全身鎧+戦略
+ + +
………とは言っても、手がないわけじゃない。
大きな塊でも自分の頭ほどの大きさだ。自分から向かう事でとんでもない速度に感じるが、それがゴルフスイングなら姿勢が低ければ低い程被弾の確率は下がる。
ロングソードを盾の様に構えると、敢えて自分は前へと速度を上げた。
してやられた感があったので、今度はこっちの手を見せてやる。
敢えて進む自分を見て、おっさんはもう、人の顔では出来ない笑みを浮かべていた。
残念ながらそのおっさんの笑みが出るのは予想通りだ。かちりと音がした瞬間、ダンビラが自分に向かって飛んでくる。
ダンビラは、おっさんが使っていた大剣の鞘である事は既に解析済みである。それでも人一人分以上の重さを持つ大剣なら、残りの三人分の重さの鞘がゴルフスイングの形のまま自分に突撃してくる。
これはおっさんの必勝法の一つなのだろう。それは放物線を描いて自分に向かってくる。
ただ一つおっさんの失敗は、自分がそれを知っていた事だ。
おっさんの飛ばした鞘に合わせて急ブレーキ、自分は狙い澄ませたかのように待ち構える!
「避ける事叶うと思うなよおっさん!」
こっちは山のようにでかい竜だって相手にしたことがあるんだ、この程度でビビるような相手だと思うなよ!
ロングソードの腹を向け、鞘にフルスイング。
拍子抜けするほど上手く打ち返された鞘は、おっさんに真っ直ぐ向かう。
「くははははははは!」
おっさんは大剣を両手で構え、切っ先が触れる瞬間に鞘を横に逸らす事で回避した。
互いの視線が再び交わる。
まだ剣同士を打ち合ってないが、既に火花が散っているかのような視線だった。自分は散る火花に浮かされた様に、ロングソードを構える。
ステータスを考えても、おっさんが今の行動をするのは普通ではない、と感じながら解析する。
◇◇◇◇◇◇◇
ヒデ・ゴッサム
体力 B
魔力 E
理力 E
筋力 B
身軽さ D
賢さ B
手先 B
運 B
装備品 ダンビラ
錬鉄の鎧一式
特殊能力
両極の境地(発動)
相反する要素を打ち消し合う
ことなく合わせる技術。
この技術のため人格面にも
影響が出ている。
◇◇◇◇◇◇◇
答えは簡単だった。特殊能力『両極の境地』が発動している。
今までは発動前だったと言う事である。それを何より驚いたが、そのステータスを確認して更に驚く羽目になる。
アルファベットが身軽さを除いて全て『非凡』な数値となっているからだ。
これでは場合によっては自分でもやられるステータスと言うレベルである。
「ふ」
思わず自分が笑っている事に気付いた。
持てる全てを比べあう、確かめ合うと言う闘技場でここまで良い相手がいると言う事に思わず笑みが深くなる。
地に堕ちたとか言っていたここへの信頼が少しだけ上向く。ジルエニスの世界だからこそだろう。
「くはは」
何かを悟ったかのように、おっさんは笑い出す。
その笑みを潰すために駆ける。
身を延べる、なんて境地には達する事は出来ないけれどそれでも対群戦闘で無傷で切り抜ける事も出来た加速だ。
自分は強く踏み出す。一瞬でも早くあの気味の悪い顔をどうにかするために。
自分は迅速な行動と小狡い戦い方でこの世界を救ったのだ。例えステータスで互角だろうと、それ以上の要素を招き寄せてみせる!
