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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第一話 英雄+再臨
28/99

勝者+乱闘(………)

+ + +


 グンジョウが倒れたのを、観客はどうなったか分からないと言った様子で見ていた。


 声も、振動も、全くの無音だと言っても良かった。


 まあ、あまりに今までの戦いと違う展開で、何が起きたか分からないと言ったところだろう。


 自分は黒スーツを手招きし、マイクに似た拡声器っぽい物をひったくる。


『自分の勝ちだ』


 日本と同じようにスピーカーのような物があるのかたくさんの位置から自分の声が遅れて聞こえてきた。


 ここで、自分の声は以前大きくなっていたのに気付いたが、まあ見た目の事もあるだろうからとそのまま続ける、気付かない振りで続ける。


 一点を見ながら続ける。


 言ってみても、いまだに信じられないらしい。まあ、実際グンジョウはほとんど無傷に見えるし、見えていただけではよく解らない組合の内にグンジョウが倒れたようにしか見えないだろう。


 出来レースなのか、それともわかる理由があるのか、沈黙の事情はそんなところだろう。


 一応、自分とグンジョウはそれぞれの事情を抱えて本気だった。だから、それを疑われたりするのは気分が良いわけではない。


 そこで自分が採る選択肢は一つだ。


『今の戦いが分からず、自分の実力を疑う奴がいるなら誰でも良い、何人でも良い。今からこっちに来て、やろうぜ?

 もちろん、一度負けた奴だろうと選ばれなかった奴だろうと構わない。自分よりも強いと確信している奴、自分をペテン師だと思っている奴、こんなに偉そうに口を開いているんだ。

 やるにも確かめるにも絶好の機会だぞ?』


 黒スーツの表情が青褪めたり灰色っぽい白になったりしたが、正直どうでも良い。


 とか言いながら、考えがなさすぎだとも思う。最近色々な人生を歩んだ影響なのかその時々で考え方が大きく変わってしまっている気がする。


 まあ良い。出した言葉は引っ込められない。


 それに、さっきから。

 正確には自分の話している内容を聞いて獣が威嚇するような表情で嗤っているのが何人もいた。そのうち三人ほどは見知った顔だったりしているのだ。


 一点にそいつを見ていたので変化の表情はよく解ったのだ。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 非番だったのか、観客席からこっちに走って来たのは大剣こそ手にあるが身軽な恰好のヒデ・ゴッサム。その後ろにはクリーヌだったか、後元闘奴の警備兵らしき奴。


 登場口からもそれぞれの得物を構えた連中に、中には騙されたとかいろいろ言っている明らかに普通そうな人まで含めると四十六人いた。


『言っておくが』


 あっという間に囲まれだして、思わず笑みが零れる。

 昔の事を思い出しただけで、自分は本気じゃない。


『自分はまだ本気出してないぞ?』


 何人かは青褪めていた。

 しかしそれを聞いて更に嗤いが大きくなるのも数人。


 エニスがこちらを見ていた。話せなくても解る。エニス、こいつらを噛み砕いちゃだめだ。


 伝わったらしくエニスがお座りの形になったのを確認し、自分は拡声器を投げた。


 ゆっくりと回転しながら落ちていく拡声器が、マイクと同じようにハウリングの耳障りな音を立てたのが、開戦の合図だった。


「くくくくははははははははは!」


 夜見掛ければこのサンマ傷でホラー映画五作はいける化け物が走る。


 両極の境地は発動していないのに、この前の何倍も強そうだった。


 クリームだっけか? そいつは本来の得物である鞭を腰から引き抜いて後に続く。

 漁夫の利を狙ってか、単純に早さに負けているのか何人も後から全方位で自分に向かってくる。


「『念動力』」


 まず自分は丸盆を『粉砕』した。

 割ったのではなく、粉微塵にした。


 これで二の足踏む相手なら戦う必要もない。


 嬉々として大剣を振るヒデ・ゴッサム。


 その名前には個人的に思うところもあるので、剄を使ったように見せかけて念動力で吹き飛ばす。転がって何人もの立ち止まっていた相手をボーリングの要領で吹き飛ばすが、吹き飛ばされた当人は全く戦意が衰えていない。


 それどころか自分の奥の手を見たとでも思っているのか化け物通り過ぎて作り物みたいな顔になっていた。


 ちなみに今自分は空手である。しかしこいつらの相手に武器はいらないと感じた。加えて魔法も現理法も必要ない。


 強化はまだ残っていたが解除は容易だった。

 鞭を潜り抜け、投げナイフを避け、次に一番近くにいたクリームパンみたいな名前だった奴を軽く加減して蹴り飛ばす。


 カウンターのつもりで振られていた鞭の柄尻の杭が虚しく空振り、血が糸みたいに引きながら大の男が跳んで行った。こいつももう人やめてるとしか思えない顔でずっとこっちを見ていた。


