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チート+チート もう一度英雄  作者: 加糖雪広
第一話 英雄+再臨
18/99

契隷(リグト)+史上最低男

+ + + + + + +


 コンコン。


 ノックに返事をすると、入ってきたのはさっきの女の子だった。


 襤褸はそのままだったけれど、身体は綺麗に洗ってきたらしい。

 その目的が読めないけれど、選択肢は二つしか思いつかない。


「レナリ、だっけ?」





「ヒロさんのお世話をさせていただきます、レナリと言います。何かありましたら私に仰ってください」


 うん?


 そう言って笑う姿に、既視感を覚えた。


 誰かに似ている、それも深く知っている相手にだ。それは先程の表情とは違う物だったように感じる。


おん!


 エニスも同じ感想らしい。なら、エニスも知る人物?


おん!


 さっきと違うのは判る、でも誰かに似ていると言うのは判らない事、らしい。


 襤褸は貫頭衣の形で、襤褸布を今にも切れそうな紐で腰の辺りを結うだけの服だった。

 年齢が変わらなそうな相手のそんな恰好はじろじろ見てしまうしかない。そう言うのが嫌だった。


「レナリは、ここに来てどれくらい?」


 視線を逸らしながら話を振る。

 居た堪れないからだ。


「両親の顔を知りません、物心着いた頃には闘奴候補でした」


 眉間に力が入る。

 日本の経験がなければそうではなかったかも知れないが、今の自分はそう言う話を聞くだけで血液が熱く感じられてしまう。


「お茶をお淹れします」


 部屋を出てすぐ戻ると、カートを押してきた。


「それともお酒やお食事になさいますか?」


「お茶で良い」


 頼むから横とか向かないでほしい。


「多分、闘奴から解放されるだろうから身の振り方を考えておいた方が良い」


 お茶を淹れる彼女を見ないようにしながら(目の毒としか言いようのない人だった)、自分は言う。


 メチャクチャ美人だった。それがどの世界からの経験なのか、自分独自の物なのかはわからないけれど、緊張していた。


おん!


 ありがとうエニス、頼むから自分で遊ばないでおくれ。

 そうか。

 彼女の仕種に自分が既視感を覚えた元の記憶を自分は思い出した。


「ヒロさんは、このまま武芸者になるおつもりなのでしょうか?」


 お茶は、白茶と呼ばれる物で和国や日本のお茶とは違う物だった。エスプレッソコーヒーよりも苦みと香りの強い白い液体で、飲むと唇や喉がスーッとするお茶である。タイミングが悪い。これは記憶のあの人が好きだったものだ。


 そう言えば『神弓』はこれを苦手としていたな、エルフの飲み物だったのに。


「目的を済ませたら出て行く。他にも目的があるから」


 質は良いが素朴なテーブルに(この感覚はおかしいと思う)、それに似合わない上品なティーセットが置かれる(なぜこう思ったか自分でもわからない)。


 白茶は自分の知る限りエルフが飲む物だったが、検索すると貴族の飲み物になったらしい。


「ヒロさんが仰る通りなら、私を【契隷(リグト)】にしては頂きませんか?」


 質問を返すのが失礼に当たると教育を受けたのか、自分の言葉をまるで疑ってないかのような受け答えである。


 まあ、何より驚いたのは【契隷(リグト)】発言だったけれど。


+ + +


 契約奴隷を得る儀式だったり、その物を指す言葉である。

 犯罪奴隷よりも言葉として契約社員みたいな言葉に近い印象を受けるけれど、この世界にいる奴隷の中で最も酷い奴隷を指すのだとしたら自分はこれを言うだろう。


 これは相手を使い魔以下、使い捨てにすること前提の相手に施す、拷問以上の責め苦である。


 この契約には、終わりはない。

 この契約には、奴隷に対する利益の欠片もない。

 この契約には、奴隷の自由はない。

 この契約には、奴隷の意志もない。

 この契約には、奴隷の尊厳もない。


 第一世界に存在する、契約の神による絶対契約。奴隷となった者は全てを主に捧げると言う契約で、隷属なんて生温い処理が施される。


 まず、奴隷の知識、経験の全てが無遠慮に主人に渡される。

 トイレの数だって自分の恥ずかしい記憶だってその全てである。


 そして思考も、全ては主人のためと言う項目がすべてに優先して記される。

 それが必要であれば、主人のために奴隷が自らの首を掻っ切るなんて当たり前である。これは【契隷】の最も多い死因である。


(まあたった今、それ以上の事をした気がするけれど)


 主人が死ねと言えば笑顔のまま死ぬだろうし、主人の役に立ったと言うだけで恍惚とした表情を浮かべる物で、その契約を解除する手段はない。


+ + +


「まだそんな物があるのか?」


 五百年前のこの世界で、それを見た事がある。

 人も契約を順守する悪魔も信用できない裕福な男が、契隷に囲まれて生活していた。


 そいつは最初こそ安寧に過ごしていたが、最後は彼らを救うために自ら命を絶った。


 しかし話は終わらない。


 契隷に終わりはない。例え主人が死んだとしても、契隷はその後も主人の為に行動する。


 中には主人を追うための手段として自ら命を絶つ者もいたし、主人の為に主人を復活させようとしていた契隷もいた。自らが信じる手段と全てを持って主人に尽くす奴隷、それが契隷である。


