魔法+研究
本日二回目の更新です。
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朝目覚めると、暑すぎた。
見るとエニス、レナリはおろか群れとなった子供達が一緒のベッドで眠っていた。
部屋もベッドが置かれて過ごしやすく変わったはずなのに、なぜここで一塊になって眠る必要があるのか。
しかもみんな素っ裸である。少し栄養が足りなそうだが、虎人の男の子は年不相応に筋肉質だし、レナリと変わらぬ齢の女の子(肌が傷だらけだった子)なんか身体つきも充分女の子っぽくなり始めているのに、お風呂教育は成功しているわけではない様だ。昨日もやったのに。
「はぁぁあ」
欠伸をすると、熱源の最も大きな理由、人熊の子の毛並を撫でて持ち上げる。
ベッドの隅に寝転がっていた子の中には、ベッドから落ちてしまった子もいる。身を寄せ合って眠る子供たちの姿は和むし良いのだが、人熊の子のよだれが自分の衣服に染みを作っていた。
少し大きな熊の子と言われても納得してしまいそうな外見である人熊の子や身体に乗った子供達を何とか退けて、自分はベッドから起き上がった。
闘技場を出て手頃な空き地で身体を解す。
おっさんとの戦いの影響か、少し身体が硬く感じたからだ。
そこにおっさんが警備兵の恰好でやってきたのは、こっちにしては偶然である。
「世の中広いな」
挨拶抜きで突然そんなことを言う。
「お前さんは強いな」
「そうかい」
おっさんが大剣を引き抜くのも、なんとなく想定内だった。
「身体を解してるんだ、稽古しないか?」
全身鎧でなければそこそこやれた筈、とおっさんが思っていたのかどうかは判らないけれど。
「泣きべそかくなよ?」
個人的に、昨日よりも桁違いで動ける自信があった。
そう、今日自分は頭痛が晴れているのだ。
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「昨日は本気じゃなかったのか?」
「いや、条件付きで本気だったよ」
「まさか現理法まで扱うとはな」
数回普通に戦った後、おっさんが眉をしかめているので聞いたら、本気を出せとしつこく言ってきた。
あまりに煩いから、念動力で関節を押し固めたおっさんを蹴り飛ばしたりした。
「何故使わなかった?」
「使った手は、研究される」
今回の目的はグンジョウと言う異世界人だ。そいつがどんな手を持っているか分からないのに、こっちが手を見せる事はないだろう。
調べりゃいいと思うけれど、闘技場に入ってからなんだか滅茶苦茶な生活をしていて、保育士になった気分になっている。グンジョウのステータスはともかく、戦いぶりは全く見ていない現状だった。
「自分は闘奴でも武芸者でもない。だから手の内を見せるのはしたくない」
「それを聞くとまだ手はあるって事か?」
銃を取り出して(と言う風に見せて)おっさんの大剣に当てる。気分を察知したか、大剣は跳ね上がったが威力は練習時の十分の一にも満たなかった。
「なんじゃそりゃ?」
「弓矢や魔法が許されるなら、こんな武器だって許されるだろうな?」
他にも手があると思わせるならこれ位で良いだろう。
「くそ、警備兵になるのをあと数年遅らせてればよう」
この飛び道具を見て、まだ戦意が挫けていないのだからこのおっさんも相当な物だ。
「坊主、この先ここでやっていくつもりか?」
「まさか、小遣い稼ぎだよ」
「だろうな、くっそ最悪だ」
人通りが多くなってきたのでおっさんに別れを告げる。
「出ていく時、声を掛けろよ?」
「気が向いたらな」
どうせ、本気の自分と戦いたいとか抜かすんだろうけれど。
何か手を考えておかないとならない気がした。旅についてくる褐色でサンマ傷に矢傷まであるおっさんを想像してしまった。
まあ、なんというかありがちに感じるかもしれないが、本気でやりあったおかげでなんか仲間意識に近い、共感染みた物が自分とおっさんにあった気がした。
勘違いであってほしいと思いながら、どこかそれに満足している自分である。
………でも絶対に付いてこない方法は考えておこう。
子供達とエニスが離れた位置で見ていた。レナリも一緒である。
レナリはニリとも彼女とも言えない様な表情を浮かべている。やはり、記憶の残滓の影響なのだろうか。しかし、残滓と言う割には随分主張の激しい記憶だ。