 後ろからモーニングスターが振られているので、それを掌で受け止める。一歩踏み込んで鎖を掴めば対処は簡単だ。棘付鉄球を長柄と繋ぐ鎖の動きがこの武器の肝であるのだから当然である。


 なんか見覚えあった気がするけれど、蹴り飛ばした後すぐに忘れた。


 一般人は怪我をしない程度に投げ飛ばしボーリングを楽しみ、


 強者は心が折れないだろう加減で吹き飛ばす。


 基本的に飛ばしてばっかりだったので、一人の戦士の顔を掴んで地面に投げつける。


 ステータスでAになっていたので、殺さないように心掛けていたが、兜が濡れたウェハースみたいに拉げて壊れて転がっていくのを見て加減が難しい事を理解した。


 それを見て挑もうとしていた勇敢過ぎる一般人は撤退に移ったようだ。


 サンマ傷が帰って来たので、少し本気で相手してやる。


 達人に届く程の速度の大剣を靴で受け止め、そのまま踏み下ろす。


 良い鉄を使っていたのか折れなかったが、両手で掴んでいたおっさんの手は離れた。しかしなんて笑顔だ。


 悪夢に出て来そうなので足払い。上手く調整できたらしく空中で回転しだしたおっさんに、蹴り。


 丸盆の微塵となった粉で真っ白になって行く様を楽しみ、もう一回に期待した。


 あ■ぱ■ま■みたいな名前だったか、鞭を使う奴がまた来た。鞭が空気を叩く音から相当な使い手である事は判ったが、この人には恨みはない。空を打つ鞭を軽く掴む。


 驚愕も一瞬、近寄るか手放すかの刹那の迷いの間に踏込、打ち上げ花火になるように蹴り上げた。


 ボールの様に打ちあがったのを見て、恐れを浮かべる面々。腰を抜かしてる奴もいたけれど、ここまで残っているのだから容赦の必要はないだろう。


 さて、身体も温まってきた気がするし、もう一周やろうか?


+ + +


 念入りに心を折ったヒデ・ゴッサムが杖代わりにしてた誰かの剣を震わせながら倒れる。


 観客席にはほとんど人は残っていなかったが、それでも音はこれで消えた。


 いつか見た金切り声をあげる王族らしい女性がいて、うっとりとしていた。相変わらずティアラを装着したまま、護衛らしき白髪の美壮年が何度も言葉をかけているのに気にした様子もない。


 警備兵の何人かは二十も三十も向ってくる元気は認めるが、途中からただ突撃してくるだけになったので楽しみも何もあった物じゃなかった。


 三十人以上が倒れており、黒スーツの姿もなかった。


 グンジョウはまだ倒れたままだったが、話を聞く必要があるだろうと念動力で持ち上げて退場する。情報を集める必要を感じていたし、その方がこれからの指針になるような気がしての行動である。


 今気付いたようで一人で万雷(どれだけ興奮してるのか)の拍手をする王族の女性に一礼し、その場を去る。


 ただこれを見ていた残りの観客が、自分がこれからグンジョウを傷めつけたと言う噂と、唯一正当に戦った相手への敬意と言う噂がたったらしい。


 まあこの都市にもそう長居しないから良いだろう。



 闘技場の職員に話を聞いて、グンジョウに当てられている彼の『私室』へと移動する。


 グンジョウの趣味なのか、生活も鍛錬も準備も全てが行えるようになっている異様に広い部屋だったが装飾などは一切なく、言うなれば大きなトレーニングルームのような部屋だった。

 多分ゲームのブリーフィングの背景なのだろう。


 自分に当てられていた部屋をいくつも壁を取り壊して繋いだような痕跡があった。フットサルなら二面コート位作れそうな部屋である。


 簡素ながら大きなベッドにグンジョウを横たえる。

 呼吸も安定しているし、ゲームだからと言って負ければ即死亡、なんて事ではないことを祈る。


 壁には八種類の武器が掛けられており、木製の人型(実寸大)があったり、雰囲気が壊れる様な中国拳法映画に出て来そうな訓練器具らしい物、広い部屋である事も含めてちぐはぐに見えてしまうが、ゲームとして作られているなら納得できる部分もあった。


 しばらく待っていたが目覚める様子もない。そう言うゲームなのだろうと思い、連絡係にジルエニスへの伝言を頼んで自分はその私室を出た。


+ + +


 乱闘(自分発信のだが)の影響は少ない。


 トーナメントも終わり明日からは別のメニューが闘技場で開かれるだろう。

 表彰式のような物もあったかもしれないが、丸盆は粉微塵だし、あれだけ大混乱になったのだから有耶無耶だろう。


 汚塵に賞金だけせびろうと思ったら鉄火場の様相だったので静かにそこを離れた。


 あてられていた部屋に行くと子供達がいた。みんな今日の出来事に驚いていると言っているが、自分からすれば闘技場と言う物はそういう荒くれの物ではなかったのだろうか?