過去でさえそうそう出会う事のなかったような強敵、ただ勝つと言う理由だけで戦う限定的で、刹那的な殺し合い。
その考え方は、和国生まれの自分には馴染みやす過ぎて心地良い。
「ふ!」
敢えて大剣を打ち壊す様にロングソードを叩きつける。本来なら城門だって打ち壊すような攻撃を、おっさんは大剣を立てて靱に逸らす。
一回戦で切れ味を見せていたためか、おっさんの武器には全体が白く見える程厚めに獣油が塗られている。
自分の武器の切れ味を犠牲にしてでも自分の武器の切れ味を落としたかったようだ。
まあ、重さと大きさで充分鈍器として使えるだろうけれど。
その工夫よりも万能ナイフの変じたロングソードの切れ味を反らした力(と技)こそ脅威である。
それは非凡と言うより、『達人』の域の技術だった。自分のステータスもあるので非凡と呼んでいたが、これからはBの事は達人域と考えるのが良いのだろうか。
翻る大剣がまるで木剣のような速さで迫る。柄尻を叩き込んで逸らすと同時に、更に身を一歩おっさんに近づける。それを読んでいたおっさんは、膝で自分を押すようにしながら、振り下ろした大剣を上へと跳ね上げる。
斬るためではなく、全力で揮うための下地作りだろう。だがそれに合わせて距離を作るのはこの場では悪手である。
自分は押された胸を起点におっさんの外側になるように身体を捻り、踏み込んで身体を捻じ込む。
大きな武器は距離を誤れば、それこそ互いの体温が分かる様な距離に近づかれれば途端に使えなくなる。
その辺りおっさんもここで何度も体験したのだろう。膝で押し込む動きをするが、自分の目的は近づく事だけじゃない。
こちらと正対しようとするおっさんの横に逸れながら、身を回転させる。前からではなく、横に着くようにするだけで、おっさんは重い武器を自分に振る事が出来なくなる。
自分は回転しながらロングソードの柄をおっさんの脇の下に叩き込む。
おっさんも覚悟していたのか、身体を捻る動作で少しばかり攻撃された場所を変えさせるが、関節の内側を護るように作れない鎧の関係上(鎖帷子などで守る事はできるが、斬撃には強くあっても刺突には弱い)、鍛える事が出来ない個所への攻撃を受けて初めて表情が変わった。
一瞬の苦痛、そしてすぐさまそれ以上の獣の表情へと、
「がああああああ!」
全身の瞬発力を使い、自分を押し飛ばす。普通の力じゃ数歩たたら踏む程度なのだろうが、数瞬自分は押されたと言うより飛ばされたかのような浮遊感を感じた。なんて力の使い方の巧さか、仲間だった鬼を思い出す力の運用である。
自分が重心を掴んで姿勢を調える前に、おっさんはそのまま体当たりの形で突っ込んでくる。苦し紛れではないだろう。更に距離を稼いで大剣の追撃に移れる姿勢だ。
でも、経験が違う。
自分はやたらデカい武器ばかり使いたがる魔族との戦いで、小が大に挑む戦闘でなら誰にも負けないほど経験している。
おっさんが駆け出すに合わせて待つのではなく、常に動き続ける形での戦闘を得意とし、それを実行しているのだ。
身体を前に倒す動きで力と重心を掴み、そのまま一歩。体当たりからおっさんが大剣での攻撃に移るだろう動きの後、さらに一歩踏み出す。
おっさんの瞬発力で、五歩分の距離が生まれていたことに驚きだが、自分はそれを頭の端っこに留め、おっさんの踏み出した足、正確には膝の上に靴の裏を合わせ踏み台にする。
前に転ぶように動いた事から、足を警戒してか大剣を横振りに切り替えようとするおっさんが少しだけ上体を反らしたのに合わせて、自分はおっさんの膝を踏み台に駆け上がる。
横振りの動きをしている大剣では届かない位置で、自分はロングソードを閃かせた。
斬るつもりはない。
やったのは剣の腹でおっさんの横っ面を殴ったのである。跳び上がる力を加味した殴打は、おっさんの体勢を崩すには十分。
片手を大剣から離して自分の足を掴もうと動く手は、まだ全く諦めた様子はない。
殴られて顔はあらぬ方向を向いているのにまるで見えているかのような手の動きの方に驚かされた。でも、――――、
それも狙い通りだ。
わざわざ足を掴ませて、その腕にもう片方の足を置けば、全くおっさんの腕は揺らがない。
つまり、『足場』が出来たのだ。
自分はロングソードを手放し、おっさんの頭を掴む。
「せいりゃ!」
おっさんの腕と頭を同時に横にひっ倒すように腕と足に力を込める。剣で殴られた影響で、おっさんの重心は中線から崩れかけていた。
それに上体を反らしていたおっさんは重心を掴み損ね、為す術なく横倒しにされた。
身の丈ほどの大剣を寝た姿勢のまま使う事ができるとしたら、このおっさんは人じゃない。身体全部で振るう事で使える武器を腕の力だけで振るおうとしても、力が足りない。
おっさんは横倒しになっただけで、窮地に立たされ、そして終わったのだ。
全身鎧のおっさんより、自分の革の衣服(見た目は違うけれど)はゴワゴワしてても軽くて動きやすい。
おっさんの何倍も速く動いておっさんの肩を蹴り、仰向けに倒すと同時に、首を踏む。
力加減はおっさんが動こうとしたら本気で踏み抜く準備をした上で、乗せるよりは強くと言った加減である。
剣の腹で殴られた顔は、その部分を真っ赤にしているが内出血をしている風でもなかった。ここが唯一の失敗だろう。
