然面白い事になりましたね。稼ぐには良いタイミングかも知れません」
「どうせぼるつもりなのは解ってる。
だが、質の悪い物を寄越すつもりなら店の商品全部叩き割ってやるからな」
猿人は商人が多い。特に行商をする商人が多く、総じて金を溜め込んでやがる。知能の高さで様々な情報を手に入れ、常に利益をかき集める天才たちだ。
毛深い人、位に見えるが抱え込んでいる防具を尻尾まで使って磨いている姿はどこか愛嬌があった。
「軽装、重装に魔装に呪装。一通りは取り揃えている自信はありますぜ?」
「レナリ、どんな装備をしたい?」
「旅のための装備は、どんな物が良いのでしょうか?」
「脱着がしやすい防具と、取り回しの良い武器ってくらいで、みんな様々だよ」
ちなみに、魔装は魔法を使う事の出来る装備、呪装は装備者に悪影響を与える装備である。
魔装は割高、呪装は割安で種類は当然千差万別である。
今回レナリは初めての装備品となる。
だから平均的な装備をさせるのが一番なのかもしれないが、その『平均的』と言う所が今回自分には難しいのだ。
彼女はただの人間ではなく、『竜人』と言う種族なのだ。生まれてついて非常に強い力と耐久力を持ち、一人前になると翼を手に入れる個体もいる、らしい。
魔法にも現理法にも平均以上に適性を持つ、人型の種の中で最強の種は何かと言われれば必ず候補に挙がるほどの人種である。
◇◇◇◇◇◇◇
レナリ(乗人(竜))
体力 D
魔力 D
理力 |
筋力 B
身軽さ D
賢さ D
手先 D
運 E
装備品 一般的な平民服
特殊能力
前世の残滓
例えどんなに苦しい思いを
しても、この思いを
遂げずにはいられない。
前世の記憶との重なりに
よって記憶や能力を
引き出す。
代償に不幸を得るが、
彼女にとってそれは
些末な問題である。
不幸
自らに呪いをかける事で、
常軌を逸した願いすら
叶えてしまった。
これを払拭できる現実的な
手段はない。
◇◇◇◇◇◇◇
彼女の場合、現理法への適性はないようだがそれも今の所と言う所だろう。エニスの影響はこの先ある筈だ。ステータスの中で一番目につくのはDが並ぶ中にある筋力(B)と運(E)である。
ステータスを考えるのならば重装で固めて攻撃力を生かす、と言う手が普通だが彼女の場合実益になりそうな訓練など全く受けていないだろうし、運がどんな状況を招き入れるかもわからない。
それを考えると自分が彼女を連れて行く事すら不運に当たる可能性もある気がするから、フォローは常に気を配るべきだろう。
これは勘だが、彼女は鍛えた方向に鍛えるだけ成長するのではなかろうか。
竜人と言うとんでもない利点がある。
彼女がどんな戦闘スタイルを持つかも、まだはっきりわからない。やはり、平均的な装備が良いだろう。
………これが不運に繋がっているかもしれないと思うと何とも分からない。不確定な流れが彼女を邪魔すると言う要素は本当に難しい。
「竜人向けの装備と言われて、あんたは揃えられるか?」
「値は張ると思いますが?」
「その上ぼる物な」
「ええ。虎人や竜人は下手な武器を持たせるのは良くないですし、防具は竜人には動きを邪魔するだけ、と思われているものですから」
…………そう言えば、仲間の鬼も防具なんて使ってなかった。あれの場合はちょっと事情が違う気がしたけれど。
「下手な武器って言うのは?」
「竜人は力が強すぎるのできちんと作られた物でも物によっては武器が一振りで砕け散るのです。
竜人用の武器と言えば普通の鍛冶師では作れず、専用の竜人の鍛冶師か、ドワーフの様に鉄の呼吸や素材の息吹を感じ取る事ができる上級鍛冶師位でなければならないでしょう。
私の店では竜人にお勧めするだけの装備と言うと一種類だけでしょう」
少々お待ちを。
と言って店の奥、倉庫だろう場所に引っ込んだ店主がカートを押して持ってきたのは、軽鎧と、槍だった。
デザインが悪いわけでもなく、と言っても意匠があるわけでもなく、ただ黒一色の艶消しの加工が施されただけの、普通にしか見えない見た目だった。
なのに、禍々しい黒い冷気が漏れ出ている様な印象を受けた。
「呪装か?」
「はい、軽鎧と槍、ワンセットで効果を発揮する呪装、『黒塵の兵士』と呼ばれるセットです」
呪装と言うのは、製造方法が不明な武装である。中には複数同じものが存在しているが、大半は一点物の武装ばかりである。
装備者に悪影響を及ぼす『呪い』が込められた普通、人に売りつけるのは頭がおかしいとしか思えない代物である。
「どんな効果があるんだ?」
「この呪装は人ならば装備するだけで動けなくなる程の重量が生まれます。
槍も軽鎧にも、セットで装備した時に効果が発動するようですね」
なるほど。
人ならば装備しただけで動けなくなる程の重量になるが、竜人には問題ない程なのだろう。
「頑丈なのか?」
「呪装には全て、事実かどうかはわからない小冊子が付いているのはご存知ですか?
