表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第一話 英雄+再臨
19/99

ニリ+記憶

+ + +


 ニリは一度の結婚もせず、誰の求愛も受けず、一人広い王城で息を引き取った。


 それは、彼女の全てを捧げるべき相手が、もういないからである。


 冷静に考えても、どうして彼なのだろうかと彼女は思う。


 特別美しいわけでも、特別有能なわけでもない。ただ選ばれたと言う要素が一つあるだけの、魔王の討滅を目的とする英雄だった。


 英雄とは言っても、異世界人である彼には経験も、知識も、この世界に通じる礼儀作法もない。それが初めは疎ましく思っていたし、距離も作っていた。


 いつの間にか、自分からその距離を埋めるべく踏みだし、自分から作りだした壁を自らの手で壊していた。


 美しい剣と鎧、そのためあまりに普通の顔立ちは誰の印象にも残らない。だと言うのにいつも楽しそうに笑っている人だった。


 その装具の力を信じ、時に過信していたために、何度危険な目に遭ったか数えきれないのに、それでも彼は魔物と対すれば迷わず先頭に立ち、奇怪な剣術で敵と争う。


 装具の力で火を熾し、河を割り空を裂いた。そして振り返るときにはその時浮かべていたはずの誰にも負けない真摯な表情は薄れ、守った物の価値を噛み締める。



 救えて良かった、もっと救いたかった。もっと頑張れれば。



 感謝の言葉を受ける度に泣きそうになるのに、魔王すら討滅した英雄の中の英雄。何度死に掛けても、仲間の言葉を信じ無謀極まる魔王の眼前にその姿を晒す。


 三週間の死闘の間、彼はきっと一睡もしなかっただろう。

 仲間のために盾になるのは当然とばかりに飛び出し、剣も鎧でも防ぐことのできない呪いに身を蝕まれながらも、彼はそれを止めなかった。


 ………巷では絶世の美女と呼ばれ、稀代の天才と褒め称えられ、あまりの美しさに女神に嫉妬されているとすら言われた有翼人、その王女ニリ。


 彼女は彼が去る時、どんな手段を使っても共に行くつもりだった。


 手を握り、平和をもたらしたとして帰還する薄れ掛ける彼に全身で縋り付いた。それでも彼女はともに行く事はできなかった。


 別れを惜しむ仲間たちの泣き声を聞きながら彼女は視界から色が失せていく。彼女の心が壊れてしまったのはきっとその時なのだろう。


 長命種ではないが、人よりも長く生きるはずだった十五歳の美しい姫君は、どんな力でも癒す事の出来ない絶望を味わい、その二十五年の生涯に幕を閉じたのである。


 暦の上では、ちょうど彼と別離した日の事である。


 彼女は強く願う。最後の瞬間までその事だけを考えている。


 英雄でなかったら会えなかった、でももう二度と離れない。どんな苦境だって味わって見せる、今までの時間に比べれば、どんな体験だって天国だと。


+ + +


 解析して表示された内容は想像の何倍も想像外だった。よく解らない。


 混乱している。


 目が合うだけで、幸せそうにする彼女には、呪いとしか言いようのない複雑で難解な物に罹っていた。


「ニリ」


 思わず零れた名前、彼女はレナリのはずだ。でも笑い方が一緒だった。闘奴候補として生きていたはずの彼女に礼儀作法を学ぶ機会なんてなかっただろうに、彼女は完璧すぎる所作と、美しい表情のまま、


 シーツも無視して再び跪いた。


 もう、何を言っても無駄な気がした。

 彼女の解析と検索した情報を確認すると彼女は、ニリは不幸な人生だった。


 国を魔王に滅ぼされ、家族と民の復讐のために生きる鋭い刃物の様な人だった。共に旅をするようになったのは本当に偶然で、打ち解けるまでの時間は一番かかったのを覚えている。


 それでも打ち解けてからは誰よりも背中を任せる事ができる人でもあった。桁違いの魔法の力、自分では足元にも及ばない武術。頭も良かったし、機転も利いた。英雄と言うのは彼女の事だろうと思っていたけれど、何かと不幸な人だった。


 その記録の後も、彼女は転生を繰り返す。その度に呪われているようで、または違う呪いをその身に受けたりして、見る限り全ての記録の中、一人で死んでいく。


 例え平民であろうと、貴族であろうと、長命種であろうと、人魚であろうと、彼女は絶対に不幸だった。



 何百年待ってたんだよ、あんた。



 エニスと万能ナイフによって、彼女の魂の奥底にあるその呪いが顕在化してしまった、という。もう、あまりに難解で複雑なこれは催眠で完全に封じる以外に対処のしようがないと言う。それをしたとしても、呪いの代償は消しきる事が出来ない。どんな嫌がらせだ。


 天罰なら、この世界におわす神々よどうぞ自分にお与えください。


「レナリ」


 呼ぶと、彼女は再び立ち上がった。


 自分は万能ナイフで服を出すと、どう間違えたか当時のニリの服と装備そっくりな物を出してしまった。

 影箱にそれを蹴りこむ。全然関係ない物と想像して、今度出てきたのは角山さんの制服だった。糞死ねばいいのに!


