『両極の境地』+チート
+ + +
午後から二回戦である。自分は革の衣服を子供達に隠れて幹部風に変化させ、万能ナイフをロングソードに変える。
闘場に出る通路の奥の方で準備運動をしている間、レナリがずっと近くにいた。
「どうかしたのか?」
「なんでもないです」
見惚れる感じだった先程とは違い、崇拝のような視線は居心地が悪かった。何と言うか近くから感じる際の圧力と言うか、活力がまるで違った。
そのせいか見られている事を凄く意識する。見惚れる状態はボーっとしているのに近くて、崇拝のような視線はその全てを逃すまいと言う意思が感じられる、という事だろうか?
今、丸盆の上では黒スーツが盛り上げているんだろう。
奇しくも決勝まで勝ち進まないとグンジョウとは対戦できない。まあ急遽組まれたトーナメントだ、組み合わせに何らかの作為があっても然るべき、と考えるべきだろう。
闘技場を揺らす歓声や昨日はなかった足を踏み鳴らす儀式のような振動。昨日よりも一歩進んだ興奮があそこを支配しているらしい。
ちなみに、グンジョウやサンマ傷のおっさんは既に解析済みである。
グンジョウはともかく、おっさんの方はステータスが昨日の男より格段に上であった。何より、警備兵であると言う事は彼も闘奴だったのだろう。
相反する、互いを阻害しあう物を同居(親和?)させる特別な境地を体得している事もあり、昨日と同じ感覚ではステータスの上下はあれどやられる可能性だってないわけじゃない。
一般人よりも下くらいの自分でさえ、ジルエニスのおかげで魔王を討滅できるだけの力を持っていたこともある。特殊能力の項目にある部分は要注意と考えておこう。(レナリの例もあるし、自分の三つの貰った力も特殊能力に分類されているので)
あの外見から考えて、グンジョウも間違いなく特殊能力を持っているだろう。これからおっさんが相手だが、やはり気にしておかなければならない。
ステータスを、条件を変えてもう一度見る必要があるかも知れない。
「さて」
身が入っていたかどうかは疑問だけれど、下準備を終えた。
身体の調子はまずまず、頭痛もまだ残っている。
頭痛と言うより、痛痒、と言った方が近い感覚にまでなったが、これがどうにかならないと、魔法の方に移れない。早く戻ってくれることを祈るばかりだ。
足元を掬われるなんて言葉がある位だ。気を抜いたら勝てる勝負も逃がす。
和国であろうと日本であろうと、もちろんこの第一世界であろうと強者が驕ったために弱者に降される話なんて、掃いて捨てるほどあるのだから。
ドーム状に作られている闘技場は行った事はないけれど東京ドームより大きいのだろうか。
しかしかなりの広さのここは、観客の熱が籠り汗ばむほどだった。演出の一環なのかもしれないけれど、どうにかならないのだろうか。
どうやら自分を認めた観客がいるのか、声が波の様に広がる。その内自分がテレビで観た事があるプロレスとか格闘技の大会のような演出がされるようになるのかもしれないけれど、今回は暗転の上にスポットライトだけだった。
相変わらず黒スーツが何やらがなりたてている様だけれど、自分はその言葉を全く聞いていなかった。
開始の合図さえ解れば良い。
正面ではなく、お互いが見える様な『ハ』の字の場所に登場口、花道があり、逆側から登場したおっさんも、似た様な事を考えていそうである。
まるで計ったように二人同時に踏み出した。これから戦うってのに、妙なシンクロもあった物である。
スポットライトの加減なのか、おっさんの表情はいまいち判らないが準備を怠ったりしている様子も、第一回戦で消耗した様子も見られない。
できるなら相手には疲れ切っているか、動きを遮るほどの怪我でもしていてくれれば良かったのだけれどな。
◇◇◇◇◇◇◇
ヒデ・ゴッサム
体力 B
魔力 E
理力 E
筋力 B
身軽さ D
賢さ B
手先 D
運 C
装備品 ダンビラ
錬鉄の鎧一式
特殊能力
両極の境地
相反する要素を
打ち消し合うことなく
合わせる技術。
この技術のため人格面にも
影響が出ている。
◇◇◇◇◇◇◇
おっさんは体力、筋力、賢さにおいて非凡な能力を有しているらしい。
武器は一つ、防具は頭部以外の全身を覆う鎧のみでベルトや蝶番のついた完全防具だった。しかしその一つだけの武器が圧巻の代物だった。おっさんはかなりの体格を持っているが、その体格に引けを取らない大きさの鉄の板を全身で担ぐように歩いてくる。
日本にいた頃見た漫画やプレイしたゲームなんかでないとお目に掛かれないような、非現実的な重量があるだろう鉄の板である。