それによると、不退転の覚悟を決めたとある城の兵士が土と血と敵の死体に塗れながら三日三晩戦い抜いた装備、と言うのがこの呪装らしいのですが」
その話は眉唾な話が多いらしく、現実なのか嘘なのかもわからないらしい。
小冊子に出てくる国や人名は確かに存在しているらしいが、それが事実かどうかはっきりしている物はないらしい。
年代が記されている事もなく、かといって書かれているような事件があったかと言えばあったらしい。
「三日三晩戦い続けても傷すら残さなかった装備である。
と言う説明があるのなら、おそらく竜人の『理屈に合わない』とまで言われた力にも耐えきる事は出来るでしょう」
「つまり、闘技場で箔付に装備する奴がいるやもと仕入れても、結局呪装を買うような武芸者はいなかったって事か」
軽鎧は確かに、国軍の一兵卒が着ている程度の戦闘よりも雑務向きで動きやすさを重視した防具である。
槍は穂先が妙に厚ぼったい印象を受ける少し柄の短い物だった。
突くよりも、打ち下す様な攻撃に適した形の様である。騎馬相手の物ではなく、城壁を登ってくる敵に対応する物がこの槍なのだろうか。
「人ならば身動きすらできなくなる武装ですが、竜人が使うには武装として使うに足る耐久力があるかと」
「値段は?」
「八万バーツですね」
「調整料は?」
「そちらはサービスいたしましょう」
「なるほど、合わせて六万バーツってところなんだな?」
猿人は悪い品は売らないが、割高にするのは呼吸と一緒位に当然とする。
鼠人や人鼠に比べれば良心的だが、それでも高く売りつけられると思えば適正で、もしくは割安で手に入れたいと思うのは当然ではなかろうか?
猿人は表情一つ変えずに営業用の笑顔である。
いっそぶん殴ってやろうかもと思ってしまうが………。
検索でレナリ向けの武装を闘技場都市で探してみても、この武装の名前が初めに出る。
「良いだろう」
猿人は欲しがる相手に欲しがる物を、割高で売りつける。
そればかりは五百年経っても変わらないのだろう。売り手のない在庫を割高で売りつける厚顔は、この際我慢してやろう。
「レナリ、試装してみるか?」
最適な武装とは言っても、彼女が使いづらい武装では困る。
値段は猿人の店主がくれた経験料と思って諦めよう。
+ + +
鉢金には、頬から顎を守る様に部品が伸びているが、顔は剥き出しに近かった。両肩から腹を守る様に薄い装甲があり、背中は剥き出しである。将来翼が生える可能性もあるから得かもしれない。
ベルトから左右に垂れ板があり、右側には槍を縦に刺しておくためのホルスターが付いている。膝と脛当て、腕には手首から肘までを守る部品がある。
ベルトの長さや位置を調整しても身体に合わない装備もある事が多いが、店主の腕が良かったのかレナリの見た目はおかしなところがない様だった。
「人では動けなくなるほど重いらしいが」
「確かに重いとは思いますが、動きづらく感じるほどではないです」
鉢金を外すと、胸元に固定されるような仕掛けがあり、発条のような物が付いている様だ。
軽く動いて具合を確かめるが、彼女からすれば呪装の呪いが発揮されていないと言う事なのかもしれない。
いや、呪いの効果では彼女の竜人として持つ能力を阻害するに至らない。そう言う事なのだろうか?