 曖昧なイメージでも正しい形にしてくれるおかげで、靴や下着なんかも生み出せた。


「取りあえず着てくれ」


 ニリはいつも厚着だったから知らないけれど、目の前の女性はスタイルが良すぎると思う。


 いや、仮に彼女がスタイル悪くても生々しいとか言ってこんな感情でいる気がした。


 彼女に対して、自分はどう接すればいいのか分からない。


 おん!


 対処とは違う選択肢をエニスがくれた。


 それは、何だか違う気がするんだよ。



  ◇◇◇◇◇◇◇

レナリ(乗人(竜))

    体力 D

    魔力 D

    理力 |

    筋力 B

    身軽さ D

    賢さ D

    手先 D

    運 E

 装備品 異世界の学生服セット(下着込み)


 特殊能力

 前世の残滓

   例えどんなに苦しい思いを

   しても、この思いを

   遂げずにはいられない。

   前世の記憶との

   重なりによって

   記憶や能力を引き出す。

   代償に不幸を得るが

   それは彼女にとって些細な

   問題である。

 不幸

   自らに呪いを

   かける事で、常軌を逸した

   願いすら叶えてしまった。

   これを払拭できる

   現実的な手段はない。

  ◇◇◇◇◇◇◇



 ちなみに、レナリは襤褸以外着たことが無いと言う。


 着方が分からないと言われた自分はその後、史上最悪男の名に相応しい所業に及んだ。反省している。仮に彼女にニリの記憶があるのならそう言った一般教養も含めておいてほしい、とかさっき考えていたことまるで無視したような事を考えている。


 着せてから違う服出せばよかったと思うも、後の祭り。


+ + +


 汚塵さんに彼女を引き取ると、案内役だった審査員に告げる。ついさっき見た五体投地でもしそうな様子だったので話をしたら逃げる。


 ちなみにここの職員を探そうと思って部屋を出たら通路の曲がり角から突然現れた。監視されているのだろうか?


 部屋に戻ってから彼女の事はジルエニスの警告なのではと思っていると、連絡係がどんな事をしたとしても、自分を全面的に支持すると言う言葉を持ち帰っていた。


「レナリ」


 執事妖精は彼女から姿を隠しているため、自分は独り言をしまくっている変人に見えた事だろう。


 彼女は服装こそ中学生の制服姿だが、身体はもう女性と言っても間違いじゃない位成長しているので、モデルの外国人が着ている様なちぐはぐさが際立っていた。


 彼女は意識で、耳で、肌で、そしてそれを含めた身体の全てで言葉を受け取る。


「レナリにニリの記憶や経験、能力があったとしても、自分はそれをニリとして扱いたくない。レナリはレナリだ、そう言う考えでも構わないなら好きにしてくれ」


 彼女の状態は複雑で、『ニリ』と言う女性の事を知っている、と言う風ではない。どうやらニリと言う名前とレナリと言う名前が同じ音に聞こえている状況のようだ。


 一先ず、見捨てると言う選択肢はなかった。無視する、というのもない。


 ………かと言って彼女をニリとして受け入れるのは矜持としてダメだと感じた。安っぽいかもしれないけれど、これがこの世界の流儀だったのだと思う事にして、彼女に対して責任を取ろう。


 嬉しそうな表情を浮かべながらも、何か言いたい事があるかのような笑い方はますますだぶる。それを言うのは発展性のない言葉だろうから、自分は口を閉ざす。


「トーナメントが終われば多分この都市の城壁から出る。仲間たちに別れを言うならそれまでにしておくように」


「はい、末永くよろしくお願いいたします」


 それで、いったんは彼女に対して二人の人間であると言う考えを保留にする。


+ + +


 旅をするなら、服もそうだけれど護身具などいろいろ準備が必要だ。


「旅をする事になる。身を護る事はできるか?」


 仮にできないなら、奇怪と言われた自分の技術を刷り込む。邪道に当たるだろうから良くないとは思うも、他に手立てはないだろう。


「槍を使った闘奴の訓練を受けています」


 指差して対面のソファに座るように促す。

 くそ、ワンクッション置きたくなるセリフだ。ニリと益々被る。ニリも槍の使い手で、空中から一直線に敵を貫く飛行吶喊(とっかん)は冷や汗が噴き出る様な威力だった。しかし同時に、彼女との差異もある。


 ニリは自分を敬うような言葉遣いは一度だってしていない。状況によってそう言った言葉遣いが必要な時もあったけれど、明らかにそれが礼儀上で仕方なくそうしていると態度で(或いは言葉で)解るようにしていた。