素振や表情も合わせて年下のレナリが女性らしい仕草や表情を浮かべるのは何だか心臓に悪い。
「剣を教えてください」
虎人の子供は、闘奴になりたいらしい。闘奴、と言うよりも一廉の武芸者か。
「悪いけど、自分もいろんな奴に習ったために不恰好な剣になっている。強くなりたいならちゃんとした師を探す方が良い」
継ぎ接ぎの剣術を習うより、一つの完成された剣術を習った方が確実に強くなるはずである。
「そして強くなりたいなら基礎を盤石にしておくんだ。力がある、動きが早い、息が上がらないだけでもそれは手に持つ武器以上に使える自分自身の武器になる」
それを聞いて感銘を受けたような表情をされると非常に困る。
なんせ、受け売りの言葉だからだ。
「さて、朝飯にするか」
鹿肉やイノシシ、鳥なんかもある。
この世界に来てからはあまり気にしていないが、自分は朝飯を一番たくさん食べるようにしている。だから誰かの土地かもわからない広場で子供達と焼肉をすることにした。
タレや塩も取出し、朝市の行商から焼くと良さそうな野菜やパンも買ってそこそこな量を準備したつもりだが、いつの間にかほとんどなくなっていた。
肉類はまだストックがあるが、子供達が食い死にする勢いでがっつくので取り出すのをやめておいた。
なんでも臭くないから美味いらしい。鮮度は影箱で保たれているのでそのせいだろう。人熊の子は生のまま食っていた位だ。
日本での知識で考えれば、熟成させた肉の方が旨いはずであるが、江戸前寿司のネタなんかもアミノ酸がどうとかあったはずだし。この世界では熟成、と言う工程はまだ広まっていないのか、彼らがまだ知らないだけなのか。
今食わないと死ぬくらいに食いまくった子供達はもう動けない位になっている。今までろくでもない物食わされてきたのだからこれ位の食事でも充分なのだろう。
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第三回戦の相手は、これまでの二回の戦いでかなり消耗している相手だった。
その割に表情は楽しげで戦闘狂、なのかと思ったらどうやらおっさんの知り合いだったらしい。どこまで縋り付けるかを試す様に、全力以上を振り絞ろうと挑んできた。
傷だらけでかなりの深手を負っている相手と戦い続けるのは楽しくないので、速度に物を言わせて頭を揺らせて昏倒させた。
『勝負あり!』
黒スーツはそうせざるを得ないのか(そう思うと笑ってしまいそうになった)、勝負がついたことを宣言した。
結果がはっきりしているこの勝負では盛り上がらないと感じたのかもしれない。
次の相手は戦える状況ではなかったので不戦勝だった。両腕を失ってまで勝った気迫を対面して感じたいとは思うけれど、立ち上がる事すらできない相手とはたたかいたくない。
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準決勝の相手の実力はそこそこ、条件さえ向こうに味方すればおっさんほど戦えるだろう相手だったけれど、残念ながら遠距離戦闘から始めるタイプはこっちにはご褒美だ。
弓を構える間に近寄り、武器を持ち替えようとしている間に蹴り飛ばし、細剣を叩き折った。
弓が主装備だったのか、折れた細剣で何とか善戦するも、足を怪我していたのが祟って失血からの気絶。
掛かった時間から見れば今回一番苦戦した。何でも弓を使わせれば大陸に並ぶ者なしと言われる程の実力者だったらしいけれど自分から見れば(見てないけれど)『神弓』の足元にも及ばない蛇人だった。
仮に相手が『神弓』ならば、同じ距離で始まっていたら自分はハリネズミみたいにされていただろう。
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そんな訳で、トーナメントの方は問題なく進んでいる。
その間、自分は三回戦を終えてから控室兼宿泊施設でレナリを含めた子供たちの立ち入りを禁止して二日掛けて魔法の練習に精を出していた。
頭痛が治り、身体と魂がしっかり繋がったおかげで始める事ができる。今まではそれが現理法を使う下地となっていたのだけれどこれだと魔法が使えないと言う状況になっていた。