表情は変わらず獣のような物で、目の奥は濁りと一緒に理性を感じる色をしていた。
「参った」
負けを悟り、嬉しそうにおっさんは言った。
和国の兵隊は竹槍と一緒に組んだ状態での戦闘も習った事はあったけれど、今回のは少し違う。全身鎧を纏った相手は、その重さと動きを阻害する形の為に、横にさされば為す術がなくなるのだ。
関節の部分に改良を施しても、結局は重さが問題になりそれを着た人間は横に倒されれば起き上がる事が簡単ではない。
和国の戦争では甲冑相手の組手術はかなり広まっていたが、今回のは第一世界に初めて来た時の知り合い、鬼の人に習った技である。
この世界ではハルバード(斧槍)が広まっているが、その武器は斧の部分で相手の足を攻撃して転ばせ、槍の部分で止めを刺すために作られた武器である。鎧の相手が転んだ時の対処の無さは非常に広まっているのである。
終わった当初、黒スーツがまだ終わってないとか言っていたけれどあそこからならどうとでもできたし、もう一度再戦とか言われても問題はないくらいだったので、血を見るのを楽しみにしていた面々は残念だろうけれど知ったこっちゃなかった。
運営責任者(汚塵)に話が行って自分を失格にする動きがあったようだが、闘奴や対人戦闘の経験者からすればあそこからおっさんが勝ちを拾うのは不可能だと言う意見があり、自分の勝利を認めたと言う。
仮に失格だったら、闘奴候補だった子供達を避難させて闘技場を念動力で粉砕してグンジョウと戦うつもりである。
どうして今までこうしなかったのか。マップにグンジョウの光点をロックする方法や、エニスの嗅覚。気付いた今となってはもう遅いけれど、実力者と戦えたので良しとしよう。
まあ汚塵さんは既に善人化しているので、明らかに勝敗の決した戦いを血の雨で終わらすことのなかった自分を絶賛していたと言う話をレナリが持ってきたが、それも知ったこっちゃないと思う。
+ + + + + + +
この世界で久しぶりに『戦った』気分である。
この世界で死に目を見ながら培った技術は剣と鎧なしでも他を圧倒できるのが分かったので嬉しかった。
まあ、万能ナイフと革の衣服も充分過ぎる装備品なので、これを抜きにしたらどうなるかはまだ不安だけれど。
闘技場は静かな物だった。
昨日の半分の試合数しかなかったのと、無傷で今日を迎えられた人数の少なさから試合時間も短く終わる事が多かったようだ。
昨日は十六試合、今日は八試合、明日は四試合、明後日二試合、場合によっては決勝も行う。そうでなければ明々後日は決勝である。
自分はエニスと一緒にベッドに横になっていた。
今日はなぜかソファの辺りで子供達が遊んでいる。樹人の子供が自分で暖を取っているけれど、表に行けば良いのではないだろうか?
レナリがぐずる二歳の女の子におっぱいを上げているのだけれど、母乳が出るわけでもないだろうに。
女の子はそれでも良いらしく、静かになっている。子供達も慣れた物の様で気にした様子もなくしているのだが、………人が多くて少し暑い。
そう思ったらエニスが何かをしたらしい。
クーラーをつけた部屋位の温度になって子供達が驚いていた。
引っ付いていた樹人の子供は自分の脚にコアラの様にくっついてきた。
「ヒロさん」
ベッドに横になっている自分に声をかけてきたのは、年長者の男の子で虎の乗人だった。耳の先に獣毛、尻尾、人とは違う掌の形をしている。
話を聞くと闘奴候補だった子供達は今日の自分の戦いを見ていたらしい。その中でも強くなりたいと思い始めている彼にとって、今日の自分の戦いはどうして自分が勝ったのかが分からないようだ。
まあ、闘技場ならそうだろうな。
「あのおっさんは全身鎧を着ていただろう? あれは身体を守るのに適しているから着たくなるのだけれど………」
全身鎧は転ばされただけでろくに戦えなくなる例えとして亀を出したりしたのだが、闘奴候補の彼には伝わらなかったが、口での説明でもなんとなくわかったらしい。(分かった事にしてくれたのかも)
説明の途中で何故か子供達の分も合わせた食事が運ばれてきた。もう一度言う、子供たちの分も含めてである。
汚塵の配慮らしい。
もしかしてこの子供達、二十八人全員を自分が引き取ると勘違いしているのだろうか?
軽くぶっ■らしに行こうとしたけれど、待ち望んでいたらしい子供達の歓声を聞いて、立ち上がれなくなってしまった。
子供達の食事は自分の物より数段価値が下がるようだが、人熊の子用の食器もあったので今回は許す(もちろん全員引き取るわけじゃない)。
服を調え、身体も綺麗になった子供達は年相応の恰好である。普通の子供達に紛れても分からないだろう。
仮にできるのなら孤児院のような形を整えて、里親を探すようにしてくれればいいのだけれど。
子供達が美味しそうに食事する姿は自分が笑みを浮かべる物としては最高に良い物だと思えた。
汚塵の思考に教育も足しておいたので、闘奴候補だったこの子供達やこれから集められるだろう子供達には最低限の幸せはこれからあるだろう。
酷い真似したら自分に解るようにしている。そうなったら汚塵もただではすまないけれど。
ありがとうございました。
次回は正午を予定しています。