 そんな彼女は申し訳なさそうに対面に座る。


「実力は、闘奴候補としてはそこそこ、武芸者たちに比べると明らかに見劣りします」


「何か護身術以外で特技は? 魔法とか現理法とかでもいい」


「魔法は習った事がありません、現理法も同じです。ただ、身体は頑丈だと思います」


 彼女は竜人と言える種族の様だ。

 竜や龍は長命種に当たるが、竜人は人に比べれば五倍は生きるけれど、千年単位ではないので長命種とは呼ばれない。


 しかし普通の手段じゃまず倒しきれないような頑丈な竜の硬さと独自の技術体系を持つ賢さ、生まれ持って神(ジルエニス以下の)に迫る領域の魔力等を譲り受けているはずである。


 そうなると、彼女はこれからの経験次第で五百年前の仲間たちに届く実力も得る事も可能だろうと言う結論に自分は達した。


 個体差はあるだろうし、竜人の知り合いもいないから検索で見つけた独自の技術体系とか生まれ持った魔力とかの活かし方が解らないけれど、単純な武術ならどうとてもなるだろうし。


 仮に旅をするだけならそれだけあれば何とかなるだろう。


 竜人は検索すると極端に数が少ない事でも有名らしい。しかも、戦争の被害でならともかく経済的な問題から闘奴になる様な事は極論有り得ないだろう。


 と思うと答えも見つかった。

 竜人は家族間の情があまりに乏しく、大抵の場合死ぬ事もないため生まれた後育てられる者は二割以下になると言う。


 ニリの影響だとしたら、どれだけ不幸の星が彼女を愛しているのだろう。


 獣人種に分類される人型の龍(竜)は(仮に分類を人竜とする)卵から生まれ、そちらは大事に育てられるらしい。人の要素が入ったら愛情が薄れると言うのは自分にとっては切ない話である。


 以前だったら破格の幸運と喜んでいたかもしれないな。人の要素を交えた種の中ではおそらく最強の内に数えられるだろう。


 先程(史上最低男の所業)の際に確認したが、両手の甲に三枚ずつの鱗と、短い尻尾がある位で(接着剤で付けたみたいな緑色の尻尾で、万能ナイフの半分ほどの長さ)、人と変わらない姿だったけれど、これではとてもではないが筋力AAAに成長する可能性のある姿とは思えない。


 緑の中に一房、赤の髪が混じっておりケアもしたわけでもないのにつやつやと輝いている。


 顔立ちは和風美女と言えるだろう。スタイルは世界有数のモデルと言われても日本での自分だったら信用できたと思われる。


 瞳の円らさで少しだけ幼く見えるが(縦の瞳孔はかなり近寄らないと分からない)、やたら見た目完成された美人である。おそらくこれから磨けば磨くほど輝く種類の美人なのだろう。


 …………さして詳しくない方面なのに何を語っているんだろうか自分。


 竜人の特徴として他には美男美女が多い事、不眠不休で働くことができる無尽蔵の体力と、少ない食料でも効率的に動くことができる特殊な生態を持っているらしい。


 確かに美男美女の項目は頷くに足る物だと思うが、これは自分が今までの体験で視野が広がったからなのだろうか。(どうやら乗人は人から見れば美男美女が多いのが普通の様である)


 少なくとも美観について自分が良いと思う物などはあまり参考にならないのではないだろうか? これはジルエニスの責任もある。万能ナイフとかヒーローっぽく感じる革の衣服とか愛着が沸いてきて素晴らしい物と感じる事があるからだ。


 そっちの方面は考えてもどうにもならないので頭を切り替えて考える。


 とりあえず彼女をこの姿で連れ回すことになると目立つ。服装や武器などはこの先揃える必要があるだろう。最悪万能ナイフで揃える事も出来るが、それは手段の一つで収めておきたい。


 万能ナイフから出す物は自分の考えがどうやっても反映されてしまうのは今までの経験から分かっている。旅に使うような物ならまだしも、旅装や武器防具などはそれでは彼女に最適な物とは言えないだろう。


「まあトーナメントはまだ続くし、一回戦すらまだ終わってない様だし話をすることもあるだろう。今日の所はもう呼ぶ事もないだろうからゆっくり休むと良い」


「一緒に眠ってもよろしいですか?」


「ああ確かにあの部屋じゃ眠ると言ってもベッドもなかったみたいだしな。その辺り言っておくか。解ったソファで自分は眠るからレナリはベッドを使うと良い」


 いっそ馬車でも作ってもらうか? エニスに牽いてもらえばいけそうだな。


 気になる事があったので調べているとあっという間に時間が過ぎて行った。エニスを撫でながら検索を掛けたり、情報を読んだりしていると夕食が運ばれてきて、話はついていたのかエニスの物と、レナリの物が運ばれてきた。


 レナリは多分『恍惚』とした表情でずっと自分を見ていたのだろう。それを無視するような形で、自分は情報集めに専念していた。


ありがとうございました。

次回は明日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