料金を支払い、店を出る。
「町の中だし常に身に着ける必要はないぞ?」
「何があっても良いように、と思うのです」
その表情には違う理由があると直感したが、口に出すのはやめておこう。
「ヒロ様」
ホーグが行李に似た自分の身の丈ほどの長方形の箱状の物を背負ってやってきていた。店の前で待っていたらしい。
「食料や旅に必要になりそうなものでヒロ様が持っていない類の物を揃えました」
「ありがとう、レナリ、彼はホーグだ。
一緒に行動するからよろしくしてやってくれ」
「ホーグと言います。ヒロ様に仕える従僕です」
従僕って。
「レナリと言います。至らないところなどありましたらご指摘ください」
「はい、共に旅をするのですからヒロ様の負担が軽くなるように協力いたしましょう」
「はい」
なんかこそばゆいが、こういうのって口に出すだけ失敗する気がする。
自分を含め三人とエニスで闘技場都市を出る。
面倒だったのでおっさんを避けるようにして南から出ようとしたところ、後ろから警備兵の恰好をした数人がやって来た。
かなり痛めつけたつもりだったが何ともタフな連中である。
このままついてくるとか言い出したらどうしよう?
「おいおい、一声くらいかけて行ってくれ」
一声すらかけたくない。
「まさか闘奴連れてこの町を出るとはな」
「勘繰りは止めてくれ」
レナリに酷い事をするつもりはない。
「どちらでもいいさ。闘奴にとってそれも一つの道だ」
勘違いしてないか?
「ここを出て何処へ行く?」
「なんかあんたが追いかけて来そうだから言わないでおくよ」
冗談だったのだが、意外と本気っぽい顔になった。
強さでは困るほどではない男だが、あの執拗な戦闘狂はどうにも面倒だ。
「そこまで邪慳にすることもねえだろ?」
「あんたの名前が気に食わない」
「英雄の有難い名前だろ? 今じゃありふれた名前じゃねえか?」
「気に食わないのに一々理由なんかないだろう?」
「…それもそうか、また来ることがあったら闘技場で会おう。
その時はもっと強くなってるからな」
おっさんのくせに、まだ強くなるつもりなのだから目も当てられない。
と言うかこのおっさんなら条件次第でもっと強くなる気がしてならない。
「ああ、それまでに死ぬなよおっさん」
「おう、次は負けねえ」
後ろの数人も、口々に別れと次への目標を立てていた。
「じゃあな」
特別交友が合ったようには思えないけれど、おっさんたちにとっては一度戦って命のやり取りをした相手には何か特別な感情が生まれてしまうのかもしれない。
袖振り合うも多生の縁、だっただろうか。
自分が感じている物は違う物だと言い聞かせておく。
おっさんたちのおかげが、城壁を出るときは審査らしい審査もなかった。
まあ、身体を弄られるのは好きじゃないから良いけれど。
ステータス画面のマップで、異世界人の反応を調べると、次は意外と遠い。長旅になりそうである。
エニスと自分、きっとホーグだけならかなり速くなるかもしれないけれど、レナリの事もある。少しゆっくり旅をして、レナリを鍛えたりする必要があるだろう。
「さて、行くとするか」
おん!
「は」
「はい」
『アイ』
五百年経っても、自分はこの世界では急ぐ身である。観光なんかも出来たら良いが、それはジルエニスの依頼をこなしてからだ。
うん?
以上を持って一話完結です。
今までありがとうございました。
次話は話ではなく、登場人物の紹介になります。