 ただ一つ、契隷にはお互いの同意が必要なのがただ一つの救いである。


 当時の仲間がその事件の後契隷の儀式を解析して、もっと意味のある物を作ろうとしていたことがあったけれど、どうやらその計画は彼女の発言からして失敗に終わったようだ。


「はい、信用を得る最上の手段として」


「いらない」


 うんざりだ。

 何かのセリフか覚えていないけれど、一度のテレパシーは何年の会話に勝るなんて物があった気がする。確かにそうかも知れないが、見栄を張りたい事だって隠したい事だって人にはある。


 これは愛を告げる言葉だったけれど、彼女は何のためにそれを望むか分からない。


「そう言うのは好かんよ、何が目的かきちんと言え」


「そうする事で、私の考えや目的の全てを伝える事ができるからと判断しました。

 私の今の感情を表現するには、言葉は拙すぎるし、伝えたい言葉を文字にするには最低限の読み書きも出来ないので時間が掛かりすぎます。

 もっと早く、的確に。そんな伝え方を私はこれしか知りません」


 淀み無く言う。


「たった今、その奴隷と言う物をどうにかするために動いた自分に、それを言うとはな」


 泣きたくなった。


「後はこれしか」


 そう言うと彼女は今にも切れそうな腰の紐を外す、長さがギリギリだったためか少しきつく縛ってあった紐を彼女は躊躇なく引き裂き、止める間もなく貫頭衣を脱いだ。


 ちょっと嘘を吐いた。ごめんなさい。


 彼女はそのまま五体投地のように身を倒し、土下座かました。


 は! 全裸土下座! 自分は今史上最低の男になってしまった!


「隠し立てする事は何一つありません。私の全てを貴方に捧げたいのです、身も心も既に私は貴方の物だと確信しているのです。どうか私をお傍に置いてください」


 控室は宿泊施設でもあるためにベッドがある。自分はシーツを剥がして彼女に掛ける。彼女はシーツもそのままに土下座続ける剛の者だった。


 腰紐千切っちゃったから貫頭衣を被せてもほとんど隠せていない。

 と言うか元から彼女の体格用の物でもないから仮に後ろ向いたらお尻半分以上、いや丸出しである。


 勝手に見てはいけない物すらちょっと覗ける状態だったし、横を向けばきつめに縛った腰紐の関係で(どの部分とは言えないが)布地が浮いていた。


 上半身だって隠せていなかった。もう、自分に何をしろと言うのか。


「取りあえず立ってそれを巻け」


 エニスを見ると、エニスも驚いている様子だった。


おん!


 ああそうだな。


 衣擦れの音が終わったので見ると、外見のためか非常に画になる形になっていた。

 今までの恰好はちぐはぐだったけれど、それは映画で滅茶苦茶な美人がぼろい恰好で出てきた時のような物だった。


 はあ、どうした物か。


 一応、『解析*数値化』で彼女の本心を探ってみる。



 …………………、なんじゃこりゃ?



 彼女は本心から自分に隷属したいと願っていた。まるで二十年以上連れ添った恋人に向ける様な、幻想もない、ありのままの自分に対する好感度がカンストを起こしていた。


 となると、原因は。


 エニスと万能ナイフの副次効果なのだろうか?


 その状態を元に戻すには、エニスにも万能ナイフにも不可能と言う解析結果。催眠を使う位しか方法が見つからない。


 こちらを見るレナリの瞳は確かに今にも涙が零れそうなほど潤んでいた。頬も染まっていて、緊張と期待、拒否される恐怖が明確な数字として表示される。


 これは無作為に選んだ成人男性の平均を十とした数値が適用されているから、きっと間違いだ。


 間違いであってほしい。

 出来るならばあとで女性を十人無作為に選ばなくてはならない、それも早急に。


 解析を進めると、場合によっては彼女がこのまま自害するとさえ表示されている。


 これはどうなんだ?


 実際に起こり得るのか?


 それとも男女の違いなのか?


 男女の違いであってほしいと思いながらも、レナリの表情は解析内容が何一つ間違えていないと訴えているように感じる。


 呼吸を乱しかけているので息を吐ききって、戻ったところで原因を探り直す。


 自分は一目惚れされるような要素はないと確信しているので、何か特別な理由がある筈だと調べ直す。


 すると、たった今さっき否定した要素が彼女にある事が判明してしまった。

 こういう事が解ってしまうのも解析の力なのだけれど、凹むには十分の要素だった。



[レナリはニリの魂を受け継いでいる]



 ニリ、それはこの第一世界で最も初めに思い出してしまう連中の中でも、忘れる事のない名である。


ありがとうございました。

次回は明日の予定です。

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