剣の形に整えてはいるが、あんな大きさと重さではその切れ味を発揮するのは普通に考えれば無理だろう。
生まれた時代が違えば、英雄にだってなれるようなステータスに加え、目で解る威容。
表情は未だ読めないが、その斬馬刀(と考えてもはるかに大きいけれど)とかダンビラと呼ばれそうな大きな鉄を担ぐ姿は、棺桶を背負った処刑人にすら見えてくる。
鎧は艶消しが施されており、鈍い鉄色と相まって何とも様になる姿である。
特殊能力がどう影響するのかわからないけれど、警戒は必要だろう。あんな恰好でやってきて使えないなんて事は有り得ない。
自分は変わらずロングソードで、リーチにすれば三倍の差があると思われる。槍でも足りないだろう。
顔を上げたおっさんと初めて目が合った。
狼と表現するには狂い過ぎていて、鬼と言うには静かすぎる表情。
どちらでもない、両方であって一つ。なるほど、両極の境地と言うのはある意味二つを混合させる能力なのだろう。
念動力や銃でとっとと倒すか? いや、グンジョウの事はステータス以外まだ調べていないのだ。博打に出る事もないだろう。
暗黙の了解のようなものがあるのか、この世界に来てから他人が使う魔法を一度も見ていない。闘技場でもそうだ。
まあ、基本的に違う事ばかりしていたから当然だけれど、いちゃもんつけられたくないし下手な飛び道具も必要ないだろう。
グンジョウがどんな祝福を受けているのかはわからないが、こちらが調べた事が解ってしまうと言う可能性もある。最悪逃げられたりしたら目も当てられない。
おっさんはあの鉄の板をどう使うつもりなのか分からないが、それを見極めてから方向性を決めるでも良いだろう。
丸盆にあがり、ある程度進んだら自分はロングソードを構える。今回は両手持ちにしているのは、正面から受けてみるつもりだからだ。
おっさんは鉄の板を引き抜き、下す。それだけで丸盆に傷がつく程の重量。解析したら重い金属を使った一八〇キロほどある武器である。
よくそんな物をここまで持ってきたものだ。それとも、非凡としたBはそれを可能にするのだろうか?
成人の男性の平均値がDある事を考えると、そんなわけもないだろう。
さて、と。
自分は頭を切り替える。第一回戦とは違うようだった。
『はじめ!』
黒スーツの声で、自分達はお互いに動くことはなかった。
おっさんの視線の動きに迷いはない。お互いが始まって直ぐに動かないのは承知の上だったようだ。
おっさんは今までの自分の戦いを調べているのだろうか、審査の時は自分から、昨日は待ちに出た。だから今回は攻めていくとでも思っていた、…………わけないか。
自分は構えを解いて、ごく普通に歩きだす。
おっさんの表情は揺れない、相変わらず凶悪な表情のくせに目が違う。
あと十歩。
おっさんと自分は長いこと視線を交わしていたように思う。全く嬉しくないが、変に意地を張っている気がした。
あと六歩。
ぴくり、と。おっさんの腕の筋肉が動いた。しかしそれはどうとでも見れるような震えにも似た物だ。
あと三歩。
ぎしり。
おっさんが片手で掴むダンビラの柄が鳴った。滑り止めの革が巻かれているが、それが加えられた力に悲鳴を上げたようだ。
そして残り二歩。
ど!
おっさんは化け物だったようだ。
片手でその武器を横に振り回した。ごおうん、と風が鳴く音に懐かしさを覚える。
自分はそれをブーツで受けながら、振るわれる力のまま弾かれる。
このブーツだって神造装具だ、これ位で斬れるわけがない。
おっさんはそのまま大上段にダンビラを構える。
初めてそこで両手で掴んだ。
「避ける事叶うと思うなよ坊主!」
気迫の篭った声だ。自分は弾かれたまま着地したと同時におっさんに向けて駆け出す。三歩で全速力を出せるのだから、振り下ろしたと向こうが直感した瞬間にこっちが斬れる。
「かかったな!」
おっさんは大上段に振りかぶったダンビラを、ゴルフスイングした。狙いは、…まずい!
おっさんが狙ったのは最初に丸盆にダンビラを落とした時に傷付いた傷。そこにダンビラを叩きつければ!
仰々しい姿での登場、大剣を下したことで待ち構えるつもりというアピール、後の先に見せ掛けた筋肉の動き、振り下ろすと勘違いさせた大上段の振りかぶり、全部が罠だった。
傷口にたたきつけられたダンビラは、丸盆の地面を砕いて散らした。
弾丸のように無数の岩の塊がこちらに飛ぶ。ゴルフで言えばダフったかのような、しかし規模が違いすぎる攻撃。
やられた。
ありがとうございました。
次回は明日の予定です。
三話投稿予定です。