 まあ、多少やりすぎたとは思っているけれど、それも今さらである。


 エニスの毛並みを撫でながらソファに座ると、人熊の子や人虎の子が足元でじゃれ合いを始めたり、何だか楽しかった。二人はどうやら今日の戦いを見て闘争本能を刺激でもされたか、今までよりも乱暴なじゃれ合いをしている。


 レナリが気を利かせて白茶を淹れてくれたので飲む。


 虎の乗人の子や子供達がみんな集まると、流石に手狭に感じるな。それも今更だけれど。


 財布も三万バーツくらいあるだろうから、多少良い部屋のある宿に子供達と移動しようかなどと思っていると、汚塵が部屋にやって来た。


 表彰をすることも出来ないことを謝罪し、怪我人の治療に追われたことを重ねて謝罪した。(ちなみに、全身包帯塗れである。ミイラみたいな外見だがこっちの方が前よりも正視に耐える。)


 原因は自分だし、持ってきただけありがたい。どうやら仕事を一旦止めてきているようだった。


 賞金は半分以下にされているやもとか思ったけれど、二百万バーツは満額らしい。一緒に証明書みたいなものも渡された。


 ここに残ってしばらく戦い続けてくれないかと言われたけれど、自分の目的はここで名を広める事ではない。断っておく。


 いくつか確認したい事を確認する。


 闘技場の賞金には課税されない事(証明書はこのためにあるようだ)、

 この部屋は今日までに出る事、

 レナリの事を聞いた後闘奴候補の子供達はここで望むなら闘奴に、

 望まぬ子達は職員として働いていける環境をこれから整えていくと言うらしい。


 汚塵の言葉は大規模な改革に当たると思われるし、樽よりも太かった体型が今では多少細くなっている上に顔は青褪めている。どうやら本気でやるつもりらしい。催眠(洗脳とは言わない)の効果は間違いなく作動しているらしい。


 子供達には、少なくとも闘奴として以外の道が示されている。


 日本の感覚で言えば酷い話かもしれないけれど、親もいなければ奴隷として売られてきた子供達にとっては多大な変化であるだろう。


 汚塵が今いる闘奴との軋轢や子供達に降りかかるだろう災難の全てをどうにかできるとは思わないけれど、今までのツケだと思って文字通り忙殺されてもらいたい。


 自分がここを出て行く事を知っている子供達の反応は明るくはなかった。


 自傷をしていた女の子が身に着けている物が欲しい、と言ってきたので万能ナイフでこっそり防具として使えそうな腕輪を作り渡した。残念ながら渡せるような物がなかったからだ。


 そんな急造の品を、宝物のように抱える姿に罪悪感があったがそのままの方が互いのためと割り切る。


 自分が黙っていればいいだろう。妙に綺麗な事に不思議に思うかもしれないが、自分から渡された物と言う事に価値を感じてくれているのか何も言う事はなかった。


 その後、一度闘技場を出て宿を探す。


 困ったことに悪い話(どう解釈しても良い話ではないけれど)として自分が闘技場でしたことが有名になり、どこも受け入れてくれなかった。


 結局以前泊まっていた所が受け入れてくれたが、闘技場からかなり離れた辺りなのが少し問題である。


 グンジョウの件で少し不安に思っていた。グンジョウをここに送り出した、ジルエニスと敵対する神がいるとして、グンジョウを口封じすると言う事も充分に考えられたからだ。


 連絡係が戻ってきて、グンジョウの周囲の警戒をすることができる様にならないか聞いたところそれをジルエニスに命じられていると言う返事だった。


 もう、ジルエニスには頭が下がりっぱなしである。


 連絡係にそれを頼み、闘技場の職員を捕まえて宿の名前を告げグンジョウが目を覚ますだろう明日連絡を頼んだ。


 レナリはついてくる気があるのなら今日は別れに当てるように言っておく。


 既にそれを済ませていると言う言葉だったが、後顧の憂い、なんて言葉じゃ済まないけれど生き死にの近い場所で共に過ごした彼女たちにとって大きな連帯感があるだろう。


 自分の宿の名前を告げて、何かあれば来るように言う。以前なら勝手に闘技場から出る事は出来ない所だったろうけれど。


おん!


 闘技場の外を知らないレナリが不安に思ったら、表に出たら少し待っておけと伝えておく。


 エニスは相変わらず頼もしい家族である。


ありがとうございました。

次回は明日の予定です。

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