魔法は外に存在する魔力と内(自分自身にある)に存在する魔力を体内で混ぜ合わせて反応させる工程が必要で、一般的には呼吸を使ってそれを行う物らしいけれど、自分は魔王を討滅した時そんな物関係なく魔法をぶっ放す大魔法使いを知っている。
自分の内側だけを気にすれば発動できる条件が整う現理法と違い、外の魔力の流れを掴まなくてはどうしようもないと言うのが魔法である。
ただ、それを今まで何の苦労もなくバカバカ使っていたのだけれどね。
そして魔力の流れを掴むのが最も多くの人が躓く部分であるのだけれど、これはステータス確認の設定で視界にフィルターを掛ける事ですぐさま解決した。
視界に魔力を写す事ができる様になるフィルターがあったのだ。相変わらずジルエニスの手際は素晴らしい。
フィルターを掛けると、和国の父が呑んでいた葉たばこの煙が部屋に漂っているような見た目だ。それでエニスや万能ナイフ、革の衣服を見るとそれぞれがとんでもない煙の発信源になっている。
触覚では知覚しづらい、と言われているが、そこにあるのが見える状況なら話は変わる。手をかざして万能ナイフから立ち上る湯気のような、煙のようなそれを確かめると、説明こそ難しいが空気の粘りのような物を感じた。
これが外にある魔力なのだろう。
内側の魔力は自分の掌を見ながらイメージをすると立ち上る。エニスや万能ナイフから比べれば桁違いにしょぼい物が自分の魔力なのだろう。
立ち上る湯気はイメージで操作ができる。試しに万能ナイフの湯気と交らせてみると、色が変わった。これが内と外の魔力を合わせたと言う事なのだろう。色は黄色だった。
効率を考えるなら身体の中で反応させるのが良いらしいけれど、視覚に頼っての練習なので外側で反応させる。黄色の魔力は湯気や煙とは違い、空中に浮かぶ水のような密度と雰囲気を出していた。
「強化魔法」
詠唱と言うのはこの世界の魔法に置いてはこの内と外の魔力を混ぜ合わせるための物であるらしい。詠唱の形は様々あり、密教や山岳神道の様に手で印を結んだり、動作の中に織り込んだり定番の呪文を唱えるなんて形もある。
無詠唱と言うのは一種の才能、と呼ばれる特殊な技術なのだが、自分は魔法を使おうとするのに合わせて視覚にフィルターがかかるようにした。
となると、仲間だったあの人の魔法は一体どうやって魔力を混ぜ合わせていたんだろうか? と考えると、知りたい情報が検索、表示される機能が新たに生まれたようだ。
読むと、なんでもその工程を道具や装飾品、魔法の杖などに行わせる(または補助する)技術があるらしい。以前装備していた剣か鎧にも、この作業を行う機能があったのだろう。
でもあの人は素っ裸でも魔法使ってたよな。
と考えるとその情報が流れてきた。
なるほど、あれは【核司】が省略と言う才能があったために魔法を無遠慮に連続で放っていたのか。
【核司】と言うのは魔法使いそれぞれ個人を示すための身体と魂に記された最も大事なワードらしい。『火』なら火の魔法への適性があったり、『飛行』なら空を飛ぶ魔法への適性があったりするらしい。省略って、そう言うの苦手と言うか嫌いなタイプだったように感じたけれど。
まあ、五百年後に当たる今そんな事を考えても仕方がないだろう。
このフィルター方式は慣れるとフィルターを掛けずとも魔力を感じるようになれるらしい。
このフィルター方式は過去に魔法使いを育成するための手段として作られたらしいが広まらずに知る者がいなくなった技術、と記されている。
ちなみに、強化魔法は失敗した。
どうやら混ぜ合わせた魔力が変質するようなのだが、混ぜ合わせた状態を維持し続けるようにしなければならないらしい。
ここが上手くいかずに何度か失敗を続ける。
へこたれそうになったので、違う方法を試してみる。魔力は内と外の物を混ぜ合わせる物だけれど、自前の物だけならばどうか。
難しくなるどころか掻き混ぜるイメージを繰り返しても色が変わる事もなかった。
ウィンドウが出て、その身だけの魔力を変質させて魔法にするのは人には無理なようだ。一部の獣人や長命種なんかに備わった稀少な能力だと言う。
諦めて普通のやり方を研究する。コツを掴むまでやるつもりだったが、ここで準決勝の時間が近くなったので一度切り上げていた。
ありがとうございました。
次回は九時の予定です。




